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薄闇の眠りを  作者: 吉舎街
第一章
21/85

事情聴取という名の

 騎士団へは、彼らが用意していた馬車に乗って行った。城下町は広いといえど、食堂から目的地までは徒歩でも十分な距離だと思っていたからその扱いには少し驚かされたものだ。しかもこじんまりとしたそれは二人乗りで、騎士達が前後に護衛よろしくつくという豪華な……いささか過剰な待遇に気が引けたのも事実だった。

 なにぶん馬車初体験な私に乗り心地の良し悪しを語ることはできないが、舗装された大通りを進んだので一応マシな部類だったのだろう。断続的に響く振動に多少気分が悪くなったものの吐いたらもったいないので根性で我慢しておく。食堂を出る前に、お菓子をひとつふたつ口に放り込んで腹ごしらえをしておいたからだ。事情聴取だけで半日以上かけるほど騎士団も暇ではないはずだが……念のため。空腹は私にとって何よりも思考を鈍らせる。隣に座るネヴィに余計な心配をかけないよう、私はそっと静かに深呼吸した。


 目的地について馬車から降りる段になったとき、どうぞ、と差し出された手を数秒無言で注視してしまったのは仕方がないと思う。ここが異世界であることを差し引いても、庶民がこういったレディーファーストを受けることはまずない。ネヴィは騎士団長が、私は黒尽くめの騎士がそれぞれ支えてくれたのだが、自分より遥かに大きく骨ばった手に、その体温に、どきどきするというよりもぞわぞわしてしまった。決して不快ではなかったが―――不思議な感覚だった。



「二人共、こちらへ。足元に気をつけてくれ」



 なにはともあれ、落ち着こう。先立って歩き出す騎士団長についていきながら強く自分に言い聞かせた。ここ最近の目まぐるしい日常に振り回されてか、どうも無駄に騒いでしまったような気がする。私が目指さなければならないのはとにかく目立たないことなのだ。そう思いはするものの、色々うまくいかないのが現状だけれども。




 騎士団は、思っていた以上に簡素な造りをしていた。騎士団長が纏う衣装の上質さからは想像もつかないほど地味で、緑も少なく、一望しただけで全体が把握できるシンプルな機能性重視構造……といったところか。ネヴィも物珍しいのかきょろきょろと周囲を見回している。石造りの廊下はやけに足音が大きく響く。

――と、一つ目の角を曲がったところで、突然馬鹿でかい声が私の脳天に突き刺さった。



「遅い遅い遅い!うぬら、真面目にかかってこんかぁ!」



 きぃんと耳鳴りを残しつつ、周囲の石壁に反響して消えていった怒鳴り声。次いで何かが地面に倒れる音がする。思わず視線をやると、そこには、見事なつるっぱげの集団が何やら固まりになって……訓練、かなにかをしているようだった。ただの殴り合いにしか見えなかったが。太陽の光を受けて時折後頭部がぺかーと光るさまは眩しさに目を逸らしたくなるほど。



「げ、元気いっぱいだね……」



 ネヴィが若干引き気味で微妙なコメントを残すのを、私は曖昧に笑うことで受け流した。





 あの奇怪な集団を見ても特に何の反応もせずただ通り過ぎた二人の騎士にとって、あれは日常に過ぎないのか。その間ずっと無言なのが、逆に触れて欲しくないと言っているようにもとれる。とにかく置いていかれまいと訓練場と呼ぶべきだろう広場を横目に暫し移動を続けた私達は、もう一度角を曲がった先に見えた部屋に通された。分厚くて丈夫な扉だ。滅多なことでは壊れたりしないだろう。

 またもやレディーファーストらしく騎士団長の手で開かれたそこに、お邪魔しますと小さく呟いて足を踏み入れると、事務的な内装が視界に入った。中にはひとり――確か、ルカの姉を中央公園へ連れてきた騎士らしき青年が座っている。私達は彼に促される形で、部屋の中央にある大きなソファに腰を下ろした。



「えっと、まずは―――ごめん」


 開口一番、名も知らぬ青年に謝られて私は目を瞬かせる。


「昨日、君が危ない目に遭ったのは俺達の責任だ。本当に……ごめん」

「危ない目ってそんな、大げさな。結局は未遂ですし」

「それは関係ないよ」



 関係ない。彼はもう一度、噛み締めるように繰り返した。沈痛な表情と静かな声。真摯な態度で真実謝罪しているのだろうと分かるその様子を、どこか冷めた目で見つめる自分がいる。もし青年の言う“責任”が、連中の拘束が遅れたという意味であるのなら余計に、だ。

 ある意味結果オーライ、途中経過にぐちぐち文句をつけるほど私は子供ではない。……どうせ無意味なことなんだから。なんて直接伝えるわけにもいかずうまい言葉を返せないでいると、彼は更に落ち込み、暗い空気を纏いはじめた。



「エル、その話は後だ。先にやることがあるだろう」

「あ……っ、了解、です」



 これは流石にちょっとうざいかもしれない、などと失礼なことを思いそうになったぎりぎりのところでのフォローだった。騎士団長の鶴の一声で、エル――ルカ、と同じようにあだ名なのだろうか――という名の青年は表情を引き締め、私達に向き直る。その瞳に宿るいっそ不可解なほどに痛ましいものを見るような光は、いつまでも消えることはなかったけれど。



 事件の性質上、あんまり広めるわけにはいかないからここに来てもらったんだけど、という彼の口上で始まった事情聴取。それは穏やかに、スムーズに、そしててきぱきと行われた。この後の予定が詰まっているのか、やけに急いだ印象を受ける。

 騎士団側に求められた説明は、私達が公園に入ったときから少女に体当たりされジュースを零し、テントの外に出て頭蓋骨仮面男に声を掛けられるまでの一連のやりとりを最初からなぞるようなものだった。つまりは、話の整合性を図るための単なる確認作業でしかないということ。彼らにとって目新しい情報など到底あるとは思えなかった。そしてこの説明にネヴィの存在が必要不可欠かと問われれば、大概の人間が首を横に振るだろう。


(だったら、……いつ?)


 本題は、いつ、どこで、切り出されるのか。そこに私はいるのかいないのか。それ以前に本題とは何か。そのことばかりが気になって集中力が欠けていく。何も考えずに答えだけ得られたらいいのに。そもそも思考するという行為だってカロリーを消費するのだから、難しいことは考えない方が私の胃には優しいはずだ。そう、空腹的な意味で。



「…………ラ、ギ!」

「いっ?!」



 突然の痛みはふくらはぎに来た。ネヴィに蹴られたのだと認識すると同時に、四人――今日ほとんど喋っていない黒尽くめの騎士までもが、何とも言えない視線を私に向けているのを理解した。やばい、ものすごく恥ずかしい。



「す、すみません。ぼうっとしてしまって」

「いや、いいよ。ずっと喋りっぱなしだしさ、……あ、そうだ!今、お茶淹れるね」



 場を和ませるように青年は人好きのする笑顔を浮かべて、自らお茶を淹れに部屋の外へと出ていく。ああ、気を遣わせてしまった。私は一旦自分の世界に入るとその他を遮断してしまう癖がある。人前ではしないよう気をつけているというのに――。朝補給したカロリーがもう頭に回らなくなったのかもしれない、と溜息が漏れた。



「ねえ、ラギ。またお腹空いてるの?お菓子、あげよっか?」

「昨日貰ったお菓子があるので、まだ大丈夫です……」

「……ほんとに大丈夫?」



 私だって羞恥心というものは持っている。毎日会うネヴィならまだしも、名前と職業以外何も知らない誰かの前で卑しい姿を見せるのは気が引けた。昨日は――昨日はどうかしていたんだ、きっと!思い返しただけで悶絶しそうな台詞を吐いた記憶はばっちり残っていて、もう二度とあんな失態は犯さないと誓った。私は目を覚まそうと一度両手で頬を叩き、ふと、思う。そういえば、あのジュースはどうなったんだろう、と。



「あの、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」

「え?ああ、何かな」

「例の飲み物、結局何か入ってたんですか?」



 私は行儀よく片手を挙げてから質問を言った。気分は生徒のそれだ。思い立ったが吉日、というよりむしろ尋ねる機会は今しかないと、もう今日を最後に会うことはないのだと切に信じて。



「その……ルカのお姉さんがそうなったみたいに、飲んだら調子が悪くなるようなもの、とか」

「……っ!」



 しかし、一瞬、だが確実に言葉に詰まった騎士団長の様子に私は内心首を傾げた。この反応はどうしたことだろう。すると続いて部屋の外で、がちゃんと嫌な音が響く。あれは食堂でも偶に耳にする、そう、食器類が割れる音だ。今の状況から考えれば、お茶を淹れて戻ってきた青年がそれを落としたとしか思えないのだが――。思い当たった私より先に、ネヴィが大丈夫ですか、と立ち上がる。そうして動くタイミングを完全に逸したところに、降る、声。



「いや……それはまだ、結果が出ていない。……すまない」



(――――嘘?)

 そう、感じた。どこかに嘘がある。己の思考を悟られたくなくて、私はネヴィに続いて開かれた扉の向こう、廊下に盛大に破片をまき散らかした青年を手伝いに歩き出す。嘘。どこが?わからない。何度も自問自答を繰り返す。嘘。どこが?


――――まさか、何も入っていなかった?


 漠然と思いついた、正しいとも間違っているともわからない答えに胸が苦しくなった。もしそうなら、私がここに来る必要なんて、ない。私が狙われていなかったのならこの事情聴取に意味なんかない。なに、それ。私は完全に、ひと欠片の必然性もなく、ただネヴィを連れてくる理由としてここに呼び出されたっていうのか。そうまでして、彼女を……。


――――私は、とことん利用されてるって、こと?


石畳の床に広がった液体にうつる自分の姿に、私は、慌てて目を閉じた。


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