5件目 ブラウに届けるくらいなら宛先不明にしておいてやる
いよいよクレストに到着したナナシ。初めのお届け先は、マーリンが気になるお相手だけれど——?
クレストの町はずれに到着して約十五分ほどだろうか。
今回は二件の案件だ。もう日は大分傾いている。
まず、忘れてはいけないのがヘルムじいさんの依頼だ。じいさんの娘はクレスト中央広場からやや東のクレスト東地区に住んでいる。しかし俺の現在地からだと、マーリンのお届け先の方が圧倒的に近い。
鳩の青年のブラウ。町はずれのアパートと住所を貰っている。小型包装物であれば宅配時間はそう掛からないので、先にマーリンの依頼をこなしてからクレスト東地区に向かうことにする。
ブラウに届けるくらいなら宛先不明にしておいてやる
依頼主のアパート前にエアロを停めて、マーリンの荷物を手に取った。自分の能力を使わずに受ける依頼は結構久しぶりで、なんとも拍子抜けする。
「・・・っと、こいつを忘れねえように掛けとかねえとな」
ヘルムのじいさんの依頼品はスキルで縮小させた冷蔵庫だが、エアロの後ろに積んでいてもそれなりの重量感はある。すぐに戻って来ると思うものの、依頼主から預かったものは全てが貴重品だ。
依頼品の冷蔵庫を二度タップして、両手で小さな布を被せるような仕草を作る。
「トランスパレント」
小さく呪文を唱えると、冷蔵庫はみるみるうちに見えなくなっていき、風景と同化してしまった。物体をしばらくの間、透明にするスキルだ。
「・・・よし、これでいい」
依頼主のアパートの階段を上がり、部屋番号を確かめてドアチャイムを鳴らす。しかし誰も出てくる気配はない。獣人の聴力で耳を澄ませると、誰かしら在宅しているような気配は感じられるが、今は立て込んでいて出られない、ということもあるだろう。
——留守なら不在票を書いておくか。
このアパートには宅配ボックスは備え付けられていない。こういう時は、ポストに不在票を入れて、町内で共同の宅配センターに預けておけば良いのだが、期限内に受け取ってもらえないと、元の依頼主に自動返送されてしまう。
この辺りは大手の配送業者が引き受けているから、俺自身に再度依頼がかかることはないが——ラブレターの返送ほど悲しいものはないよな。
もう一度ベルを鳴らして、それでも出なかったら仕方ないか、と思っていた矢先——ガチャリと扉が開いた。
「あ、ブラウさんですか」
「そーですけど・・・」
お届け先である鳩の青年ブラウは、確かにマーリンがラブレターの一つでも書きたくなるであろう、整った顔立ちをしている。クールな眼鏡を掛けているが、適当に引っかけてきたスウェットを見る限り、急いで羽織ってきたのだろう。実に気怠そうだ、と思ったが、この時に俺は小さな違和感に気づいた。
これは——最近ちょっとデジャヴな出来事があったばかりだ。少し前のローザさんの——
「ねーえ・・・ブラウ、お客さん?」
ブラウの背後から姿を現したのは、同じく気怠そうに適当な部屋着を引っかけてきた女性だった。この二人が恋人同士かどうかまではぱっと見で分からないが、どうみても清い関係ではないように見える。
女性は俺を一瞥して、「なーんだ、宅配のおにーさんか」と言ってすぐに後ろに引っ込んでしまった。ブラウはそんな女性の方を振り返ることもなく俺の方を向いて続けた。
「——なんか買ってましたっけ?」
「あ・・・いや、贈り物です」
「・・・・・・誰から?」
「依頼主はマーリンさんです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ブラウは眼鏡の奥の瞳を閉じて、眼鏡の淵を抑えて少し考えているようだった。
「そんなやつ、知らないけど・・・」
「え——?」
今度は俺の頭が固まることになった。マーリンのやつ、あれだけはしゃいでおいて、実は人違い(鳩違い)ってことか?
「あの、ホントにご存じないですかね?えっと・・・伝書鳩の・・・」
「伝書鳩っつってもねぇ・・・俺もだし」
「はあ・・・」
「俺たちからすると、まあ定番の職業だしな・・・うーん・・・依頼先で出会ったやつか・・・?」
本来は俺が依頼主のことを口に出すことはないが、もし二人がどこかで出会ったか思い出すきっかけになるなら、それくらいは手伝ってやる。
そうは思ったものの、目の前のブラウの心底面倒くさそうな雰囲気が伝わってくる。元より他人の恋愛事情に首を突っ込む気はないが、彼の態度は少々不愉快だ。
「・・・・・・宛先不明で差し戻すこともできますけど」
「んん〜?ああ、じゃあそれで——」
受取拒否と言われてしまうとマーリンがあまりにも気の毒なので、受け取らないもう一つの道をブラウに伝えた。もしかしたら本当に鳩違いかもしれないし、宛先不明でも問題はないだろう。
ブラウは欠伸をしながら、もうマーリンからの贈り物など何の興味もないようだった。すると、さっきまで奥に引っ込んでいた女性がブラウの肩越しからぴょこりと顔を出す。
「なーにそれ?その紙袋、もしかしてお菓子でも入ってるんじゃない?」
「え?ああ・・・」
「ていうか、これカフェ・マグノリア?の有名な紙袋じゃん!もしかしてミニバウムかな?私これ食べたーい。もうすぐ夜だけどさ、コーヒー沸かして食べようよ。ねえ?ブラウ」
「ああ、それなら——」
女性が甘えたような声でブラウに荷物を受け取るようにねだっている。俺の仕事としては、これを渡してしまえば、その後はブラウと一晩を過ごした彼女(または遊び相手)のティータイムで消費されようと知ったことではない。依頼は依頼だ。普通はこなしたらそれで完了ってことで、次のお届け先に向かうだけだ。しかし——
「・・・それじゃ、宛先不明ってことで贈り主に差し戻しておきますんで。ではこの辺で」
今さらその紙袋が惜しくなったのか、彼女と有名なバウムクーヘンを口にしたくなったのか、ブラウがもう一度何か口を開こうとする前に、俺は急いでドアを閉めて階段をほんの少しだけ早めに駆け下りた。
——マーリン・・・お前の選んだプレゼント、よく分からん女の夕飯になるところだったぞ。
そして停めてあったエアロまで戻り、エンジンを蒸かす前に、軽く事務作業を済ませる。ブラウに玄関下まで追いかけてこられたらどうしようかと思ったが、もう興味を失っているのだろう、彼が姿を見せることはなかった。
宛先不明で戻そうとした荷物を、少し惜しくなって受け取ろうと思ったけれどやっぱりどうでもいい——その程度の相手だったということだ。
俺はエアロの座席の下に置いてある道具箱を取り出して開けた。宅配に使える文房具が一通り揃っている。そこでシンプルな白のメッセージカードと新しい紙袋を取り出した。シンプルな茶色いものだが、こちらの方が綺麗に見えるだろう。
『仕事お疲れさん。あいつはやめとけ。これ食べて元気出せ』
なんて励ましたら良いか分からなかったので、シンプルに書いて真新しい紙袋に放り込んだ。これで後は菓子を入れて封をするだけだと思ったが、そこでふと思った。
——俺、あいつの住所、知らないな。
当たり前だ。配達途中に偶然出会っただけの伝書鳩なのだから知るわけがない。マーリンには気の毒だが詰んだなと思ったが、そこでふと思い出した。
——あっ!マーリン、あいつ確か手紙の封筒を破ったままにしていた・・・!
古い紙袋から取り出したラブレターの封筒には、果たしてご丁寧にマーリンの家の住所が書かれていた。あの時、開封した封筒を捨てるように言わなくて良かったと過去の自分を心底褒めながら、俺は紙袋の外側に彼女の名前と住所を書き記した。
ルンマイ——俺が住んでいる地域からはかなり離れた町だ。なんの依頼をこなしてあの位置で巡り合ったのか、逆に不思議だ。
(ラブレターは・・・わざわざ同封する必要ないよな)
せっかく装いも新たに依頼主に舞い戻るわけだ。自分の書いた手紙がそのまま戻って来るほど切ないことはない。結果的に、新しい紙袋の中には、俺が書いたシンプルなメッセージカードとカフェ・マグノリアの菓子だけが上品に収まった。
丁寧に封をして、さて、宛先は書けたが依頼人の名前をどうしようかと思い、面倒だったので自分の名前を書くことにした(なぜなら他に書きようがないからだ)。
すると——このシンプルな紙袋が、まるで俺がマーリンに贈るギフトのようになってしまった。直筆のメッセージカードと、老舗カフェの有名な焼き菓子。ピンクの上品なラッピングで、高見えして、ほんの少し気になる相手への——
——まあ、いいや・・・もう考えるのも面倒だ。
マーリンのことだ。もしいつか会う機会があるならば、きっと「ナナシ、あなたって本当にいいヤツだね!」と明るく笑い飛ばして終わるだろう。
さて、ヘルムじいさんの娘の元に向かう前に、もう一仕事だ。町内の配送センターにこの小包を持っていく。そして今度こそエアロを蒸かして、俺は夕暮れ時の上空に飛び上がった。
伝書鳩のブラウはかなりのイケメンです。きっと色々な仕事先の街でいつも声を掛けられているのでしょう。
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