1件目 特製ブレンドと言われれば楽しみにせざるを得ない
少しギャップのあるダウナー系男子の獣人によるお仕事スローライフ物語のはじまり、はじまり——さて、最初のお客さんは、綺麗な年上のおねえさん——?
「さてと・・・今日はどんなお届け先かな」
朝起きて身支度を整える。
宅配業は自分一人で営んでいるので、本来制服なんてものは存在しないが、一応自分なりの「制服」と決めているものはある。モスグリーン色のブルゾンと言ったらいいのだろうか?それに同系色の帽子。これだけで仕事着の完成だ。
制服を身に着けると自然と仕事モードに切り替わる。
今日は急ぎの案件はないので、軽く朝食を摂るために冷蔵庫を開けて、新鮮なバナナとリンゴを取り出した。自炊は嫌いではないが、朝から自分ひとりのために何か作るほどの労力は使いたくない。あっという間に簡素なエネルギー補給を終えると、フルーツの皮はコンポストに放り込んだ。こうすることで良い肥料になるらしい。
朝食もそこそこに、俺は今日の仕事内容を確認するために玄関先に向かう。
俺の自宅の玄関すぐ横には、鍵付きの小部屋がある。とはいっても、やや大きめのウォークインクローゼットのようなものだ。そこで依頼主から預かった荷物を保管している。
「今日は・・・・・・ハーブ畑のローザさん宛てだな」
昨日は少し遠出の案件だったので、今日の依頼は近場で大変助かった。たった隣町だ。俺は荷物を手に持って、荷物部屋のロックを掛けたか確認して玄関を出る。今日も申し分ない天気だと、降り注ぐ太陽を見て思った。
特製ブレンドと言われれば楽しみにせざるを得ない
荷物を持ってゆっくりと歩く。
お届け時間の指定はなかったから何時でも構わないが、特にこの後予定がない時は、できるだけ午前中に済ませるようにしている。時と場合にもよるが、基本的に荷物が早く着くことには越したことがないからだ。
大都市の大手配送業者の場合は、決められたノルマを達成するために、いかに効率よく荷物を配送するかがキーポイントとなっているが、俺は幸いにもフリーランスのようなもので、いわゆる地域密着型を売りにしている。量より質で勝負というところか。ビジネス的にはどうなんだろうとも思うけれど、今の所は生活に苦労していないので良しとする。
ここは大都市から少し離れた位置にある小規模な街で、近所の住民との交流もそれなりにあるが、関係が密になりすぎずちょうど良くて気に入っている。
今回依頼を受けた隣町は俺が住んでいる街よりもっと田舎で、いくつものハーブ畑が広がっているだけあって、のどかで美しい自然が広がっている。
そうしているうちに、あっという間に目的地に辿り着いた。自宅のベルを鳴らそうとしたが、お届け先は案外庭で土いじりをしていることもある。
「ローザさん、いますかー?」
特に返事はない。やはり家の中かと思って、改めて呼び鈴を鳴らそうとすると、程なくしてガチャリと扉が開く。
「・・・なんだ、あんたかい」
「ちわっすー。お届け物でーす」
寝ぐせが取れないウェーブがかったロングヘア。かなり適当に羽織ってきたであろうナイトガウンから、しなやかな身体のラインが見え隠れしている。俺よりもはるかに年上だが、ハーブ畑で常に庭仕事をしているからか、健康的で美しい。
「・・・・・・チラチラ見てんじゃないよ」
「別に見てないっすよ」
ああ、バレてたか。帽子をかぶり直して目線をさりげなく外しておく。今日は誰かいるんすかと聞こうと思ったが、それを言う前にローザさんの背後から大きめの男が顔を覗かせた。
「・・・・・・・・・誰だ?」
「ああ、宅配のおにーさんだよ」
「そうか・・・俺はシャワー浴びたら帰るぞ」
「はいよ」
そう言うと、大柄な男は背を向けてのしのしと歩いて行ってしまった。肌の色と体格からして、恐らくオーク族かその辺りの種族だろう。ちなみに、彼女の家でこのような光景は過去に何度も見ているので別段驚くこともない。
「・・・・・・また、新しい男っすか?」
「あんたには関係ないね」
「まあ、そっすね。野暮なこと聞きました」
「いいさ。どうせ近所はみんな知ってる。そんで、お届け物だろ?早くよこしなよ」
ローザさんに急かされて、持っていた荷物をそのまま彼女に手渡そうとして——慌てて思い出す。危ない危ない、クライアントの安全が第一だ。
「——あの、これちょっと床に置いた方がいいかもしれないです」
「・・・はあ?そんな箱一つぐらい持てるよ」
女を舐めるんじゃないよ、と下から上に睨みつけられたが、俺は笑ってそれを否定する。
「いや、そーじゃなくて・・・まあいいや、ちょっと置きますね」
ローザさんにそう伝えると、彼女は怪訝そうな表情を浮かべながらも、玄関の一歩奥に引っ込んで箱を置くスペースを作ってくれた。俺はそこの位置に箱を丁寧に置いて、荷物をポンポンと二回叩いて、指でスナップを利かせる。
「——じゃあ、解除っと」
すると、一瞬だけ箱が大きく揺れ動き——そして止まった。
「・・・・・・で、もういいのかい?」
「はい、どーぞ」
俺がそう言って荷物を持つように促すと、ローザさんはそれを持とうとして——
「はァ!?なんだいこれ!」
「いやあ・・・・・・」
「重すぎて持てたもんじゃないよ!」
こんな箱の中に、一体何が入っているんだい!?とローザさんは顔を真っ赤にして何とか持ち上げようとしている。
「ああ・・・やめた方がいいです、かなり荷物詰まってたんで」
「・・・・・・あんた、こんな重い荷物よく隣町から運んできたね」
あんた本当にただの獣人かい?と言われて、俺は肩をすくめて苦笑する。
「単なる特技っすよ」
「そうかい・・・それはまた、宅配業のあんたにはもってこいのスキルだね」
「まさにおっしゃる通りで」
そういう掛け合いをしているうちに、扉の奥からローザさんの恋人?らしき男が現れた。
「ちょうど良かった。あんた、これ部屋まで運ぶの手伝ってくれないかい?」
「ああ、分かった・・・って、かなり重いな、この箱・・・何が入ってるんだか・・・」
力自慢のオークの男の力で持ってしても、この箱がかなり重いことは間違いないだろう。とりあえず、男は箱を持って奥へと引っ込んでいった。
「朝から悪かったね。それで、受け取りのサインは必要かい?」
そんな彼女の問いに対して、俺は心底申し訳なさそうに答える。
「はい。サインも頂きたいのですが——えっと、その、配送料も頂いて宜しいでしょうか」
「・・・なんだい?あんた、受取人からも金を取るってのかい?」
「い、いえ・・・今回のお荷物——着払いなんです」
それを聞いて、ローザさんの表情がみるみる曇っていく。眉間にしわを寄せて、まるで鬼のような形相に変わっていく。
「ねえ・・・差出人って、もしかしてさ・・・」
「・・・・・・・・・ですね。ローザさんのお察しの通りかと」
差出人の名前は言わなかったが、先ほどのオークの男が運んで行った箱の伝票にはしっかりと誰が送ったか、差出人の名前も刻まれていることだろう。
「・・・あいつ・・・私の荷物を送り返してくるとか・・・やってくれるじゃないか。絶対に一発食わせてやる!」
怒りに燃えているローザさんを見て、俺は苦笑する。大方、昔付き合っていた男の家に置いていた荷物を一切合切詰めて送り返されたのだろう。
「あー・・・ですよね。まあ、俺はお代が頂ければ何でも・・・」
俺が恐る恐るそう言うと、ローザさんは一瞬俺の顔をキッと睨みつけたが、すぐにその怒りを鎮火させた。
「・・・・・・そうだったね。悪かったよ。あんたには関係のない話だってのに」
「いやー・・・全くです」
今日はもうこの後の予定はないにしても、ローザさんの世間話に付き合ってばかりもいられない。恋人のオークの男が玄関に顔を覗かせたら、「恋人である俺を差し置いて、宅配業者と随分と長い立ち話だな」などと文句の一つでも言われそうだ。
「——ちょっと待ってな」
そういうと、ローザさんは一瞬だけ玄関を離れて、程なくして財布を持って戻ってきた。俺はその間にレシートを切っていつでも手渡せる準備をしておく。
「・・・・・・確かに。まいどありー」
彼女はコインを使い切りたかったのか、随分と小銭を預かってしまったが、釣り銭を出さなくて良いのはちょうどいい。ローザさんにレシートを手渡して礼を言うと、本日の業務は滞りなく終了した。
「・・・・・・あんた、確か・・・ナナシ、さん、だったよね」
「はい。そうですけど」
「ありがとうね、運んできてくれて」
いつもは仏頂面で不機嫌そうな表情を浮かべていて、なかなか笑顔を見せないローザさんが、ほんの少しだけ笑っている気がして俺も自然と笑顔になった。俺も軽く会釈をして、帽子を目深に被り直して、それではまた、と言おうとした、その時——
「ちょいと待ってな」
「・・・・・・・・・?」
「これ——受け取っとくれ」
そう言ってポンと手渡された紙袋はとても軽く、ふわりといい香りがした。獣人特有の注意事項だが、うっかりその爪で引っ掻いて中身を零してしまわないように気を付ける。
「ハーブティーだよ。よく眠れる」
「あ・・・・・・・・・」
「あんた、その目の下のクマ——ひどいからさ、見ていられなくて」
黒い手で目の下を少し触れてみる。自分ではまるで分からないものだ。ローザのお手製ブレンドだよと悪戯っぽく微笑む。少しばかり太陽に焼けた肌を美しいと感じた。
「・・・ありがとう、ございます」
「こっちこそ。朝からありがとうね。また何かあったら依頼させてもらうよ」
「あーざっす。今後もぜひご贔屓に」
そうローザさんに伝えると、彼女はこくりと笑顔で頷いて、そしてそっと扉を閉めた。扉の締め方一つでも、その人の性格や個性、機嫌が出るというものだ。ローザさんはあの擦れた見た目に反して、意外と几帳面で、丁寧な人だと俺は思う。
——今度の男とは、長続きしたらいいけどな。
いずれにせよ、宅配業をやっていて良かったと思うことの一つが、受け取った客からの別れ際の笑顔とありがとうだ。これは何物にも代えられないと毎回思う。
さて、本日も晴天なり。
今日はこれで仕事あがりだ。次はどんな荷物を届けることになるのか。明日も晴れるといいなと思いながら、俺は貰ったハーブティーの香りをもう一度味わった。
ローザさんはナナシより結構年上ですが、かなり綺麗で自立した女性です。近所の人々からは、隣りにいる男性が知らない間にコロコロ変わっているという印象を持たれています。
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