後編
最終話は、ちょっと長めです。
静まり返ったパーティー会場。
シャンデリアの輝きが、高壇に立つステファン王子の歪んだ笑みを照らし出していた。
彼の隣には、守ってやりたいと言わんばかりに抱き寄せられたファリス・シュレイン。
そして、その対面にベアトリスが凛とした佇まいで立っている。
「ベアトリス・カスティリオーネ! 貴様との婚約を破棄し、俺は真実の愛であるファリスを新たな婚約者とする!」
ステファンの怒声が会場に響き渡る。
貴族たちは顔を見合わせ、ざわめきが広がった。
国王が外遊で不在の今、この場を支配しているのは次代の王と信じられているステファンだった。
「……それで?」
たった一言。見下すように発されたその言葉。
ベアトリスの声は、驚くほど冷静だった。
婚約破棄を突きつけられたというのに動揺を一切見せずに堂々と立つその姿。
その態度が、ステファンの苛立ちをさらに煽る。
「貴様は王妃教育を怠り、高位貴族の義務を放棄した! それだけではない! 見苦しい嫉妬をし、この愛くるしいファリスへの度重なる嫌がらせを行った! さらには、彼女を階段から突き落とそうとまでしたな!」
ステファンが指を差すと、ファリスは震える肩を抱き、涙を浮かべてベアトリスを見上げた。
「恐ろしい人……。私、ただ、殿下の側にいたかっただけなのに、ベアトリス様は『身の程を知れ』とっ……!」
ファリスが被害者のようにそう訴えるが、ベアトリスは彼女を一瞥すらしない。
ただ、手振りでステファンに向かって『どうぞ続けて』と示す。
ファリスは無視をされて、顔を引きつらせた。
「貴様が公爵家の権限を悪用し、王宮の運営費を私的に流用していた証拠も掴んでいる! この国の未来を担う王子として、そのような悪女を妃に迎えるわけにはいかない!」
ステファンが何かが書かれた紙束を高く掲げる。
それは巧妙に偽造された横領の証拠だった。
「それで?」
「なっ……」
「言いたいことは終わりましたか、ステファン・ルルクラム」
「貴様、敬称をつけないなど不敬だぞ!」
「不敬、ですか。果たして」
ベアトリスは口角を上げて笑う。
「それは、どちらでしょうか」
その瞬間、場の空気が変わった。
事情を知らない学園の生徒たちは、まだステファンが優勢だと思っていた。
ベアトリスが王妃教育を受けていないことは有名だったからだ。
王太子であるステファンに嫌われていると知られていた。
だから、この場でベアトリスが何を言われようとも決して逆転の目などないと。
そんなふうに思っている者が多かった。だが。
「な、何を言っている?」
「……今宵、もしステファン殿下が。私に対してありもしない罪での断罪を声高に糾弾し、婚約破棄を宣言したなら。その時点で国王陛下より賜った王命を執行せよ、と。そう言付かっておりますの」
「……!?」
王命。はっきりと宣言されたその言葉に貴族たちは困惑する。
注目が集まったベアトリスのもとに一人の大臣が歩み寄った。
その手には特別な装丁を施された羊皮紙がある。
知っている者がいれば、それは王命を書き記し、伝えるためのものだと理解できた。
「王命を読み上げなさい」
ベアトリスが堂々と大臣に命令する。
それだけで、どちらの立場が上なのかを示すように。
「──これは王命である。王子ステファン・ルルクラムは本日を以て王族籍を剥奪! 同時に王位継承権を永久に失うものとし、どのようなことがあろうと二度と継承権が戻ることはない!」
その言葉にステファンもファリスも、何も知らない貴族たちも驚愕し、言葉を失う。
「また、これよりベアトリス・カスティリオーネ公爵令嬢を『王太女』とし、次代の王とする!」
「なっ、そんな!?」
「ば、ばか……な! ありえない……!」
困惑。驚愕。ステファンは、すぐにそのあり得ない王命を否定しようとして。
だが、誰よりも先に動いたのはベアトリスだった。
「王太女として命じる! 我が配下たる近衛兵よ! 王族籍を失った平民であり、多くの罪を犯した国家反逆者、ステファン・ルルクラムを捕らえ、口を塞ぎ、この場に跪かせよ!」
「「「はっ!」」」
「なっ……! そんなことをできるはずが! 何をする! や、やめろ!」
「殿下!」
すでに近くに待機していた近衛兵たちがステファンを捕らえ、その口を布と縄で塞ぐ。
さらに動けぬように手と足に枷がつけられ、逃げることを禁じられた。
ステファンは床に押し倒され、複数人に取り押さえられる。
「な、何するのよ、私は関係ないっ!」
「関係はあるわね。シュレイン嬢? 貴方は王太女である私に冤罪を被せようとした。それは王家への叛意とみなします。よって、貴方もまた国家反逆罪であり、極刑が決定しているの。ふふ」
「なっ……なん、で……!」
「彼女の口も塞ぎなさい。彼らから一切の弁明を聞く気はありません」
「ちょっと、待っ……! むぐぅ!」
ステファンもファリスも口を塞がれたまま、拘束され、その場に跪かされた。
複数人の兵たちに取り押さえされ、無理矢理に顔を上げさせられる。
「な、な、な! 何をしているの!? すぐにステファンを解放しなさい! 貴方たち、王家に仕える近衛兵がそんな小娘の言いなりになるなんて、恥を知りなさい!」
「あら、王妃様。ごきげんよう」
言葉を失って呆然としていた王妃は、ステファンたちが捕らえられたことで、ようやく現実を見て動き始める。
王妃としてステファンの解放を命令するのだが、近衛兵たちは誰も王妃の命令を聞こうとしない。
「な……、なぜ言うことを聞かないの!」
「おわかりになりませんか、王妃様」
「ベアトリス! すぐにステファンを解放させなさい!」
「それはできませんわ。彼は反逆者ですもの。このままシュレイン嬢と一緒に極刑に処します」
「何を!? この子は王子なのよ! そんなことができるはずがないわ!」
「本当に?」
ベアトリスの声が会場に響く。激昂する王妃とは対照的に、冷静な声。
「本当にできないと思いますか? 陛下は王命で私を王太女に任命されたのですよ?」
「そんなことを陛下が命じるはずがない! 捏造よ!」
「おかしなことをおっしゃいますね? 王妃様。この会場で、誰よりも、貴方こそがステファン殿下が王子には相応しくないと知っているのに?」
「な……」
ベアトリスは微笑む。深く、深く、三日月型に口が裂けていると錯覚してしまうほど。
その微笑みを見た者たちは恐怖を感じ、震えてしまう。
「陛下は私に王太女を任命されました。つまりステファン殿下が『王族ではない』と。そう、おわかりになっていたということです。この意味を……誰よりも知っているでしょう? 王妃様」
ヒュッと息を飲む音が鳴る。それは王妃の喉元から鳴ったものだ。
「ち、違……そんなはず……そんなはず……」
「陛下はすべてをご存知ですわ、王妃様。だって、そうでなければ。妻である貴方や、息子であるステファン殿下にあんなにも冷たい態度は取らない。そうは思いませんか」
「……っ!」
王妃は絶句し、体を震わせる。
そんな王妃にベアトリスはゆっくり近づき、彼女を見下すように見つめる。
「すべて、ですわ。陛下はすべてをご存知なの。だから、貴方はもう、終わっている」
「違う! 違う違う違う……! まだ……!」
王妃が取り乱し、暴れてベアトリスを襲おうとした、その瞬間。
会場の入り口が開け放たれ、高らかに声が響き渡る。
「国王陛下、ご到着です!」
「なっ……!」
それは外遊で国内にいないはずの国王。それなのにこの場に現れた。
「……貴方たちのことをお見通しだったのだから。貴方たちを放置して陛下が国を離れているはず、ないでしょう?」
ベアトリスは微笑みを浮かべながらそう口にする。
王妃や、ステファン、ファリスにもその言葉が届いた。
「……陛下……ああ、陛下……!」
王妃がすがるように手を伸ばすが、国王はそれを一瞥すらせず、まっすぐベアトリスのもとへと歩み寄った。
「大儀であった、ベアトリス。鼠を罠にかけるための『不在』を見事に演じ切ってくれたな」
「もったいないお言葉です、陛下」
跪かされたステファンが、猿ぐつわ越しに『むぐっ、むぐぅ!』と狂ったように叫ぶ。
国王は、ベアトリスに向かってにこやかに微笑んだあと、王妃に向き直る。
そこには一切の情けはなく、断罪する対象へ向けた冷たい表情のみがそこにあった。
「あ、ああ……あぁ……」
王妃は腰を抜かし、崩れ落ちる。もはや言い逃れなど不可能だと悟ったのだ。
近衛兵たちが崩れ落ちた王妃の周りに立ち、逃げ場をなくす。
ベアトリスは、横目でその光景を見ながら、這いつくばるステファンの前まで歩み寄った。
「……ねえ、ステファン様。貴方は〝以前の私〟に言いましたね? 地下牢で震える私を見下しながら『お前の努力も命も、すべて俺たちが幸せになるための生贄だ』と。覚えていますか?」
ステファンはベアトリスを見上げる。もちろん、彼にその記憶はない。
だが、ベアトリスの瞳の奥にある、底冷えするような憎悪を感じ、恐怖に体が震え始める。
「私はね、忘れたことなんて一度もない。貴方がその女と笑いながら、私の処刑決裁書にサインした時のことも。王家の秘宝を無理矢理に使わされ、体が光となって砕け散る時の、あの気が狂うほどの熱さも」
ベアトリスの声は、低く、甘く、そして決定的に狂っていた。
その微笑みは黒く、どこまでも深い、深淵の闇のような。
「むっ……ぐっ……!」
ステファンはその瞬間、ようやく理解する。
怒りも、絶望も、そのすべてが。
ステファンが今までベアトリスに感じてきたことよりも、ずっと。
ずっと、ずっと、重く、激しいのだと。
「ふふふ」
「ふぐっ! ぅぅむっぅう!!」
ステファンはベアトリスから逃げようと必死にもがく。
だが、屈強な近衛兵たちの力に押さえつけられ、逃げることができない。
「さあ、始めましょう。陛下。彼らには私が味わった以上の絶望を味わっていただかなくては。まずは、その不潔な王妃様の実家から。陛下のお怒りは彼女に向いているでしょう?」
「……そうだな」
国王は、集まっている貴族たちに目を向ける。その目には困惑と恐怖があった。
「皆、驚かせてすまないな。そして、突然の王太女の認定に戸惑っていることだろう」
王妃も、ステファンも、ファリスも逃げることができないまま、その場に拘束されている。
国王の隣にはベアトリスが立ち、また公爵や大臣たちがその背後に並んだ。
「事の発端は、王妃の不貞からだった」
国王が語り始めると、貴族たちは互いの顔を見合わせる。
だが、誰も口を挟むことはしない。
「王妃は不貞を働いていた。何より……王である私は、子を成せない体であると判明している」
ざわ、と。国王の衝撃的な言葉に貴族たちは息を飲んだ。
「本来、生まれてくるはずのない息子が生まれた。長く私はその真実に気づかなかったが……。五年前、そのことが明らかになった。無論、徹底的な調査はすでに終えている。ここにいるステファンは私の血を引く者ではない。王家の血を引いていないのだ。ゆえにステファンから王族籍を剥奪し、王位継承権を永久に失わせた」
国王の宣告に目を見開くステファン。
ベアトリスはそんな彼の表情を微笑みながら見下ろす。
「王妃の不貞、および王族ではない者を王子としたこと。それだけで、すでに極刑に値する罪である。だが、この者たちの罪はそれに留まらない。数年前、この私に毒が盛られた。それを主導した者は王妃の実家の者たちであった。今日、王家の騎士団を向かわせ、一族郎党すべてを捕縛させた。王族の暗殺未遂の罪も重なり、横領罪もある。あまりにも重い罪であるため、王妃は火炙りによる公開処刑を課すことになる」
「ひ……!」
王妃は国王にすがりつこうとするが、それも止められ、厳重に拘束される。
「皆、聞け。このような事情もあり、次代の〝王〟として相応しくあるよう、ベアトリス・カスティリオーネには私自ら教育を行ってきた。彼女は王妃教育の課程など、とうに修めており、今や王太女としての能力も申し分ないほどだ」
国王の言葉にステファンたちを支持していた学園の生徒たちは目を見開く。
多くの生徒たちが噂に惑わされ、ベアトリスを見くびっていた。
そんな態度だった者たちが、王太女ベアトリスのもとでこの先どうなるのか。
容易に想像がついてしまい、血の気を失っている。
「学園では愚か者共が流した、偽りの噂に騙されていた者もいるようだが……。国政を担う者たちは、ベアトリスの能力をすでに認めている。ベアトリス・カスティリオーネ公爵令嬢は我が国で最も優れた貴族令嬢であり、同世代の誰も敵わぬほどである。彼女こそ次代の王の器であると、王である私が認めた! ゆえにベアトリス・カスティリオーネを王太女と任命する!」
改めて国王の口から王太女と任命され、ベアトリスは貴族たちに向けてカーテシーを披露する。
「ベアトリス、お前からは何かあるか?」
「はい、陛下。まずは陛下の言葉で私を認めていただいたこと、感謝致します。私、ベアトリス・カスティリオーネは王太女として、この国に誠心誠意、尽くすことを誓います」
国王は鷹揚に頷く。拍手をしようと動いたが、その瞬間。
「しかしながら」
ベアトリスは言葉を挟んだ。
「陛下の言葉を疑うことなど、皆はしないでしょう。ですが、それでも納得に至るかは別の話であると存じます」
「……ほう。ならばどうする?」
「ステファン殿下に、この状況を覆すほどの機会を与えましょう」
「……機会、だと?」
「左様でございます」
「どのようにしてだ。いや、この者に与える機会など……」
「王家の秘宝を使うのです、陛下」
「……! ベアトリス!」
ベアトリスは、あっさりと王家の秘宝について口にした。
流石の国王もそれは想定外であったのか、思わず声を荒らげてしまう。
「いい機会となります、陛下。確かに王家の秘宝は秘匿しておくべきもの。ですが、歴史の影に、完全に埋もれさせてしまえば、その価値を未来で見失います。ゆえに、王家の秘宝がこの国の滅びを未然に防ぐ役に立ったのだと。ここで示し、その記録を後世に残すべきではないでしょうか」
「それは……だが」
「すでに一度、私は王家の秘宝を使用しています。もう二度と引き返すことはできない。覚悟はあります。どうか、この私に、これからの王国を背負わせてくださいませ、陛下」
「…………」
「……それに。陛下も、皆も、その目で確かめるべきです」
「確かめる?」
「王家の秘宝の存在と、それをステファン殿下が使えるか、否か。陛下は私をお疑いになったことはございませんか? 王家の秘宝を使ったという私が、どこかで嘘を吐いていなかったか」
「何……? いや、だが王妃は確かに不貞を……」
「はい、その通りでしょう。そして、陛下が子を成せないことも事実です」
「……ならばベアトリスの言葉に嘘などなかったはずだ」
「左様でございます。ですが、陛下と王妃様は肌を重ねております。万が一、王妃の不貞が明らかであったとしても。ステファン殿下が陛下の子ではない、と。本当に言い切れるのか? その時だけは奇跡が起きて、陛下の血を引く子が生まれたのではないか。そのようにはお考えになりませんか」
国王は驚き、ベアトリスを見つめた。
「その憂い、その迷いを、王家の秘宝を用いて断ち切ってくださいませ。そうしてこそ、王太女としての私を真に認めることができるでしょう。そしてステファン殿下には最後の機会が与えられます。彼が万が一、王家の血を引いていたら、彼は……やり直す機会を得られるでしょう」
「…………」
ベアトリスの提案に沈黙で答える国王。
誰もがその決断を見守っていた。そうして。
「……いいだろう。ベアトリスの提案を受け入れることとする。皆の者、しばし待つがいい!」
国王の主導で、王家の秘宝が会場に持ち運ばれる。
公の場に出された王家の秘宝、その姿は。
「……剣?」
「ああ、剣だな……」
荘厳な装飾を施された一振りの剣だった。
それは全体的に独特の形状をしている。大きな〝針〟にも見えた。
「……この剣が王家の秘宝と呼ばれているものだ。そして、この剣は王家の血を色濃く継ぎ、王位継承権を有する者が使うことで……時を遡ると言われている」
国王は、床に這って見上げているステファンを見下ろした。
「もし、ステファンが私の血を引いているのなら、この秘宝を使うことができる。そうすれば、ステファン、お前は時を遡ることができる。ここにいるベアトリスと同じように」
「むぐ……?」
ステファンの視線はそこでベアトリスに向けられた。
「この五年間、思い通りにいかないことが多くあったでしょう? ステファン殿下。それは私が時を遡ったことで未来の記憶を有していたからです。王妃教育を受けずとも済んだのは、すでにそれを修めていたから。国王陛下に、王妃の不貞や貴方の血筋について教えたのも私です。貴方たちは未来でこの国を滅ぼしました。王家の秘宝は、滅びの未来を防いだのです」
「……!」
「陛下、今一時、ステファン殿下の王位継承権をお認めください。そうでないと使えませんから」
「あ、ああ。そうだな……」
大臣たちに目を向け、全員が頷く。
「いいだろう。王である私と、大臣たちの総意によって、ステファンの王位継承権を今この一時、認めるものとする!」
王の宣言を受け、ベアトリスは微笑んだ。
「よかったですね、ステファン殿下。これで貴方が王家の秘宝を使えたら……大逆転です。すべてがうまくいきますよ。私と同じように未来の記憶を使って、貴方だけが未来の記憶を持っている状態で。何も知らない、ただの子供の私に報復することもできます。王妃様の不貞を徹底的に隠すことも。国王陛下が毒殺を免れたのは私の知識あってのことですから……陛下の暗殺すら叶うでしょう。貴方の最愛の女性であるファリス様と、もっと早くから添い遂げることもできますね」
「…………」
「ふふ、どうしてそんな目で見るのです? 貴方にとってはいいことばかりなのに」
「ベアトリス、ステファンの猿轡を外すか?」
「ああ、そうでした。はい、陛下。外してあげてください」
国王が目線で合図し、近衛兵がステファンの猿轡を解く。
「……はぁ、はぁ……」
「さぁ、ステファン殿下。王家の秘宝を使われますよね?」
「ベアトリス……」
にこにこと笑い、見下ろすベアトリス。
ステファンは得体の知れない何かを感じながらその姿を見上げる。
「何を……企んでいる?」
「…………」
ベアトリスの笑みが、より深くなった。
「ステファン殿下。かつて、未来の私はこの秘宝を使用しました。ですが、それは私の意思ではありませんでした。貴方は未来で、王国が滅びゆく中、この秘宝を手にしましたが……。自ら使おうとはしなかったのです。まず、貴方は試しました。他の者で」
「他の者……?」
ベアトリスは、ニィと黒い微笑みを返す。
「ファリス・シュレイン嬢です。当時、貴方の妻として迎えられ、王妃となっていた彼女。王家の秘宝は王族しか使えない、という中途半端な知識を振りかざしました。そして、貴方はさらに王家の秘宝について知っていましたね? それはこの秘宝の真価を発揮するためには、条件に見合う者の命を捧げる必要があること……」
「っ……!」
まだ口を塞がれたままのファリスが隣にいるステファンを驚愕して見つめた。
「貴方は自分の命を捧げませんでした。ファリス様の命を捧げようとした。しかし、彼女は王妃となっていても、王家の血は引いていませんでした。ゆえに……断末魔の叫び声とともに、その体は朽ちていくことになったのです」
「……朽ち、て……?」
「ええ!」
また、その場のざわめきが大きくなる。
「その死に様に、貴方は王家の秘宝が本物であることを確信した。ゆえに今度は条件を満たす者を探しました。それが未来で冤罪を被せられ、地下牢に囚われていた私です。あとはわかりますね?」
「…………」
ステファンの体は、がくがくと震える。
ベアトリスが向けてくる狂気の理由を理解したのだ。
彼女の目的は王位継承権の奪取などではない。
復讐こそが彼女の目的であったのだと。
「あの時の私に拒否権はありませんでした」
ベアトリスは王家の秘宝たる剣を手に取り、歩み出す。
「私が味わった屈辱。私が味わった絶望。私が抱いた怒り。それらを克服するために私は舞い戻ってきた。王家の秘宝がもたらす奇跡は、失敗しても、成功しても、地獄の苦痛をもたらすのです。己が消滅するような苦しみと、恐怖を……とくと味わいなさい?」
「ひっ……!」
誰もが、国王ですら、ベアトリスの歩みを止めることはできなかった。
彼女が手にする王家の秘宝は今や禍々しく輝いている。
「や、やめろ! やめてくれ! すまない! すまなかった! 謝る! 謝るから! ベアトリス! 許してくれ、許してくれ! いやだ、死にたくない! 死にたくない! 殺さないで……!」
無様に命乞いをするステファンにベアトリスは剣を向けた。
「──さようなら、偽物の王子様」
トッ。
どこか間の抜けたような音が小さく鳴り、剣はステファンの体に刺しこまれる。
だが、次の瞬間。
「あっ……あああああああ! ぎゃぁああああああああ!!!」
ステファンは暴れだし、絶叫した。
「いやだ、いやだ、いやだ! なんだこれ、なんだ! 消える、消えてしまう、だめだ、やめろ、俺は、こんなの! いやだ、あああああああ! 広がる! 俺が薄くなる、遠くなる! やめろ、伸ばすな、消すな! 俺は、俺は、俺はぁあああああ!!!」
誰もがその絶叫と、彼の体に起きる異変に目を奪われる。
「…………」
ベアトリスだけが一人、冷徹にその様子を見下ろしていた。
「ぁあああああ! 俺はぁああ、ここにいるッ!!」
カッ! とステファンの体が光に包まれて、そして跡形もなく消えた。
肉片すらもその場に残っていない。
一瞬、その姿が膨らんだようにも見え、或いは引き延ばされたようにも見えた。
ステファンという人間の〝時間〟が引き裂かれた。
おそらく、そういうことなのだろうと、その光景を見た人々は理解させられた。
ステファンの悲惨な末路をもって、彼が王族の血を引いてなどいなかったことが明らかとなった。
その光景を見ていた王妃は気を失い、ファリスは恐怖で無様に失禁していた。
「……終わったのか、ベアトリス」
「はい、陛下。彼の時間と、私たちの時間は、もう永遠に交わることはないでしょう」
「……そうか」
こうして王国で起きた騒動は幕を下ろしたのだった。
◇◆◇
ステファンは記録には残されたが、表向きの歴史からは抹消されることになった。
王妃とその一族は処刑されることになり、罰が下された。
ファリスは数年間、地下牢につながれたあと、修道院へと送られた。
ベアトリスは王宮のテラスで夜風を浴びていた。そこに国王が訪れる。
「……お前の復讐は終わったか、ベアトリス」
国王の問いに、ベアトリスは自身の白い手を見つめた。
かつて光となって消えた手。今は確かな体温を感じる。
「いいえ。これは始まりですわ。あの方々が食い潰そうとしたこの国を、今度こそ私の手で豊かにしていく。そのために、私は地獄から戻ってきたのですから」
ベアトリスは、かつてないほど美しく、そして残酷な笑みを浮かべた。
その瞳には、もはや過去の悲劇に怯える少女の面影はない。
夜空に輝く月は、新たな女王の誕生を祝福するように、冷たく白銀の光を注いでいた。
ベアトリスの復讐劇は幕を閉じ、新しい物語が今、幕を開けたのだ。
【宣伝】
https://ncode.syosetu.com/n5050ln/
【「無価値」と捨てるのは結構ですが、私の力は「本物」だったようですよ? ~離縁された転生令嬢、実は希少魔法の使い手でした~】




