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四話 獣人族のアーシュラ

 ─────


 獣人族フェムナーの追跡者


 ─────


 裏社会にその人あり、と名が知られている割にはその過去を知る者がいない謎多き盗賊シーフそれがハンクだ。


 活動期間が短く、下積み時代の話が伝わってこない。ただ、ハンクに仕事を取られて苦々しく思っている同業や、制裁を加えようとして返り討ちにあった逸話の数だけが加速度的に増えていく──


 彼は移動用の幌馬車の上で報酬の金貨袋をもてあそぶ。

「おい」

 後ろから呼ぶ声がする。

「どうかしたか、お手洗いか?」

 ハンクは手綱を引いて馬の歩みを止めると身を乗り出して幌の向こう側を覗いた。

 彼の同行者、闇妖精のグリンが、首輪を掛けられて犬のように鎖で繋がれていた。


「いつまでこんな事を続けるんだ。もうズボンを履いていいか、このスカートってヤツは股がスースーして落ち着かない」


「うーん、その格好、その声で『股』とか言うな下品だぞ」


「うるさい俺の勝手だ」

「まあもうちょっと待てあの岩場の陰までだ──」

「遠い……」


「女装する機会なんて早々ないんだぞ、楽しめ。どうだ、別人に変身するってのはなかなか面白いだろ?」


「──ふざけるな。こんな扱いされて喜ぶ奴がいるものか」


「え? てっきり前向きな気持ちでやってくれているものだと……」


「喜んでるのはおまえだけだ、変態」


 グリンが街の有力者の屋敷や集会所などに住み着き、住民が困り出した頃にハンクが現れてグリンを捕まえる。


 そして彼等から謝礼をせしめると、王都に連行する芝居をしながら次の街へと移動する──


 有り体に言うならふたりは「詐欺」を働いて荒稼ぎしていた。


「こんな小芝居、バレたら大変な事になるぞ」

「そうだな、このシノギも頃合いか……」


 闇妖精ヴァスカの評判は落ち、ハンクは皆に感謝され株を上げる。何とも不公平。グリンは損な役回りを押し付けられていた。


「『均衡』が聞いて呆れる。俺は二度とあの街に入れない」


「変装してるじゃないか。ジャーマって偽名使ったしカツラを被って女の精霊術師シャーマンになりきってた。大丈夫だって」

 ものすごく悪い顔をして笑うハンク。それが心底楽しそうに見えたグリンは顔をしかめていたが、精霊術という単語を聞いて軽く驚いた。


「これは精霊術師のつもりなのか……てっきり妖術師ソーサラーの衣装かと……」


 ハンクのような人間族にはわからないだろうが、闇妖精は精霊術師シャーマンと縁が薄い。薄いが、この変装がまったく精霊術師に見えないことだけはグリンにも断言できる。

 精霊術は希少種族の森妖精ドライアド、高位精霊術は白妖精エルフの領分だ。闇妖精の精霊術師はかなり珍しい。


 ──そもそも本物の怒れる精霊術師シャーマンは自分の意志で人間族の里には降りてこない。絶対に──だ。


「ハハハ! まあバレなきゃ何でもいいさ!」

 楽観的なハンクを見てグリンは深く溜息を吐いた。

「……なあハンク。おまえ、そもそも人間族の領域で生活している闇妖精ヴァスカって……いったい何人いると思う?」

「え?」

「この世でただひとりだと思うぞ。俺みたいなのは……この設定には無理がある」

「そ、そうか〜……」


「だいたい、こんな下手くそな変装に雑な設定の小芝居に騙されるなんて……人間族ってのは単純なんだな」


「ん〜……設定はともかく、その変装、俺は良いと思うがな」

 

「何となくおまえだけが良い思いをして、俺だけがひたすら貶められているような気がしているんだが? こういうのを搾取と言うんじゃないか?」

「考え過ぎだ相棒」

 腹立たしい表情でグリンを煽るハンク。

「やはり人間は度し難いな。とくにそういう表情をしている時のおまえは」

「拗ねるなよ。分け前はおまえが六分、俺が四分なんだから」


「分け前はさておき、とにかく『闇妖精ヴァスカ』がここにいた、という噂が立つのは良くない気がする。今回みたいなのはこれきりにしてくれないか?」


「……まあ、相棒がそういうならこの辺りでやめておこう。バレない内に撤収して遠くに逃げる──これがこの稼業の秘訣だからな」


 楽観的なハンクとは裏腹に、グリンは漠然とした不安に襲われていた。


 不安の元凶、それは魔女──


 ハンクにはまだ話していないことが多い。特に魔女については誰にも口外しないつもりだった。

 自分が「ヴァーレの大魔術」の生き残りであると広く知れたら魔女の興味を引くかも知れない。


 グリンは魔女の使い魔に選ばれがちな動物、黒猫とミミズクの姿がいないかを常にチェックしていた。


 ──実を言うとグリンの存在は既に魔女の興味を引いていて、とある魔女の目や耳の代わりに働く追跡者が今も馬車を観察していた。


 闇妖精ヴァスカは魔法使いの使役動物ファミリアと一般的な動物を見分ける能力に長けている。


 なので、魔女の中には使い魔に近い体質の獣人族フェムナーを追跡者として雇う場合がある。


 そしてこの世界の獣人族で最も広く分布しているのはリス獣人である。


 ──────


 リス獣人の少女、アーシュラは四つん這いになって短い手足をせわしなく動かして岩場を機敏に動き回っていた。

「しゅたたたた……」

 リス獣人は大変小柄であり、ハーフリングと間違われる事もある。最大の特徴は立派な尻尾なのだが、邪魔だと判断すれば自ら切断する場合がある。

 アーシュラは「敢えて」切断していない。追跡者に不利な要素を敢えて残す事で、見つかっても怪しまれないのではないか、と本人なりに検討した結果だ。


 決して切るのが怖いからではない、決して。


「……魔女さま魔女さま、グリニエルはひとりの人間と一緒に西に向かっています。引き続き監視を続行します……」 

 貴族や富豪が使うような上質紙の便箋に、鉛筆でなぐり書きをするアーシュラ。日付けと大まかな地図を手描きして封筒に入れる。あとは街に寄った際に蝋で封をして商人達の早馬便に混ぜてもらう。

 使い魔は契約により、深層意識で主人である魔女と精神的なつながりが生まれていて、強く念じると、おぼろげながら思考が伝わるらしいが──魔女の思考は複雑過ぎてリス獣人の小さな脳では理解できず混乱してしまうらしい、動物並みに単純な精神構造だと要らぬ情報は無視されるので、逆に上手く行くそうだ。


 アーシュラは魔女と直接契約していないので、感覚共有スピリットチャンネルした正式な使い魔にはなれない。相互の連絡は協力者を仲介し、書簡でやり取りする。


 弱肉強食の世界ならば、真っ先に自然淘汰されそうな弱い種族だが、彼らは純朴で働き者なので様々な種族の富裕層の邸宅の執事や小間使いとして重宝がられている。


 王都で一番有名な道化師も獣人族で宮廷にも自由に出入りするほど信頼されている。


 アーシュラもそれなりの額で魔女と契約しているのでその辺の人間族の小金持ちより貯め込んでいる。性質的に(小人族ハーフリングと真逆で)散財せず堅実に貯蓄する傾向にある。


 林での長い休憩の後、グリンたちが小さな宿場町に入るのが見える──アーシュラも早速、後を追った。


 ─────


 人生の目的


 ─────


 宿をとり、併設された大きめの酒場で食事をとる。

 革鎧を脱ぎ、手甲を外しすっかりくつろいだハンクはエールを大ジョッキで二杯注文、グリンはローブを被り徹底的に肌を隠して妖術師めいたたたずまいで、ソーダを注文した。

「ソーダ? ええ……子どもみたいな奴だな」

「酒は判断力と運動能力が低下する──毒だ」

闇妖精ヴァスカは毒につよいんじゃないのか? この前の睡眠薬も濃度強めにしておいたのに効きが悪くて大変だった」

「睡眠薬だと?」

「そこに当たった矢に塗っておいたヤツさ」

 ああ、とグリンは肩口をさする。

「確かに人間よりは耐性があると思うが──」

「まあまあ、せっかくの祝杯だ、乾杯だけでも付き合えよ相棒」

 グリンは渋々ハンクと乾杯して、エールを口に含む。

「…………」

「かんぱーい! ああうまい、今日も神に感謝だな」

「返す、儀式以外で酒は飲まない」

「あらら? 一杯ぐらいは飲んでくれないか相棒よ」

「酒席に着いたら飲まなきゃならん──というのなら俺は部屋に戻る。飲み友達が欲しいなら小人族ハーフリング岩妖精ドワーフの相棒を探せ」

「つれないな。まあ、それがおまえさんの個性であり、良いところでもある」

 ふん、と鼻で笑い飛ばすグリン、適当に頼んだ料理を摘んだ。

「……悪くないな──いやうまい」

 ガツガツと次々に料理を口に運ぶグリン。

「そうだろう、そうだろう。ハハハ」

「肉体的にはそうでもないが色々あって気疲れした。出来ればしばらく休みたいんだが」

「ああいいともさ。たっぷり稼いだからな〜」

「ところでハンク。これからどうするつもりだ?」

「こういう稼業をしているとな──」

「稼業ってのは詐欺師のことか」

「うんまあ、確かに今はそうなんだが──話の腰を折らないでくれるか?」

 どうぞ続けて、とグリンは料理を食べながら促した。

「え〜、こほん……金を稼いで、それを元手に各地に隠れ家を作って回るのが俺の人生の一大事業みたいになっていてな──俺の隠れ家がある場所は俺の縄張り、って思ってる──そうやってきてかれこれ七年、このままのペースで全国を回れば、足が動かなくなる頃にはどんな王様よりも多くの縄張りを手に入れられる──」

 ハンクは地図を取り出した。隠れ家のある場所にしるしが打たれて日付けが記されている。

 印が付けられた場所は地図の約半分ほどだった。

「へえ……でも一人でやるより手下を使った方が早くて効率的じゃないか? 隠れ家を維持管理するにも仲間か手下がいないと……」


「他人は、裏切る」


 一切の感情を排した顔になった。

 これまでハンクは常に笑みを浮かべ、怒りや不満のようなネガティブな感情を表に出さなかったがこの瞬間、厳しい顔付きになった。

「俺が一人にこだわってきた理由はそこだ。どんな屈強な組織も、裏切りや足手まといの手下のミスから壊れる。身内は少なければ少ないほど良い」


 エールの杯をぐい、と傾けて空にすると、ハンクに笑顔が戻る。


「そういうわけだからグリン、おまえさんは誇っていい。俺から全面的に信頼を得たことを──」


「それはまあ、確かに光栄だな」


「そうだろう、そうだろう……」


「ふうん……気になっていたんだが、ハンク。おまえの職業は本当に詐欺師か? おまえの雰囲気や落ち着いた語り口からは裏社会に浸かりきった臭いがしない。どこか聖職者のように感じる仕草がある」


「は? 俺が聖人君子様だとおっしゃる? 馬鹿言っちゃいけないよ」

 ハンクは笑い飛ばした。


「実は、神の使徒だったりはしないか?」


「ええ? 俺が?」


「均衡、ってたまに言うのは──大天使の天秤ばかりの事なんじゃないかと」


 密命を帯びた高位僧侶が宗教上の目的を果たすために旅をするのはひろく知られている。

「なるほど? 大天使を従えてる神は──じゃあ俺は至高神の使徒、ってことか」


「そうなるな。一人旅をしているという点も神の使徒めいている」


「あれれ、少年……さっきの説明が嘘だと思ってる?」


 他人に安心感を与える喋り方は詐欺師の特性のようでもあるがハンクの身体から滲み出るもの──神気パワーまたはオーラと呼ぶ者もいる──その神気パワーはとても慈愛に満ちていて他人を騙すだけの職業の人間から出たものとは、グリンには感じられない。


 一人旅をする高位の使徒は時に『聖騎士パラディン』と呼ばれ尊敬の対象ともなる。大きな戦が始まれば昼の眷属達を率いて、闇妖精ヴァスカ吸血鬼ヴァンパイアの軍勢を打ち破る要となる。


「んー、じゃあなんで神の使徒は夜の眷属である青のグリニエルを仲間に引き入れたいと思ったのか──説明できるか」


「おまえの個人的かつ変態的な欲求を満足させるためだ」


「即答かよ……まあなんつうか俺は偉いさんの娘とは知らずに遊びで、とある女に手を出してしまってな。次の目的地ナワルで慰謝料として相手方の家に金貨千枚を支払う必要がある──」

 ハンクは荷物からナワル裁判所の評決文書を取り出すとテーブルに広げた。

「……告発され、裁判で有罪になってるんだな」しげしげとそれを眺めるグリン。

「どうだ、ここまで好き放題な人生送ってたら僧籍剥奪。俺には神の使徒なんて勤まらないよ」

「なるほど。悪事が露見して資格を剥奪されて間もないのか──それなら納得だ」

「勝手に納得しないで? ──まあいいや、そういう事にしといてくれ」

 

 そうこう話している内に酒場に小さな客が入ってきた。獣人族の少女である。カウンターに座り料理を注文している。大きな尻尾が通路側に飛び出して非情に邪魔くさい感じになっているが誰も注意できない状態だ。

獣人族フェムナーか」

 ハンクはちらりとそちらに目をやる。

「なあハンク、おまえ気付いていたか?」

「何を?」

「どうも林に入る前あたりから尾行されていた気がするんだが──」

「おいおい、穏やかじゃないなそれは。精霊術師の変装がバレそうって事か」

「わからん……だが、とにかくあのリス娘は怪しい。道中の岩場にあの尻尾らしい影が動いているのを見た」

「そうなのか」

「はっきりとは見えなかったがモワモワした毛玉が揺れていて不自然だったんだ。今、あの尻尾を見たらそれを思い出した」

 グリンが魔女の使い魔を警戒している最中、目に入ったのが、リス獣人アーシュラの尻尾だったわけだ。

「監視しよう」

 山羊のミルクを飲んでいる少女にふたりの視線が注がれた。


 ─────

 

 二重契約


 ─────


 アーシュラは丈夫な歯で硬い口内のナッツを磨り潰す。

「うまー」

 好物の砂糖漬けのナッツを噛み締め、ミルクでそれを流し込む。食の喜びに打ち震えていたアーシュラは椅子を引く音で我に返る。

 何気ないふりをよそおって横を見ると、追跡対象の闇妖精ヴァスカが食事を終えて寝室に戻っていくところだった。耳をそばだてて何か情報が無いかを探る。

「…………もがが」

 頬に食事の残りを詰め込むと忍び足で後を追う。

「そろり……」

 予約されていた部屋を強引に奪って隣の部屋を確保したアーシュラ。早速、監視対象のいる隣室の壁に耳を付けた。


 一方の隣の部屋ではハンクとグリンのふたりが追跡者アーシュラの立てる物音に神経を集中させていた。

 壁板を挟んで三人が耳を寄せ合う状態になっていた。

 あまりに物音がしない。

 

 ハンクは壁から離れると荷物から小さな石板とチョークを取り出した。

 筆談をするのである。チョークと石板が擦れ合うカッカッ、という音が室内に響く。

『標的は俺達で間違いない。どうする』

 ハンクが石板を渡すと、グリンは布で文字をぬぐって自分の意見を書く。

『誰の依頼か吐かせる』

 この文字を見たハンクは剣で首を切る真似をする。「殺すのか」というジェスチャーを見たグリンは落ち着いた様子で首を横にふって否定した。

『金貨で解決』と書くとハンクは笑って頷いた。



 一方、カツカツという音の正体がわからずにアーシュラは困惑していた。

「なんなのこの音?」

 何か情報を得るのはあきらめて壁から離れると、ボリボリ、と頬袋の食事を小出しにして咀嚼した。

「今の内に食べちゃお」

 食べながら独り言をぶつぶつとつぶやく。


 レンガ職人の元で雑用をやってたアーシュラは、魔女の協力者を名乗る黒覆面の男から闇妖精ヴァスカの少年を監視する仕事を受けた。


 ひと月につき、金貨五枚。定期的に報告書提出、郵便にて。


「!」

 アーシュラは突然視界を奪われた。

「ふぎゃ──!」

 何かの袋を頭から被せられたようだ。反射的に暴れたが、上から何者かに頭を押さえつけられ、床にうつ伏せに倒される。

「なになになんなの〜!?」

「大声を出しても誰も来ない。この部屋は『秘匿シークレット』の魔術によって一定時間、他の生物に認識されない」

「ひえええっ?」

 甲高い叫び声を出すアーシュラを押さえつけているのはどうやら闇妖精ヴァスカのようだった。

「こ、こここ、殺さないで……!」

「殺すつもりはない」

 抱え起こされ大きな布袋が取り払われると青白い肌の眼光鋭い少年と笑みをたたえた中年男性が中腰でこちらを見つめていた。

 殺すつもりはない、と言いつつも。

 距離が近く、圧迫感が強い、特に少年の方の凝視には恐怖を感じる。アーシュラの野生の勘が少年の本心を見抜く。

 返答によっては容赦無く殺すつもりだろう。

「ああ、うう……」

 ここは涼しくおだやかな気候で寒暖の差は少なく過ごしやすい北東寄りの街だがアーシュラの髪の生え際に汗が溜まり、ツツー、と水滴が頬を伝う。尻尾は毛羽立ち、緊張で小刻みに震えている。

「何の目的で俺達を尾行しているんだ?」

「か、勘違いですよう」

「お嬢ちゃん、この闇妖精はと〜っても残忍なヤツなんだよ。嘘はつかない方が身のためだ」

「勘違いなんです、あたし、友達を探しててえ〜。なんか似てたからつい……」

 グリンはシューティングスターを指に何個も挟んで見せる。

獣人族フェムナーの女。おまえ、闇妖精ヴァスカの知り合いがいるのか? 名前を言え」

「あ、いやその。だから勘違いで……」

「お嬢ちゃん、尾行していたのはわかっているんだ──金の匂いに釣られてやってきた泥棒か? それとも誰かに俺達の正体を探るように頼まれたのか」ハンクが横から話し掛ける。

「秘匿の巻物はそれなりに高価だ。無駄にしたくない──がっかりさせないでくれ獣人族フェムナー

「いやその〜、あたしには何の事だかサッパリ──」

「あくまでしらを切る気だな?」

 グリンは立ち上がると首に巻いていたスカーフを鼻の上で巻き直し、自ら目隠し状態になった。

獣人族フェムナー、おまえが嘘を言う度にこのシューティングスターをおまえに当てないように目一杯の力を込めて投げる、当たるか、当たらないかは神のみぞ知るといったところか」

「ゲハァ〜!?」

 アーシュラは面白い声を出して驚いた。

「あのっ、冗談ですよねっ!?」少女はハンクに助けを求めるがハンクは質問には答えず、アーシュラへの尋問を続けた。

「誰からの依頼だ?」

「こ、答えられまっせん!」

 すぐさまシューティングスターが投擲されアーシュラの顔面を掠めるようなコースで後ろのカベにがっしりと食い込む。

「ひいいい!?」

 自分の顔面や喉元に当たった時の事を想像して肝を冷やすアーシュラ。即死はしないだろうがおそらく大変な事になる。

 同じ流れでアーシュラは三回、何も知らない設定を押し通したので、三枚のシューティングスターがアーシュラの後ろの壁に突き刺さる。

「依頼主は──」

 少年は何故かその場で一回転した。なんとなく先程の立ち位置からずれている。ウォーミングアップで腕を軽く振りおろす少年、その腕の軌道を見るに、このまま投げたらちょうどアーシュラに当たりそうな予感がする。 

「わ、わかりました! 言います言います! 言いますからもうやめて! あたしの雇い主は魔女! ヴァーレの魔女です! そこのグリン──さんを見張るよう言われました!」

 すぐさまシューティングスターが投擲され、アーシュラの耳の横を掠めた。髪の毛がハラハラと落ち、耳が少し切れたのか鋭い痛みが走る。

「ギャー!? ほ、ほ、ホ、ホントの事言ったのにっ!なんで投げるんですかあーっ!!」

「それは確かなのか?」

 グリンは目隠しを取り、アーシュラに向き直る。何故かまた新たなシューティングスターを構えている。

「信じてくださいよお! 喋ったのに投げるなんて約束が違う!」

「魔女が……」

 グリンは口を抑えたまま固まってしまった。

「相棒、おまえのお客さんみたいだな」

 ヴァーレは闇妖精の要塞で、最近魔女が棲み着いた、というのはハンクでなくとも知っている。

「……魔女に会ったのか? どんなやつだ」

「会ってませんよ、あたしはほんと何も知らないんです。仲介してる人がレプスの街にいて、その人宛てに毎月──緊急の場合はその都度、手紙を書くのがあたしの仕事です」

 他人は裏切る、というハンクの言葉をグリンは脳内で反芻していた。

「いくらもらってる? 契約料だ」

「は、はい。一ヶ月で金貨五枚。前渡しで十ヶ月ぶん、五十枚をまとめてもらってます」

 庶民は基本として銀貨や銅貨を使って生活をする。都市で暮らす者の生活費は一日で銀貨一枚を超えない程度。そして金貨一枚は銀貨十枚から十二枚に相当する(金と銀の交換は相場によって多少の変動があるが、最低額の十枚分を下回る事は無い)

 持ち家や家庭菜園など生活基盤のある者だと宿泊費が浮くので一ヶ月で金貨ニ枚でもあればそれなりの暮らしができる。

 金貨五枚は割の良い報酬と言える。

「魔女と直接『使役魔ファミリア契約エンゲージメント』の儀式を交わしたわけではないのか? これは大事な質問だ」

「魔女さまには会えない、と言われました」

 腕利きの間諜スパイではなく見習い盗賊レベルの獣人娘が雇われた理由がよくわからなかった。取り敢えずアーシュラの見聞きしたものが直接魔女の脳内に伝わらないことがわかっただけでも良かった、とグリンは安堵の溜息を吐いた。

 一息つくと、グリンは金貨の袋をふたつ取り出す。

「さて、相談なんだが獣人族フェムナー……俺達とも契約してくれないか。報酬は金貨百枚」

「えっ」

「しばらく、数ヶ月の間、俺達に同行して偽の手紙を書いてもらう──頃合いを見て解放するから、その時に本当の事を魔女に報告しろ。魔女は女に優しい、殺されはしないと思う」

 ふうん、とハンクはグリンの横顔を眺める。

 闇妖精ヴァスカは冷酷で残忍、陰湿だと言われているがグリンを見る限りでは度を越した可逆性は感じられない。理性的で論理的だ。彼が一族の中でも変わり者なのか、それとも誇張されていない闇妖精ヴァスカ本来の姿は彼のように昼の眷属と遜色無いのだろうか。

 ハンクはからかいついでにグリンの反応を見る。

「おや、お優しい事で──」

 グリンはハンクを無視して、がくがくと震えるアーシュラにもう一度問う。

「この提案を受けるか、断るか。じっくり考えてくれ」

「ち、ち、ちなみに、断るとあたしはどうなるんでしょうか? こ、殺したりしないですよね?」

「うん、殺さない。身包み剥いで奴隷商に売る。そこの人間は奴隷商人に顔が利く。良い勤め先に行けるよう口利きしてもらうよ」

 グリンは顔色をまったく変えない。整った顔立ちであるぶん、どこか作り物めいたところがある。色素の薄さと透明感はどこか氷細工を思わせる。

 先入観も手伝ってアーシュラには冷酷無比の邪悪な存在に見える。殺されないだけでも幸運かも知れない、と感じているようだ。

「ぜ、是非ご契約お願いします!」

 アーシュラは何度も頭を下げて懇願する。

「じゃあ契約成立だな──そう言えば名前を聞いて無かった。知っているとは思うが俺は青のグリニエル。グリンと呼んでくれ」

「俺はハンク。しばらくの間よろしくな?」

「はい、アーシュラと申します! おふたりの事は決して他言しませんので──どうか売り飛ばしたりしないで!」


 ──小一時間ほど過ぎた。

 

 緊張状態に晒されて精神が参ってしまったのかアーシュラはソファーの上に丸まって寝てしまった。自分の尻尾を抱き枕代わりにして面白い格好で寝ている。


 ハンクは事態が丸く収まりそうなのでワインのコルクを抜いた。部屋の角の天井から垂れ下がっている呼び鈴を鳴らそうとしたハンクは、思い出したように手を打ち、テーブルの上に置いた砂時計を確認する。

「そうか、飲み直そうにも秘匿の巻物の効果はもう少し続くから──ツマミが欲しくてもルームサービスは呼べないな──おい相棒、何か食べたいものはないか? 持ってきてやる」


 グリンは小さな机に頬杖をついて、何やら難しい顔をしていた。

「どうかしたか?」


 魔女から逃げている理由やきっかけになった経緯を語ってもらうには時間がかかるのかも知れない──ハンクは敢えて魔女の事を聞かなかった。


「……金で買収するつもりが単に威圧して脅しただけになった気がして。あまりスッキリしてないんだ」


「なんだそんなことかハハハ!」

「俺はそんなに怖いのか……」

 笑い飛ばすハンクと鏡を見て少し悩むグリン、そして寝息を立てるアーシュラ。

 別棟にある酒場はまだまだ盛況のようだった。


 こうして道中の道連れに獣人族の娘が加わった。




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