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第十九話 ファイアフォージ家の危機

───────


ファイアフォージ家の危機


───────


 ハンクはこっそりと部屋を出てメドニアとメイニーの寝室がある一階西側に降りた。

 邸宅の周囲には不寝番の戦士がふたりほど居るが、あまり警戒は強くないようで、驚いたことにほとんどの扉に鍵らしきものが見当たらなかった。

「田舎の一軒家みたいだな」

 サンドルクの住人達は堅牢な要塞の中で平和に暮らしているため、隣人を疑うことを知らないようである。


「ん〜、こうして人間族の不審者が夜間徘徊してるんだがなぁ──俺達は信用されてるのか、それとも無力だと舐められているのか──」

 

 妖精族の社会ではそもそも犯罪自体があまり起きないのかも知れない。文化の違いに少し戸惑いながらハンクはファイアフォージ邸の探索を続けた。

「うわっ……わざわざ『宝物展示室』って書くか普通。個人の家だぞ」

 鍵のかからない展示室の戸を開けると鈍い光を放つ金属加工品や透き通るような不思議な石材を使用した精巧な彫刻が所狭しと陳列してあった。

 武具の類に紛れて、金属の鍛造に使用していたであろう工具や何かの部品が飾られている。そして、いわゆる『機械』の歯車が内蔵された細かい道具も数多くあった。ハンクも人間族の工房で歯車は見た事があったが明らかに物が違う。それらは全て人間族の鍛造する金属が子供の遊びに見えるほど薄く硬く精巧だった。小指よりも小さな歯車が入った歯車箱ギアボックスが飾ってあったが何に使用するのだろうか。ハンクにはまったく理解できなかった。まあ岩妖精族ドワーフが造る物なのできっと実用的な用途があるのだろう、ハンクは金属の臭いに酔ったように少し頭が痛くなってきた。王国の職人達が泣いて喜ぶような場所だがハンクにはがらくたの山に見える。


 ハンクの目を引くのはやはり、宝石ジェムで飾られた祭祀用の装身具や、美しい彫刻が施された武器の数々だった。


「貴族の家でこれか──サンドルク王の宝物庫はどれだけすごいんだろうな──それにしても……」


 鍵のかからない部屋に財宝を保管しているのはさすがに不用心が過ぎる。

「俺が泥棒だったらどうすんだ?」

 彼らは勇敢な戦士だが、想定外の方向からの攻撃──たとえば内部の裏切り──にはめっぽう弱いのではないか。ハンクは岩妖精族ドワーフの行く末に不安を覚えた。

「仲間を信頼していると言えばそれまでだが……」


 部屋の最奥には百年祭で使用するレブロスハンマーが陳列されていた。祭壇のように豪華な金床かなとこの上に載せられたハンマーは厳重にケース内に保管されているわけではなく、ある意味『無造作』に飾られていた。

「ううむ……こんな保管方法で大丈夫か?」

 こんな調子ではスクアールに色々と持ち出され売り飛ばされてもおかしくない。ハンクは苦笑いした。


「ん……? 持ち出す?」


 ハンクの顔から笑みが消えた。何かがしっくり来ない──何か強い違和感をおぼえたが、この時はじっくり考える時間的余裕がなかった──そろそろ日の出の時刻、家人にバレては面倒だ。



 ハンクはおとなしく部屋に戻った。

 水差しの水を飲んで一息つく。なんとなく人間族の里で飲む水の味と違う。

「はあ……やれやれだぜ。こりゃ物騒過ぎる」

 ハンクは部屋の照明を点けた。ほのかな灯りが室内を照らす。本物の魔術装置ではなく擬似的な代用品らしい。

「こんなにすごい技術があるのに住人はなんていうか、純朴というか──どこかマヌケだな」

 ハンクは突然、背後から肩を叩かれた。


「独り言が好きなのか?」背後から声がする。


 心臓がひっくり返るかと思うほど驚き、咄嗟に飛び退いて手近なペーパーナイフを掴むと、声の主に突き付けた。

「────!!」

 見ると闇妖精族ヴァスカの少年が立っていた。腰に手を当て口を尖らせて非難するような視線を浴びせてくる。

「おいハンク、おまえ物置部屋で何してた?」

「はー! 驚いた……!」

 ハンクはペーパーナイフを置いた。

「こんな小枝みたいなのは武器にもならん」

 グリンはハンクの脇に寄るとペーパーナイフを手に取りくるくる手のひらの上で回してもてあそんだ。

 どうやらアルコールはすっかり抜けているらしい。グリンは種族的な特性なのか、毒物にめっぽう強いようだ。

「まいったな。寝てなかったのか」

「まあね。おまえが忍び足で部屋を出て行くから気になって──正直に言えハンク。宝物庫に寄る前に女の部屋とか浴室を物色したり、変態みたいなことはしてないよな?」

「……後をつけられていたのか」

「まあな」

 グリンはハンクを睨みつける。

 どうやらしっかり行動を監視されていたらしい。ハンクはいまさらながらグリンの卓越した技能に感心させられた。夜の眷族、闇妖精というだけの事はある。宵闇で彼らに勝てる種族はいないだろう。


「……相棒には話せてなかったがちょっとメドニアさんが──」

「なんてこった、変態だとは思っていたが遂にのぞきまでやったか……情けない」

「話は最後まで聞けよ」


 ハンクは兄弟に疎まれたメドニアに危害が加えられる可能性をグリンに説明した。

 グリンも感じが悪い三人がいたのは確認していたので状況の飲み込みは早かった。


「ふうんそうか、あの仏頂面のアニキ達とメドニアは険悪を通り越して敵対的なのか──」

 グリンはいつも以上に落ち着き払っていた。アルコールが身体に大量に入ったせいで解毒が始まり、身体の感覚や思考が一時的に活性化しているらしい。

「ふうん……でも、それはこの家のやつらの問題だ。他所者の──種族の風習も何もわからん俺達が混ぜっ返すのは良くない」

 グリンはスプリングの効いたふかふかのベッドの上であぐらをかいた。

「そう言わず、手助けしてやろうぜ相棒。なあ」

「ふうん、例の『調和』か? まったく……人間はお節介焼きだな……」

「調和は関係ない。短い間とは言え寝起きを共にした仲間だからさ」

「ふうん──そっか、仲間か……」

 グリンはう〜ん、と唸った。

「そうだな──メドニアは見かけに寄らず頼りないから手助けしてやるか。うまい飯を食わせてもらったし」

「そうこなくちゃな! さすが相棒、話が分かる」


 ハンクとグリンは改めて情報を整理した。 


「メドニアはなんかアニキ達に遠慮してるっぽいけど

家督を継ぐのが嫌なら嫌だ、ってはっきり断ればいい。逆に家督を継ぎたいなら長男と向き合って正々堂々と戦うべきだ。周りに流されてるようでは一族を率いる長としては不十分だよ」グリンはまわりくどいことをせず本音を伝え合う事を提案した。

「ふうん……戦うってのは物騒だな」

「殺し合いをしろ、って言ってるわけじゃないよ。戦士の地位が高い岩妖精族ドワーフなんだからさ、正々堂々と決着つけるやり方とかあるんじゃないか? 飯のあとにでも話をしてみようぜ」

 グリンはスッキリした顔で提案してくる。

「なるほど、聞いてみるか。なんか今日は冴えてるな相棒」

「……いつもは頭悪い、みたいな言い方はやめてくれ。俺はいつも冴えてる」グリンは頬を膨らませた。

 取り敢えず朝食の時間までふたりは一旦、横になった。



 当主のロドムは食卓を共にせず、自室で食事をとるらしい。子供達や使用人達と一緒にグリン達は卓についた。

 朝食には分厚いハムと焼いた麦パン、そして葱の酢漬け、芋のスープが出された。

 

 メドニアはいつにも増して弱々しく食事を進める。 家族は元気がない末娘の事をひどく心配したが外界を旅した疲れが遅れてやってきたのだろうとそっとしておいた。

 重苦しい雰囲気を漂わせつつ食器を片付けるメドニアにグリン達は相談を持ちかけた。



 ────



 メドニアの部屋は母のメイニーとの二人部屋になっていた。

 母親との親密さがうかがえるというよりも、家庭内でのメドニアの扱いの低さを示しているような気がしてならなかった。

 ハンクはなんとなく気まずかったがグリンはあっけらかん、とした様子でメドニアに用件を告げた。


「なあメドニア。家督争いについて家族にしっかりと自分の意志を示すんだ」

 物言いにあまりにも角があり過ぎる。メドニアは最初、目を丸くして驚いたがすぐにシュンと肩を落としてうつむいた。

「──わたしは、別に……兄上達を差し置いて家督を継ぐなんて……考えた事もありません」

「そうか。それなら仕方が無い──じゃあ今の言葉をそのままハッキリ親父に伝えればいい。すぐにこの家のモヤモヤした空気が晴れるぞ」

「え……と」

 何やら不安そうに下を向いて考え込み始めるメドニア。

「実は……その、仮にレドム兄様が当主になられたとして。父上が引退されたら母上の立場がどうなるのか──それが心配で──なかなか言い出せないんです」

「なんだって?」


 次男のドストムかメドニア。

 このふたりが当主になる可能性がある内は、母であるのメイニーの生活は保障されている。

 しかし。

 前妻の子レドムが当主になった場合、最悪メイニー達が家から追い出される可能性があるという。

「ん? なんでだ?」グリンは首を傾げる。

「穏やかじゃないなぁ」ハンクは首をすくめた。


 後妻を迎えることに従兄弟のグクルー・カラスコムは強く反対していた。そのためメイニーとは最初から折り合いが悪い。

 グクルーを筆頭とした前妻の派閥カラスコム家は、メイニーを毛嫌いしており、ファイアフォージ家の全てを掌握するためにメイニー達を追い出す気でいるらしい──


「追い出す? まさか。そこまで敵対的な関係に?」ハンクは信じられないという表情になる。


「陰湿だな。それは確かな情報?」


「お、おじさまからそう聞いていますし──グクルーさんは父上の目があろうとなかろうと、私達にすごく冷たい態度を取ってきますし。ハルボおじさま達が何かと私達をかばってくれるからなんとかやっていけてますけど……」


「ああ、確かにそのグクルーってヤツは人相が悪かったな。悪人顔だ」

「いえ、その──ファイアフォージはカラスコム家からの援助で太伯の地位を保てているわけで……母と仲が悪いだけで悪人扱いするのは……」

 メドニアはグクルーにも軽くフォローを入れた。お人好しなところがあるようだ。

「ちょっと聞きたいんですけど。長男のレドムさんは貴女と比べて劣るところがあるんですか?」ハンクが訊ねた。

 メドニアはわかりやすく耳まで赤面すると言いにくそうに答えた。

「その……実は……」

「実は?」

 メドニアは周囲に人の気配が無いのを確認するとぼそぼそと消え入りそうな声でハンクに耳打ちした。


「…………、…………」

「え? うわあ……」


「なんだよ俺にも教えろよ」グリンが拗ねる。


「なんていうか、メドニアさんが国王も観覧している武芸大会で兄貴をぶちのめして、恥をかかせたらしい……」


「へえ〜! 強いなおまえ。レドムってヤツは結構身体がデカかったのに」

「な、な、何年も前の事で、その……当時の兄は今より身体が小さくて、武芸よりは学問の方に集中してまして……」

「ははは謙遜するなって。やっぱ強いなあおまえ!」

 グリンは感心してメドニアの肩を叩いた。

「や、やめてください……その頃からハルボおじさまや親戚の人達が騒ぎ出して……わたしを当主にしろ、って親族の間で意見が別れて揉めごとに……」


「見事にこじれちゃったわけか」ハンク。


「おまえは当主になるのは嫌なのか?」

 岩妖精族ドワーフの古い価値観では強者が一族を導くべきなのだが、実際問題としてハンクやグリンから見ても、この気弱な面がある女性に政治家のような役職は向いてない。

「わ、わたしにはとても務まりません。父上や兄達のしている難しい話は……正直なところ、その半分も理解できません……そんなわたしが当主になったらファイアフォージはもう『太伯』の職を解任されてしまいます」


「……ふん、敵前逃亡か。がっかりだな」


 小声でつぶやくグリン。

 その視線はいつになく厳しかった。蔑むような、どこか獲物を狙う爬虫類のような冷徹な眼光をメドニアに向ける。

 グリンに対して初めて怖気をおぼえたメドニアは沈黙することでそれを肯定した。

 闇妖精族ヴァスカとは本来、好戦的で、嗜虐的な行為を好み、呪詛や暗殺を生業とする狡猾な種族だ──メドニアは思わぬ一面を見せられて少し動揺させられた。


「ん〜、何も結論を出さないまま先延ばしにしたけど──時間は解決してくれなかった、ってことか」ハンクは手櫛を入れたあとで髪をくしゃくしゃにした。

 メドニアは申し訳無さそうにうなずく。

「お恥ずかしい話です。わたしがしっかりしていれば……」

 

「本人達を差し置いてハルボおじさんとカラスコム家のグクルーが盛り上がっちゃって、引くに引けなくなったわけか」

「メドニア……おまえが当主になったらレドムを追い出すのか?」

 グリンは少し『躁』の状態にあるようでいつになく声の調子にトゲがある。

「ま、まさか……! 考えた事もありません」

「でも向こうはそうじゃないんだろ?」

「え、ええ……」

 メドニアが戦士として強く成長するにともなって徐々にレドムを推すカラスコム家の立場は微妙になっていった。

 メイニーとメドニアは引っ込み思案な性格を「奥ゆかしい」「謙虚さがある」と好意的に捉えられ、気難しい一面を持っていた前妻よりも人望を得てしまった。

 次第にレドムとグクルーは親族達の間で求心力を失っていき、ここ一年程でメドニアを推す動きが急激に強まったようだ。


 そこに来て今回のスクアールの件だ──罪人とはいえ身内を殺されたカラスコム家とメドニアとの間には埋めようのない大きな亀裂が生まれてしまったのだ──


「レドム兄様は上院議員なので、スクアールを追う任務には許可が下りませんでした。わたしは兄の役に立ちたいと思って志願しました──でも、今思えば、わたしが行くべきではなかった……」


 もう、どうやっても両者の間に発生した溝は埋まりそうにないと、ハンクには思えた。

「和解は難しいと思いますよ、諦めた方がいい」

「そんな……」メドニアは肩を落とす。


「……今回、カラスコム家は焦って変なミスをしでかした。この件をしっかり追求してお母さんに嫌がらせをさせないよう釘を刺しておきましょう」


「ミス?」メドニアは怪訝そうに眉をひそめて聞き返す。

「おまえの探索を失敗させようと毒薬を準備したり、孤立させて困らせようとしたかも、って話さ。急な病気って都合が良過ぎるだろ」グリンがぶっきらぼうに言い放つ。

 毒薬という言葉にメドニアは強く反応した。

「毒薬!? み、ミルダラ達が変なことをするとは思えませんが。彼は炎雷戦士団の勇敢な戦士ですよ!」

 声を震わせるメドニア。

 疑心暗鬼にかられているようで表情に落ち着きが無かった。

「メドニアさん、戸惑うのはわかるが落ち着いて。冷静になるんだ」

 ハンクはメドニアに息を大きく吸ったあと十秒止めて十秒吐き続けるのを繰り返すよう促した。

 しかし、どうもメドニアの肺活量は人間族を大きく上回るようだったのでやり方を変えた。

「ええと限界まで吸って、限界まで吐き続けるのを三回繰り返して──」

 メドニアは素直にそれを実行する。

 なんとなく落ち着きが戻ってきたように見える。


「あの……わたしはこれからどうするべきなんでしょうか。せめてその、母にだけは悲しい思いをさせたくありません……」


「うーん、こちらから何らかのアクションを起こすべきですけど、どこからどう手をつけるべきか……」

 ハンクから良い案が出ないようなのでグリンは軽く手を叩いた。

「よし事情はだいたいわかった! ハンク、こいつの父親と話をさせてもらおうぜ。それが手っ取り早い」

 メドニアは驚いて跳ねるように身体を起こした。

「え? 父上と?」

「そう、俺にちょっと考えがある」

 メドニアは、グリンに背中を押されながら父親の寝室兼書斎へと向かった。



─────



 ロドム・ファイアフォージは数年前から身体の具合が思わしくないらしい。

 朝食後自室で次男のドストムを秘書代わりにして事務的な書類に目を通している。革張りのバインダーにまとめられた上質紙の書類に金属で出来たペンで署名を入れていた、文化レベルの高さと暮らしの裕福さがうかがえる。

「朝から何用だメドニア? 執務中だから手短にな」

 ドストムは半開きのドア越しに軽くメドニアを見上げた。

「すみません……その〜う」

 恐縮するメドニアにじれったくなったのか、グリンが後ろから顔を出し、さっさと部屋の中に入り込んでしまった。

「こら小鬼──おまえ勝手に入るな」

 グリンはドストムを無視して、ベッドに寝たまま半身を起こしている岩妖精族ドワーフに近寄った。

「ロドム太伯、相談がある」

 ロドムは特に顔色を変えずにグリンを見つめるとため息混じりにつぶやいた。

「ちょうど一区切りついた頃合いだ──娘の招いた珍客の話を聞くのも悪くない」

 ロドムは息子に手で合図を出す、それは部屋の外に出ろ、という意味だった。

「いやしかし、父上?」

 ロドムはバインダーを息子に放り投げる。

「うわっ!」

「署名が済んだ分だけでも上院に提出して来なさい」

 有無を言わさず書類を押し付けると、まるで厄介払いするように冷たく言い放つ。

「父上? こやつ夜の眷族の者ですぞ。何を企んでいるかわかったものでは──」

「メドニアもおる。案ずるな。小鬼一匹、何が出来ようか」

「しかし……」

「くどいぞ、行け」

 ドストムは納得がいかない様子だったがロドムの機嫌を損ねない内に部屋を出ることにしたようだ。ぶつぶつ何かつぶやく兄の姿を見送るとメドニアは戸を閉めた。


「人払いはした……何の話だ?」

「前置きは無しだ太伯、頼みがある。俺に権限をくれないか」

「権限──はて?」軽く眉を上げるロドム。

 グリンはエルフの記章を取り出した。

「俺はこういうモノを持ってる」

 ロドムは記章を見て、すぐにその素材が白妖精族エルフが精製した銀細工だと気付いたようで、露骨に不愉快な表情になる。

 苦々しく「ミスルー」とつぶやくと視線をグリンに移して目を細め表情を険しくする。

 自分が睨まれたわけでもないのにメドニアは軽く身震いして下を向いた。身体を悪くする以前は相当に厳しい父親だったのだろう、なるべく視線を合わさないようにして縮こまっている。


「外交特権代わりに──ファイアフォージ家当主の代理としてサンドルクで活動できる権限が欲しい」


「図々しいやつめ。まあ、記章は本物のようだ、忌々しいことに」

 グリンから記章を受け取ったロドムは細工師が使うような拡大鏡を着けるとあらゆる角度から眺めた。

「これはスファイアティー家の家紋のように見える。お前達が持っていて良い代物ではない、盗品ではないという証拠は?」

「証拠はありません。白妖精族エルフをまとめるフィンランディアの息子、涼やかの森の戦士長であるミシェット・ナグ・スファイアティーから譲り受けました、彼に問い合わせてもらうしかありませんね」ハンクが情報を補足する。

 ロドムは身体全体から威圧するような気を発しており、傍目に見て怒っている。

「ふん──白妖精族エルフの呪い付きの粗雑な銀を触らせおって──手が穢れたわい」

 ロドムはグリンに記章を投げ返し、汚物を触った後のように、手を濡れタオルで念入りに拭い、タオルをくずかごに投げ入れた。

「──闇妖精族ヴァスカの小鬼と人間族の二人組が、どうやって涼やかの森の信頼を得たのか、詳しい経緯を話してみなさい」

「私とこいつでフィンランディアの娘シュローネを助け、三人で吸血貴族を討ちました──その折に謝礼代わりとしてもらい受けたのです」

 ハンクが三人、と言うとグリンがすぐに「四人で」と訂正した。

「フ……こんな非力そうな子供に吸血貴族が討てるものか」


「太伯よ、身長が低いからと侮るのはよせ。俺は黒龍連珠ドラゴンカルトお抱えの腕利き斥候──闇妖精族ヴァスカの中でも特別優秀な男だ。並の妖精ではないぞ」

 グリンが自慢気に語るのを見てロドムは厳しい表情を崩して失笑した。

 ようやく部屋の中の空気が和らぐ。

「ハハハ……まったく馬鹿馬鹿しいホラ話よ。だがまあ、久々に笑わせてもらった礼をしよう──ファイアフォージは勇者を手厚くもてなす。祖父の代からのならわしだ」

「さすが太伯、見る目がある」勇者と呼ばれてグリンは胸を張り自画自賛した。


「私の前でホラ話を騙るその度胸に免じてのことだぞ──ところで小鬼の勇者よ、権限を得て何とする?」


「あんたの所のお家騒動を解決してやろうと思って」

「お家騒動?」

「家督争いだよ」

「……」

 ロドムはちらり、とメドニアに目を向ける。

「急にどうしたメドニアよ、まさかわたしの後継者に立候補する気になったのか」

「い、いえ! ち、違います……その」

「太伯──一族の不仲を知らないわけでもないのでしょう? このまま何もせず手をこまねいているとそのうち身内に大きな不幸が訪れますよ」

 ハンクも前に出てグリンに並ぶ。

 ハンクの声の調子は強く、ややロドムを責めるような口調だった

「大きな不幸だと? わたしは脅されているのか?」

「太伯。真摯に、そして早急に向き合うべき問題です。他の誰でもなくあなた自身がね」

 ハンクとロドムはしばらく視線を合わせる。

「わたしが逃げていると?」

「そう見えます」

 真剣な顔のハンクを見てロドムは根負けしたように深くため息を吐いた。

「やれやれ小癪なことを言う人間だ──わかったわかった──しかし、妖精族の内々の話に首を突っ込むとは何とも物好きな。人間よ、何かお前に見返りはあるのか」

「あります、ささやかなお願いが。まあ、それは後々……今はメドニアさんやご長男さんの問題を解決するのが先決です」

「ふうむ……」

 ロドムは脇で小さくなっているメドニアに視線を向けた。

「メドニアよ。おまえがこの無礼な連中に助っ人を頼んだのか?」

「あ、あの……いえ違います、その~」

 メドニアのどこか他人事のような態度にロドムは少し苛立ちをおぼえた。そして父親以上に苛々を募らせていたグリンが父親の代わりに大きな声を出した。

「おまえは──」と口を開いたロドムに被せるようにグリンはメドニアを叱責した。


「ああもう! 俺はこんな風に女みたいにうじうじしてるヤツが嫌いなんだ。メドニア、もっとシャキシャキ自分の意見を言え!」


 ロドムは呆気に取られて首を傾げた。

「ううむ、この小鬼は頭が少しおかしいのか?」

「いやその……すいません太伯。こいつちょっと興奮するとおかしくなるんです」

 ロドムが段々とグリンの正気を疑い始めたのでハンクはすぐにフォローを入れた。

「ふん、じめじめした洞窟から這い出してサンドルクにまで押し掛けて来るぐらいだからな。かなりの狂人ということか。まあいいさ。おい小鬼──おまえに権限を与えてやってもいいぞ──」

 メドニアはハラハラしながらグリンと父親の話を聞いていた。当事者なのに遠い距離感を保って押し黙っている娘を見たロドムは厳しい口調で娘に呼び掛けた。

「おい! メドニア? 皆おまえのために真剣になっているのだぞ? わかっているのか?」

「エッ……あ、は、はい!」

「よし、この小鬼が何かしでかしたら、おまえも連帯責任で罰を受けてもらうからな」

「エッ!? わたしが?」

「当たり前だ馬鹿者、おまえが連れてきた客だぞ。責任を持て」

 ええ〜、と顔を青くして動揺するメドニア。

「よし、じゃあ一筆頼むぞ。ちゃんと印鑑付きでな」

 グリンはテーブルの上にあったいかにも高級そうな便箋とペンを手に取るとロドムに手渡した。

「印鑑、印鑑……っと」

 執務用のテーブルを雑に漁り始めるグリン、翡翠色の文鎮のようなものが落ちた。ハンクが咄嗟に飛びついたが文鎮は床に落ち、ごとん、と大きな音を立てた。

「あ、悪い……ああ大丈夫、床にも傷は付いてない」

「小鬼よ、わたしがあと二十歳若かったらおまえは今日の内に血反吐を吐きながら竜の頭から鎖で逆さ吊りにされ、鳥の餌になっていただろう。運が良かったな」

「ははは! そんな強い時のあんたを見てみたかったもんだ」

 自らの圧がまったく効かない事に呆れるロドム、何度めかの大きなため息を吐いた。

闇妖精族ヴァスカとの共存は難しそうだな……」

 ロドムはさらさらと筆を走らせる。

「小鬼。おまえの名前は何だったかな?」

「青のグリニエル」

「……わかった」

「そこのつづりは『I』と『E』だぞ」

「……」ロドムのこめかみの辺りがひくひくと痙攣した。明らかに苛立っている。

 グリンの恐れを知らぬ態度にメドニアは落ち着かず、たまに両手で目を覆っていたが、グリンから身振りで印鑑を持ってくるように伝えられると大急ぎで印鑑の準備をした。

 押印された書状を受け取ったグリンは満面の笑みでそれを眺める。

「おお〜、すごいな。岩妖精族ドワーフの貴族から書面をもらった闇妖精族ヴァスカは俺ぐらいのものだぞ──そうだ、念の為にもう一枚、同じものを書いてくれ。玄関のとこに貼りだしておこう」

 グリンはもう一枚便箋を持ってきた。

「こんな無礼を働いてまだ生きている闇妖精族ヴァスカはおまえぐらいのもんだ」ハンクは呆れながら相棒の頭を叩く。


「まあ、何をする気か知らんが──メドニアに恥をかかせるな」


 ロドムは深く息を吐きながら少年の華奢な身体を観察した。偉大なる戦士もひと目でグリンの力量を測ることはできなかった。確かに装備品の手入れ具合は旅慣れた雰囲気はあるが。


「もちろんだとも。さて──太伯、おまえは三人の子供の内で誰に家を継いで欲しいんだ? 先ずはおまえの気持ちを聞いておこう」


「なに? わたしの考えか……」


「そうだ、おまえの希望だ」


「希望、希望か……」ロドムは軽く目を瞑った。


 グリンから問われたロドムはメドニアに部屋から出るように告げた。

 メドニアは緊張して固くなった身体をぎこちなく動かしながら退出した。


 ──────


 部屋から出てきたグリンは「よし早速始めるぞ」と廊下で大きく四肢を伸ばして身体をほぐし出した。

「グリンさん、父上はなんとおっしゃっていましたか?」

 メドニアはそわそわと落ち着かない様子だった。

「明言はしなかった──ただおまえのことでひとつ……」

「ひとつ?」


「最初から当主を諦めて、その年になるまで学問から逃げ回っていた事をひどく嘆いていたぞ」


 メドニアは、ええっ、と大きな声を出して驚いたあとがっくりと肩を落とした。

「父上ひどい……身内の恥をよその家の人達にペラペラと」

「サボりはよくないな──」グリン。

「勉強は苦手なんですね」ハンク。

「べ、弁明させてください、だってわたしは末っ子で、女で……よその家だってだいたい長男が継いでますよ。わたしが書類仕事を覚えても何の足しにも──」

「わかったわかった」

 グリンは慌てるメドニアをたしなめると、足早に廊下を進んだ。

「あの、どちらへ?」

 思ったより速いのでメドニアは慌てて後を追いながら訊ねる。 

「まず真っ先に話をするべき人物のところ──おまえの兄貴──レドムだ。近くに住んでると聞いたぞ」


 メドニアの表情が一気に引き締まり、足が止まる。


 戸惑うメドニアに構わずグリン達はファイアフォージ家を後にした。

 


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