第十八話 サンドルク
サンドルクへ向かう道中は特に変わったことも無く多少、天候が不順で長雨に悩まされた程度であった。
しかしながら。
どうもメドニアにとってはこれがかなりのストレスだったらしく、ノイローゼ気味になっていた。
サンドルクの中でちゃんとした家屋や排水がしっかりした石畳の道路で育った彼女には水捌けが悪く歩くとぬかるんだりすれ違う飛脚便達の馬が駆けていった際の泥はねなどに辟易していた。
岩妖精達からすると文明レベルが低い未開の地を冒険している気分なのだろう。
馬車の車輪がぬかるみに落ち込んで動かなくなった際に降りて持ち上げた時に、折悪く飛脚便が通り掛かってメドニアに大量の水飛沫を浴びせかけていったのである。
ずぶ濡れになったメドニアは小さく「ふぇ〜ん」と聞き取れないほどか細く鳴いた。
「すみません、身体を拭きたいので……また、お願いしても良いですか?」
これはグリンとハンクに幌の外に出て、メドニアが身支度を整えるまで待て──という意味である。
「おまえまたか! これしきの泥で軟弱な──岩妖精族の戦士だろ、少しは我慢しろよ、キリがないぞ」
グリンは自分より遥かに大柄な体躯を持ったメドニアを叱り飛ばす。
「だ、だって……だって」肩を小さくすぼめるメドニア。まるで大きな子供だ。
最初はしっかり者に見えていたが、段々と本人の意志の弱さや甘えた部分が顔を出してきた。
岩妖精族社会において「友人が少ない」とメドニアが言っていたが、グリンにはなんとなくその理由がうっすらと理解できた。
こんな調子で度々、こうやってメドニアの身繕いや衣服の乾燥などで小休止した。
小休止と言っても雨の降りしきるなかを幌の外に追い出されたりするのでグリンにとっては不満の溜まる道中となった。
一度、全裸で服を乾かしているところにグリンが「目を瞑ってるから大丈夫」と言いつつ幌の中にオヤツを取りに侵入した際、半狂乱のメドニアにグリンは幌の外に突き飛ばされて数メートルほど投げ出されたことがある。
特別身軽なグリンでなければ、受け身をとり損ねて重傷を負っていたかも知れない。
「す、すいません。でも、汚いし気持ち悪いじゃないですか……変な虫もいるし……わたしこういうの、本当に慣れてなくて耐えられないんです、お願いしますグリンさん……」
メドニアはしくしくと泣き出す。マジャール商会で大暴れしたときの戦士と同一人物とは思えない。
しかし、こう弱々しく泣きながら懇願されるとこれ以上強く言えなくなってしまう。
結局のところ。
小雨の降りしきる中、木陰で申し訳程度の雨宿りをしながら御者席でメドニアの着替えを待つ事になる。しかも干している下着がある程度乾くまで幌の中には入れない、という地獄。
「も〜……まったく! メドニアの潔癖症にも困ったもんだな……病気だろアレは」ボヤくグリン。
「いいじゃないかいいじゃないか、女の子なんだし……常に身だしなみに気を遣うなんて、かわいいじゃないの」
「あれ? なんだハンク……ニヤついて。気持ち悪いな」
「なんていうか、メドニアさん……今までの誰よりも『乙女』なとこあるよな。ああいうタイプは今まで俺の回りにゃあ居なかったな」ニヤついて下卑た妄想をするハンク。
アーシュラは基本的に綺麗好きだったが農家の手伝いもやっていたので、ある程度の泥汚れには慣れっこだった。
シュローネは不思議と汚れにくく常に清潔を保っていた、おそらくあれは精霊術を使っているのだろう。それに白妖精族は自然を普段の生活に取り込んでいるので多少服が汚れたりしても騒ぎ立てたりすることは無さそうだ(まあ、食べ過ぎて吐いて、上着を吐瀉物まみれにしてしまった時はさすがに取り乱していたが)
「…………」
馬車の中から、かすかに衣擦れの音が聞こえてくる。
「あ〜ヤバイヤバイヤバイ……!」
ハンクは眉間にシワを寄せて苦悶の表情を作ると耳をふさいで御者席から降りて馬車から少し離れた。
「どうした?」
グリンが不思議そうに見下ろす。
「いや相棒は、男として何も感じないのか──?」
「なにが」
「あの幕の向こう側ではうら若き乙女が服を脱いで一時的に全裸になっているんだぞ──多少個性的過ぎるところもあるが……」
「まあ、ずぶ濡れで全部着替えるから、そうだろうな。それで?」
「なんかもうたまらん、悶々としちゃって」
「はあ〜……そうかハンク。おまえ本っ当に女好きだな。メドニアまでそんないやらしい眼で見ているのか……」
グリンは落胆して深くため息を吐いた。
「あの発育の良さ考えたら絶っ対、すごいカラダしてるぞ」鼻息を荒くするハンク。
「へ、へえ……」
「そんな娘が間近で恥ずかしそうに生着替えしてるんだぞ、ふつうの男なら絶対おかしくなる。俺は既におかしくなってる!」
「おかしいのは前からだろ」
グリンにはツラい道中だったが、ハンクには別の意味で試練が訪れているようだ。
「なんだなんだ? おまえさん面食いが過ぎるぞ。メドニアさんより美人じゃなきゃ女として認めないのか?」
「俺には岩妖精族をそういう目で見る感覚がわからない。強くてかっこいい、って感想しかでてこない」
グリンにとって岩妖精族は憧れである。
『強過ぎて他種族と争いにならない』という伝説の戦闘種族──メドニアはそのグリンの期待するイメージ通りにマジャール商会で無双してみせた。人間族最強と呼び声の高いノール人傭兵も闘いを避けて撤退した。
「最初は厳つくて怖かったけど、見慣れてくるとだんだんかわいく感じてこないか? おとなしく世間知らずで純朴、なんでも言う事聞いてくれるぞ。岩妖精族の女の子、アリだな! サンドルクに行くのが楽しみになってきたぞ!」
相変わらず鼻息の荒いハンク。
「はー、いやだいやだ人間族は。年がら年中誰にでも発情しまくって──おまえにはナワルの警備隊長というちゃんとした彼女がいるというのに! システィーナ? だっけ? あっちの頭良さそうな女の方がハンクにはお似合いに見えるぞ」
「おいおい蒸し返すなよ。アイツとはとっくに別れました。だから別にメドニアさんに興奮したとしてもシスティーナに罪悪感なんて感じ無いね」
「ええと、じゃあおまえ、もしかしてチャンスがあればメドニアに手を出す気があるのか」
グリンは眉間にシワを寄せてハンクを睨む。
「そりゃもちろん、向こうにその気が少しでもあるなら是非ともお願いしたい」
胸を張って包み隠さず堂々と宣言するハンク、いっそ清々しい。
「げえ〜! やめてくれ。俺の憧れをおまえの歪んだ欲望で汚すな」
「そりゃすごい美人てわけじゃないけどメドニアさんみたいな娘、貴重だぞ。見た目に反して気弱なとこがそそる。恥じらう反応がかわいいんだよ」
「この変態め、使命を成し遂げた誇り高き戦士としてメドニアを讃えろよ、変態の性欲を満たす対象に落とすな」
「いや、だってなあ……」
「アーシュラとかにはそういう邪な視線を送ってなかったのに……どうしちまったんだハンク? まさかこれ──キエンザの目玉のせいで頭がおかしくなったのか」
グリンは腰から「不死者の目玉」を取り出す。
「いや、だから気軽に扱うな、って……日を追う毎にだんだん禍々しくなって来てるだろ。ちゃんと封をしとけ。特にサンドルクに入ってからは迂闊に取り出したりするなよ」
わかったよ、と言いつつグリンは無造作にポーチに放り込んだ。封をする気なんてさらさら無いらしい。ポーチは貴重品入れらしく、宝石や薬、エルフの記章などの小物が管理されているので、彼なりに大事に扱っているらしいが──
「話を戻すけども、変態はアーシュラとかシュローネにはそういう気にならなかったのか? 俺はアーシュラが一番好きだけどな。シュローネは……まあ強いし、黙ってりゃ見栄えはいいけど──ああそうかゲロ吐くようなやつは駄目か」
「ゲロはさておき……嬢ちゃんと姫さんはなあ、その、なんていうか……女というより子供。ガキだろガキ。ショボ過ぎてなあ」
「ショボいってもしかして乳のこと?」
「もちろん」
「あ〜、なるほどな。ふふふ」
グリンはシュローネの薄い胸板を思い出してフフッと鼻でせせら笑った。
グリンの幼馴染のザライア──おそらくはシュローネと同年代であろう彼女は、ふっくらとしてそれなりに女性らしいプロポーションをしていた。それと比べると確かにシュローネは発育不良だった。
「確かにアーシュラも女っぽさは感じなかったな。まあそういうところが気を遣わなくていいし、俺は好きだな」
「へえアーシュラねえ……まあおまえさん達、仲良かったもんな」
「アーシュラは脚が速いからな! いいぞ」
「は? なんか相棒の女の好み、たまに理解に苦しむんだが……脚が速い、って重要か?」
「重要」
何故か誇らしげに語るグリン。
「はあ……まあ速い遅いはさておき、脚は重要だな」
「ふうん、変態も脚にこだわるのか」
「そう──腰から足の爪先まで連続する数多の曲線、脚線美こそ女性の美の真髄──」
「うわあ本気で気持ち悪いぞおまえ」
真顔で中年男性を非難する少年。
「おまえも女を知ればわかる、脚の良さ」
「あんまりわかりたくない、この間変な店で酷い目にあったし──そうだ、あの時の仕返しに今度アーシュラ達にあったら今の事伝えておくからな、覚悟しろ」
「やめろ……特に姫さんには言うな」
「言うね、乳がショボいガキ、女として認めない、って──言う。シュローネの兄貴と親にも言うぞ」
「マジでやめてくれ頼む」
グリンは今までにとんでもない暴言を本人の前でさらりと言ってきた実績がある。シャレになってないのでハンクは少年の肩を揺さぶり懇願する。
「お、ハンクなんか顔色悪くなってるぞ?」
グリンは面白がってけたけたと笑い転げた。
雨はなかなか止まなかった。
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いざ伝説の都へ
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サンドルク──
巨大な岩山を削り合金で補強し、白妖精族から魔術的な防御を付与された巨大な門扉。
これがサンドルクの入り口、コン・スガの関所──通称『竜の舌』である。
関所には岩妖精族達の姿はない、彼等から雇われた人間族や獣人族が受付を担当していた。
ほとんどの者が商人で注文を受けた商品を預け礼金の引換札をもらっている。荷主から許可を得た専門の配達人達がそれを運搬する。
このコン・スガの関所は毎日このように賑わっているわけではない。人でごった返しているのは今日が荷物の受取日だからであって、普段は竜の舌が他所者を拒むべくしっかりと口を閉じている。
巨大な竜の頭が彫刻された関所の門は、それこそ巨大なトロール鬼や本物のドラゴンが潜れるのではないか、と思えるほど大きい。これはとある仕掛けのためにこの大きさが必要だったから、らしいが、それが何なのかを知る者はいない。
何故ならここに攻撃を仕掛けた者は歴史上、誰ひとりとして存在していないからである。
なので、門を守る門番も必要が無い──この第一関門には数百年前には、岩妖精族の屈強な戦士が待機していたらしいがいつの間にか誰も居なくなった。代わりに周辺に住んでいた異種族が門を管理するようになったと言う。
つまり、岩妖精族達にとってこの堅牢な関所は重要視されていないのだ。
「すごい人集りだな、こりゃ先は長いぞ」ハンクは遠眼鏡で受付の列を眺める。
「今日は開門日なので──ふふ、いつもは静かで誰もいないくらいなんですよ」
メドニアは故郷に近付いてきて興奮が隠せなかった。
グリンの方は「すげ〜!」を連呼しながら遠眼鏡で竜の頭の巨大彫刻を眺めた。
「どうやって作ったんだアレ、やっぱり岩妖精族はすごいな」
メドニアは素直に喜んでくれているグリンを見て顔をほころばせた。
列の誘導をやっている獣人族の青年に従って列の最後尾に馬車を着けるハンク。
「マジか……何時間かかるんだこれ?」
「ハンクさん、少々お待ちください」
メドニアはひらり、と馬車から降りる。鎧の重さも相まって、ドシャというすごい音と軽い空気の揺らぎがあった。前方で待っていた商人達が驚いて後ろを振り返る。
手近な獣人族に話し掛けると、彼は血相を変えて走り出した。そして門の前から数人を連れてこちらに戻ってくる。それを見たメドニアは大声でハンクとグリンを呼び手招きした。どうやら優先的に通してもらえるらしい。
ハンク達が係員の案内で列を無視して門に向かうので、辺りはざわついた。
ざわついた理由はふたつ。
ひとつは立派な体躯の戦士から、不似合いな女性の声がしたこと。もうひとつは門の中に入れる人物、つまり岩妖精がいるということだ。
コン・スガの門を素通り出来るとすれば、それはサンドルクでも名のしれた家の岩妖精族なのだろう。しかし三人の中にはそれっぽい人物は見当たらないし馬車も貧相だった──
皆、首を傾げてハンク達を見送った。
竜の舌を過ぎると竜の首と呼ばれる長いトンネルを通行する。トンネルとは言うがやたらと広いので息苦しさはない。
丁度、回廊のなかほどまで来たあたりだろうか。前方に検問所のように柵が張り巡らされているのが見える金属で組まれた櫓に大きな弩が設置されていた。
「あっ岩妖精族だ……!」
柵の向こう側には武装した岩妖精族が此方を向いて不動の姿勢を取っていた。
メドニアより頭ひとつ、ふたつ背は低いようだがそのぶん横に広く、がっしりとした体格の男性戦士達だ。
それぞれ自分の背丈ほどの巨大な戦斧や戦槌を構えている。
「すげ〜! 強そうなのがたくさんいるぞ!」
はしゃいでいるのはグリンだけで、その声だけが辺り一帯に響き渡る。
「相棒もう少し静かに」
さすがに恥ずかしくなってグリンは慌てて口を塞いだ。
ここが本当の関所、妖精族の里と人間族の里を分ける境界線のようだ。
盾を背負い、片手持ちの戦槌を腰に下げた大きな身体の壮年の戦士がひとり、柵を出て前進し、馬車の進路に立ちふさがる。
その鎧は黄金で縁取られた黒光りする漆黒の合金、赤い兜にはきらびやかな宝石がまるで王冠のように散りばめられていて、ひと目で相当な地位にある人物だとわかる。
「そこの馬車止まれ!」
白いものが交じる髭は丁寧に編み込まれていて、どうやって編んだのかよくわからない特殊な形状をしていた。
男性と馬車は200mほどの距離。
彼はメドニアに戦槌を突き付けて大声で叫んだ。
「コン・スガの門をくぐった若き戦士よ。おまえは何者だ? 我等の耳に届くほどの名を持つならば、黙っていないで堂々と名乗りを上げてみたらどうだ?」
おう、しからば名乗らせてもらう! と威勢の良い声を出してメドニアは馬車を降りると、幅広剣と鉄鞭をガンガン打ち合わせ大きな音を鳴らした。
「我が名はメドニア! 誉れ高きファイアフォージ家当主ロドムの娘! このサンドルクでファイアフォージを知らぬ者がいるか?」
「知らぬ者などいない!」「皆が知っている!」「誇り高き名だ!」と大勢の戦士達から声がする、手甲で鎧をガンガン叩く音が辺りにこだまする。
荷物を運んでいた雑役夫達は特に驚きもしないで足を止め休憩がてら汗を拭っていた。
どうもこれは岩妖精族戦士達のお決まりの風習で特に珍しくはないようだ。
「ファイアフォージの娘よ、おまえにはふたつの使命が課せられていた! 無事にそれを成し遂げたのか! それとも諦めておめおめ逃げ帰ったのか〜?」
「成し遂げた! 一族の信頼を裏切り、ウレロ家のみならずファイアフォージの栄誉までも汚した奸賊──スクアール・ウレロをこの手で討ち果たした!」
戦士達の大歓声と共に、竜の首のあちこちに大勢の岩妖精族が顔を出した。高所にある窓から見下されているのがわかる。
「もうひとつの使命、ファイアフォージ家の宝、盗まれた神器は? 悪党から無事に取り戻したのか〜?」
メドニアは「もちろんだ〜!」と嬉しそうな声をだした。
「──この通り、傷一つ付いておらぬ!」
メドニアは武器を放り捨ててレブロスハンマーを取り出すと両手で頭上に掲げた。
「私は、成し遂げたぞ〜!」
「うおおおお!」
「ォウィー!」
「ォウィー! メドニア!」
「サンドルクの誇る若武者!」
それまでしかめっ面だった戦士達は一斉に満面の笑みを浮かべてメドニアを讃える歓声を上げた。
「外界での使命を成し遂げた勇敢なる戦士メドニアよ! 『炎雷』戦士団はそなたに『勇者』の称号を与える! 勇者には新たな試練への挑戦権と、自らの戦士団を創設する権利が与えられる!」
グリンは大興奮で立ち上がって拍手して、ハンクは苦笑いしつつ歓声をおくった。
「メディ〜ッ! よくぞ無事で戻った〜ッ! 心配したんじゃぞ〜!」
壮年の戦士は兜を放り捨てると両手を広げて駆け出した。
「えっ……?」
どうも熱い抱擁をするために駆け出したらしい。一方、ハグをする準備の出来ていないメドニアは慌ててレブロスハンマーを収納しようとするが、ケースを放り投げていた。おろおろと戦士と神器を交互に見て固まる。
危機を察したグリンは素早くケースを拾いに行き、ハンクが神器を受け取った。
遠慮なく突進してくる戦士をがっしりと受け止めるメドニア。グリンだったら受け切れずに吹っ飛ばされていただろう。
「おお〜流石じゃわい! ビクともせん、岩のようじゃ!」
「ハルボおじさま、恥ずかしいからやめてください。なんでこんな大勢居るんですか」
「照れとるのかメディー、ノリノリでやっておったくせに?」
「や、やらないとおじさまが恥をかくでしょ?」
「ハッハー! どこまでも謙虚でかわいいやつめ。なあに、この連中はワシが集めておいたんじゃよ! 出迎えは派手にせんとな」
ハンクとグリンは呆気に取られてその様子を眺める事しか出来なかった。
どうやらこの壮年の人物はメドニアの親戚、ロドム・ファイアフォージの弟に当たる人物らしい。
「さっきの名乗りは茶番劇だったのか……やたら迫力あったな。ちょっと緊張したぞ」
グリンは居並ぶ戦士達を見て興奮していた。熟練の戦士は一騎当千とも言われるらしい。ヴァーレのミュルミドンや竜騎士団と戦ったらどんな戦いになるのだろう、とグリンは興奮した。
「ハハハ、まあレブロスハンマー取り返したとか、そういうのはそもそも手紙で伝えてあるしな。しかしメドニアさん、愛されてるな〜」
「本当だな、出迎えの人数がすごいぞ」
一方のメドニアは減らない観衆に困惑していた。
「あの、この人達にも予定があるんでしょうからもう帰ってもらって……」
「何を言っとるか、みんなおまえの支持者じゃよ。この勢いで人望のあるところを兄貴共を見せつけてやらんかい。わたしこそがファイアフォージ家の当主に相応しい、ってな」
「ま、またそれを言う……わたしには無理だし、そんなの興味ありません」
「おまえはもっと自信を持て! 爺様の血を一番色濃く受け継いどるのはおまえじゃよメドニア!」
「あの……それで兄上達は」
メドニアは家族の姿を辺りを見回すがそれらしき者はいない。
「ふん、来れるわけ無い。尻拭いを妹にやってもらったんじゃ。面子が立たんのだろうが、なんとも度量の狭い男だろら」
メドニアの知ってる顔と言えば叔父のハルボただひとりだけ──
「ドストム兄さんは来てくれてもいいのに」
「腰抜けは放っとけ放っとけ……いやあ心の底からおまえが男じゃないのがわしゃ悔しくて悔しくて……! おまえが家督を継げるよう、こんど陛下にお頼みに行こうと思っとるんじゃ」
「や、やめてください……それより兜ちゃんと被って」
「あっ──そうじゃ兜なんぞより先に、手紙にあった外界の恩人達に挨拶せねば」
ハルボは姪っ子から離れると馬車の前までどたどたと大きな足音を立ててやってきた。
明るい、というより何かと騒々しい人物なのだろう。
「お客人、挨拶と礼が遅れまして申し訳ありません。ワシはハルボ・ファイアフォージ。このサンドルク最強の炎雷戦士団の団長で、ここにおるメディーの叔父にあたる者。おふたりはワシのかわいい姪っ子、メドニアがひとりで困っていた時に手助けしてくれたそうで! ありがとう、ありがとう人間族のひと──ハンクと。ええとそして闇妖精族のひと、グリニエル!」
恐ろしく陽気でフレンドリーな人物である。グリンは握手する際に、その手の大きさと握力に驚愕した。
若い戦士達はメドニアと同じ種族に見えるが、ハルボはずんぐりとした体型で、頭も大きい。どう見ても違う種族である。
兜を落としたのは、若い頃とサイズが変わったのが原因のようで、現在は王冠のように頭に乗せることしか出来ない。もしかすると加齢で被れなくなった時点で世代交代が行われるのかも知れない。
立ち話も何なので、とハルボと共にグリン達は柵を越えた。
──グリンはこの時は気付かなかったが、この見物客達の半分はサンドルクではお目にかかれない闇妖精族を見に来ていたのである。
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宴席
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竜の首の終点まで来ると急に明るくなった。
竜の腹から脱出した一行は澄んだ空気に包まれた。高い山特有の張り詰めたようなピリピリとした肌感、そして爽快感。
岩山と一体化した荘厳な城壁を目の前にしたメドニアは頬が弛み、グリンとハンクは呆気に取られて口を開けた。
これこそコン・ラダの門と呼ばれるサンドルクの玄関だ。
その年季の入り具合からして、どうやらこれが本来の門扉なのだろう。竜の舌と比べて経年劣化で変色した細工や装飾の欠けが所々見られる。
巨人が造った、としか思えないスケールの大きな造形の城壁であり、これは到底人間族には成し遂げられないほどの偉業である。
門番達はハルボとメドニアに敬礼をした。彼等も屈強な戦士なのだが、やはりメドニア達の体格は同族から見ても恵まれたものであるらしい。
コン・ラダの門をくぐったグリンとハンクは、サンドルクに足を踏み入れた。
街並みを目にして、その先進的な構造に目を奪われる。
重厚そうな壁が、メドニアが近付くとひとりでに音も無く動き出す。ハンクが単眼鏡に魔法薬をかけて調べてみたが魔術の使用は検知出来ない──理解が追い付かず言葉が出て来ない。
雑な造作物は見当たらず石材に彫り込まれた複雑な紋様が規則正しい配列で壁面を彩っていた。その密度の濃さに情報処理能力が追い付かない。
「──」
ふたりが押し黙ったまま歩き続けるのでメドニアは不安になってたずねた。
「あの、どうかなさいましたか」
「ああいやちょっとその──なんか初めて見るような仕掛けが目白押しで」
「驚かれるのも無理はありません。人間の建築物とは似ているようで全然違いますからね」
馬車の形も大きく違う。
物珍しげに街並みや人通りを眺めるハンクとグリンを、サンドルクの人々も好奇の目で見返した。
何よりも驚くのは人々が寡黙で街全体が落ち着いて静かである事。何かの作動音や馬車の移動する音がよく聞こえる。グリンには遠くの鳥の鳴き声も聞き分ける事が出来た。大きな街であり、人々の往来も少なくないのに喧騒を感じない。
活気が無いわけではない、成熟した都市社会なのだ。
うるさかったハルボも無駄話をすることなくすいすいと歩を進めていく。これがサンドルクの作法なのだろう。ふたりも押し黙って後に続いた。
「着きましたよ!」
やがて一行は大きな庭付きの二階建ての邸宅に辿りついた。コンパクトにまとまったサンドルクにおいて、庭がある家はとても珍しいらしい。完全実力主義で任命される三役を何代にも渡って輩出する名家ファイアフォージ家ならではの特権らしい。
「我が家です」
メドニアが先頭に立って門を開き、玄関の両開きの扉の脇にある呼び鈴を揺らす。かすかに控えめな音が鳴っている。
勢いよく扉が開くと背の低い岩妖精族の女性達がメドニアを出迎えた。
「メディー!」
「母上!」
メドニアとその母親はしっかりと抱き合う。
わらわらとふたりを取り囲んだ岩妖精族の女性達はみな小柄で、メドニアとは似ても似つかぬどっしりとした体格で巨木の幹のようであった。
ハンクは複雑そうな顔で、うう〜ん、とうなった。
「なんだその反応……失礼だろ」グリンが肘でつつく。
「いやもっとこう……メドニアさんから筋肉を抜いたような華奢な美人がくるのかと……」
「みな健康そうでいいじゃないか」
「まあ病弱とか儚げとか、そういう言葉とは無縁だろうね……」
早速、メドニアは湯に入るらしくいそいそと荷物を置き奥へと向かった。ハルボはレブロスハンマーを取り出して兄嫁に当たるメドニアの母に見せびらかした。娘が取り返した宝物をありがたく拝むと母はグリン達に挨拶をした。
「メドニアの母、メイニーと申します。この度は娘がご迷惑をおかけしました。それにしてもまあ、ちいさくて可愛らしい小鬼だこと……とても魔法で悪さなんてしそうに無いわ」
メイニーはグリンを見て微笑んだ。
「小鬼?」
「サンドルクでは闇妖精族は邪法を操る悪い鬼、って信じられてますのよ」
「なんだと? どういう偏見だ」
グリンは口を尖らせた。親戚なのだろうか小さな子達がおっかなびっくりグリンを眺めていた。
グリンは少しふざけて歯を剥いて手を上げ、子供達に飛びかかる真似をした。
小さな悲鳴を上げて大人達の後ろに避難する子供達。
「ははは、大丈夫だ、俺は魔術があまり得意じゃないぞ」
「子供達がすいませんね……お疲れのことでしょう、先ずはゆっくり足を休めてください。お部屋を用意してありますよ」
──────
しばらく二階にある客人用の部屋で待たされたハンク達がメイニーに呼ばれて階下に降りると、少しどやどやとした雑多な会話音と、かすかな笑い声、そして食欲をそそる香ばしい匂いがふんわりと身体を包む。
客間の見物に時間が経つのを忘れていたが、確かにそろそろ腹が減る頃だった。
ファイアフォージ家の食堂はやたらと広く、大勢が集まって会食するのに適した大広間だ。ヴァーレの鐘楼館の食堂も大きかったが、これとは比較にならないほど広く豪勢だった。
ここは家族の食卓ではなく、賓客の団体を招いて接待するための場所のようである。
「すげえ、王宮みたいだな」
グリンの素直な感想を聞いたメイニーは恥ずかしそうに謙遜する。
「いえそんな」
「グレートシャードのパレスや祖霊廟にはさすがに負けるが、ここはかなりすごい」
席に座ったままこちらを見ていたハルボはそれを聞いて笑った。
「グリニエル君は若いのにお世辞がうま過ぎる! おい〜いみんな、この食堂は闇妖精王宮の次ぐらいに豪華らしいぞ」
小さな笑い声があちこちで起きた。
見渡すとざっと見て四十人は集まっていて、中央の大卓には二十人ほど、脇に四つほどある卓にあとの者達──子供達や給仕をする者達が着席していた。
女性らしい服装に着替えて髪の毛も編ま上げてすっかり垢抜けた格好になったメドニアがハンク達を手招きする。
ハンクは今晩の会食の主役であるはずのメドニアが末席に座らされている事に少々違和感を覚えた。岩妖精族は人間族と違って、割と男女平等が進んだ社会だと思っていたが、ファイアフォージ家は違うらしい。
あとでわかった事だが、メドニアはもともと大卓に席は無く特別な時だけ座るのを許されるらしい。
「着替えました! どうでしょうか」メドニアは褒めてほしいのかくるりと回ってみせた。
「とてもお似合いですよ、お美しい」ハンクは大喜びで、素直に褒めた。
「えへへへ……ありがとうございます」
メドニアは消え入るような声で答えた。
「なんだそれは、めかしこみやがって……」グリンはメドニアの隣に腰掛けながら呆れ顔でメドニアを見上げた。このドレスアップ姿はグリンの望む方向性とはかけ離れていた。
「え……?」グリンのしらけた顔を見たメドニアは不安になって聞き返す。
「な、何かヘン……ですか?」
「ものすごく変だ。なんだよちゃらちゃらして……これじゃまるで女みたいじゃないか」
「お、女ですが──」
「俺は鎧着てるおまえの方が好きだな。そんな女女した格好は似合わない」
「そ、そんなぁ……」
とぼけたやり取りをするふたりを見て近くに座っていた客達は皆、笑いをこらえきれずに失笑した。
メドニアは皆に笑われたのが恥ずかしく、少し涙目になり耳まで真っ赤にして拗ねた顔付きになる。
「相棒、ちょっと席代われ」ハンクが慌ててフォローに入ろうとする。
「なんでだよ、メドニアの隣で色々作法を教えてもらうんだから、俺はここでいいんだよ」グリンが抵抗する。
「だ、大丈夫ですハンクさん、お気遣いなく」
メドニアがそういうのでハンクはしぶしぶひとつ離れた席に戻る。
グリンはメドニアのドレスの裾を引くと、耳を傾けた彼女に耳打ちした。
「ハンクには気を付けろ。あいつ女遊びし慣れてるからな。そんな格好してたらちょっかい出されるぞ」
「そうなんですか……お気遣いありがとうございます」
グリンは「それでいい」とにっこりと笑った。少年と自然に顔が接近してしまったメドニアは慌てて顔を引いた。
「あらまあ仲のよろしいこと」
メイニーは恥ずかしがり屋の娘と少年が親しく話しているのを見て驚いた。
突然、大きな咳払いがひとつ──
騒がしくなった広間の雰囲気がガラリと変わってしまう。
咳払いを発したのは上座の席に座る人物、よく手入れされた立派な白い髭をたくわえた壮年の紳士──太伯ロドム・ファイアフォージ。この家の主だ。
どやどやとした雰囲気は吹き飛び、やわらかな空気までもがピンと張り詰めたものに変わってしまう。
「今宵──非常にめでたい宴席に、愛すべき我が一族の皆がこうして集まってくれて当主として、父親として嬉しく思う。そして──外界の客人の方々をおもてなしさせていただくのは我が家にとっても名誉な事である」
ロドムは弟のハルボと背格好は似ているが、妙に老け込んでいるように見えた。妻のメイニーとも歳が離れているらしい。
ロドムは立場ある人物として重圧に耐えているので気苦労で老け込み、気楽な立場のハルボは悩みを持たないため、若々しさを保持しているようだ。
「本来は──外界の異種族を家に招く事はない。だが、今回は特例だ。人間族の客人ハンク殿、そして闇妖精族のグリニエル殿。我が娘メドニアが外界でご迷惑をかけたと聞き及び、その労に酬いるべくこの席にお招きした。贅を尽くした美食とまではいかないが、礼代わりに我が家の料理を楽しんで欲しい」
ハンクが中腰になりロドムに軽く頭を下げると、グリンは勢い良く立ち上がり四方に深々と頭を下げて回った。
話の途中でグリンが席を立ったせいでロドムは続けるタイミングを失った。メドニアが慌ててグリンを座らせると、ロドムは中断された挨拶を再開した。
ハンクがちら、と横目で確認するとロドムの近くにいた数人がものすごくイラついた表情でグリンとメドニアを睨んでいた。
若干、肝が冷えたハンクはグリンの足を蹴っておとなしくするように促したが、グリンは何が悪かったのかあまり理解していないようである。
「──メドニアよ、わたしに成り代わり未開の地に赴き使命を成し遂げたこと──我ら一族みな賞賛しておるぞ。ただし神器盗難という国事に関わる不祥事ゆえデナリオン陛下に奏上申し上げるわけにも行かぬのでな──勇者の労をねぎらうに、このような内々での宴席というのも悔しかろうが──許せよ」
メドニアはめかし込んでいるのに、どこか雄々しさを感じさせる表情で口をぎゅっと真一文字に結び、父と視線を合わせた。
「悔しさなどありましょうか。わたし如きのために皆様にお集まりいただき感謝の言葉もございません」
ハルボを中心に自然とメドニアに対して拍手が贈られる。ハンクは上座に近い約三名がピクリとも表情を変えず、拍手をする真似事をするだけなのを確認した。グリンも彼等の態度に気付いているらしく少し冷めた視線を向けていた。
「……ハルボ」
ロドムがぼそりとつぶやき、弟に合図した。
ハルボは待ちかねたように椅子を引いてバシバシと頭の上で激しく手を叩いた。
「お〜い、兄上から無礼講のお許しが出たぞ! さあさあファイアフォージの子よ、楽しい食事を始めようじゃないか。祝いの席は久々だ!」
「ォウィー!」
「ハッハ〜!」
年寄り連中が喜んで杯を掲げ、給仕役の若い子とメイニー達が料理と酒を次々と運んでくる。
個々人の目の前に大きなジョッキがドスンドスンと置かれていく。
「メドニアに!」
「かわいいメディーに!」
「勇者に!」
よくわからない金属で出来たジョッキにしゅわしゅわと泡の出るエール酒のような物が注いである。
代わる代わるメドニアの前に人々がやってきて祝福の言葉をかけて杯を合わせていく。
「なんだこれ黒いぞ──」グリンが困惑する。
「黒ビールだと思うぞ」ハンクは匂いを嗅いだ。
メドニアが杯をこちらに向けて声をかけてきた。
「グリンさん、ハンクさん、ご迷惑をおかけしました。わたしひとり不慣れな土地では、到底スクアールを見つけ出す事は出来なかったでしょう。本当に感謝しています」
「俺達は何もしてない」
「本当にな、謙遜抜きで何もしてません」ハンクは少し申し訳無さそうにつぶやく。
「ナワルに入るの渋ったりするぐらいだからな」苦笑いするグリン。
「いえいえ……! 女ひとりで心細く、挫けそうだったのです。良き出逢いに恵まれました」
三人は屈託のない笑顔で杯を合わせた。
「それより皆さんご一緒にどうですか? 母の味付けは絶品です、是非ともお試しください」
ガチョウのたまご燻製。
甘辛いタレがかかった赤茶の照り色が眩しいイノブタの丸焼き。
桜色をした水牛の肋肉の炙りにワインビネガーがたっぷりかけられたもの。
よくわからない根菜を何種類か潰して混ぜ合わせたらしい五色の彩りペースト。
黒イノブタの塩漬け肉入り、どろどろの豆ポタージュスープ。
薄くスライスされたやたらと堅いパンが五種類。
砂糖がたっぷりまぶしてあるクッキー(どんな型に入れて焼いたらこうなるのかよくわからない立体的なもの)
たぶん食用ではない大きなカブで彫られた鳳凰の像などが大卓に並んだ。
メドニアは燻製たまごをバクっとひと呑みしてしまう。
「えっ」ハンクとグリンはギョッと目を丸くしてメドニアの変貌ぶりに驚いた。
どうもこれまでハンク達の前で食事する時は少し遠慮があったらしく、口を小さく開けてボソボソ食べていたメドニアだったが、実家に帰ってきてタガが外れたらしく子供のように口いっぱいに食物を頬張り始めた。
「おいし〜」
続けて水牛の骨付き肋身を手に持ち豪快にかぶりつく。
「みなさんもどうぞ!」
「うわびっくりするぐらい柔らかいぞ! 噛んでる内にほぐれて溶けた!」
グリンもアッと言う間に一本食べ終える。口の周りにあふれた大量の肉汁をナプキンで拭う。
「ふふふ! ね、グリンさん美味しいでしょう?」
「本当だ! こんなの初めて食べたぞ。岩妖精族は毎日こんな美味い物たくさん食べてるから強いんだろうなぁ」
グリンが満面の笑みで褒めまくるので岩妖精族の年寄り達はすこぶる機嫌がよくなり「こっちも食え」「これを飲め」とあれこれ料理を取り分けてグリンに食べさせようと持ってきた。
「ハッハッハ、闇妖精族の街ではよっぽどひどいものを食べさせられていたとみえる」
年寄はグリンの口の周りの汚れを拭ってやりながら頭を撫でる。
「いやいや、貴族でもこんな美味い肉は食ってないと思うぞ? 岩妖精族はすごいな」グリンは三本目の骨付肉を食べ終えた。
「メイニーさんの手料理はサンドルクでも五本の指に入るほどの美食だぞ。闇妖精族の坊主、おまえは運が良い」
「奥方の料理は闇妖精族の口にも合うらしい。そのうち妖精王バルクベルがあんたの料理食わせろ、ってここまでやって来るかもしれませんな」
「もう伯父さんたら! こんなの素人料理ですよ──」
昼間、街の往来は物静かだったが、夕刻の宴席ともなると急に騒々しくなる。メリハリがしっかりした暮らしぶりだ。
ようやく年寄りから解放されたグリンはハンクとメドニアに合流してサンドルクの食文化について色々と面白い話を聞いていた。メドニアはクッキーを取る手が止められず、たびたび話が中断された。
そうこうしているとハルボに連れられて数名の若い男性が三人に話し掛けてきた。
彼らはメドニアを戦士として尊敬しているらしく、スクアールを倒した時の話を聴きたいのだという。
照れてろくに具体的な話が出来ない本人に成り代わり近くで見ていたグリンが身振り手振り交えて再現してやった。
「そりゃもう、盾を持った護衛をひとり弾き飛ばして鉄鞭を一閃! 一撃でふたりだぞ! 盾を持ってたやつの腕は千切れて吹き飛んで、スクアールの方はなんと首が吹っ飛んだ」
わあっ、と盛り上がる一同。
「嘘です! 誇張されてます! グリンさんやめて……!」
「まあ多少の誇張はあったかもだけど、だいたいそんな感じで。メドニアは強かったぞ。人間族最強と言われる種族のノール人傭兵がビビッて逃げ出したからな。その後も悪徳業者の雇ってる護衛を素手で捕まえてぽんぽん投げ飛ばしてな。俺は何も手伝えずヒマでヒマでしょうがなかったんだ。本当にひとりで全部片付けちまった」
これには皆大喜びでメドニアを讃えた。
あまりに恥ずかしくなったメドニアは「父上にご挨拶を」と言い残して上座の方へと逃げてしまった。
メドニアとロドムは二言三言、軽く言葉を交わしていた。ロドムは表情こそ変えなかったがメドニアの頬を大きな皺だらけの手で優しく撫でた。
続いてメドニアは意を決したように身を正したあとで、何やら話をしている最中の三人の方へと向かった。
メドニアが何かひとりで必死に話をしているが三人は時折うなずくだけで特に視線を合わせようともしなかった。杯を合わせる真似事だけしかせず、立ち上がったのは一番近くにいたひとりだけ──
メドニアが肩を落として去っていくとようやく彼らは仏頂面をやめて笑顔での会話を再開した。
この様子を見ていたハンクは、配膳が一段落ついたメイニーに話しかけた。
「立ち入った話をして失礼だとは思いますが、あそこの方々はいったい……」
メイニーは少し迷ったが、ハンクを厨房の方に案内してから事情を語った。
その三人はメドニアの兄と従兄弟。
長男のレドムはロドムの前妻の息子でメドニアにとっては異母兄であり疎遠。次男のドストムは実の兄ではあるが戦士としての才に恵まれなかったせいか才能ある妹を疎むようになったという。もうひとりのグクルーは前妻側ゆかりの親戚でメドニアとは遠い従兄弟にあたるが何かとレドムにすり寄ってくる。メドニアが成長するまではメイニー達との関係も悪くなかったが、メドニアが末の子でありながら恵まれた体躯を持ち始めた頃から急に態度が硬化してきたそうだ
「ちなみに……岩妖精族の社会では女性が当主になることがあるのですか」
「ええもちろん。一番強い者が当主になるので過去にも例があることです──ただ他家の場合は男子が病弱だったり女性しか跡取りがいない場合でしたので大して揉め事は起きませんでしたが──当家のような事例は稀なのです。しかもメディーは……あの娘は身体の割に気が弱いところがあって、とてもお役目をこなせるとは思えません──それなのに親戚の一部の方々がメディーを当主にしろなどとおもしろ半分で勝手なことを言い始めて……」
「え? もしかしてお宅は家督争いの真っ最中なんです?」
「お、お恥ずかしながら……特にスクアールの家であるウレロ家は前妻側ゆかりの……グクルーの親戚でして」
げえ〜、とハンクは口を歪めた。あまりの事態の深刻さに思った事がそのまま顔に出てしまう。
「どうりで一部空気が悪いと思いました」
「ご心配ありがとうございます、あなたがたは本当にお優しいのですね。メドニアは良い方々に出会えて幸せ者です」
「……いやちょっとお母様? 落ち着いていらっしゃいますが、スクアールを殺した、って……割と洒落にならない状況なのでは? ちょっと娘さんの身が心配になってきましたよ」
メイニーはそこまで自覚は無かったが、言われてみれば……と表情を険しくした。
「ああ、いまさらながら不安になってきました……」どうしましょう、と広間の方に目をやるメイニー。
「ハルボさんはこの件についてどんな対応を?」
「あの人はまあ、ちょっと……事態を余計にややこしくしてるところがあって……メドニアが可愛くて仕方無いらしくて、娘に家督を継がせようと色々なところに働きかけてまして」
余計なことに首を突っ込みかけているなぁ、とハンクは一瞬躊躇した。
しかし──
短い間とはいえメドニアとは寝食を共にした仲である、知らぬ素振りを決め込むことはハンクの性に合わなかった。
難しい顔をしてうう〜んとひと声うなると、おろおろするだけのメイニーを置いて、直接メドニアと話をするべく広間に戻った。
メドニアは、クッキーをかじりながら子供達に混じってグリンが話す外界──人間族の里や闇妖精族の地下都市──の暮らしについて語るのを興味深く聞いていた。
ハンクはハルボとメドニアを呼び、広間を出て玄関近くまで足を運ばせた。
「あのう……ちょっとのんき過ぎやしませんか?」
「のんき?」
状況を整理したい、とハンクはメドニアの探索の旅について色々と気になる事を根掘り葉掘り訊ねた。
メドニアにはお供としてふたり、男性と女性の護衛役が付いていた(実際はボディーガードというより身の回りの世話を焼く係ではあるのだが)
「病なので帰した、と聞いたんですが」
「え、ええ……ハボニーの具合いがかなり悪くなったのでミルダラに付き添わせてサンドルクへ戻らせました」
「そう。ミルダラから事情を聞いてな、みな心配しとったんじゃ。メディーひとりで大丈夫だろか、と。まあ心配要らんかったわけじゃが」
「──ハボニーさん、本当に病気ですか? ミルダラさんは信用のおける人物ですか?」
「え?」
「彼らは、わざとメドニアさんひとりにしたんじゃないですか。探索が失敗するように」
ハンクの声の調子が険しい。ハルボはほろ酔い気分が吹き飛んだ。
「なんじゃって?」
「────」
メドニアとハルボは口を半開きにして顔を見合わせた。
「は、ハボニーは確かに病気じゃぞ。現にまだ療養所におるんじゃ」
「身体中に発疹が出て苦しそうでした、かなりの高熱で……あれはウソではありません──」
「じゃあミルダラさんはどうですか、何か怪しいところがあったのでは?」
ハルボは少し肝を冷やしたのか額の脂汗を拭う。
「……そ、そんなヤツでは無いはず」
「調べた方がいいでしょう──ミルダラさんはレドムさん側のひとで、探索を妨害する任務を帯びていたと考えるべきかと」
なんとなく思い当たることがあるのかハルボは顔色が悪くなった。
「わ、わかった明日早速ミルダラについて詳しく調べてみる」
「それがいいでしょう──メドニアさんもよく聞いて考えてくださいね。長男さん側からしたら、失敗する前提の探索が成功してライバルであるメドニアさんが手柄を立ててしまった──長男さん側からしたら相当面白くないし、ピンチだと感じるはずです」
「兄上達にいったい何の得があるんですか……」
「家督相続の話ですよ。目を背けてはいけません」
「いや、そんな姑息な真似をしたのがバレたらレドムの立場が怪しくなるぞ? あやつはそんな馬鹿ではあるまい」
「焦りが判断を誤らせることはあります。病気の件ですがハボニーさんだけが偶然、重い病気になるのは怪しいと思いますね。どんな病気か人任せにせず調べてください」
「ミルダラが何か薬物を盛ったとでも? まさか」
「──考え方が甘い、人間の社会では、家督争いで兄弟を毒殺する事例は珍しくありません」
メドニアは軽く震えた。
「わたし信じません。何も知りもしないのに酷いことを言わないで」
メドニアはハンクを睨み非難した。
「そう思われて構いませんよ、ただ忠告はしておきます。実家だからと安心せず、食べる物、身に付ける物にお気を付けなさい。わたしはそういう環境に身を置いてきました。故にあなたがたより悪意に敏感です」
ハンクの表情は真剣そのもので、その声には妙な説得力があった。
「……信じません」
メドニアはショックを受けたようで目に涙が溜まり始めていた。
「ま、まあまあ……せっかくのお祝いなんじゃから。今宵は、な? 楽しくやろう──なあメディー」
動揺する姪を落ち着かせようと慌てるハルボだがメドニアにはもう素直に宴席を楽しむ余裕がなくなっていた。
「ハンクさんひどいです、わたしの大事な家族を悪く言わないで──」
ハルボはハンクに渋い顔を見せたあと「忠告痛み入る、しかしこの件はひとまずわしに任せてくれ」と言い残しメドニアを連れて広間に戻る。
困ったな、と頭を掻いていると別の部屋から長男のレドムと従兄弟のグクルーが何事か談笑しながら玄関へ向けて歩いてきた。
「──!」
気配に気付かず、身を隠す間もなく固まってしまった。下手に動くとかえって怪しまれるので逃げられない。
ハンクは今の話を聞かれていないか、と気が気でなかった。レドムもまた屈強な、岩妖精族の戦士である。単純な筋力勝負ならハンクなど片手で圧殺してしまうだろう。
グクルーがこちらに気付いたのか舌打ちをして顔を背けた。レドムの顔からも笑みが消える。
「…………」
ハンクに気付いて気分を害したということは、先程の話は聞かれて無いらしい。
すんでのところでかち合わずに済んだようでハンクは思わず胸を撫で下ろした。
侍従のような男性から外套代わりのマントを手渡されるとレドムはそれを颯爽と着用した。そうしてグクルーと共にファイアフォージ家を後にする。どうやらレドムは独立していて自宅が別にあるようだ。
ハンクは帰宅するレドムに頭を下げたが、レドムは人間には一瞥もくれず完全に無視した。
あまり良い人相では無いな、とハンクはレドムの容姿、態度からその人となりを推察した。
風格はあるが、メドニアに向けた酷薄そうな視線が忘れられない。あれは「汚物」を見る目でおよそ身内に向けてよい表情ではなかったな、とハンクは思い出して首筋がうっすら寒くなった。
「あの感じなら毒殺ぐらいは平気だろうな」
──────
宴は終わり、後片付けが始まっていた。
ハンクとグリンのふたりも客室に戻っていた。
グリンは黒ビールを飲んで上機嫌になっていた。
意外にアルコール度数が低く、フルーティーで飲みやすかったそうだ。皆に勧められるままガバガバと飲んだのだろう。
「う〜、岩妖精族の酒、っていうからスゴイのを想像してたのに。ぜ〜んぜん大したことないぞ軟弱だ──」
グリンは憧れの種族である岩妖精族からこれ以上ない歓待を受け、いつになく上機嫌だった。
「相棒、そういやおまえさん酒飲めたっけ? 紅茶が好きだったろ」
「ふふふ俺は黒龍連珠のなかで最も優秀な斥候だ。これっくらいの軟弱なビールごときで酔うほどヤワな鍛え方はしてないぞ! ふふふふ!」
ドサッ、とベッドに倒れ込むグリン。度数が低くても大量に飲んだら悪酔いする。
「うーん、最高だ〜。いい気分。サンドルク、バンザーイ! ファイアフォージに幸あれ!」
グリンは仰向けになって手を広げて独り言のように繰り返した。なんとも幸せな酔っ払いだ。
「だめだこりゃ……無理そうだ」
ハンクは荷物の中から使えそうな道具を物色し始めた。その日のうちに何かあるとは思えないが一応、メドニアの周りで何か異変が起きないか、警戒しておく事にした。




