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第十七話 ナワルのご令嬢

 ナワルに近付いた辺りでハンクはピタリと馬車を止めた。

「どうかなさいましたか」

 横に座っていたメドニアが尋ねてみるがハンクは「ちょっと待っててください」とだけ言うと馬車から降りて何やらごそごそし始めた。

 ロバ達を木につなぐと顔を隠して周囲を警戒する。

 ちょうど商隊らしき一団が馬車を中心にしてナワルから此方へ向かって来ていた。

 馬車や馬に載らない荷を奴隷らしき男達が背負子しょいこに積んで歩いてきた。ひとり流しの小人族ハーフリングの道化師が弦楽器を片手に陽気な歌を披露し、男達はそれに手拍子をしたりメロディーを口ずさんだりして一団は和やかに荷を運んでいた。


 商隊と距離が離れるとハンクはふたたびキョロキョロと辺りを見回し、登るのに手頃な木を探したが、枝が細くハンクの体重だと折れる可能性があるのか登るのを躊躇していた。

 何の危険もない、ただ鳥のさえずりだけが聞こえる長閑な街道でハンクだけが気忙しく動いていた。

 グリンとメドニアも馬車から降りておかしな様子のハンクをジッと眺める。

「ちょうど良かった相棒、ここに登ってだな──町の協会の後ろにある塔に旗が上がってるかどうか確認してくれないか──赤い旗だ」ハンクはグリンに遠眼鏡を放り投げた。

 グリンは自分の遠眼鏡を出すとハンクの遠眼鏡を投げ返した。

「なんだよ〜感じ悪いぞ?」

「人間用に調整したやつは俺にはちょっとまぶしいんだよ」

「あ、そうですか」渋い顔をするハンク。

 グリンが樹上でナワルの町を見渡すとごく小さな旗が見える。

「どうだ?」

「ああ、赤い旗が見えるな」

 やっぱりな、とつぶやくとハンクはうつむいて深くため息を吐いた。

「ええと……俺はわけあっておおっぴらに活動できない──申し訳ないが相棒、マジャール商会が怪しいので情報を集めてきてくれ」

「はあ?」

「いや俺はナワルはそんなに詳しくない。そのマジャールとかいうやつの顔すら知らんのだが」

「おいおい相棒。おまえさん、諜報活動の専門家だったんだろ? ナワルを知らないっておかしいぞ」

「なんで俺が煽られなきゃならんのだ──変だぞハンク」

「変も何も──あんまり長居したくない、って前に説明したろ?」

「あ〜、アレか。揉めた女がナワルに住んでるんだっけ。この間、和解金を払いに行ってたな」

「そうだ、とてもめんどくさいから会いたくない」                   

「……マジャール商会には何回も行ってたろ、今更?」

「不在なのが分かってたからだよ──だが今は居る。間違いなく」

「あ、旗か。なるほど」

 赤い旗が掲げられている時はその女性がいるらしい。



「変装してりゃわからないと思うぞ」

「少しでも気付かれる可能性があるのなら避けたいんだよ」

 重症だな、とグリンは困って頭を掻いた。

「う〜ん、俺が探してもいいがふたりで手分けしてやった方がいいと思うぞ」

「い〜や〜だ〜」

「和解したんなら堂々としてればいいのに」

「法的には解決してるんだけども……まったく諦めてないんだよ、本人が!」

「諦めてない、ってどういう意味だ」

 結局、和解は成立していないらしい。ハンクからの伝聞情報しか知らないのでグリンには良いとも悪いとも判断がつかない。

「未だに結婚しろ、って言ってくるんだよ。しつこいにも限度がある」

「…………してやれば?」

「馬鹿言うなよ。結婚は人生の墓場、魂の牢獄だ! じゃあ相棒、おまえさん結婚したいか?」

 グリンは不意に自分に話を振られておどろく。少年の脳裏に幼馴染の闇妖精ヴァスカの少女の姿が浮かぶ。

(ザライアか〜)

 彼女の料理は美味い。家族として優先的にそれを食べられるのならば結婚というのも悪い話ではない、とグリンは考えた。

「……んん、まあ悪くはないな、うん。へへ」

 頬を染めて満更でも無さそうな表情になるグリン。ハンクは賛同を得られずイラついた。

「なんだと〜? おまえなあ、一番好きな相手と結婚できるとは限らないんだぞ」

「えっ」

「うっかり勢いで口うるさいのと結婚しちゃったら大変だ。四六時中一緒だとどうなるか想像してみろ」

「あー……」

 うるさい、と言われて真っ先に白妖精族エルフの姫、シュローネが思い浮かぶ。

「ううむ……」

 とにかく疲れる──常に怒るか泣くかしていて、ご機嫌取りをするだけでこちらの神経がすり減らされるのは間違いない。見た目が良いだけでは済まされない。

「いま白妖精族の姫さんを思い描いただろ?」

「エッ!?」

「ほ〜らな、試してみなくてもわかるだろ俺の気持ちが」

「いやいや、そもそもなんで白妖精族エルフのシュローネが俺と結婚する気になるんだ」

「いや、わかんねーぞ。人は間違った選択をしがちなんだ、妖精族だって気の迷いはあるだろ。なんだかんだ最後の方は打ち解けてたし」

「馬鹿言うな、俺は最初から最後まであいつが嫌いだったぞ。思いだしただけでイライラする」

「ふーん」

「なんだよ、その目は。何が言いたい?」

「……じゃあやっぱりリーンフェルトみたいなスラッとした少しお姉さんぽいのが好みなのか?」

「あ、あんなのは好きじゃない、俺の話はどうでもいい……俺はまだ子供だからまだ結婚とか考えてない。そもそもハンク、おまえその女の事を悪く言い過ぎだろ。かわいそうだとは思わないのか?」

「あ! 汚いぞこういう時だけ! いつもは『子供じゃない!』とか『女は嫌いだ』って言うクセに!」

 ハンクはグリンから賛同が得られず拗ねてしまったようである。 

「汚くはないだろ、実際のところ、俺は結婚のことも家族のこともよくわからんのだから──」


 ちなみに──祖霊への敬意からもわかるとおり、グリン達、闇妖精族ヴァスカは同族への愛情が他種族より強い。

 しかし深い愛情は時に反転して争いの種となる。聡明なる妖精王バラクベルは、情動より法を重んじていた。親子の情が正常な判断を狂わせ、愛深きゆえに大きな秩序が崩壊することを恐れた。

 バラクベルは妖精族の子を成人するまで親元から引き離して育てさせる法令を施行して意図的に親子関係が希薄になるよう仕向けたのである。


 この一連のやり取りを聞いていたメドニアは少し困った様子で真正面からハンク達を見ず、直視しないように横目で眺めていた。

「あっ!? メドニアさんから侮蔑の視線が……!」

「いえそんな……」

 否定はするが複雑な表情のメドニア。

 いよいよハンクは困ってグリンに頭を下げ懇願し始めた。

「いやも〜、とりあえずこの通り、助けると思って──頼むよ相棒」

「う、うーん……そこまで嫌なら仕方が無い。でも夜になるぞ」

「そう、それでいい。お願い」

「わかったよ──街に入らないならまたここで野営か──目の前なのになぁ」

 グリンがそういうとメドニアは軽く驚いた。

「……あの、宿泊は」

「これまでの通り野宿になりますかね」

「…………」

 無言だが、メドニアの瞳から明確な拒絶の意思を感じる。

「……あの、少し湯を使いたいのですが」

「湯?」

「ええその……」

 言い難そうにもじもじと足を動かすメドニア。


「ああ、そうか! 風呂か。体臭が気になるんだな」

「ひゃっ……」

「大丈夫、それぐらい臭うのがあたりまえだ。俺は気にしてないぞ」

 顔を赤くするメドニア。その辺にいる人間の男性よりたくましく見えるとは言え、さすがに女性に対してそれはないだろう、という物言いをするグリン。


「そ、その、出来ればそろそろしっかりとした宿で休息を取りたいのですが」

 豪胆そうな容姿に反して彼女は野宿が得意ではない。旅慣れてそうなのは見た目だけ。岩妖精族ドワーフの習性的にも野外で寝るのは落ち着かないのだろう。

「弱ったな……」

 言葉は丁寧だがメドニアの圧は強い、野宿したくないという断固たる意思が身体全体から滲み出ている。

 ハンクは結局折れて街に入ることを承諾した。そしてメドニアの護衛として宿で待機、グリンがマジャール商会で『妖精金貨』を持ち込んだ岩妖精について探りを入れることになった。


───────


 マジャール商会


───────


「待てよ、もしかして俺だけ働かされてないか?」

 

 グリンは今頃気が付いた。少し苛立ったがすぐに気分を直して「金貨」について情報を集めるべく貴金属を扱う宝石職人の工房兼鑑定所へと向かった。

 ナワルは大きな都市ではないが治安がよく、それなりに金回りの良い成金連中がいる豊かな都市だ。特に目立った産業はないので逆説的に治安の良さが都市経済を発展させたのだと言える。

 こざっぱりとして清掃の行き届いた店内には高級な調度品も飾られていた。

 色落ちした外套を着て、スカーフとフードで顔をすっかり隠したグリンの出で立ちは明らかに場違いである。案の定、店主は挨拶もせずに怪訝そうな顔つきでグリンをジロジロと観察した。

「………」

 グリンも無言でガラス棚に納めてある金細工の調度品や宝石の類いをジロジロと物色した。

「ちょっとあんた、見物けんぶつするだけの冷やかしならその辺でやめておいてくれないか。物盗りの下見に来た盗人じゃあるまいし」

 店主はグリンを追い払おうとした。

 しかしグリンの反応は意外なものだった。

「この店には妖精の金貨があると聞いてきたが置いてないみたいだね──コイン類は何処で探せばいいかな?」グリンは少しゆっくりとしゃべり、おっとりとした印象を出そうと努力した。

「なに? ベナン金貨コインだって?」

 グリンが大量の金貨袋を提げている事に気付いた店主は顔色が変わった。

「わたしの雇用主は岩妖精族ドワーフの工芸品を収集している──こちらの予算は金貨換算で五万枚分……どれぐらいの交換比率かは知らんが──これだけあればまとまった数の妖精コインと交換出来るはずだが。どうかね?」

 五万枚、と聞いて店主は態度を急変させた。

 揉み手をしながらカウンターから出て来ると、背の低いグリンに合わせて腰を落として図柄が描かれた閲覧用の冊子を開く。

「残念ですがお客様、コインはあらかた売れてしまいまして。しかし、しかしですね……金貨以外にも岩妖精族ドワーフの工芸品は多数ございます! 生憎とここに現物はありませんが、当店にはこのような精巧な筆致で描かれた図版目録を用意しております。お買上げいただけるのなら後日、別にある保管所にご案内いたしますよ」

「ふうん……妖精コインを買い付けに来たんだが、まあせっかくだし……話だけでも聞いておこうかな」

 グリンは店主から色々と工芸品を勧められたが、グリンは素っ気ない素振りで図版を流し見た。

「こんな図版では本物と贋物の区別は出来ない。現物を見せてもらわないとね──そもそも本当に岩妖精族ドワーフの持ち込んだ品物だと証明出来るのかね。盗品や紛い物を掴まされるのはごめんだよ」

 想定問答集を準備してハンクと練習を重ねたグリンは、見事に別人になりきって『地方から来た買付け人』を演じてみせた──店主は完全に騙されてしまい覆面の下の顔は歳若い闇妖精族ヴァスカだとは夢にも思わなかった。

 グリンが頭を掻くために腕を上げると、腰に提げた重そうな金貨袋が外套の隙間から見え隠れする。店主は金貨袋に目が眩んで自然と口が弛む。

「ええもちろんです、証明できますとも──」

「どうやって?」

「さる高貴な岩妖精族ドワーフの紳士からお譲りいただいた貴重品なのです、ほらここにご署名があります──」


 保証書代わりの署名欄には黒インクのペン書きで「ロドム・ファイアフォージ」とあった。指輪で家紋が押印されている。

「なんと、ロドム太伯とは。名家の御当主様ではないか」グリンはわざとらしく驚いてみせた。

「まさに、まさに! よくご存知で」

「ここに署名があるという事は、ここに来られた事があるのかね!?」

「ええまあ」

「おお、どのような御方だったかね、ヒゲの色は赤毛かね、それとも黒?」

「──いえ、わたしは直接は会っていないのです」

 食い気味に質問してくるグリンに戸惑う店主。

「いや是非ともお会いしたいものだ」


 その様子を見た店主は大儲けの匂いを感じ取り、この買付け人から有り金すべてを搾り取る算段を始めた。

「お客様、お客様! わたしにほんの少しだけお時間をいただければ、ご期待に応えてみせますが如何でしょうか!?」

「ん? どういう意味だね?」

「翌日の正午過ぎに中央区にあるマジャール商会までご足労いただけますでしょうか? 白い塀に囲まれた目立つ建物ですのですぐおわかりになると思います」

「マジャール商会か──ふうん。明日もう一度ここに来るから、ご店主、あなたが案内してくれ」

「はいかしこまりました──あのう、あのですね、ひとつお願いがあるのですが──これはお客様だけへの特別なご案内ですので、この件はくれぐれも他言無用、ご内密にしていただけると助かります」

「なに? 何か都合が悪いのか?」

「ああその、何といいますか……あまりおおっぴらには言えない事情がありまして。噂が広まると、色々と困るのです」

「──怪しいな。おい、わたしを騙して金をふんだくろう、っていう腹積もりなら痛い目を見るぞ? 腕利きの用心棒も連れて来るからな。わたしを田舎者だと思って甘く見るとただでは置かん」

「いやいやそんな! 滅相もない! ええ、ええ、お連れ様もご一緒で構いませんとも──」

「……ふむ、それでは今日のところは引き上げるとするか」

 グリンが退店するのを見送った店主は若い衆を呼び付けた。グリンを尾行して滞在場所に探りを入れてこいと命令する。そして自分は急いで店を閉め、急ぎ足で商売仲間のマジャールの元へと向かった。


──────


 グリンは若い男の尾行に気が付いていたが、敢えて煙に巻いたりせず、多少の寄り道をしながら宿に戻った。

 街で一番の高級な部屋を借りておいたので尾行者もこれ以上は嗅ぎ回れない──

 グリンがノックをすると、部屋の中のハンクから合言葉代わりのリズミカルなノックが繰り返される。

「ココンコンココン」

「……え、なんだ?」

「暗号だぞ、仲間ならわかるはず」

「アホか開けろ」

「ハハハ! ああ相棒だ間違いない」

 扉を開けるとハンクとメドニアが待っていた。メドニアは兜と鎧を脱いでいた。さっぱり晴れ晴れという顔をしていたので念願の湯浴みを終えたのだろう。

 しかし座る位置には妙な違和感をおぼえた。

「…………」

 ハンクとメドニアが不自然に離れて座っているのを見てグリンは「めんどくさいな〜」と小声でつぶやいた。

「なんでそんな隅っこなんだよ、もっと近付いて座れよ」

「あ、いえ。わたしはここで」

 男女二人きり、という事でハンクを妙に警戒しているらしい。

「ふうん、ハンク嫌われてるな」

「えっ……?」

「そ、そういうわけでは……」

 悲しそうな表情のハンクを無視してグリンは気を取り直して話を始める。

「あいつら、あっさり尻尾を出したぞ。明日の昼にマジャール商会へ来い、だとさ。『ロドム太伯』と面会できるらしい」

 それを聞いてメドニアは顔を強張らせて拳を握った。ファイアフォージ家の宝物を持ち出す以上、盗品でないという証明をするには当主のロドム太伯に成り済ますのが一番都合良い。

「スクアールに違いありません! 詐欺紛いの小遣い稼ぎで父上の名を騙るなどと」

「まあ、おおかたそんな話だろうとは思ったが……こうもあっさり見つかると拍子抜けだ」

 どうもスクアールはマジャールから匿われている可能性が高くなった。商会の蔵は広く警備は厳重だ。誰かひとり隠れるぐらいわけは無い。

「あの感じだと岩妖精族ドワーフの宝物といつわって、たっぷりガラクタを売りつけるつもりだぞ」

「許せません」

 メドニアは相当に怒りを溜め込んでいるらしく腰掛けていた椅子の肘掛けがミシミシと音を立てて軋んだ。なんとなく想像してはいたがメドニアの腕力は人間族や闇妖精族の男性を大きく上回っているようだ。

「用心棒を連れて行くと言っておいた。三人で乗り込んで暴れてやろうぜ。なあハンク」

「行きましょう!」手を叩くメドニア。

「……」

 ハンクは何か思うところがあるらしく、考え込んだまま口を噤んでいた。

「ハンク? どうかしたのか」

「うん、俺は行かない方が良さそうだと思って」

 グリンとメドニアは意外そうにハンクを眺めた。わけがわからない様子。

「俺はマジャール達に顔が知れてるから都合が悪い、変装にも限度がある。それに……まあそのなんだ……ちょっと考えがあって」


 結局、ハンクは別行動をする事になった。ハンクはグリンとメドニアを置いて外出していった。


「なんだよハンクのやつ。ナワルに来てから妙に非協力的だなあ。メドニアの手助けをしてやる約束だろ。気を悪くしないでくれよ」

 グリンは茶を淹れながらぼやく。

「いえ、ハンクさんのおかげでこんなに早くスクアールの尻尾をつかむ事が出来たので。感謝していますよ」

「ふうん、しかし……たまに何考えてるかさっぱりわかんなくなるんだよなあいつ」

「あの……どうしておふたりはお友達になられたんですか。妖精族と人間族がふたりで旅をしているというのはとても珍しい。だいたい闇妖精族ヴァスカと人間族は戦争してましたよね?」

 柔和な表情でグリンに尋ねるメドニア、ハンクとふたりきりだった先程までと比べて緊張感なくリラックスしている。どうもグリンのことを信用しているらしい。

「友達? いや、ハンクは俺の事を対等の力を持った仕事仲間として見ていると思う」

「そうなんですか」

「断れない状況だったんでやむを得ず一緒に行動してるだけさ」

 グリンは、人間達から賞金をかけられた話、そしてハンクに捕らえられた話をした。

「助けてもらう代わりに取引した、って感じだな」

「ふうん、そんな事があったのですね」

 メドニアはフフと笑う。

「何か変か?」

「いえお友達以上に互いを信頼しあっておられるのだな、と思って」

「なんでそうなるんだよ」

「自分の立場が危うくなるかも知れないのに、普通は闇妖精族ヴァスカを助けてあげたりしないと思いますよ。それにグリンさんも嫌ならお金だけ盗んで逃げてしまえばいいじゃないですか」

 グリンはメドニアから指摘されてなんとも気恥ずかしくなった。

「俺は卑怯者じゃないからな、受けた恩義に報いたのさ」

 メドニアは少し照れたグリンを微笑ましく眺めていた。

「男性同士のそういう関係性、良いですね。わたしも男に産まれたかった」

「そんなもんかね、俺にはよくわからん」

「私も幼い時分には沢山の男性の友人がいましたが……成長するにつれて段々と疎遠に……私はもう友人ではなく『女』でしかないのです」

 頑健で完成された肉体とは裏腹に彼女の精神は繊細でやや未成熟のようである。

「ふ〜ん、そりゃ単にひがみなんじゃないのか」

「僻み?」

「いや、俺は他の岩妖精族をよく知ってるわけじゃないけどさ。メドニア、おまえすごい背が高いし強そうじゃないか。そいつら女のおまえより見劣りする自分が悔しいんじゃないのか」

「え、そ、そうですかね?」

「いやほんと、俺はこんな強そうなの初めて見たぞ。この腕とか」

 グリンは何気なくメドニアの二の腕をさする。

「ひゃっ……?」

「ちょっと力入れてみてくれよ」

「ご、ごめんなさい、恥ずかしいので……」

 遠慮なく素肌を触ってくるグリンの真意が掴めず、メドニアは腕を引っ込めて縮こまった。

「え〜? そんなかっこいいのに恥ずかしがらなくても……」

 筋肉が触れなくて心底残念そうな少年。

「そ、そういう問題ではなく……」

「ちぇっ、ケチだなあ。まあいいや俺は寝るから。メドニアも明日に備えてしっかり休んでおけよ」

 グリンは長椅子にごろんと寝転がると器用に寝入ってしまう。

「は、はい」

 羞恥で顔を真っ赤に染めたメドニアは、寝息を立てるグリンをじっと眺め続けた。



──────


大乱闘


──────


 正午── 

 宝石職人の案内でマジャール商会に向かうグリンとメドニア。グリンの指導のもと、獣人族フェムナーの戦士に扮装したメドニアは他を威圧する危険なオーラを放っていた。

 宝石職人は時折メドニアの様子を伺いながらおっかなびっくりしつつグリン達と距離を取りながら歩いた。

 灰色オオカミの毛皮を被り、事もあろうに目玉の部分に呪物である「不死者イモータルの目玉」をはめ込んでいるため、尋常ならざる威圧感がある。見た目だけではなく本物の近寄り難い禍々しい邪気パワーを周囲に撒き散らしている。

 魔術師がひっくり返るぐらい呪物を雑に扱っているのでミシェットが見たら爆笑するに違いない。

 メドニアやグリンは何ともないが宝石職人ごときの胆力ではこの邪気に数秒晒されるだけで精神的に不安定になり直視する事すら出来ない有様となっている。


──────


 正面の受付を素通りして敷地の奥へと向かう。途中、用心棒らしき男達と何人もすれ違う。

「警戒が厳重ですね」メドニアは毛皮の頭を持ち上げて顔を出して周囲を見渡す。

「喋るな、って」

「はい」

 普通の商人の屋敷の数倍はあるだろうか。何棟もの石壁造りの蔵が建ち並んでいた。

 その内のひとつの前に武装した傭兵達がたむろしていた。

 メドニアを見てギョッとした彼等は武器を構えつつ、ジリジリと後ずさる。

「ご案内して」

 両開きの扉を開けると意外にも中は明るく、倉庫特有のカビの臭いもしない。

 中に入ると、ガラスケースに収められた様々な調度品がきらびやかな輝きを放っていた。吹き抜け状になっていて二階席には嵩張らないが高価そうな宝飾品が陳列されており、王立の美術館並の収蔵物と言える。

 これらはいわゆる『質草しちぐさ』であり、マジャールが借金のカタにギャンブル狂の成金商人や貴族達からブン取った物である。


 普通の金銭感覚なら溜め息のひとつも出ようものだが、ふたりはややシラケた雰囲気になっていた。

 妖精族のグリンには、あまりこういう人間族向けの美術品の価値がわからない。そして眼の肥えたメドニアにとっては拙い加工技術で作られた『二流品』レベルの宝物でしかない。

 中央まで進むと、目前にマジャール商会の代表であるマジャール・シャバラバその人が現れた。頭にターバンを巻き、黒いローブと数本の蛇革ベルトを巻き付け身体にフィットさせた色々と『細長い』男だ。

 舌の先も蛇のように細長いのではないかと思わせるだけの胡散臭さをもっている。

「お待ちしておりました、グラリエル殿。私めが当商会のまとめ役をやらせていただいております、マジャールと申します」

 マジャールは、目前の二名がこのきらびやかな雰囲気に呑まれておらず、落ち着き払っている様子を見て、軽く拳を握りしめて喜んだ。「この程度の美術品は見飽きた本物の金持ちが来たぞ」とマジャールは酷薄そうな薄い唇を更に薄く引き伸ばしていやらしい笑みを浮かべた。

岩妖精族ドワーフの太伯殿に会わせていただけると言う事だが」

「ええ、ええもちろんですとも。奥でお待ちいただいております──」

 マジャールは、ちらりとメドニアを見る。

「この先はおひとりで」

 メドニアとグリンはアイコンタクトを取りメドニアは頭を下げ一歩引いた。

 グリンはマジャールに伴われて奥の仕切られた部屋に通された。

 部屋の中にはフードを被った大柄の男がひとり、腰掛けていた。

 顔は人間族より大きめながら首は極太で背は低く、短めながら頑強そうな四肢を持った人物。

 これぞ見るからに岩妖精族ドワーフというたたずまいの男──彼がスクアールに違いない。

 黒い髪と髭にやや白いものが混じった壮年の岩妖精である。

「太伯お連れしました。グラリエル殿です」

「うむ。わたしがロドム・ファイアフォージである」

「おお! まさしく岩妖精族ドワーフの王族! お会い出来て光栄です!」

 グリンは歓喜の声を上げた。これは芝居ではなくイメージ通りの岩妖精族ドワーフを間近で見た事に対する心からの歓びである。

「是非握手を!」

 グリンは手袋をしたまま握手を求めた。作法的にみて無礼には当たらないのでマジャールとスクアールにはごく自然な態度に思えた。しかし実際には肌の色を隠すための手袋である。

「妖精コインを欲しておられるとの事だが、生憎と手待ちが無くてな。代わりにファイアフォージ家に伝わる秘蔵の品をお譲りしよう──」

 スクアールは指輪やカンテラ、箱入りの職工道具のような物、そして懐中時計をテーブルの上に並べた。

「ほうほう──これはこれは……!」

 グリンは懐から綺麗な布を取り出すと、なるべく指紋を付けないようにそれらを手に取った。

「やや! これは岩妖精の時計!」

 グリンは芝居を忘れて興奮して時計を眺めた。

 その様子が滑稽に見えたのか、マジャールとスクアールは苦笑いしながら小柄な買い付け人を眺めた。

「いや〜! 素晴らしい。まさしく岩妖精族ドワーフの品々です、間違いない。我が主人のコレクションに加えるべく、是非ともすべてお譲りいただきたい!」

「よろしいですとも。そこまで喜んでいただけるとこちらまで頬が弛みますな、ハ〜ハッハ!」

 スクアールは高笑いして椅子にふんぞり返り上機嫌になっていた。どう高く見積もっても金貨二千枚は超えない物を『王家の日用品』という付加価値を付けただけで五万枚で売れるのだから笑いが止まらない。

「取り敢えず、手付金として手持ちの金貨を──枚数をご確認くださいませ。残りは必ず後日お届けいまします」

 グラリエル、は金貨袋をどさり、どさりとテーブルの上に積んでいく。マジャールは目を輝かせて金貨袋を紐解いて中身を確認していく。

「ところで太白閣下。図々しいお頼みがあるのですが──どうしても、ひと目だけでも拝見したい宝物がございまして……」

 スクアールは笑いながら首を傾げた。

「はて、なんですかな?」

「ファイアフォージ家に伝わる神器『レブロス・ハンマー』を見てみたいのです。死ぬ前にひと目だけでも」

 スクアールはギョッ、として大きな瞳を更に大きく見開いた。

「レ、レブロス──」

 スクアールは明らかに動揺して一瞬部屋の奥へと視線を動かした。おそらく視線の先にレブロスハンマーがあるらしい、とグリンは確信した。

「いやあグラリエル殿は我らの社会の事をよくご存知でいらっしゃる……! しかし残念ながらレブロス・ハンマーは持ち歩くような物ではない」

 スクアールは平静を取り戻してロドム太伯を演じ続けた。

「では、その代わりと言ってはなんですな、そのお腰に帯びておられる戦槌バトルハンマーを見せていただけませんか?」

「ん?」

岩妖精族ドワーフの戦士が振るう戦槌は岩を砕き鋼鉄を穿つと聞き及びます、是非ともお見せいただきたい」

「ははは、それならいいとも。まあ、それなりに重たい物ですから。しっかりと握らないと手から滑り落ちて足を大怪我いたしますぞ」

 スクアールは腰の武器をグリンに手渡した。

「これは……! 何とも重たい!」

 両手に持って持ち上げ、軽くよろめいてみせるとスクアールは愉快そうに笑った。


「よし、うまく行ったぞ」


 声色を作って他人を演じるのをやめたグリンはスカーフを取ると青白い肌を晒した。

 闇妖精族ヴァスカの少年、グリンが姿を表した。

「えっ?」

闇妖精族ヴァスカ?」

 何が起こっているのかさっぱり理解出来ないでいるマジャールとスクアールに背を向け、グリンは大声で叫んだ。

「メドニア! ようやく出番だ、来い!」


 部屋の外から「うおおおお!」というやや高い声色の雄叫びが聞こえてくる。

「なにっ、メドニア?」

「ちょっとグラリエルさん、貴方一体何を?」


 部屋の仕切りに使われていた垂れ幕が乱暴に引き千切られ、大男が──いや若く屈強な女戦士が──部屋に飛び込んできた。


「一族の恥め──死をもってその罪を償え!」


「げえ! 貴様……どうして!?」

 スクアールは咄嗟に腰に手をやるが、戦槌はグリンが部屋の外に放り投げてしまっていた。

「く、くっ……こんな猿芝居に引っ掛かるとは!」

 スクアールは丸腰のまま、完全武装したメドニアと相対する事になった。

「ちょ、ちょっとなんですか! お前達、緊急事態ですよっ!」

 部屋の奥から四名の武装した傭兵が飛び出してきた。どうやらひとりは勇敢な戦士として名高い人間族、ノール人のようである。

「このデカいのをつま──」

 マジャールが言い終わらないうちに、メドニア渾身の鉄鞭の一撃が逃げようとするスクアールの顎を撃ち抜いた。

 メドニアの振るう鉄鞭の軌道に盾を突き出した傭兵も盾を弾かれ腕をへし折られていた。

 スクアールの大きな頭がぐらぐらと揺れる。

 顎が砕けたスクアールはどばどばと血を垂れ流しながら、どさっと勢い良く前のめりに倒れ込んだ。

 鬼の形相をしたメドニアは棒状の鉄鞭を右手に、幅広剣を左手に持ち二刀流で傭兵達に向かって躊躇無く前進した。

 勇敢で知られるノール人傭兵を除いたふたりは数歩後退した。

 傭兵達は瞬時に悟った。

 ──三人がかりでもこの怒れる女戦士に勝てる見込みは薄い、と。

 ノール人の判断は早かった、手に持ったメイスをメドニアに投げ付けると素早くステップを踏んでマジャールを抱え上げる。メドニアが跳ね返したメイスが壁に激突して大きな穴を開けた。

「あはは! いいぞメドニア! もっとやってやれ!」グリンは伝説の戦闘種族、岩妖精族ドワーフの大立ち回りを目前で見物できた事を大いに喜んだ。


「撤退します」ノール人は冷静な判断をくだした。

「おいこら! 相手はひとりだぞ!」マジャールが金切り声を上げる。

「敵はひとりではありませんボス。それに『アレ』を止めるのは私には無理です。アレはスクアールのような『職人』ではなく本物の岩妖精の『戦士』──アレと狭い場所で殴り合いをするのは愚か者のする事。加えてあの小柄な闇妖精族ヴァスカも相当場馴れしています。不利なのは我々です」

「な、なんだと……」

 マジャールを抱えながら部屋から出たノール人は全身鎧に身を包んでいるにも関わらず、無駄のない動きで軽やかに大股で走った。

 用心棒達が十人以上、床に転がっている。皆、メドニアに殴られて再起不能になっている。まあ彼等は素手で殴られているのでまだマシな方である。

「なんたる役立たず……!」マジャールは舌打ちをした。

 部屋から傭兵のうちのひとりが吹き飛ばされるように出てくると、その脇をすり抜けて一目散にもうひとりが逃げ出すがメドニアに腕を掴まれ振り回され壁に顔面が激突、力無く膝から崩れ落ちた。

 その様子を見てマジャールは血の気が一気に引いた。

「怪物か、悪魔か?」

 蔵から出たノール人はピタリと立ち止まる。

 マジャール達を待っていたのは増援の傭兵達ではなくナワルの警備兵達だった。

「えっ……」

 マジャールは呆然と立ち尽くして目前の兵士達を眺めた。

「あ、あの……何か」

「聞きたいのはこちらのほうですよマジャールさん。あなたが敷地内に犯罪者を匿っているという通報を受けましてね」

 馬上の警備隊長はマジャールを見下ろした。

 歳の頃三十前後、髪を短く切り揃えた誠実そうな女隊長である。

 ナワルの警備隊長は侯爵家の遠縁にあたる令嬢、システィーナ・ナワラン。ナワルの街の創設者の孫に当たる。ひとり娘であるにも関わらず結婚適齢期を過ぎても縁談を断りまくるのでナワラン家では養子縁組で跡継ぎの男子を選定する方向で動いている。

「いや、だからといって……警備隊にそんな権限は」

「ではあれについて説明してもらえますか」

 システィーナが指差す先に、スクアールを引きずりながら蔵から出てくるメドニアとグリンの姿があった。

「いやその……」

 マジャールは態度を急変させ、両膝をつくと深々と頭を下げ懇願した。

「隊長殿! このマジャール、あの岩妖精族ドワーフに脅されて金策を手伝わされていたのです──! どうかお慈悲を!」

「はあ……そうですか。まあ本件に関して色々と協力してもらえれば多少の事は目をつぶりましょう」

 システィーナは呆れ顔でマジャールをあしらうとメドニアに挨拶をするべく下馬して身を正した。




──────


ナワルのご令嬢


──────


 ハンクはシスティーナ警備隊長とは旧知の仲である。後々の始末のことを考えればメドニアの依頼についてはシスティーナにがっちり絡んでもらった方が良いだろう、という判断があったのだ。

 システィーナならばファイアフォージ家の醜聞を外部に漏らすおそれもない──ナワルのマジャール商会に目星をつけた時からシスティーナに相談するべきだったが、ハンクは『会いたくない』というごくごく個人的な理由で相談する機会を失っていたのである。



 顎を割られたスクアールは結局、そのまま絶命してしまった。首の骨も大きく損傷していたのでほぼ即死に近い状態だったと思われる。


 そしてマジャール商会の蔵からは、スクアールによって盗まれた『レブロス・ハンマー』が発見された。


 こうしてメドニアは無事に神器を奪還して重罪人を討ち果たすという使命をまっとうしたのである。



 ナワルの市民集会所の一室に、ハンク、メドニア、グリン、そしてシスティーナの四人が集まっていた。

 ごくごくプライベートな集まりで、人払いをしてある。ナワラン家の権力がことさら強いナワルではシスティーナの命令は絶対である。

「この度は皆様のおかげで一族の恥を濯ぐ事が出来ました。肩の荷が下りる思いです」

 深々と頭を下げるメドニア。

 昼間の荒ぶる姿とのギャップがあまりにも激しいのでグリンは不思議そうにメドニアを眺める。

「いやー、こいつめちゃくちゃ強くてさ! ハンクにも見せてやりたかったぜ。何でも一撃でぶっ壊すからな」

「そうなのか……」軽く身震いするハンク。

「や、やめてください……!」

 赤面したメドニアはグリンを黙らせようと手を伸ばすがグリンは容易く身を躱した。

「おっと、へへ」

「うう……」

 妖精族のふたりがこの調子なので、この場は割とくだけた雰囲気なのだがシスティーナだけにはふざけた様子が一切無い。生真面目な人柄が滲み出ているようなたたずまいだ。

「メドニア・ファイアフォージさん。岩妖精族ドワーフの社会における慣例では、重罪人をその場で『手討ち』にする事は合法なのでしょうが……ここはあくまで人間族の領域です。我が領内で起きた押し込み、殺人の罪を見過ごす訳にも参りません」

「……それは、その申し訳無いと思っています」しゅん、とするメドニア。

「いやまあ、そんな厳しく言わなくても。百年祭の神事が無事に出来そうで良かった、という事で大目に見てやってもらえないかな?」とハンク。

「…………」

 システィーナはギロリ、と目を剥いてハンクを睨む。

「ちょっと怖いんだけど……」

「いつもいつもわたしの不在時にこそこそと……旗を立てるのはやめた方がいいかしら」

「いや、避けてたわけじゃなくてだな……邪魔しちゃ悪いと思って」

「どうだか──どうせ警備隊を踏み込ませるなら荒っぽい事をしなくても穏便に済ませられたはずですよ?」

 システィーナは苛立ちを抑えながらハンクに詰め寄る。

「うーん、結局のところスクアールってやつを生け捕りにしても処分に困るだろ。野蛮かも知れないけどこういう決着の方がスッキリしていて後腐れ無いと思うぞ」グリンは軽い調子で意見した。


 実際、スクアールは追放処分のため遺体もサンドルクの中には運べない。追放は葬式も埋葬も許されない厳しい処罰である。


「はあ、妖精族の方々の突飛な思考にはたまについていけなくなりますね……罪人に対する刑罰が重過ぎる気がします。そのくせよく人間族のことを野蛮だとおっしゃられる……ま、文化の違いということでこの場は納めますが二度目はありませんよ?」

 システィーナは岩妖精族の名家ファイアフォージ家の娘を前にしても臆することなく言いたい事をズバズバと言う。

「す、すみません」肩を落として謝罪するメドニア。

「まあ、私を頼ったのは良い判断だったと思いますよアラ──」

「ハンク! 俺はハンクだよ!」

 アラリオ、と呼ばれかけて食ってかかるハンク。

「はいはい、もう……ややこしい人ですね」

 システィーナは改めてメドニアに話を振った。

「マジャール氏に岩妖精族ドワーフの宝物を買い戻すよう約束を取り付けました。まとまった数が揃い次第、サンドルクに返却します」

「助かります!」

 メドニアは顔をほころばせ喜んだ。

「ところでスクアール氏の遺体なんですが……」

「焼却して遺灰は……ご迷惑でなければ壁の漆喰にでも混ぜ込んで処分してください」

 犯罪者とはいえ、死者への敬意など微塵もない態度にシスティーナはふたたび驚いた。そんな言葉が温和そうなメドニアから出てくるので余計に辛辣に感じてしまう。

「良いのですか?」

「ええ、それも含めて『処罰』なのです。スクアールは『輪廻の火』に加わる事は許されず魂は道標を失い、迷い苦しみます。彼は来世でも苦労するのです」

 メドニアは少し辛そうに語る。

 グリンは「厳しいな」と呟いた。少年は少なからずスクアールに同情しているように見えた。

「──」

 システィーナは返答に困り、話題を変えるべくハンクに話をふった。

「ふう……岩妖精族ドワーフ闇妖精族ヴァスカと一緒に旅しているなんて……ほんと貴方には驚かされてばかりよア、じゃなくて……ハンク」

「ああ、俺も驚いてる。滅多に出来ない経験だ」

 事務的な話が終了したと認識したグリンは、システィーナに不躾な質問をした。

「なあ警備隊長さん。ハンクと昔付き合ってて結婚したがってる女、ってのがナワルにいるらしいけどそれってあんたのこと……?」

 あまりに唐突だったのでシスティーナは咳き込んだ。よほど動揺しているのだろう。

「なっ、ちょ! ちょっと!?」

「うわっ」慌てるハンク。

「やっぱりそうか──ん〜、なるほどね。警備隊長なんてやってたら旅は出来ないもんなぁ」

 システィーナは何か言葉にしようと口をぱくぱくさせたが二の句が継げなかった。

「ふたりともどうした、大丈夫か」

「ち、違います──!」

「え? 違うって何が」

「わたしがしつこく追い回してるんじゃなくて、この人が必要以上にわたしを避けているだけよ。なのに説明も何もないからそれを聞きたいの。ただそれだけ」

「いやだから何度も説明しただろ。嫌いになって別れたわけじゃなくてだなぁ、お互いの将来を思えばこそ──なんでわからないかなぁこいつはもう!」

「別に正妻にしてくれなんて図々しいこと言ってないでしょ! 嫌いじゃないならめかけでも何でもいい、って言ってるの」

「バカ! おまえはナワラン家のことがあるだろ。それに俺じゃなくてもおまえを幸せに出来る男はいくらでもいる、って言ってんの!」

「幸せかどうか、ってのはわたしが決める事よ!」

 ハンクとシスティーナはグリン達そっちのけで口喧嘩を始めた。


「長いな」

「同じ内容が繰り返されていますね」

「放っといて宿に戻ろうか」

「賛成です」

 グリンとメドニアはしばらくの間、喧嘩が収まるのを待っていたが、眠気が我慢できなくなって、一足先に宿に戻って寝る事にした。


──────


 

 十分な休息、そして面倒な諸手続きを済ませるため、グリン達は数日ナワルに滞在することにした。

 

 スクアールの遺灰は破損した壁の補修材として使用される事になった。もちろんマジャールは気味悪がって拒否したがシスティーナが無理やり従わせたらしい。


 メドニアは見掛けによらず器用でレブロスハンマー用の保管ケースをでっち上げた。少し楽しげに工作を進める彼女の姿を見ていると戦士という職業は彼女の望むものではなかったのかも知れない。


 そうやって過ごす内に七日が過ぎていた。


 準備が整うと一行はナワルを出た。

 メドニアの故郷サンドルクへと向かう事になる。

 岩妖精族ドワーフの都市に興味津々のグリンは出発前日は興奮してあまり寝られなかった。


─────


 馬車はゆっくりと進んだ。

 ハンクが馬車の幌の中を覗き込むと、グリンとメドニアが買い込んだ食料品を物色しつつ食べる順番を決める遊びに夢中になっていた。

 ハンクは妖精の精神構造について不思議に思いつつ、大きな背伸びをした。

「あ〜あ、ほんと……ムカつくぜ。なんだってんだ」

 苦虫を噛んだような渋面でハンクはカタカタと足を揺らした。

「よいしょ」グリンが砂糖をまぶした乾パンをかじりながら横に座る。

「おい、あんまり無計画に食べるな、って言ってるだろ? 甘い物好きなのはわかるけど──!」

 いつになく言葉がトゲトゲしい、ハンクは相当苛立っているようだ。滞在中、何度かシスティーナと個人的な話し合いをしていたようだが何も進展しなかったようである。

「ところで警備隊長とは和解できたのか」

「相棒しつこい……この顔をみてわからないか?」

 ハンクにこんな顔をされたのは初めてだったのでグリンは少し怯んだ。

「──書類上だけでも、結婚してやればいいのに」

 ああもう、とハンクは頭をボリボリと掻き、髪の毛をクシャクシャと乱し始めた。

「なんでそうなる──前にも言っただろ俺は他人を信用してない。結婚なんてもってのほかだ」

「裏切るから?」

「そうだよ!」ハンクは軽く頭を下げて肯定した。

「あんなにおまえのことを好きなんだ裏切るはずないだろ」

「しつこい!」

 大声をあげるハンク。

「納得できない部分があるんだよ──あの警備隊長が駄目で、なんで俺が相棒なんだ?」

「……」

 ハンクは仮眠をとっているメドニアがさっきの大声で起き出していないか確認した。そしていつになく真面目な顔をしてグリンに向き合った。


「俺が──俺がどうしておまえさんを相棒に選んだのか、本当のところを聞きたいのか」


「ああ」


「おまえさんと俺とは違い過ぎる。種族、立場、生きてきた環境、人生の目的──誰よりも縁が浅く、そして深まりようがない──そういうことさ」


「…………え?」


「おまえさんは闇妖精族ヴァスカで、俺は人間族だ──つながりはとても薄く浅い──だからおまえさんが死んでも俺の人生にはあまり影響がない。寂しくはなるだろうが、その後の人生を大きく変えたりはしない」


 いつもの余裕ある雰囲気は消え失せて、苛立ちに任せて心情を吐き出すハンク──言葉を失ったグリンに対して更に追い打ちをかけた。


「冷たい言い方に聞こえるかも知れないが、俺がおまえさんと一緒に行動しているのはおまえさんが有能で無害だから、ただそれだけだ。なあ相棒、おまえさんだってそうだろ? 俺と離れてひとりになったとして何か大きく変わるか? また以前の生活に戻るだけだろう?」


 少なからず、少年は衝撃を受けた。


 グリンの方には人間族のハンクと家族関係に近い強い信頼関係を築いてきた感触があったからだ──しかしながらハンクの方はそうではないらしい。


「結婚するとか家族になる、っていうと相棒とか仕事仲間ってのは、関係の深さと重さが決定的に違うんだ──たとえばシスティーナと結婚して夫婦になったとする──だが旅の途中でアイツが誰かに殺されたら、俺はそいつへの復讐とアイツを失った悲しみにまみれて残りの人生を費やす事になる。アイツを見捨てれば自分の命が助かり、大いなる目的を達成できる状況になったとしても、俺は家族になったアイツを見捨てないだろう。家族の情なんてものは非合理的すぎる──そういう関係性は──俺には要らないんだ。闇妖精族ヴァスカであるおまえさんになら、この合理性がよくわかるだろ?」


 グリンは胸を抉られたような気分になった。


 心臓がギュッと縮み、血流がおかしくなる。思わず左胸を強く抑えた。

「え? お、おいどうした相棒……?」

 ハンクは驚いて目を見開いた。

「おまえ、そんな風に俺を見ていたのか。俺を冷酷な異種族だと」


「急にどうしたんだよ……いつもクールな相棒らしくないぞ」

「……」

「冷酷だとは思ってない──その……なんていうかおまえさんは私情を交えず、客観的で、割り切った物の見方が出来る。他種族だからと毛嫌いせずにしっかりと向き合うだろ? それでもおまえさんにとっては家族じゃない──」


「こう言うと分かるかな? 闇妖精族ヴァスカにとって大事な『祖霊』っていう存在が家族に当たるんだよ。俺達同士は仲が良くても人間族の俺には祖霊の仲間入りなんて出来ない──」



 ぴくり、とグリンは肩を揺らした。

 グリンはハンクの事を半ば家族のように感じていた。

 リス娘のアーシュラが自分達の関係性を「家族」と表現した時のむず痒いような心地良さをグリンは思い出した。

 しかし──家族のように感じていたとして、祖霊の意志に背いてまでハンクやアーシュラを助けたり庇ったりするだろうか。もしかすると祖霊の意思を優先するかも知れない──


 ハンクは『家族と仲間の間にある明確な線引ライン』をシスティーナとの間に引いた──それがハンクの仕事の邪魔になるから。


 家族を失った時や家族から裏切られた時の、危険度リスクの大きさを考えて深入りを避けている。


 そして人間族の里で、ひとりで生活していたグリンを『自分と同じ価値観』を持つ相手だと思い、仕事仲間として誘ったのだ。


 お互い深入りせず、淡々と仕事をこなしていける関係を求めて──



 グリンはハンクの考え方を『寂しい』と思ったし、ある意味『非合理的』だと感じた。

 ただ、うまくそれを説明する言葉を思い付かず、もどかしい思いをした。


「その、なんて言ったらいいのか──俺は口がうまい方じゃないから」グリンは口篭る。


「なあ聞いてくれ──俺達はあくまで『相棒』であって馴れ合いやってる友達じゃない。ましてや家族でもない。覚えておいてくれ、何事かをなす為には、必要以上に仲良くならない方がいい事もあるんだ。お互い、プロ意識をもって私情を挟まず、常に冷静さを忘れずやっていこうぜ」


 ハンクの顔に感情は無かった。

 いつも穏やかな笑みをたたえ、軽口を叩いて場を和まそうとする陽気な男の姿はそこになく、酷く寂しげな孤独な男の顔がそこにあった。

「……」

 うつむいて茫然と手に持った乾パンに目を落とすグリン。ハンクはその少年の沈痛な横顔に憐憫の情が湧き上がるのを抑えきれなかった。


 自らの言葉選びを悔やみ謝罪する。

「すまん相棒──その、俺も──言葉にするのが得意じゃないみたいだ」

 ハンクはグリンの肩を掴むとぐいと引き寄せて自分の胸に少年の顔を当てた。

「難しい事を言って悪かったよ。でもおまえさんを嫌ってるわけじゃないんだ、頭の良いおまえさんなら、理解してくれると思ったんだが──」


 同じ姿勢のまま、数刻の間ハンクと少年は馬車に揺られた。

 闇妖精族ヴァスカは成人するまで家族の情を知らずに過ごす──グリンは無意識の内に疑似家族的なつながりをハンクという男に求めていたようだ。


 日が落ちかけてきた頃、グリンはハンクの手を振り解いて顔を上げた。


「すまなかったな相棒、不安にさせて──」

 言葉を取り繕うハンクをグリンは手で制した。


「なあハンク。俺、警備隊長がしつこく言う気持ちが理解できるようになったぞ」

「え?」


「おまえは正しいかも知れないけど、とても損をしてると思う──もっと他人の事を信頼してくれたら、おまえ自身も、俺達も楽になるんだぞ。警備隊長もきっと、俺と同じ事を言いたいんだ」


 グリンは逆にハンクの頭を抱えて優しく撫でた。

「え? おい……なにしてんだ」


「俺は家族を知らないが、家族ならきっとこうする──おまえが俺を抱き寄せて不安を拭ってくれたように、俺もおまえの寂しさを消してやる──言葉で伝わらないものもあるんだぜ」


 ハンクはしばしグリンに身を預けた──システィーナと口論してささくれだっていた心が和らいでいくのを感じる。


 ギシ……と馬車の床板が軋む音がする。

 背後からの視線でハンクは我に返った──仮眠を終えたメドニアが何度もまばたきをしながら口を半開きにしてふたりの様子を凝視していた。


「うわっ、おいやめろ相棒、恥ずかしいだろ……!」


 馬車はゆっくりと街道を西へ、西へと進んでいった──


 

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