第十六話 岩妖精を追え
エストマに着くとハンクはグリンを置いて真っ直ぐに裏通りへと向かった──
よろず事務所でブレッチに会うと、挨拶もそこそこにハンクは尋ねた。
「よお兄弟! ドワーフの王族に会ったんだよな?」
「おやハンクさん……? また何か御用で」
「ブレッチ、あんたの持ってる岩妖精王族の情報、買わせてもらうぜ」
「ええまあ──岩妖精族さん達ならついこの間、お世話してさし上げたんですよ、馬車と食料品をね。ロドム・ファイアフォージ太伯と名乗られていましたよ、確か」
ブレッチは帳面を引っ張り出して取引の控えを探し始める。
「太伯か、そりゃいい! それでこの間、って? もっと具体的に……!」
「ちょっとハンクさん落ち着いて? 一体何事なんですか。ウチだって信用商売なんでね、何でもペラペラとは喋りませんよ」
ハンクは大まかに事情を説明するがブレッチの疑念は消せなかった。
「はあ……コネを作って要塞都市に入りたいのはわかりますがね、入ったあとに拠点を作る、ってのがどうにも。まさか組織的な犯罪とか……破壊工作とか、大それたことやるつもりじゃないでしょうね?」
「はあ? 考え過ぎだろ。俺が一匹狼だ、ってのは兄弟もよく知ってるだろ」
「うーん……まあねえ」
ブレッチは違法に片足を突っ込む裏稼業を生業にしていいるが、度を越した大犯罪に関与するつもりはない。違法と合法の境界線の上をうまく渡り歩いているつもりなのだ。
「まともな話と言うならわたしも一枚噛ませてくださいよ、それなら色々と情報を共有しますが」
ハンクは顔色を変えた。
「えっ……そりゃ無理だ、そんなに出せる報酬がない」
「いやさっき威勢良く情報を買うって言ってたでしょ。お金あるんじゃないですか」
「──ん〜」
ハンクは急に歯切れが悪くなった。
「え、わたしが絡むとマズイ事でもあるんですか」
「……仕方無いこれ以上の情報は諦めるか。邪魔したな兄弟。今回の話は忘れてくれ。それじゃまた儲け話があったら持ってくるよ、別件でな」
ハンクはあっさりと引き下がる。
早足で退室するハンクの後姿を見送るブレッチ。
「おおい、ハンクさん? 旦那?」
ブレッチはハンクが建物を出て行って遠ざかる様子を卓上の鏡で確認した。千里眼の魔術が付与された鏡で、この事務所の周囲を見渡せるようになっている。
「ありゃりゃ止める間もなく出て行ったよ。他にもこっちから頼みたい案件があったって言うのにさ、せっかちな旦那だねまったく……」
ブレッチがボヤいていると、奥の部屋からひとりの戦士が姿を現す。
扉を中腰で潜ると戦士は背筋を伸ばす。その身長は二メートル近くあった。
クセのあるやや先端が縮れた赤茶色の毛髪──一本一本が太く丈夫そうである。屈強な体躯の持ち主、岩妖精族の女戦士である。
ノール人の男性並みに長身だが、これでも歴とした岩妖精族の女性である。
身の丈194センチ。肩幅は広く異様に脚が長い、おそらく岩妖精種族の歴史上、最も長い脚だろう。先祖伝来の鱗鎧を灰色の分厚い毛皮のコートに包んでいて、その肩口からにょっきりと長い腕が伸びている。
若干の化粧っ気はあるが、これは戦化粧の類である。顔付きは整っているが目付きがどうにもてぶてしい。可憐な妖精の姫君というより熟練の傭兵戦士である
「……さっきのハンクという人について、教えてもらえますか。彼は善良な市民ですか?」
女戦士がボソボソと喋る声は小さいが発音はしっかりとしていて野卑な印象はなく彼女の育ちの良さを感じさせる。
「まあ、遊女や縫い子なんかを斡旋してる奴隷商人ではあるんですが、あの旦那のおかげで随分と業界が日の当たる方向へ変わったのは確かですね、酷い業者はあらかたあの旦那が締め上げちまった──メドニアさん、興味がおありで」
「武芸の腕前はどうなんですか──」
「ええ腕の方は確かですよ。商売敵から何度も狙われてますが、全部返り討ちにしてます。技術もありますがまあ、基本は立ち回りで勝負するタイプですね」
戦士はふうん、と感心すると「よし決めた」とひとり頷いた。
「彼と話をしたいのですが」
ブレッチは肩をすくめて軽く呆れた表情をした後で呼び鈴を鳴らして小間使いの少年を呼び、ハンクを追い掛けてこちらに呼び戻すように伝えた。
──────
薄暗い照明、葉巻きの煙が充満している場末の酒場、他の客の姿はない。ハンクとグリンのふたりはブレッチの紹介でメドニアと名乗る戦士と対面した。
グリンは「フゥ〜」と唸ると興味津々の様子で大きく目を開いてメドニアを観察した。
「すげえ、岩妖精族だ。初めて見た」
メドニアの方は遠慮がちにふたりの装備を観察して腕前の具合いを推し量った。
「……」メドニアの口は固く結ばれている。
岩妖精族の身長は低い、というイメージがあるのだが齢を重ねて髭が伸び背が縮んだご老体が他種族の前に出てくる事が多いので、そのように誤解されている。実際はこのメドニアのように人間から見て大柄な若者もいるのである。
岩妖精は内省的で奥ゆかしく誠実である。豪快できさくで大酒飲みで歌が大好き、というイメージはこれまた現役を引退して怖いもの知らずになったご老体固有のものである。
特に、こういうご老体はよくヒマな小人族とつるんで宴会をするので印象がごっちゃまぜになってしまっている。
「それにしてもでっかいな……」
グリンは小声でつぶやくとメドニアを見上げた。ハンクもグリンも目の前の偉丈夫が女性には見えなかった。
「わざわざご足労いただき申し訳ありません、私はメドニア・ファイアフォージ──見ての通りの岩妖精族です」
なるほど探しても見つからないわけだ、とハンクはひとり納得した。このメドニアは人間族の思い描く岩妖精族像とはかけ離れている。長身で髭がなく、豪快で勇猛というよりは感情の起伏が少なく理性的に見える。
リーンフェルトも長身だったが、このメドニアと比べると身体の線が細く華奢である。この女戦士はひと回り大きくがっしりとしていて、狼獣人と取っ組み合いの喧嘩が出来そうな逞しさを感じる。
「……」少し呆気に取られたふたりはメドニアを観察した。
「あの、もう少し大きな声で話したほうがいいですか?」メドニアは困ったように眉尻を下げた。
ハンクはメドニアの出した声色に驚いた。低い声ではあるが、どこか艶がある──よくよく聞くと可愛らしい部分の残る若い女性の声である。
正直この巨体から出る声では無い──
「あ! いえいえ聞こえていますよメドニアさん」
「ご相談なのですが……」
メドニアがたどたどしく語るには、探索の旅をしていたが仲間が病になったので付き添いをつけて里へ帰らせた。
一人でも探索を続けるつもりだったが所詮は『か弱い』女の身、先行き不安で仕方が無い──という事らしい。
「か弱い……?」
「え、女なのか」
ハンクとグリンは顔を見合わせた。
「善良で、私を護衛していただけて──ええと──旅慣れていて──定職を持たず、たとえ旅の途中で命を失っても悲しむ家族が少なさそうな──そんな方を探していました──」
「まあ、この辺の傭兵稼業の連中は『金さえ積めば』仕事熱心なヤツが多いんですがね? わざわざ俺に話を持ってきた理由を聞いても良いですか?」
「あなたは女性に優しいと聞きました。女性の奴隷の待遇改善のために奔走されているとか──そういう紳士的な方を探していたのです」とメドニア。
「はははまあそれほどでもありますがね」誇らしげにしているハンクを若干冷ややかな目で見据えるグリン。
「ん、んっ──失礼します……ズズ……」
喋り慣れてないため、喉から水分が失われたメドニアはカップを手に取り紅茶を口に含んだ。
ハンクは少し状況を整理するためにしばし考え込んでから話を続けた。
「まず始めに確認させてください……ロドム太伯はここにはいない──あなたひとり、なのですね?」ハンク。
「ええ──女ひとりと侮られない為にも、人間社会にも名の通っている父の名前を勝手に使わせてもらっています。それに女ひとり旅は人攫いなどよからぬ輩に狙われやすい、と聞いておりますので」
グリンが何かメドニアについて「おまえみたいに強そうなヤツをさらえるヤツは居ない」的な失言をしそうだったので、ハンクは先回りして少年の口を手で塞ぎ黙らせた。
「ええとメドニアさん……我々如きで良いのなら喜んで護衛の任務をお引き受けしますよ」
「助かります──では早速、報酬の件なのですがこれを──」
メドニアは細長い工具が数本入った、平たい小さなガラスの小箱をテーブルの上に置いた。
「これは?」
「デナリオン・ビットです。人間族の職工の間ではとても珍重されていると聞きます」
岩妖精族の鉱炉でないと造れない強硬度合金の刃先が着いた工具である。石工、金属加工職人や宝石職人なら是非とも手に入れたい逸品だ。
人間族の社会には友好の証としてふたりの王国お抱え職人に贈られている。
値段が付けられないぶん、宝石よりも貴重であり岩妖精族が自領に引きこもっているここ百年ほどの情勢を踏まえると実際に使用するより文化工芸品的な価値の方が高い。
「へえ……」
ふたりの反応は薄かった。またとない珍品を眺めるが価値がよくわからなかった。ただただ「換金しにくそうで面倒だなぁ」という感想しか出て来ない。
「これをお渡ししますが、この小箱は見た目より頑丈で、簡単には開きません。これを開ける鍵は私がとある場所に隠しています。今回の探索が成功したらその鍵の隠し場所を教えましょう」
「……いやその別に、それはあんまり要らないかなあ。魔法の武器とかぜんまい仕掛けの時計とか持って無いのか?」口を少し尖らせて呆れるグリン。
「えっ?」かなり貴重な品を呈示したつもりなので不況を買った事にメドニアは驚いた。
「いやあの〜、報酬はこちらで決めさせていただけますか」ハンク。
「──デナリオン・ビットよりも貴重な物ですか?」
「実はその……あなた方の要塞都市サンドルクに入らせていただきたい、と思いまして」
「ああ……そういえばそんな事をおっしゃられていましたね」
メドニアはブレッチの事務所で聞いていた話を思いだす。ただデナリオン・ビットを蹴ってまで物見遊山がしたいものだろうか──何か裏があるのではないか、と彼女は訝しんでハンクを眺める。
「あの、あなたにはなんの利益がありますか?」
ハンクはテーブルに地図を拡げて「完了」の印が付いていないサンドルクを指差した。
そして例の全国制覇の話をメドニアに説明し出した。自分の拠点を作る、というのが何とも子供じみた「世界征服ごっこ」に見えるため、メドニアは納得が行かない。
「それはあなた方が考えるより厳しい──かなりの難題ですよ。異種族との交流を制限している私達の都市に滞在して土地建物を所有するなどと……とても私の一存では決められません」
「ええ、そこをなんとか……お口添え願いたい、と」
「ううん……困りましたね」
「失礼ですが、あなたはロドム太伯のご令嬢なのですよね」
「ええ、まあ……娘です」
メドニアはわかりやすく赤面した。『ご令嬢』という単語の響きを喜び、はにかんでいるようだ。
ちなみに岩妖精族社会における『太伯』は王の補佐を務める三役のひとつである。
「他に報酬は要らないので──是非とも、お父上と交渉させていただきたい」頭を下げるハンク。
「……ええ? 困りましたね……」
「俺は街並みを見学してなんか美味いものを食べたい──あ、そうだ! 岩妖精族の時計を安く売ってくれ」グリン。
「相棒……話の焦点がぼやけるから少し黙って」
「はいよ」グリンは口を尖らせると紅茶のおかわりを貰いに席を立ちカウンターへ向かった。
メドニアは腕組みをして考え込んだ。眉間に皺を寄せてうつむいた姿は妙に男前に見えて、少し自信なさげに喋る声との差異が際立つ。
下手をすると白妖精族より凛々しく見える。こうやって見ると白妖精族は華奢で女性的だ。
「わかりました。あなた方の望みがどこまで許されるかはわかりませんが、交渉については確約します、決して門前払いには致しません」
「よっしゃ第一関門突破だ!」
「あの、うまく行くとは限りませんよ? 本当にそんな報酬でいいんですか」
メドニアは小箱をしまいつつハンクの喜びようを眺めて首を傾げた。
「いや〜、最初からそれが目的で岩妖精族の旅人を探してたんで……そちらから声を掛けていただけるなんて本当にラッキーです」
「そうですか──ところで私の探索の内容をまだ話していませんが。一番大事な話だと思うのですけど大丈夫ですか?」
「あっ、そうだったそうだった……旅の目的は一体何なのですか」
「はい、身内の諍いに他種族の方々を巻き込むのは心苦しいのですが──スクアール、という大罪人を討ち果たすためです」
声が妙に小さく聞き取りにくかったのでハンクは何度か聞き返した。あまり話したくない内容なのだろう。
「……罪人? 岩妖精族の犯罪者が人間族の里に逃げ込んだのですか?」
「ええ──ファイアフォージで内々に処理する必要があるのですが、兄達は公職に就いておりますので動くと目立ちます。なので私が代わりに──」
岩妖精族は何処にいても目立つので、メドニア達もすぐにスクアールを見つけられる、と楽観的に考えていたが中々手掛かりが見つからないまま数ヶ月が過ぎてかなり困っているらしい。
「……おかしいな」
ハンクは首を傾げた。
メドニアのように一般的なイメージと違う容姿をしているのならわかりにくいが、イメージ通りの頑健で背が低く髭の長い岩妖精族の男性が人間社会に長期滞在していたら、各地を巡ったハンクの耳にも少なからず噂が届いているはず。
「……スクアールという人は何をしたから追われているんですか?」
メドニアが語るには──
スクアールはロドムの叔父にあたる壮年の岩妖精で宝飾技師である。彼はファイアフォージ家が取り仕切る祭事、鉱炉百年祭の儀に必要な神器『レブロス・ハンマー』を持ち出し逃亡した。
スクアールには余罪があり、以前から蔵から宝物をくすねては都市の外に流出させていたらしい。賭け事を好み、大負けするたびに人間社会に流出している質の良いベナン金貨を掻き集め、借金返済に充てていたという。
「……ふうん、たびたび換金していた、と?」
ハンクは顎を掻き不精ひげをさする。
「それなら探しようがある。その換金先から洗い出しますか」
「おお、ハンクさんにはそういう古物商に心当たりがあるのですね……私達もその線で調査していたのですがなかなか情報が出てこなくて」
メドニアの顔がパッと明るくなる。
「まあ任せてください、ちょっと裏稼業的な話は得意分野です」
ポンと自身の胸を叩く。
そうしているとグリンが紅茶ポットと角砂糖入れを持って戻ってきた。
「話はまとまったのか」
グリンはポットから紅茶をゆっくりと注ぐ。
「ああ、早速出発の準備だな」
「どちらへ向かうのですか?」とメドニア。
「まあ表沙汰にならない儲け話──と言えば先ず思いつくのがマジャール商会ですかね。あいつはカネの匂いに敏感だからな〜」
ハンクは立ち上がって椅子をテーブルの下に戻した。
「へえ、マジャールって馬車を預けていたところか」
グリンはすぐに店を出ようとするハンクに、まあ落ち着け、と言いながら角砂糖をふたつ放り込んだ紅茶をひとくちすすった。
「ん〜、たまらない。吸血貴族にしろ人間の貴族にしろ──お茶の趣味だけは良いよなあ」
「おまえさん、紅茶が好きだったのか」
「本場のやつは滅多に飲めないからな! こんな酒場でまともなお茶が飲めるとは思えなかった。上白糖もこんなにあるし。聞いてみるもんだな」
「おまえここボッタクリなのわかってるか? 紅茶も砂糖も相場より高いだろ。おかわりとかやめとけ」
「俺の分け前から払ってるんだ、贅沢させてくれ。せっかくいい店に来たんだ」
薄暗くて物静かで、どこかじめじめとしたかび臭い酒場──この雰囲気はグリンにとって非常に馴染み深いものだった。地下都市ヴァーレ出身のグリンにとって、人間の街は無闇に明るく騒がしく、風情が足りていないのだ。
「優雅な趣味をおもちでいらっしゃる」メドニアはにっこりと笑って紅茶の薫りを嗅ぐグリンを眺める。
「……そういえば岩妖精族、おまえ闇妖精族を見て驚いたりしないんだな」
「えっ、驚いたほうが良かったですか?」少し動揺したようで眉を下げるメドニア、若干目が泳いでいる。
実際のところ岩妖精族は闇妖精族を好きでも嫌いでもない──『原始的な生活をする古臭い種族』として認識しており、まったくの無関心なのだ。
グリンは調子が狂うなぁ、と苦笑いすると紅茶を飲み進めた。
「おい相棒、お前待ちなんだからな──俺だけじゃなくてメドニアさんも待ってるのを忘れるな」
「……ああいえ、私のことはお気になさらず」
「そうだ、あんたもおかわりどうぞ。砂糖みっつやるよ」
グリンはメドニアのカップに紅茶を注ぎ砂糖を入れた。メドニアとグリンは優雅に紅茶を楽しみ、ハンクは立ち上がったまま忙しく足を鳴らして早く飲み終わるように急かした。
グリンはメドニアが静かにお茶を飲んでいる姿を見つめた。
「あの、何か……」
「ああ、岩妖精族ってもっとへちゃむくれなのかと思ってたけど、あんたはすごくかっこいいな、と思って」
グリンは素直な感想を述べて砂糖入りの紅茶を美味そうに飲んだ。メドニアは口に含んだ紅茶を危うく噴き出すところだった。
「……」
メドニアは少々赤面してこめかみの辺りを掻いた。彼女は岩妖精族の里で容姿を褒められた事が無い。
従兄弟達からは『白妖精族のように痩せぎすで陰気』だと陰口を叩かれていたので世辞とは思っていても照れてしまう。
グリンは飲み終わるとカウンターの奥にひっそりと佇んでいる陰鬱な顔の店主に金貨を七枚見せた。
「おや気前のよいことで……」
「いいんだよ、俺は普段あんまり金を使わないから」
「ヒヒヒ……闇妖精族の旦那は金の使いどころを心得ていらっしゃる……」
この酒場の店主は口が堅く偏見も何もない、営業していることすらほとんどの人間が知らない──何せこの店自体に『秘密』の魔術が永続的に施されているからだ。
この店主はハンクがブレッチに紹介した男である。彼には妄言癖があり、物覚えもあまりよくないのでまともな職には就けなかった──しかしこういう秘密保持が売りの店で働くにはうってつけの人材である。
────
ハンクは手綱でロバの尻をかるく叩く。馬車は一行を乗せて出発した。
メドニアの荷物は少なく、鎧など装備品の重量もそう多くはなかった。すんなりと馬車は走り始める。
エストマで購入した平たいクッキーのような甘いパンを食べながらマジャール商会のあるナワルへと向かう。
グリンは興味津々でメドニアを眺める。
「なあ、ドワーフは魔術付与の武器たくさん持ってるのか」
「え? あ、そうですね……」
「遠距離だとやっぱり弩を使うのか? そうだ、闇妖精族の五芒星手裏剣見るか?」
「ええと」
「相棒、メドニアさんが困ってるだろうが……落ち着け」
食い気味に質問を畳み掛けていたグリンはピタリ、と喋るのをやめた。
「質問は一個ずつ」
「ちぇっわかったよ──んで、おまえどんな武器が好きなんだ?」
グリンは岩妖精族と話す初めての機会に興奮していた。少年にとって彼等は、伝説の戦闘種族である。
「……今使ってるのは鉄鞭と幅広剣です」
「えっ両刃戦斧やハンマーじゃないのか」
そんな大きな物は隠し持てない……メドニアをひと目みればわかるだろう事まで質問してくる少年にメドニアは困惑した。
「え? まあ、斧も戦槌もひととおりの訓練はしますが」
「なるほど、やっぱり戦斧使うんだな──戦士になる時には教官が武器適正を判定したりするのか」
「え、教官、ですか? うーん……」
グリンは岩妖精族の社会について色々と話をした。
メドニアは生来あまり口数が多い方ではないせいか、説明が断片的になるため全体像がつかみにくい。
「あの、ごめんなさい。うまく伝えられなくてわかりにくいですよね……このとおり話下手なので……」
「いや、楽しいぞ」にっこりと笑うグリン。
「そ、そうですか?」
幌の外、御者席のハンクが振り返らずにグリンを呼んだ。
「相棒〜、その辺にしておけ。寝なくていいのか」
「そうだな、寝るか……ところで岩妖精族の要塞都市の消灯時間は何時から何時までだ? 警戒睡眠の訓練はするのか?」
「──グリン!」ハンクが叫ぶ。
「!」グリンは咄嗟に右手に三日月刀、左手に手裏剣を握り馬車の中で跳ね起きて中腰になった。反射的にメドニアも座った体制から瞬時に片膝をつき剣の柄を握った。グリンが無音で立ち上がったのに対してメドニアが起き上がった際の足の踏み込みはターン、という破裂音がした。軽い衝撃がハンクの尻にまで伝わるほど馬車が微細に振動した。
「何だ!?」グリンが御者席に駆け寄るとハンクは珍しく仏頂面をしてグリンを睨みつけてきた。頭を掴んで回れ右させる。
「──寝ろ」
「…………うん」
さすがにはしゃぎ過ぎだと悟ったのか、少年は羞恥で顔を強張らせ赤面した。
朱が差して紫色になったグリンは手裏剣を直しながら肩を落として幌の中に戻るとゴロンと横になった。
「寝る──」
少年は目を瞑るとすぐに寝息を立て始めた。
メドニアの方は少しグリンに近付いてその寝顔をまじまじと眺めていた。
異種族同士、互いが珍しいのかも知れない。
それにしてもグリンの食い付き具合は今までにない勢いで、ハンクは少し驚かされた。
「女は口うるさい、とか言うけど自分の方がよっぽど喋ってるよなあ」




