第十五話 岩妖精を探せ
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旅の再開
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大祭期間の終了間際で一層の賑わいをみせるラハールに後ろ髪を引かれつつ、ハンク達はエストマを経由してナワルまで向かった。
祭りのせいで旅人が多くなり、その影響で借りられる馬が出払っていて農家の荷馬車の後ろに便乗出来ない時は基本的に徒歩の旅となった。
ナワルのマジャール商会についた時にはハンクは程良く疲れていたが、グリンは元気満々だった。
金貨五百枚を支払うとマジャール本人が出て来て大喜びで馬車とロバを2匹連れて戻ってきた。
「ロバちゃんは大切にお世話させていただきましたよ」
ロバは少し見た目が変わっていた。一瞬、ハンクは違うロバと入れ替わったかと思い焦った、マジャールは平気でそういう事をやりかねない。
しかし、ロバ達は長い付き合いのハンクを見ると歯を剥き出して笑いながら寄って来た。
どうも太っただけのようである。
「何食べたら二週間でこんな太る?」ハンクは頭をひねった。まるで自分がろくな物を食べさせてないみたいじゃないか、と若干納得がいってない様子だった。
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旅は再開されハンクの地図埋めは順調に続いた。
予定している場所に小さな祠を建てたり、ボロボロの小屋を買って修繕したり、を繰り返す。最終的にその場所に『秘密』の魔術を定着させて人が近付かないようにする──
「ふうん……」
グリンは手伝いはするが眺めていても何をやっているのかはよくわからなかった。
ハンクの旅の目的は全国にこういう拠点を作る事とは聞いているが──拠点が出来たからどうなる、ということまでは理解していない。
『この地図を俺のアジトで埋め尽くしたら、この世界はすべて俺の縄張りになるんだぜ』とハンクは言っていた。
「やっぱりよくわからんな」
ハンクは頭が切れて行動力があるが、理解できない事をする時がたまにある。種族が違うというだけではなく、人間の基準から見ても相当な変わり者だろう。群れから外れて一人で暮らしてる妖精族を旅の道連れにするぐらいだから、相当の変人だ──
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十カ所以上の場所を回って隠れ家や祠のような拠点を作って回った。
町の中だけではなく、何の変哲もない林の中だったりしてグリンには規則性がよくわからなかった。
そんな日々が続いてひと月以上が過ぎたある日のこと──
西に向かうにつれてハンクの様子がおかしくなってくる。表情に締まりがない。
「うひょひょ……ヒューロンまであと3キロ」
「ん? ヒューロンに何かあるのか」
「へへ『お楽しみ』があるんだよ」
グリンは何がなんだかわかっていなかったがハンクの顔がいつになく崩れていることだけはわかった。
「あんまり愉快な感じはしないが」
「ははは! 何をおっしゃるグリンくん! もっと気分を盛り上げて行こうぜ!」
「なんだか気持ち悪いなあ」
グリンは五芒星手裏剣をいじりながら不安そうに常ならぬ様子のハンクを眺めた。
ヒューロン──
南方の穀倉地帯ケトンとの間にある大きな街である。のんびりとおおらかな雰囲気で賑やかなラハールとは対照的だった。
「……治安は良さそうだけど、少し空気が重い気がする。不自然に静かだしな」
グリンは農作業の合間の休憩をする人々を眺めた。男の子達が木の枝を振り回しながら駆け回って女の子達が座って草を編んでいた。一見平和そのものだが大きな声を出す者がいない。子供以外は心底リラックスしておらず、若干何かに遠慮しているような雰囲気がある。
馬車から少し身を乗り出して街道の舗装具合を観察する。馬車の轍や蹄鉄の跡よりも徒歩の足跡が多く残っている。
「……硬い靴底のブーツ跡が多いんだが」
怪訝な表情で頭をひねる少年、表情が徐々に渋くなっていく。
「へえ、さすが元・間諜だな。このヒューロンの近くには国軍の駐屯地があるんだよ」
「え?」
グリンはギョッとして首元のスカーフを上げ、フードを被ると周囲を警戒する。確かに国軍の制服のようなズボンを着た男が上半身裸で住人たちの洗濯を手伝っている姿が見える。脇の柵に紋章入りの盾と槍が立て掛けてある。
「おいおいおい……」
国軍の兵士に見つかると面倒だと思ったグリンは幌の中に引っ込む。
「大丈夫だって。涼やかの森の記章があるだろ」
「偉いヤツが記章の意味がわかっても、現地の兵隊はそんなの知らんぞ。闇妖精に恨みを持ってるヤツだっているだろ」
なるほど、とハンクは他人事のように笑った。
「じゃあ先手を打って軍の偉いさんに挨拶しに行こうぜ」
「おい! 他人事だと思って!」
「まあ隠れるクセがあるのは相棒の職業柄仕方無いとしてだな、もうそろそろ隠れてコソコソしなくても良くないか? 良い機会だから相棒の存在を人間社会に認知してもらおうぜ。安全な夜の眷属もいるんだぞ、って──」
「無茶を言う」
「記章の効果を試すチャンスが来たんだ、積極的に使って行こうぜ」
「駄目だった時の事を考えないのか? だいたい俺はあのミシェット、ってヤツを信用してない」
ミシェット・ナグ・スファイアティーは、涼やかの森の代表者、フィンランディアの義理の息子である。フィンランディアと言えば白妖精族の最高権力者だ──彼より信用できる者がこの地上にいるだろうか?
「絶対に拒否する」
ハンクは久々に激しく非難されて頭を掻いた。
「困ったなあ……」
「ヒューロンから離れるか、さもなければ俺達の関係はここまでだ、別行動を取らせてもらう」
「ええ? 大袈裟な……」
「ちゃんとした王国軍となると今までとは話が変わってくるだろ。俺みたいな闇妖精族はいきなり矢を射掛けられてもおかしくない」
「王城に出入りしてるような貴族のリーンフェルトはそんな事しなかったじゃないか」
「アイツ、王宮で浮いてる、って自分で言ってたろ。変わり者なんだよ」
「うーん……」
どんどん熱を帯びていく議論、ハンクは馬車を止めて相棒を説得し始めたが、この時のグリンはかなり強情で大きな声をあげて拒否してくる。
「取り敢えずヒューロンに行きたければおまえだけで行ってくれ。俺はひとつ前の宿場に戻るぞ、じゃあな──!」
グリンは大声で主張すると、馬車から飛び降りた。
「あっ! おい待て」
グリンが馬車の外に出た瞬間──目の前に王国軍の紋章がずらりと並んでいた。
盾を構えた兵士達が馬車を取り囲んでいたのである。
「────え?」
グリンは無言で馬車に飛び乗った。
「は、ハンク──ど、どうしよう──」
少年は珍しく動揺してハンクに助けを求めた。
「まあそりゃ、こんな静かな場所であんだけ大声で騒げば、なあ……」
「なんで落ち着いてるんだハンク!」
小声でハンクを責める少年だったが、今更声をひそめても意味がない。
「いやまあ、こうなったら素直に身分を明かした方がいいと思う。何にも悪いことはしてないんだから」
「俺達は十分に悪いことしてるじゃないか!」
「例えば?」
「自作自演の詐欺をやってただろ」
ハンクの表情もやや曇る。
少なく見積もっても金貨一万枚は稼いでいる。
「少なくともこの辺ではやってない──落ち着け。くれぐれも武器を取り出したり兵士を傷付けたりするなよ? 今までの努力が全部水の泡になるぞ」
挙動不審になるグリンとは対照的にハンクは冷静そのものだった。
「に、逃げる選択肢は無いのか」
「あのな〜、明らかに格上の吸血貴族に突っかかっていくようなやつが、何をビビってるんだよ──ここで逃げたり反抗したら人間社会に溶け込むチャンスを永久に失うぞ」
「ううう……」
「ほら、白妖精族の記章を貸しな。相棒がうまく弁明できないのなら俺がこいつらに上手いこと話を通してやるから。このハンクさんに任せておきなさい、わはは」
「わ、わらいごっちゃら△〇☓♨β? な、なにを悠長なこっちゃら」
口がうまく回らず、言葉にならない妙な音を出す少年。
「まあ、別に悪い事をしてるわけじゃないから、そう怖がるなって」
「ギギギ……」
脂汗をかいて目を泳がせて歯軋りをするグリン。何かこの場を武器を使わずに逃げ出す方策でも考えているのだろうか。人間族の兵士達に囲まれた圧迫感は相当な物だろうが、今のグリンは必要以上に焦り冷静さを欠いている。
グリンの本能が何かを感じて、身体に警告を出しているかのように見える。
「ええ? 何を今更緊張してるんだ……おまえさんはもう十分『昼の眷属』側だと思うんだがなぁ……」
ハンクは首を捻りながら馬車から降りて兵士達に事情を説明し始めた。
グリンが兵士達の目の前でスカーフを下ろすと全員が息を飲んで少年の肌の色や眼の色を物珍しげに眺める。
口々に闇妖精、闇妖精と騒ぎ立てるので周囲の農夫や子供まで集まり始める。
緊張に耐えられなくなったグリンは思わず声を張り上げる。
「俺は見世物じゃないぞ! 人間族とは捕虜の取扱いについて協定を結んでいるはずだ! 人間族は約束を破るのか!」
グリンが叫ぶと、人間達は大きくどよめいた。
「わあ! 言葉を喋ったぞ!」
「人間の言葉だ!」
グリンは顔を紫にして怒り出した。
「何を!? 妖精族がおまえたち人間族に言葉を教えてやったんだぞ! 勘違いするなっ!」
ギャ〜ッ、とグリンが騒いだので兵士達も驚いて数歩後退しながら槍をグリンに向ける。
即座にグリンは後頭部を激しく叩かれ、前方につんのめった。
「こら! 急にデカい声出したらびっくりするだろうが」
「おいハンク!?」
ハンクはグリンの頭を両手で掴んで押さえ付けた。
「どうもすいませんねえ、大勢に囲まれて柄にもなく緊張してるみたいで……」
「ぐぎギギギっ! 俺に恥をかかせたな!?」
「いやまあ、口は悪いんですが大人しいヤツなんですよ……つきましてはここの責任者の人に挨拶させてもらいたいんですが」
ハンクのへり下った態度と銀細工の記章の精巧さからして嘘では無さそうだ、と判断した兵士達は駐屯地への立ち入りを許可した。
「闇妖精族とはいえ子供のようだし──まあ、大人しくするならいいだろう。取り敢えず武器を預かろう」
大きな麻袋を持った兵士を睨みつけながら、グリンは漆黒のギルが持っていた小剣と三日月刀を入れた。
ハンクは後頭部を軽く叩く。
「ほら、まだあるだろ相棒。隠したら後で言い訳出来ないぞ」
「おぼえてろ……」
「おい、俺を恨まないでくれよ、相棒のためなんだから」
グリンは身体のあちこちに隠し持っていた五芒星手裏剣や小刀をどさどさと袋に放り投げていく。
あまりに多量の刃物を隠し持っているので全員が興味深く眺めた。よくもまあ、次から次に出てくるなと、手品を見ているようで取り出すたびに歓声があがる。
「いいか人間、変な気を起こすなよ、ひとつでも無くなっていたらおまえ、わかってるだろうな──」
兵士に凄んで見せたので容赦無く頭を叩かれるグリン。
「んぎぎぎぎ……!」
ハンクに叩かれて悔しがるグリンの様子を見て子供達がゲラゲラ笑い始めたので増々グリンの頭に血が上り、青白い顔が薄い紫色に染まり、ついに赤紫色になる。
ハンクはわざわざ馬車の中からグリンの弓と矢筒を取って来た。袋に入り切らない弓矢を受け取った兵士は物珍しげに弦の張りを確かめ「妖精の弓だぞ、いい弓だなあ」と仲間内で回し始めた。
「あああああ! 人間! その弓を雑に扱うな! 壊したら祟るぞ!」
ついにハンクはグリンの口を手で押さえた。
「し、静まれ相棒……もう少しの辛抱だ、耐えてくれ」
「むぎ〜っ!?」
「さ、さ、皆さん早く行きましょ……! なんかこの場にいたらウチの相棒、血管切れて死ぬかも」
「この少年、協力的なのか反抗的なのかよくわからないんだが……いつもこんな感じで凶暴なのか? やっぱりこれ以上先に連れていくのは考えさせてくれ」
巡回の兵士達をまとめている責任者はやや不安げにハンクに再確認をした。
「いや大丈夫ですって! 普段は大人しい、良い子なんですよ!」
「嫌がり方が尋常じゃないのだが……」
責任者は少し気の毒そうな視線をグリンに送る。
しばらく数人で話し合った後、二人ほどが小走りで街の中央に向かった。
「確かにこれ以上見世物にすると余計に暴れそうだから、閣下の前で潔白を証明してもらおう……いいか、仕方無く許可するんだからな?」
「ああどうも、ありがとうございます!」
兵士達に囲まれながらグリン達はヒューロンへと入っていった。
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街の中央にある詰め所の奥の部屋。数人の事務官吏が書類仕事をしている脇で、将校の正装をした中年の男が簡素な折り畳みの椅子をふたつ使って腰掛けていた。
ヒューロン駐屯軍を預かる四角い顔の巨漢、リヤド将軍だ。
将軍が立ち上がる時に椅子がギシギシと軋む。この男の巨体を支えるには小さく強度の足りない椅子だった。
「わしがここの責任者、リヤドである──貴公がハンク殿か、まあ楽にしてくれ──我々昼の眷属に協力的な闇妖精が居る、とは聞いていたが──いやはや、あれは誠であったか!」
将軍は見た目に反して気さくな性格のようだった。
カッカッカ、と唾を飛ばしながら笑う、前歯の半分が金歯、顎に裂傷の傷痕が見える。
「おや閣下、相棒の事を既にご存知だったので?」
ハンクは取り越し苦労だったなあ、と呟き、安堵から苦笑いする。
「ああそうともさ、ターナー家の赤毛のお嬢さんから『かわいい妖精のぼうや』の話をたくさん聞かされていてなぁ」
「リーンフェルトのヤツ!」
「おっ! ターナーの名前を出したら青い顔が紫になったぞ?! ガハハ、なんだ照れとるのか。なるほどな、確かに御婦人方のウケが良さそうな顔をしとる──」
「人間族の将校は面会を望む者を侮辱するのか」
グリンが将軍の圧に負けずきっぱりと正論を述べたのでその場の全員の身が引き締まった。
リヤドはどたどたと騒々しく歩いてグリンの前にやってくるとしゃがんで目線を合わせる。
「ありゃ怒らせたか……闇妖精族殿、失礼した。初対面の客人にする態度ではなかったな……どうか許してくれ。わしはこの通り粗忽者で、礼儀がよくわからんまま年老いてしまった」
「けっ、上の者が無礼だから、兵卒も無礼になるんだ──まったく。人間族はたるんでるな」
リヤドはカーッカッカ! と大笑いした。唾がグリンの顔にかかる。
「いや〜! まいったまいった! 大した肝っ玉よなあ、一応ここは君にとっては敵地なんだが!」
「将軍、ツバを飛ばさないでくれ」
「あ? すまんすまん、娘にもよく怒られるんで気を付けとるんだが、どうも歯の隙間からピンピン飛んでしまうんだわ──グリニエル君、キミは面白い子だな。ターナーのお嬢さんが気に入るのもわかる」
「俺は面白くない」
グリンの渋い顔をみてリヤドは口を抑えて唾を飛ばさないように笑った。
その後リヤドから質問があり、ヴァーレの件、あまり知られていない闇妖精族の社会構造や食生活、吸血貴族との関係性などについて訊かれた。答えられる範囲でグリンはこの問いに返答した。
この協力的な態度にリヤドはすっかり少年を信用した。聖教会のエレノアや涼やかの森の戦士長が「無害」と判断したという事実もこの判断の後押しとなった。
「──さてキミがもっている涼やかの森の記章だが確かに白妖精族の宗家スファイアティー家のものだと確認した──わしの権限で、ここヒューロン周辺で『闇妖精族の外交官』として行動する自由が与えられる──キミは涼やかの森の信任を得た闇妖精族の代表者である。自由ではあるが、キミの行動が涼やかの森と闇妖精の名誉に直結することを承知の上で慎重に振る舞うように」
リヤドは部下に命じてグリンの手荷物を返却させた。
グリンは手裏剣の枚数を確認しながら服のあちこちに仕込み直した。
ふたりが退出する直前、くだけた表情のリヤドが声をかけてくる。
「どうだね、ハンク殿、グリニエル君──このあとヒマならちょっと遊んでいかんかね? いい店を知っとるんだが──タペストリーという店でな」
「いや〜、ははは! 奇遇ですね、実は俺、そのタペストリーのオーナーと知り合いでして! 今回このヒューロンに立ち寄ったのもタペストリーの様子を見るためなんですよ」
「おっ、そうなのか! なんたるめぐり合わせ! よし、今夜はおふたりの歓迎会だな!」
少年が数日前から感じていた嫌な予感は消えないどころか一層強くなった。
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街の外れ、やたらときらびやかな照明で飾られた大きな建物があった、
ここが『タペストリー』という店らしい。
店に入った瞬間、派手な衣装を着込んだ若い人間の女性達がわらわらと集まってくる。
「きゃあ〜、なにこの子かわいい〜!」
「これが妖精の子? 闇妖精って初めて見たわ!」
「お肌透き通ってて綺麗なのね!」
あっという間にグリンは三人の遊女にがっしりと身体を掴まれて拘束されてしまった。あまりの早業に抜け出す隙がなく、グリンは絶望して思わず「フェッ……!」と情けない悲鳴を漏らした。
「俺の相手も頼みますよ」
「あらごめんなさいね、こちらのお兄さんも男前なのにね──かわいそうだから私がお相手してあげる」
落ち着いた雰囲気の黒髪の遊女がハンクに近付いてウデを組んでくる。
「おや〜お嬢さん、もしかしてシェーブルの出身?」
「え? わかります? 祖父の代でウチは大陸に渡ってきたの」
「いや〜、俺ぐらい沢山の女の子を見てると、肌の張り艶で出身地と年齢がわかるんでね」
「へえ〜! それなら何歳か当ててみて」
「ん〜、じゃあちょっと二の腕触らせてね? ん、こりゃ十五歳かな〜?」
「お世辞のつもりなら怒りますよ。そんなに若いわけないでしょ」
「ジョークだよ〜、ホントは二十六歳? 二十七歳かな?」
「はいハズレ、ふふふ」
「おかしいな〜、二の腕じゃわからなかったから背中触るね?」
「ちょっと! きゃっ」
遊女とハンクはじゃれ合いながら店の奥にあるソファーに向かった。
「お、おいハンク! なんなんだここは!?」
「こいつが人間族の誇る文化の最先端! 兵士達の憂さ晴らし、紳士の遊び場──その名も『キャバレー・タペストリー』だ! この道のプロである俺様お墨付きの優良店さ!」
ここにいる遊女達は知らないが、ハンクは数年前にこの店を訪れ、遊女達を虐待し薄給で扱き使っていた前のオーナーを半殺しの目にあわせて追い出した。その後信用のおけるオーナーに売却して裏方のスタッフまるごとそっくりすげ替えている。実質的に影のオーナーと言っても過言ではない。
ハンクは遊女の胸元に顔を埋めた。女はびっくりして軽い悲鳴を上げる。
「うお〜! 柔らけえ!」
「も〜! お客さんのえっち!」
「意味がわからん! ハンク、こいつらどうにかしてくれ」
「照れるな照れるな、お姉さんたちに甘えていいんだぞ」
ここはヒューロンに駐屯する兵士相手に、美人女給が過剰サービスをする特殊な酒場である。
「しょ、娼館か!?」
「娼婦じゃないわ舞踏家って呼んでほしいわね」
「みんな芸術家なのよ」
遊女達は胸を張って答えた。確かに舞台衣装と言われればこの派手な格好は納得がいく、ただ舞踏家ならば客になれなれしく触れるのはおかしい、とグリンは憤ったが、どう抵抗してよいかわからず困惑した。
横では胸元に手を滑り込ませたハンクが遊女から耳をつねり上げられ笑いながら痛がっていた。
「ガハハ! ハンク殿は欲望に正直でよろしい。独身者は大いに女遊びをせんとなぁ!」
「に、人間族は狂ってる」
だらしない顔で乳房に頬ずりをするハンク。グリンは顔を引きつらせてその醜態を眺めた。
「だめだ俺は帰らせてもらうぞ」暴れるグリン。
「え〜何処に?」ハンクがにやにや笑う。
そう言えば、帰ると言っても宿を取った訳でもない。
「ば、馬車にだよっ!」
グリンは頬を膨らませてふてくされたように視線を逸した。
「もう、この子かわいい〜!」
「照れちゃって!」
「帰さないわよ」
グリンは帰るどころか強制的にソファーに座らされる。
「ねえ、ところで妖精族のアレって人間と同じなの?」
「わあ、見たい見たい! ちょっとだけ見せてよ!」
グリンのズボンに手をかける女達。
「や、やめろ〜っ!?」
「ガハハ、大丈夫大丈夫! リーンフェルト嬢ちゃんには今夜の事は黙っといてやるから」
「はあ!? あいつは関係ないだろ! とにかく俺は出るぞ」
「私達とゲームしてぼうやが勝ったら帰っていいわ」
「いやちょっと待て俺は自由に過ごして良い、と将軍から許されているんだ。お前達に拘束される筋合いはないぞ」
「だ〜め、このお店に入ったら私達がルールなの」
グリンは力任せに遊女達をふりほどくと出口へと駆け出そうとした。
リヤドは遊女を侍らせて大きなジョッキを傾けていたが、急に機敏な動きを見せて、走り出した少年の肩を掴んで軽々と持ち上げた。
「たとえ王侯貴族でもこの娘達には逆らえんぞグリニエル君、治外法権だからな──ここに足を踏み入れた以上、覚悟をした方が良い」
「な、なにぃ──?」
リヤドはグリンを遊女達の待つテーブルへ運び、有無を言わさずソファーに座らせた。遊女達は黄色い歓声を上げてグリンに抱きついた。
三人がかりで押さえつけられたグリンは身体をまさぐられる。
「な、何をする!?」
「あ〜、この子の泣きそうな顔、いいわ〜……!」
「わたし興奮してきちゃった」
「いいわね……ゴクリ」
舌なめずりしながら顔を近付けてくる遊女達。
グリンの顔面が恐怖に染まった──
────
翌朝、兵士達にまざって食堂で朝食をとるハンク達。
グリンはぐったりとしてテーブルに突っ伏していた。
「ははは昨日はモテモテで大変だったな相棒」
グリンは先程から動かない。
だんだんと心配になってくるハンク。
「あれ? おい、大丈夫か?」
肩を揺するが抵抗が薄い。
ようやく顔を上げるとグリンは今までにないくらいの悲痛な表情をしていた。
「──この街に来てから俺の男としての尊厳はめちゃくちゃにされた──もう終わりだ」
うっすらと目に涙が溜まっている。
「お、おい相棒……大丈夫か」
「──ぜんぶ見られた、名前も知らない女達に」
「え……」
「死にたい」
想像していた以上にダメージを受けている。
「あ……いや、なんかすまんかったな」
「俺は変態と違う──人間は汚れている……」
「ええ、妖精族ってこう、なんか女の子に触りたいとかえっちなことしたいとか──ムラムラ〜っとしたりしないのか?」
「知るか変態、話しかけるな」
「いやごめん、ほんと──悪かったよ。調子に乗り過ぎたわ」
白妖精族と闇妖精族は年に一度、夏から秋にかけて恋の季節を迎える。発情期と呼ばれるのを極端に嫌い否定するが、統計的にこのシーズンに多くのカップルが誕生するので発情期と言っても差し支えない。
彼らは年がら年中、繁殖の事を考えている人間族を軽蔑しているが、長命種族の本能として人口が増え過ぎるのを調整している。結果として異性に対して淡白だったり本能的に異性を遠ざけようとする禁欲的な個体が多く見られる──正にこういう妖精族の本能がグリンの性格にまで影響を与えているのだ。
「俺が相棒ぐらいの歳には他の事が手につかないぐらい女の子の事を考えてたもんだが……」
「人間と一緒にするな。やはり俺の勘は正しかった……ここに来てはいけなかったのだ」
「勘……予感、ってヤツか。相棒、そんなに当たるなら占い師とかやってみればどうだ? 闇妖精の占星術師──儲かると思うぞ」
ハンクは話題を変えて気を紛らわせてやろうとしたが、不発だった。
「素人の占いなんて詐欺だ」
「すっかりひねくれちゃってま〜、この子ったら……」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「こりゃ重症だな」
ハンクは唸った。
昔、経営改善をした店の追跡調査としてヒューロンに立ち寄り、ほぼ無料で遊べる立場を利用して数日滞在して遊んでいこうと思っていた。
しかし、この調子だと相棒のグリンが精神的に立ち直れない。滞在は今すぐにでも切り上げた方が良いだろう。
「わかったよ相棒──残念だが出発しよう」
「いいのか!」
グリンは顔を上げて拳を握りしめ期待に満ち溢れた瞳でハンクを見上げる。
「そんなに嬉しいのかよ」
「もちろんだ!」
午前の内にハンク達は身支度を整え、不足品を補充した。そして午後一番に拡大鏡片手に報告書に目を通しているリヤドの元を訪れた。
「なんと──もう出発するのかお世辞抜きに残念だ。グリニエル君を接待した女の子達が『とっても楽しく盛り上がった』とか『最高だった』って喜んでたから安心してたんだが──気に入らなかったかね」
「酷い目に遭ったぞ!」
グリンが険しい顔で叫ぶのでリヤドも多少顔色を青くした。
「えっ!? あの子達だけじゃなくて店のオーナーもめちゃくちゃ喜んでて──わしもサービスして貰ったんだよな……出来たら女の子達に最後、一言だけでも挨拶しにいってくれんかな?」
「いやだ拒否する」
「やはり闇妖精族の女の子じゃなきゃイヤかね?」
「そういう問題ではない、根本的にああいういかがわしい店はうけつけない」
「ふーむ失敗した──一番楽しいところを案内したつもりが不愉快な思いをさせてしまったとは──外交問題にはしないでくれ」
「そうだ、俺が本当の外交官だったら大変な事になってたぞ」
頬を膨らませて怒り続けるグリン。
仮にリヤドが案内しなくてもハンクがここに立ち寄った目的が、派手に女遊びをする事だったので結果は変わらない。
あまりにもグリンが怒っているのでリヤドは心配した。女遊びに誘うのは妖精族への侮辱行為にあたるのか、という懸念だ。
しかしハンクが意味深な目配せしてくるのを見て『初心な少年に女遊びは刺激が強過ぎただけ』と理解した。自然と苦笑いがこぼれる。
「あっ、なんだ将軍。今俺を笑ったのか」
「いや? わし何も笑ってないよ。残念で悲しんどるだけで」半笑いのリヤド。
「いいや、なんかふざけてる……」
「ふうむ。やはり妖精の賓客をもてなすのは難しいな。お許し願いたい」
「俺がもし白妖精族だったら国交断絶だぞ」
「むちゃくちゃ言うなぁ。閣下気にしないでください。ちょっと刺激が強過ぎただけだよな、相棒?」ハンクも笑いを堪えきれず噴き出した。
「馬鹿にするな! 俺はもう帰るぞ!」
半笑いのふたりを残してグリンはひとりで将軍の執務室を退出した。
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岩妖精族を探せ
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「ああユンナちゃん。今夜も君と神秘について熱く語り合いたかった──また逢う日まで──ん〜、まっ……!」
ハンクはヒューロンの方へ向かって投げキッスを飛ばした。それを呆れ顔で眺めるグリン。
「──大いに神秘を探究してくれ、俺の視界の外でな」
「相棒、もう少しサービス控えめなところで再挑戦するか?」
「アホか──次からはひとりでどぉ〜ぞ!」
「つれない事言うなよ、相棒だろ。よろこびは分かち合おうぜ〜」
「楽しくない」
「ちぇっ、お真面目さんでいらっしゃること……」
「それで? 今度は何処に行くつもりなんだ」
ハンクは上を向いて唸った。
「ん〜実はもう、回りやすいところは回っちゃってさ……残ってるのは厄介なところばっかりなんだよな」
「へえ〜、順調なんだな」
「おかげさまで」
「ところで厄介、ってのはどのくらい厄介なんだ?」
「たとえば……岩妖精族の都とか」
「おおっ、岩妖精の要塞都市か!」
グリンの顔がほころぶ。
「そいつは楽しみだな! 生きてる間に一度、是非見学したいと思ってたんだ。ハンクは岩妖精族連中に知り合いとか伝手があるのか?」
グリンが尋ねるとハンクは両手を上げた。
「いや……伝手は無い。だから厄介」
「え!? 呆れたなあ……」
岩妖精族の要塞都市は基本的に他種族の出入りが厳しく制限されていて、よそ者を歓迎しない事で知られている。
「前に立ち寄って門前払いを食ったんだよ……ま、気長に考えるさ」
「な〜んだ、がっかりだ……喜んで損した──寝るか」
グリンはゴロンと荷台に寝転がった。
「ああハンク、言っとくけど……白妖精族とは険悪だからな。この記章は大して役に立たないぞ」
「険悪とは聞いてたけど、やっぱりだめか。なあ相棒、何か岩妖精が歓迎してくれそうなネタ聞いたことないか? 妖精族ならではのアドバイスをお願いするぜ」
「ふーん、あいつらが喜びそうなことか」
グリンはしばらくの間、低く唸りながら岩妖精族についての記憶の全てを洗い直した。
「まあ、うん。先ずは任務中の岩妖精族を探すんだ。あいつらは基本的に要塞都市の外に出ないけど、たま〜に交易品を持って外を出歩いてるやつがいる。この少人数のヤツらはだいたい『命懸けの任務』の最中だと聞いた事があるから──そいつらに恩を売るのが良いと思うぞ」
「命懸けか、穏やかじゃないな」
「武勲を立てたり財宝を持ち帰ったりとかして力を示すんだとさ……任務に出たけど帰らない身内の遺品を持ち帰るための捜索任務にも出たりもする」
「……旅の手助けをして点数を稼ぐ、ってこと?」
「うん、たぶんそう」
「ほうほう、そういうのがあるのか、初めて聞いたな」
「まあ、人間族にはそんな事、話したりしないと思うな。なんていうか身内の恥、みたいな気もするし──昼の眷属は無駄にプライド高いから──」
「ふうん」
「まだいたい殺気立ってるやつが多いから基本的には『近付くな』とも言われている。殺されるかも知れないって」
「……えぇ?」
「まあ、俺達は夜の眷属だから特に危ないけど人間なら大丈夫だと思う」
ハンクは割と岩妖精族を見掛けた事はあるが近付いて話した事は無い。用もないのに近付くと機嫌が悪くなるらしいのだ。
ハンクは馬車を止めるとしばらく腕を組んで頭をひねり出した。
「あ、ドワーフの王族──」
「なんだって?」
「エストマだ!」
変装のための諸々の手はずを整えるために立ち寄ったエストマで、ハンクは書類を挟むバネ付き金具を万事屋のブレッチから見せられた事がある。
「岩妖精族の王族が外に出てたんだ!」
「へえ……この辺にいたのか?」
「…………何ヶ月か前に……」
一ヶ月、いや二ヶ月以上も前の話になる。
「もうこの辺にはいないかもな、馬車をひき取った後、すぐにでも探すべきだった」
「マジか〜……俺としたことがなんという計画性のなさ」
「まあ取り敢えず岩妖精族は嫌でも目立つから聞き込みをすれば何処にいったかわかるんじゃないか?」
「よし……! 遠回りになるかも知れないがエストマから順に足取りを追うか!」
エストマにいるブレッチは直接彼らと会って交易を行っているので、王族達の名前や旅の目的を知っているかも知れない。
ハンクは馬車を反転させて一路エストマを目指すことにした。




