宇宙船ハンターペコ
地面や水、酸素さえも存在しない空間。
星々が輝く真っ黒な海の中、ペコは一人漂う。
しかし焦りや恐怖を感じていないのだろう。ペコはただ、流れに身を任せるように脱力していた。
ふわふわと漂うペコに、金属でできた巨大な棺桶の様な船が横から近づく。
目と鼻の先まで近づいた船に腕を伸ばしたペコは、指を小さな溝に引っ掛けると、船の外壁にコバンザメのように取り付いた。
「目標に取り付いた。作業を始める」
ペコは溝をスルスルと伝い、船の後ろの方へと回る。
『予定通りやなぁ、ペコ。まあいつもみたいにちゃっちゃと終わらせてや』
ペコに仲間からの通信が届くが、ペコは返事を返さずに手を動かし続ける。
目的の場所にたどり着いたペコは、エアロックの扉をハッキングし、躊躇うことなく中に入る。
中に入ったペコが扉を閉じると、エアロックに空気が充満していった。
「いち、にー、さん……ご?」
ペコがそう呟いたとほぼ同時に、エアロックと船の内部を隔てる扉が開き、エアロック内に人型の生物が入ってくる。数にして五。ペコの呟いた通りであった。
五体の人型生物は警戒した様子でエアロック内を見渡していたが、天井に張り付くペコには気づかない。
ペコは人型の生物が使っていた扉を通り、エアロックからこっそり抜け出すと、扉を閉じた。
扉に付いている丸窓を覗き込むと、扉を叩き、何か叫んでいるような様子の人型生物が見える。
(なんて言ってるんだろう)
ペコはこの生物の言葉が分からない。
分かる必要もないのだが、ペコは時折この生物が何を言っているのか無性に気になるのだ。
『調子はどうや? まあ心配いらんか』
突然の通信によってペコは我に返る。
『一応言っとくが、今回も船さえあればええ。中身は食ってもええし、捨ててもええからな』
「わかってる」
『一応やい・ち・お・う。別に、忘れとるんちゃうか~とか、心配したわけとちゃうよ?』
ペコの短い返事を、不機嫌になっているからだとでも思ったのだろうか。少し焦っているような通信先の声を聞き流し、ペコはエアロックを開放した。
「今中に入った。掃除を開始する」
船の外へ吸い出されていく五体の人型生物を見ながらペコが報告する。
『了解。三十分後ぐらいに迎えに行ったるわ』
◇ ◇ ◇
「そういや、さっきのアラーム何だったんすかね?」
「さあな。どうせ誰かが酔って機材殴ったりしたんだろ。んなこといいからさっさと引け。お前の番だぞ」
「ま、何かのトラブルだったとしても、整備担当が直すっしょ」
宇宙船内部の一室。三人の男がトランプのゲームに興じていた。
捨て札となったトランプが宙を舞うが、それを気にする者はいない。
「あ、これであがりですね」
「おいおいおい、嘘だろ?」
「三連勝なんてツイてる~。あ、俺もあがりっすわ」
「俺がドベかよ!」
最後まで残った男が手札を放り投げ、部屋中にトランプが散らばる。
「それじゃあ飲み物持ってきてくださいね」
「じゃあオレコーラで!」
「ツイてねえ……」
男は肩を落とし、扉のロックを解除して廊下に出る。
「それじゃあ片づけますか」
「ダルッ! 散らかしたのアイツじゃねーか!」
「まあまあ。飲み物持ってきてくれますから」
「ソレも負けたからだろ~? ったく、しゃあねえか」
部屋に残った二人は、宙に散らばるトランプを回収し始める。
ガタッ
「? 先輩、何かぶつけたりしました?」
「いんや、何もぶつけてねえケド。……どした?」
「何か物音がしたような……」
ガタッ
「こっちの方ですかね?」
「確かに聞こえたが、ソッチは通気口だぞ。ネズミが手伝いに来たわけでもあるめえし」
二人が近づいたその時、通気口の蓋が開き、少女が現れる。
「女の子……?」
「ガキがどうやってこの船に」
二人は驚きの表情を浮かべるが、少女が意に介するような様子はない。
キョロキョロと辺りを見渡し、二人の男のうち、片方に近づいた。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
「ココは遊び場じゃねえぞ。ったく、とりあえず報告を――」
少女に視線を合わせ、問いかけていた男の背中から手が生える。
「かはっ……?」
体を貫通していた少女の手が引き抜かれ、赤色の水滴が宙に舞う。
男はピクリとも動かず、その場に浮かんでいた。
「は?」
少女は手に付いた赤い液体をぺろりと舐めると、残った男に視線を向ける。
感情を感じないその瞳を見た男は、腹の底から湧き上がる恐怖に一歩後ずさる。それを知ってか知らずか、少女は動かなくなった男の体をどけると、一歩前に出る。
「オイ、オイオイオイ。来るんじゃねえ、バケモノめ」
少女は一歩前に出る。
「く、来るな! それ以上近づくと……」
少女は一歩前に出る。
「死ねや」
男は懐から銃を取り出すと、迷うことなく引き金を引く。
銃口から延びた光が少女の太腿を貫き、傷口を燃やす。
「ハ、ハハッ! どうしたバケモノ! 不思議そうに傷を見つめて。まあ、そりゃあそーだろうなぁ! 最新技術が詰め込まれた、人類の英知の結晶。レーザーガン……いわゆる光線銃さ。オマエらみたいな宇宙のバケモノを殺すための武器なんだよ!」
銃を撃った高揚感からか、それともバケモノを撃った達成感からか。早口で言い放った男だが、その顔に余裕は無い。少女から目を離さず、反応を窺っていた。
少女は力なく浮かんでいた男の体を掴むと、銃を構える男に向かって投げる。
「コイツっ!」
かつて仲間だったものを腕で払いつつ、少女を狙うべく銃を構えた男は、少女が投擲した小さな箱に反応できず、顔に直撃してしまう。小さな箱は男に当たった衝撃によって開き、中身が宙に散らばる。
「トランプ?」
宙に散らばった箱の中身。それは先程まで遊び、片づけたトランプであり、それは男の集中を途切れさせるのに十分だった。
◇ ◇ ◇
『なんや、結構激戦だったみたいやな』
体に空いた三つの穴が塞がった頃、ペコに通信が届く。
「知らない道具使ってた。ビームみたいなやつ」
ペコはビームみたいなものを放った道具を手に取り、観察する。
「結構前に見たてっぽうってやつかも。これは何て名前なのかな」
『さあな、さすがにノーヒントやとなんも分らんわ。まあ後で調べてもらうしかないやろうな』
「うん」
『後数分で着くけど、なんかやり残したこととかないか?」
「やり残したこと……そういえば」
しばらく考えたペコは、やり残したことを思い出した。
「あと一体残ってる」
◇ ◇ ◇
「おっかしいなー、さっきから人の気配が全くしねえ。キッチンにも誰もいねえし」
飲み物を抱えた男は、一人で廊下を歩いていた。
「まあ寄り道したら文句言われそうだし、さっさと戻ってやるか」
小走りで来た道を戻る男は、仲間が待っているであろう部屋にたどり着く。
男はポケットからカードキーを取り出すと、扉を開けた。
「は……え……?」
そこにいたのは二人の仲間ではなく、一人の少女。
では仲間はどこに? いや、そんなことは分かっている。
脳が理解を拒んでいるだけだ。
少女が食べている。
少女はトランプが舞うこの空間で片手に光線銃、もう片方に真っ赤な腕を持ち、口を動かしている。腕から先はついていない。
少女が光線銃を構える。
「おま……」
男の視界は光に包まれた。
◇ ◇ ◇
『いやあ、今回はそこそこ大きかったな』
「うん。でも楽しかった。面白いの見つけたし」
『さっき言っとった、ビームが出る奴か? ま~たペコのコレクションが増えたな』
「そういえば、今回はちょっと残しちゃったけど大丈夫かな」
『なんや、美味しくなかったんか?』
「前も言ったでしょ。あの星の人型生物は癖があってあんまり好きな味じゃないって」
『そういやそうやったか。まあ定期的に飛んできて腹を満たしてくれるんやからええやないか』
「たしかに?」
『ほんま、ペコの食費が安くなって助かっとるわ。あの星……なんやったっけ?』
「たしか……地球って名前」
『そうやったそうやった。多分また来るやろうから、そん時は依頼受けとくわ』
「わかった」