ひとつめ、亀の甲羅
絶望感。
虚無感、ひたすらな無常感を、感じたことがあるだろうか?
あの日、視界はゆらゆらと揺れていた。
あの日、世界はぐらぐらと揺れていた。
頭はまるでまともに働いてくれやしなかった。
***
あの日は、雨が降っていた。
ザーザーと、大粒の雨が地面を叩いていた。
あの日私は、傘の中で溺れていた。
喉の奥からせり上がってくる吐き気を見ないふりして、ただただ、昼間なのに分厚い雲に覆われたせいで暗くて沈鬱な道を歩いていた。
あれは確か、下校の途中だったと思う。
暗い道。
跳ねる水しぶき。
車が、ザッ、と通っていく。
(あぁ、ここで車道に飛び出していれば)
できるわけもない勇気を夢見て、視界を前にあげた。
そして、うつむいた。
ふと、足元を見て。
そして、それを、見る。
―――私はそれを、ひどく無感情に見てしまった。
―――車に潰されたであろう小さな亀の死体が、黒いアスファルトに広がっていた。
雨で、排水溝に、その身が流されていっていた。
ぺっちゃんこのその体はなんだか白くて、でもちょっと黄みがかっていて、甲羅が地面とキスをしていた。
黒くて暗い地面が、亀を覆い隠して、亀だってきっと、ついさっきまでは生きていたのかもしれないと思って。
私は、絶望した。
何に絶望したか。
きっとそれは、ある意味明白で明瞭で簡単なことで…けれど、常人には理解しがたい感性なんだろう。
きっとマシな感性を持つ人であれば、こんなことは一切思わないのだろう、ということを考える。
または、感性はともかく、良識と常識を持つ人だったとしても、『あなたの考えは理解できるけれど、私は思わないかな』と言うのではないだろうか。
―――踏み潰した亀の身が、踏み潰したタイヤにこびりついていたら嫌だなぁ、と。
汚いなぁ、と。
咄嗟に考え付いたことが、これだった。
真っ先に思い上がったのが、これだった。
それ以外何も思わなかった。
私は薄情だったのだと、それだけであるのに、自分が異常であるかのように感じられたのだ。
私はそれが、ひどく恐ろしかった。
私が薄情だっただけ。
そもそも自然は弱肉強食なのだから、当たり前の光景であって、それを拒まずにきたないものとして見ることは別に間違っているわけではない。
私は間違っていない。
なのに、それなのにも関わらず、こうして思い出してはあの日の絶望を浮き彫りにさせている。
あの日は雨が降っていた。
分厚い雲が空を覆って、まだ昼間なのに随分とあたりが暗かった。
張り付く湿気が不快な日だった。
その日に、亀の、車で潰されたであろう亀の死体を見た。
言ってしまえばそれだけだ。
言ってしまえばそれだけなのだ。
それなのに、私は、いまだにずっとこのことを覚えている。
あめがふっていた。
雨が、降っている。
雷の音がなる。
目の前に白くてぐちゃぐちゃなものが浮かんだ。
…あぁ、むごい死に方だと、ぼんやりと思ったのを覚えている。