茶屋華(さやか)vs上條
「お前、この俺の上には『極悪五傑』が一人"鬼畜人ヤブー"様がいることを知っているんだろうな?」
上條はギロリと茶屋華を睨む。
それに対して、茶屋華は一瞬眉をひそめたが、すぐに余裕のある態度で言い返した。
「残念ながら存じ上げておりませんわ、ええ、あなたのことは。でも、『極悪五傑』のことなら当然知っています。それこそがわたくしがこの学校に参上した理由ですので」
「……」
場の空気が冷たく固まる。上條を持て囃していた不良達は、茶屋華の言葉で彼の心境がどんどん悪化していくのを感じているのだ。
「いや、まずい。駄目ですよ!」
茶屋華に駆け寄り小声で囁く渦川。
「さっき言ってた通り、あいつは『極悪五傑』の内の一人の手下で、その中でも特に残忍な"ジョ七さん"こと上條ジョルジョマッジョーレ上助! 逆らったりしたら……」
「でも私がここで逆らわなきゃあなたは助からないでしょ?」
「それは……」
茶屋華の言葉遣いが急に変わったのもあるが、その優しさの中でどこか突き放すような言葉に、渦川は驚きたじろいだ。
「馬鹿が! もう助からねえよ! てめえら両方なぁ!!」
上條は拳を振るわせ始めていた。「『極悪五傑』は知っているがお前は知らない」つまりは「お前は眼中に無い」。そう彼は受け取ったのだ。
上條ジョルジョマッジョーレ上助という男は、暴力が好きだ。物心付いた頃からそうだった。
暴力は良い。頭が悪くたって馬鹿にされたって除け者にされたって、力さえ見せつければ、頭が良いだけの奴や口が巧いだけの奴や仲間がいるだけの奴に誰が偉いのかを分からせることができるからだ。
そうすれば手下ができる。好き勝手に暴れられる。
今はまだ『極悪五傑』の下の『八灯臣』の更に下の実力だが、残忍さならば奴らに負けていないというのは自他共通の認識だ。そのうち実力でも奴らを超える。そして『不良教師陣』も『刃羅刃羅団』も捻り潰し、この学校の支配者として君臨する。支配者としてここを卒業した後に、闇の世界の王への階段を駆け上がるのだ。
だからこそ、こんな小娘なんぞに舐められるわけにはいかない。
「なんの冗談だよ! クソ女!」
一瞬の内に飛び付く上條。
大柄な体躯から茶屋華の頬目掛けて繰り出される拳。
しかし茶屋華は数ミリ程のギリギリの差で避ける。
「冗談ではございません。三途川高校はわたくしが終わらせます。当然あなたのことも解放して差し上げますわ」
「黙れ!!」
上條の猛攻は更に激しくなる。
二人の体が教室中を舞う。
「やべえ……。逃げるぞ! 巻き込まれる!」
野次馬の不良達は逃げ出した。渦川も教室の出入り口まで退避する。
「この人すごい……。あの上條とやり合えてるなんて……!」
鬼の形相で追う上條と天狗のような軽快な足取りで逃げる茶屋華。
机や椅子は壊れはしないものの、端へと飛ばされ、木のガラクタの山となっていく。
痛い……。痛い。痛い、痛い!痛い!!痛い!!!
どうしてこんなことになった。
入学したばかりの"万引き王"とやらを手下に加えてやろうと、目の前でカツアゲを実演しただけだった。それなのになぜか"万引き王"のガキはカツアゲの邪魔をしやがって、だから制裁を加えてやったら、この女が出てきて……。
「降参なさいますか?"ジョ七さん"さん?」
上條の攻撃は当たらず、逃げ続けられ、追い疲れたところを、茶屋華の強烈な回し蹴りが彼の顔面を撃ち抜いたのだ。
上條の顔からボタボタと血が滴る。
「許さねえ……! 必殺技で殺してやる……!」
「必殺技ですか? ではわたくしも」
同時に構える二人。
先に動いたのは茶屋華の方だった。
「"茶糞"!」
茶屋華は両脚を開いて、上條の体を挟むように飛びかかる。
「くだらん!」
しかし、上條は素早く両手を回し、ガシッ!と彼女の両脚を掴んだ。
(そんな! あいつ、まだあんなに動けたのか!?)
見守る渦川は冷や汗をかく。
「じゃあ、次は俺の番だ! 必殺……! "序徐上除條如女"!!」
何かしらの動きに入ろうとする上條。
しかし、その必殺技は不発に終わる。
その理由は……。
ビュン! と茶色い塊が茶屋華の右手から放たれたからだ。
それは上條の鼻に直撃し、
「く、くっせえええぇぇぇ!!」
茶色い物体の臭いに負けた上條は、思わず茶屋華の両脚から両手を離してしまった。
華麗に着地を決める茶屋華。
「では決めますわ!」
茶屋華は再び上條に飛びつく。彼女の両脚はしっかりと敵の体を固定し、
「"茶糞"!!」
なんと茶屋華は自分の体を上條の方に勢い良く近付け、そのまま自分の尻を上條の腹に思い切り直撃させたのだった。
「ゔっ!!!」
茶屋華の尻と両脚に腹を挟まれ、上條ジョルジョマッジョーレ上助は、意識を失い倒れ込んだ。