1章9「美女になる前に、まず栄養とビタミンを……!亅
がっくりとうつむくとアリアはため息をついた。
「アリア様、声を出して少し疲れましたか」
エリはかけ布団をアリアの膝上まで引き上げ、されるがままになっているアリアの様子を見て取ると、そっと両肩に手を置いて、優しくさすった。
「心配はいりませんよ、リルア様はリルア様です。アリア様にも同じ考えを押し付けるような方が、もしいたら、このエリが追っ払います」
「……お父様でも?」
幼い少女のように頼りない声がかえってきた。
「もちろんです、伯爵様がそのようにお考えなら、シモン様と相談してお心を改めていただきます。もしこの部屋に来てそんなお話をなさったら、アリア様がご病気ですと言って、出て行っていただきますから」
アリアはくすりと笑った。
「おまえは面白いのね」
「ありがとうございます」
アリアが微笑むと、暗い部屋に小さな花が咲いたようだった。
「エリ、という名前なのね」
「はい、なんでもお申し付けください」
「……なんだかお腹が空いてきたみたい」
「では、用意をさせましょう」
「……どうしよう、でも着替えもおっくうなの」
「お部屋に持ってこさせましょう」
「いいの?そんなだらしないことはだめだって、ばあやは言ってだけれど」
「元気が出てから、きちんとすればいいことです。いま、アリア様はほんの少し、お疲れなんですから、何か召し上がって、元気を出すほうが先です」
エリが部屋から顔を出すと、心配そうな顔のメイドたちと、執事のシモンが少し離れたところに控えているのに気が付いた。
そっと扉を閉めて、エリが近づくと、シモンはメイドたちに手短にエリの紹介をした。伯爵様のご指示で、アリア様のことは今日よりエリがすべて任されている、皆、エリの指示は素直に速やかに従うように、とシモンが言い渡すと、メイドたちは神妙にうなずいた。
「このホリーはアリア様付きのメイドで、今日からエリの下につかせます。今までのことなどはホリーに聞くといいでしょう」
よろしくお願いしますと言ってあげた顔は、眉の下がった、可愛らしい娘だった、エリはお屋敷で飼っていたべそをかいたような顔の子犬を思い出した。
「アリア様が部屋で召し上がるので、具の入ったスープや、煮込みのような、なにかやわらかくて温かいものを用意できる?」
「え!」
ホリーは目を真ん丸に見開いた。
「ほとんど最近は、朝も昼も召し上がらなかったのに、さっき来たばかりで、もうアリア様のご機嫌を直したの……!?」
驚きと尊敬に満ちた目でエリを見つめた。
「すごい……!」
執事のシモンが、心配そうに口を開いた。
「お医者様が、アリア様には栄養のあるものをおすすめしているので、食事の用意はしてあるのですが……亅
「メニューはなんですか亅
「牛バラ肉のワイン煮込みと、鶏肉と貝のパイ、ブランデーで煮込んだフルーツです亅
そんな、こってりしたもの……。弱ってる人が昼間から、油っこいメニューをモリモリ食べられるわけがない。エリは、元気な自分が特別なディナーで食べたいくらいだ、と思った。
「そういうお食事で、アリア様はどれくらい食べることができますか亅
「ひとくちか、ふたくちくらいですね……。もう、いらないといつもおっしゃって……亅
「やはりそうですか。では、しばらくは消化のいい、あっさりしたものに。柔らかいパンや、半熟の卵、野菜の裏ごしか、芋類をつぶしたもの……。デザートはフレッシュなフルーツを少しか、ジュースをしぼったものに。お肌を整えます亅
シモンはおずおずと、口をはさんだ。
「デザートのまえに苦いせんじ薬を飲んでいただくことになってるのだけれど……亅
「なんのお薬ですか亅
「食欲がでるとか……亅
「やめましょう。……とちらにしても、アリア様は、飲まないですよね……。そんな苦い薬亅
「ハイ亅
「とにかく、アリア様が無理なく さっぱりと食べられる方が大事です。しばらく お医者様のメニューは忘れて、柔らかく 消化の良いもの食べていただきましょう」
エリの工夫した食事を一週間続けて、アリアはしだいに食欲がでてくるようになった。それにつれて、アリアの顔には若い娘らしい生気が戻ってきた。
フルーツジュースは最初から喜んで飲んだので、必ず食事に添えられるようになった。ビタミンが効き目を現し、アリアの顔にいくつもあったおできは、ほとんど目立たなくなった。
ある晴れた朝、エリはアリアを起こすと、部屋のカーテンを開けはなち、窓を開けた。新鮮な空気が室内に満ちた。
エリが来て以来、アリアの部屋の雰囲気はだいぶ変わっていた。
部屋の模様替えに当たって、エリまず、アリアが一番、時間を過ごすベッドまわりから、布類を取り替えようと考えた。
豪華だが、重く、濃色の陰気臭い寝具は撤去して、ナチュラルな、淡いパステルカラーのものが、部屋に安らぎを生むだろう。
見本を取り寄せたエリは、肌ざわりのいい、軽く、柔らかなものを選びぬき、ある日アリアが入浴したタイミングで一斉に寝具を取り替えた。
部屋に戻ったアリアはベッド周りの変化を見て驚いたが、コロンと横になって、
「フンワリ、スベスベね。よく、眠れそう亅
と喜んだ。
美女になる前に、まず、体力をつけ、そして、気持ちを落ち着かせるために、環境を整える必要がある、とエリは思っていた。
アリアが安心して、自分に自信を取り戻してからでなければ、どんなに説得してもムダなことだ。
自分自身を変化させるには、精神と体力が安定しなくては難しい。本人にとっては、慣れ親しんだ自分なりのやり方を捨てて、見知らぬ世界に飛び込む、怖いことなのだから……。
今朝のアリアは、長い髪を椅子の背もたれに広げ、ひじ掛けに腕をのせた姿勢のままティーカップに口を付けていた。
相変わらず、長い前髪はうっとおしく鼻先まで隠し、着ている部屋用のドレスは、紫と茶を混ぜた、なんともいいようのない、色合いのものだった。
ウエストがどこにあるのかわからないブカブカのもので、袖丈も、指先より10cmは長い。この世界の流行になじんでいないエリの目にすら、家用だとしてもこれはないだろう、と思うようなドレスだった。
アリアの指示で仕立てたとのことで、エリはそれとなく、普通に若い令嬢が着るような家用のドレスを提案してみたが、ガンコに抵抗するので、ひとまずあきらめたのだった。
アリアは、起きていても、ほとんど背もたれに、だらけたように座ってばかりだった。長いこと病人のようにベッドに臥せっていたせいで、背筋を伸ばす力も抜けているのだろうとエリは思った。
これでは社交の席で、姿勢を正して長時間座っていることもままならない。そろそろ、アリア様が自分から喜んで、外の空気を吸う気になる方法を考えなくては……。
「エリ……、私はどうしても、元気にならなくちゃダメなのかな」
思いを悟られたかのように緊張して、エリはアリアを見た。
「このまま、お父様のもとで、自分の部屋で、黙って生きていられるならいいのに……。妹が先にお嫁に行ったって、別にかまわないんだもの。心配しているお父様の気持ちは知っているし、エリだって、ほんとうはそのために呼ばれたんでしょう、いいのよ、わかってる」
「アリア様……」
「私はこのままでは家のやっかい者だよね。まだ、お父様が家長のあいだはいいわ。いずれ、お父様が隠居して、お兄様の代になったら、お義姉様もいろいろ思うこともあるだろうし、甥っ子だって、成人を過ぎているんですもの、じきにお嫁さんを探しはじめるっでしょう。私、ますます、どこにも居場所がなくなってしまうわ……」
聞いていたエリは、胸が苦しくなった。
「誰が何といっても、アリア様はこのお屋敷のお嬢様です。引け目を感じる必要はなにもないですよ。伯爵様は、いろいろお考えは持っておられるでしょうが、一番にアリア様のお幸せを考えておられます。
心配なさるのも、おうちのためではありません、アリア様がこの先も、安心して末永く幸せに暮らすことを願ってのことです」
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