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1章7 「アリア様はダルさと不機嫌のかたまり亅

「わかりました」


と、エリはシモンの顔を見た。


「私の果たさなくてはいけない仕事の大きさが見えました……。いろいろありますが、つまりはアリア様に幸せになっていただくということですね。

無理やり結婚の体裁を整えることが目的ではなく、ご自身が、心から望んで、ふさわしい人生を選んでいただくために、力添えをするということ……。それが伯爵様をはじめとする皆さまのお望みだと、そのために私はここに来たのだと、よく理解できました……」


「大変なお役目です……。この私ひとりでは、できることではありません。シモン様や、皆様のお力をお借りしてできることです。どうぞ、非力な私を助けてください」


執事のシモンは優しい瞳にほとんど涙を浮かべていた。フワフワの巻き毛を震わせて、エリにうなづいた。


「あなたならきっとやり遂げてくれると信じていますよ。私や、メイドたちも協力できることなら、なんでもします。あんなつまらない男性に、いいように利用されて、陰で嘲られていいようなアリア様ではありません」


シモンは扉の前で立ち止まりノックをした。気のない返事が、若い娘の声で返ってきた。


「だれ?」

「シモンでございます。アリア様、少しお邪魔してもよろしいですか亅


耳をすまして、返事がないのを待ってから、


「ほんの一言だけですので……、失礼します亅

と、許可がないままシモンはドアを開けた。



(開けるんだ)


と、エリは驚いたが、どうやら、ダメと言われなければ開けていいということに、アリアの部屋はなっているらしかった。

というより、「良いわよ亅を答えるのもダルい、ということらしい。


 扉を開けて室内に足を踏み入れたシモンは、エリを招き入れた。


「アリア様、新しいメイドを紹介致します。エリです」

「初めまして、エリと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 半ばカーテンの引かれた薄暗い室内は、昼前とは思われない、よどんだ空気が漂っていた。厚い敷物も、カーテンも、若い娘の部屋にしては色合いが暗かった。後で聞いたところによると、祖母が使っていた高級な品を、部屋ごとアリアが引き継いだことだった。


 ベッドには、これも年代物の布で仕立てた掛け布団カバーが幾枚も重なっている。

そのヘリから、モジャモジャに乱れた黒い髪がはみでていた。


あれが、アリア様、とエリは思い、その後頭部しか見えない姿をじっと見つめた。

こちらを向こうとしない寝たままのアリアに、執事のシモンはそっと近づくと、見下ろすようにエリの紹介を再開した。


「本日より、このエリがアリア様の身の回りのお世話を致します。サキューマ侯爵家の使用人ですが、非常に優秀な人材だということで、皆の手本となるよう、しばらく当館で預かります」

「新しい子なんか、いらないわ、イヤよ」


背中を向けたままアリアは答えた。


「お父上の決めたことですので」


 アリアはため息をつくと、寝返りを打って、こちらに顔を向けた。


ぶ厚い前髪が、ほとんど鼻先まで垂れている。左の鼻口の端にはウミをもったおできが赤くなっていた。

うめいたあと、アリアはようやく布団の上に半身を起こした。それだけて息が切れて、丸まった背中を、上下させている。

妖怪のように、バサリとたれた前髪のすきまから片目でエリをちらりと見、目をそらした。


「……シモン、私あてに手紙はなかった?」

「朝に伝えました通り、なにも届いておりません」

「そのあとに届いたかって、聞いているのよ!だって今日には着くはずなのに」

「アリア様、もう10日もそのように言っておられますよ、もう、手紙のことは気になさらず、少し庭にでも出てみてはいかがですか」


「……むこうに落ち着いたら、かならず便りをするとあの方は誓ったのよ。何か事故があったに違いないわ」

「アリア様、思いつめないほうがよろしいかと存じます」

「おまえにはわからないのよ、シモン!」


 エリはシモンの後ろから、寝間着姿のアリアの様子をうかがった。からまった髪はネトネトと脂ぎって、しばらく洗っていなようだった。

目やにのこびり着いた目は白目が赤くなっており、アリアは何度か神経質に、ゴシゴシとこすった。

口の端は、への字に垂れ下がっている。普段、微笑んだりすることがないので、表情をつくる筋肉質がかたまっでしまったようだ。


 シモンの言う通り、強く眉根を寄せる癖のある不機嫌な目は、いらだちのため、きらきらと不自然に光っている。肩をかぶせるように背を丸め、上目で見る視線は、エリに人を寄せ付けない野良の猫を思わせた。


 この令嬢はいま、すべての人間は敵だと思っているのだとエリは考えた。想い人との仲を裂こうとするもの、というより、愛されていない自分を認めさせようとする者すべてが憎いのだ。


 アリアは不機嫌とだらしなさにくすんでいたが、よく見るとシモンが言っていた通り、大きな瞳を持った美しい顔立ちをしていた。だが、この様子のまま、ただ着替えて世間に出したとしても、人々はアリアの美しさには気づかずに、不機嫌さと孤独からくる傲慢さだけを見るだろう。


 なるほど……、やることは多そうだ、とエリは思った。そして、さも簡単なことのように、気軽に自分を放り込んだリードのことを考えて、内心で、ため息をついた。

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