1章6「 アリア様はおクズ様に片想い亅
シモンは憮然として話し始めた。
「アリア様には、心ひそかに思っている男性がおられます」
「シモン様が知っているのに『心ひそかに』なんですか」
と、エリがたずねると、シモンはきれいな巻き毛を揺らしてコクコクとうなずいた。
「ご本人は秘密のつもりでおられるのです。でも、屋敷の者全員に、バレバレです」
「お相手の男性にも『バレバレ』なんですか?」
「当然です、その方はそれをいいことに、アリア様の気持ちを巧みに利用して、うまく立ち回ろうとしているのですから」
「お話を聞くと、どうも、良くない方のように思われますね亅
「良くないどころではありません。かなり、悪いです。それは、お嬢様にとってというだけではなく、伯爵家全体にとっても、非常に困った人物なんです」
「伯爵家はここから離れたところに広大な領地をもっておられます。その領地同士がお隣のミルヘザー子爵家の次男に、カルス様という人物がいます。
いまだ独身で、ちょっとだけ顔がいいというほかには、ばくち好き、幾人もの人妻と浮名を流す、家の仕事を手伝うでなし、仕官するでもなし、ただ遊びまわって、いろいろな人物にたかっては、日々面白おかしく生きることだけが目的というご子息です」
「……結構なかたですね」
「なんども問題を起こしては御当主のお怒りを買っていますが、奥様が非常にこのご次男を溺愛しておられまして、いつもかばいだてをするので、なんとか勘当を免れているのだろうと、世間はうわさしています」
「それがアリア様の想い人なんですね」
整った顔に、なんともいえない悔しさをにじませて、シモンは額をなでた。
「あのまじめなアリア様が、あんな男性に心を奪われてしまって、まったく、やりきれません。口だけはうまい人物ですから、世間知らずの乙女の心を自分に向けるなど、造作もないことだったでしょう。
アリア様が御領地に遊びに行ったとき、くだんのカルス様の訪問を受けたのです。ご近所のよしみとかなんとか言ったのでしょう、そして、そのずうずうしい口で、次男の自分がいかに家ですげない扱いを受けているか、自由になる財産もなく、つらい思いを受けているかなど、切ない顔で訴えたのです。
『このまま世間に知られることもなく、埋もれていくかと思うと、絶望しかない。誰も自分の才能をみようともせず、知己になろうともしない。こんな自分を社交界で引き立ててくれようとするものが、もしあったなら、自分はチャンスを生かして、大きく羽ばたくことができるはずなのに』
とのたまったそうです。
それを聞いたアリア様は、父上にお願いして、カルス様を主賓にした豪華なパーティーを仕立てたのです。主賓様は、それを機会に複数の人妻とねんごろになり、また、化けの皮がはがれるまでの間、自分を食客としてもてなしてくれる貴族の方に取り入り、しばらく遊んで暮らす手立てをつかんだ、というわけです」
「なんともやっかいなお方と知り合いになってしまったんですね」
「カルス様はこう言ったそうです。
『君がまだよちよち歩きだったころ、学校に行き始めたばかりの僕は君の手を引いて歩いたことがある。僕はそのとき、この少女の瞳を見て天使のようだと悟ったんだ。幼馴染の僕と君は、運命に導かれて再び出会ったんだ』と」
「それで、アリア様はハートをがっつりとつかまれてしまったんですね」
「プレイボーイにとっては、赤子の手をひねるよりたやすいことです。ただ、幸いに、子爵家のご次男はアリア様にプロポーズするつもりはさらさらないようです。もっと狙うなら、より資産のある、でかい魚を釣りたい、ということでしょう……。自分の魅力ひとつだけを頼りに、生きているひとですから。
もう一つ、その方がねらっているのは、領地の境界線の書き換えです。先代からあいまいになっている沼地の境界がありまして、過去の水害で、川の形が変わってしまっているのですが、そこは亡き母上様から相続したアリア様名義の地所なのです……。
カルス様は、アリア様にうまいことを言って地所のいくばくかを横取りすることに成功したなら、ご自身の母上様に後押ししてもらい、その分を自分名義の領地にしようともくろんでいるのです」
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