56「意気をあげて出発亅
「旅の支度はしてあります。エリ様、足元は大丈夫ですか。馬に乗るのを助けましょう。怖がって、腰をうかせるとかえって危ないので、馬を信じて落ち着いて下さい。何かあったら鞍にしがみついて離さないように。わたしがなんとかします」
「はい……」
「まずは、モンベーツ伯爵家だ……。では行こう、さらば、我が家よ……」
リードの言葉に、ドイルも馬上から闇を振り返った。
「私も、二度とはこの地に帰れないでしょう。もとより、テリー様をお助けできなければ、この地にいられるわけもありません。馬もお屋敷から盗みました」
「そして、私もおたずねものになるのね……」
エリは思わずしんみりした。
「いやだなあ、ふたりとも、暗いことばかり言うなよ。さあ、これから冒険の旅だよ。無理にでも意気を上げていこうじゃないか。元気を出して、いざ行かん!」
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伯爵家の近くで馬を止めると、エリは息をもらした。
「エリ、緊張しているのか」
「……大丈夫よ」
「さっき、打ち合わせた手はずでいこう」
こくっとエリはうなずいた。
木陰でメイドの服に着替えて、エリはこっそりと通用口から忍び込んだ。
廊下を歩くエリに、後ろから声がした。
「エリ、どうしたんです。みなが探していたんですよ、食事にもエリが現れなかったといって」
振り返ると執事のシモンがそこに立っていた。
「申し訳ありません。アリア様が髪飾りをお忘れだったので、歩いて追いかけたのですが、追いつけなかったのです……」
「えっ?馬車を歩いて追いかけるなど、無茶をするね……。それに、許可なく持ち場を離れてはいけないよ。今後は気をつけてくださいね。今日は伯爵様たちがおられないのだから、君も早めに休みなさい」
フワフワのロングヘアーをなびかせて、後ろを向こうとしたシモンに、アリアは声をかけた。
「……あの、シモン様。地下にとらえられている、あの男の方なのですが……」
シモンはぎょっとして、エリに向き直った。
「君は、地下牢のところへ行ったの?!ダメですよ、今、あそこに近づいては」
「すみません、ジャガイモをとりにいったものですから」
「もう二度と、そばに寄らないで。何かを取りに行くときには、しばらくは私が行くから……。ほんとうに、ダメだよ」
「ハイ……。あの、地下のあの方が、とても苦しそうにうめいていて、ここから出してくれないなら隠していた薬を飲んで死んでやるといっていたのです……」
「なんだって?!どうしてそれを早く言わなかったの。いつのことです?」
「アリア様が出かける前くらいでしたので、そろそろ死んでいるのではないでしょうか」
「あ~!」
執事のシモンは髪をかきむしって絶叫した。
「なんてこと!いっそ、死んでもらった方がいいのか、と伯爵様が言ったとはいえ、本当に死んでいたら、ただ事ではすまない」
「もしかしたら、まだ薬は飲んでいないかもしれません。あの方の言うには、奥のレンガの、向かって右の、端から5番目で、下から16番目に隠したとか言っていて……」
「なんですか、そのややこしいのは……。とにかく、君も一緒に来てください。まだ生きていたなら、毒薬を隠し場所から取り上げなくてはならないから」
シモンが走っていくそばから、エリは小走りで追いかけた。奥の小部屋の床にシモンは膝をつくと、木を組み合わせたハッチを上げ、粗末なはしごを下ろすと、ランプを片手にはしごを伝って降りていく。
エリもそのあとに続いた。
地下は土間が広がっていてレンガを組んだ壁と、金属の柵をくさりで組み合わせた扉がついていた。扉を透かして、わらのかたまりに横たわっている人物が見えた。
「死んでる!!い、いや、寝てるだけかもしれない。見てみましょう」
ランプをエリに手渡すと、シモンはポケットに手を突っ込み、大きなカギを取り出して、扉に巻き付かれているくさりに取り付けられた錠前に差し込もうとした。慌てているので、手は震えたが、なんとかうまく合わせると重い錠前は開いた。
「もし、カイル様。……あの、生きていらっしゃいますか」




