54「作戦に不可欠な人物」
「リード、何を言ってるの、信じられない。あんな……、アリア様を苦しめて、おまけにお屋敷にまで来てアリア様をさらおうとした男を……。あんなやつの顔なんか見たくないわ。
第一、カルスがおとなしく、私たちに協力をするわけがないよ。どうしようもないクズよ。リードだって、あいつは詐欺師だと言っていたじゃない」
リードはいつになくまじめな顔でエリを見下ろした。
「エリ、君にほかにアイディアがあるかい?ないだろう、僕もだ。
君がかっとなるのはもっともだが、心を落ち着かせてよく考えてごらん。カルスは確かに素行に問題がある男だし、女性に対しても誠実とは言えない。
ただ、あのフットワークの軽さ、いろんな土地に、気軽に出かけて、その場所で有力な人物を嗅ぎ分けて、楽々相手のふところにはいりこむ……。そう簡単にできることではないよ。
あまり階級の高くない人物で、あれほど周辺国にコネクションのある人物は、僕は、他に思い至らない。彼こそが、この救出作戦には必要不可欠な男だと思う。
エリ、君にも色々思いはあるだろうが、ここはぐっと飲み込んで、僕の案を受け入れて欲しい。何度も言うが、僕たちには時間がない。
手を伸ばせば届くチャンスを 見過ごすわけにはいかない」
エリは何も言わずにリードを見ていたが、リードはそれを「わかった」という返事だと受け取った。
「全てはアリア嬢のためだ。いいね亅
エリは、ようやくうなずいた。
「さあ、やることは決まった。まずは、モンベーツ伯爵家の地下に閉じ込められているカイルを、屋敷から連れ出そう。当然、解放の条件は、仲間になって、テリー救出作戦に協力することだ。もし逆らったら、 伯爵にあることないこと吹き込んで、死刑になるように話を進めるぞ、と言ったら言うことを聞くだろう」
「伯爵は、穏やかな、優しい人だと思っていたけれど、やはり現代の庶民とは覚悟が違うのね」
「必要な時は、ためらいなく力を使うのが、高位の貴族だ。国家や、法律に助けてもらおうという、甘い考えはここでは通用しない……」
エリは、パーティーの中心で、王族と婚約した娘を守るように立っている伯爵を遠く眺めた。
「エリ、カイルの捕まっている場所は分かるか」
「地下に、貯蔵庫の奥に部屋があったから、そこだと思うわ。ワインやジャガイモを時々取りに行くから、私ならそばまで行けると思うよ」
「では、ジャガイモを取り出すふりで、カイルの解放はできそうかい」
「当然、カギがかかっていると思うわ。執事のシモン様が管理しているのだと思うけれど」
「ふむ」
リードはあごに手を置いて考えた。
「執事がカギを持っているのか……」
「シモン様を説得してみる?」
「彼は、はいそうですかと言って、ご主人を裏切り、メイドの君の言うことを聞くような執事かい?」
「そんなわけはないわね。じゃあ……」
エリは目を伏せて口ごもった。
「シモン様をだまして、カギを開けるしかないのね」
「そうだ。エリ、そんなつらそうな顔をするなよ」
「……私、もうあのお屋敷には戻れないのね」
「そうだよ。だが、もともと長いこといられる場所ではなかったんだ。任務が終わったら離れることが最初から決まっているんだから」
「……わかってる。でも、でも……」
エリは唇をかみしめた。
「こんな形で、裏切って逃げ出すように別れるなんて、思ってもみなかったわ。シモン様も、お屋敷の仲間も、伯爵様も、そしてアリア様も、みんな私に優しくしてくれた、大事な人たちなのに……」
リードはエリの手を取った。




