3章46「もういっそ〇〇したほうがいいのだろうか亅
伯爵は、杖を突きながらアリアのそばまでやってきた。
「お父様、私、過去を断ち切ったの……。自分をおとしめるような不幸な考え方には巻き込まれないことにしたわ。自分を粗末にするのは、大事に思ってくれるお父様への裏切りだったわ……。ごめんなさい亅
「わかってくれたか。お前たちは、私の宝だ。どれだけ大切なものか、とても言い表せぬ。
そのことを、よく覚えておいておくれ……亅
カイルはようやく駆けつけた護衛の者たちに捕らえられ
た。カイザーに破かれたズボンの穴からは下着が見えていた。
「地下の倉庫に閉じ込めておきなさい。ふた晩ほど、頭を冷やさせてから子爵家に使いを出させて迎えに越させよ。食事はやる必要はない。もう、堪忍ならん亅
「承知致しました亅
「そして、子爵家との水辺の領地の境界に杭を打って、そののち詳しい見取り図を作らせよ。王家に差し上げてご報告する。
適正に境を作って、余計に広げてはならぬ。
この男は何をするかわからん。いさかいを起こさないように、あらかじめ整理しておこう亅
「もういっそ、殺しておいたほうがいいのだろうか、シモン?亅
カイルを横目で見ながら、声をひそめた。
「ここに来るまでに、アリア様のところへ行くとあちこちで騒ぎ立てたそうです。行方不明になったら、このお家だと世間に気づかれるかと……亅
「襲撃してきたのはこの男だが、それなら仕方がないだろう。今は、娘たちの縁談に傷をつけたくない亅
カイルはヨロヨロと、脇からつかまれたまま、歩かされたが、情けない顔で振り返った。
「助けてくれ、君からこれは誤解だと教えてやってくれ、どうか、アリ……亅
カイザーが再び、カイルのスネを噛んだ。コックが手を叩いた。
「二度とそんな卑怯な口で、うちの大事なお嬢様の名前を呼び捨てにするんじゃねえ、って、カイザーが怒ってるぜ亅
エリはアリアに寄り添った。
「大丈夫ですか、アリア様亅
「エリ……。私、王家のパーティに出席するわ。リリアの婚約の邪魔をしないようにはするけれど、王妃様にお願いを直接申し上げたいの……亅
「アリア様……?亅
「盗賊の討伐隊を出して下さるように……。テリー様は賊に囚われているのかもしれないわ亅
「アリア様……。残念ですが、エビーナ家の方でなければ、それは難しいことだと思います亅
「そう……。私は正式な婚約者ではないし、いまは、ただのよその人だものね。
わかったわ、私、パーティでエビーナ侯爵夫妻にお会いして、テリー様を救うためのお話をするわ。爵位が上の方にお話するのは、無礼なことだけれど、侯爵夫人の学友だった叔母様にお話を前もって通してもらうわ。親しいお付き合いをしているようだから……亅
「お父上の伯爵様にも、お許しを頂いてください、アリア様亅
アリアは少し淋しそうに、伯爵を眺めた。
「お父様は、テリー様が帰らなければ、私を他の方と婚約させるつもりなの。だから、あまり、私が、テリー様のことばかり考えるのは、感心しないようなの……。
いま会えない人ばかりに執着して、深入りしてはいけない、
と、言われたわ……。むしろ、もうテリー様のことは忘れて、違う人と早く婚約してほしいみたい。
お父様は私を心配しているのだとわかるけれど、テリー様を忘れろというお父様と相談はできないわ。
今の私はテリー様のお帰りを待っているご両親のほうが、きっと気持ちが通じあえると思うの。叔母様に、侯爵御夫妻のお人柄を聞いてみるわ亅
亡き母の妹の叔母と話したところ、先方の侯爵夫人は、テリーからアリアの存在を聞いており、ぜひ会いたいと熱望していたということだった。
だが、アリアの父の伯爵に相談したところ、婚約したわけでもないのにそういう機会を作るわけにもいかないと言われたとのことだった。
叔母は言った。
「そんな公式なものでなくても、私の家にお茶を飲みに来るという形で面会をさせてあげてくださいといったのだけれど、公爵様はお許しにならなかったの。あちらは爵位が上なのだから、余計なことをしてはいけないと言われて。
公爵様はため息をついて、もうテリー様のことは忘れたほうがアリアのためだ、と漏らしていたから、正直な気持ちはそこなのでしょう」




