3章44「見ているだけで恥ずかしい方亅
玄関の方で、もめる声が大きくなり、やがて、息づかいの荒いカルスが、エリとアリアの前に現れた。
エリはアリアをかばって前に出て叫んだ。
「お引き取りください。なにをなさるんです。ただではすみませんよ亅
「アリア!亅
とカルスは、顔をそむけているアリアに向って話しかけた。
「この家の人たちは、妹のリルアの結婚に夢中で、君のことなんて眼中にないよ。いや、むしろ、王子と妹の結婚の邪魔になりかねない親族だから、さっさと嫁に出してしまおうくらいに思っているのさ。
……お互い、家族に大切にされない身だな。僕と君は仲間だよ。行方知れずの男なんか待たずに、僕と旅に出よう。すべてを捨てて……亅
話している間に、カルスは自分の言葉に酔って、薄ら笑いになった。
エリは空手の構えをした。
「アリア様、お逃げください!亅
「いいえ!亅
強い調子でアリアが叫んだので、エリは驚いた。
「アリア様?亅
「カルス様、はっきり申し上げますわ。あなたのことは大嫌いです!亅
「アリア?亅
カルスはポカンとした。
「大嫌いです。その、さむいセリフも、カッコつけてるしぐさも、人迷惑な、子供みたいな行動も、見てるだけで恥ずかしいわ。
もう、そのバカみたいな顔は二度と見たくありません。私の前から永久に消えてください亅
カルスは魂が抜けたような顔でしばらくアリアを見つめていた。だが、だんだん言われたことの意味が頭に染み込んできたらしく、顔がこわばり、目がつり上がり、頬が怒りで赤くなった。
「なんだと、こ、この僕に向かって、そんな口を利くのか。君なんか、だっさい服を着て、モッサリした、変人のブスだったくせに……!亅
「あなたは、そのブスの純情につけこんでお金を引き出した詐欺師です。
そんな卑怯者に、私の尊敬する大事な方の話はしてほしくありません。かんちがいはいい加減にして、口を閉じてお帰り下さい亅
「ちょっと社交界でチヤホヤされたら、いい気になりやがって、可哀想なブスに付き合ってやった恩義を忘れたか亅
「私の家に恩義があるのは、あなたの方でしょう。過去の支払いを明細にして、あなたのお母様に送りましょうか?亅
カルスはアリアをにらみつけて立っていた。
エリは、カルスがアリアに危害を加えようとしたら、その場で蹴り倒そうと、構えを解かずに見つめた。
そのとき、床の上をつむじ風のようなかたまりが走ってきた。と思うと、カルスのすねに飛びかかった。
「カイザー!亅
と、アリアは仔犬を呼んだ。
「おい、何だコイツ亅
ズボンのすそに噛みついているカイザーは、カイルが足を振っても離さなかった。
「エイ、くそ亅
カイルは子犬を乱暴にけった。カイザーは
「キャン亅
と鳴くと、敷物の上に転がった。
「ああっ、カイザー亅
アリアは駆け寄って仔犬を胸に抱いた。
「カイザー、カイザー……。大丈夫?なんて、ひどいことを……亅
その時、調理場の方から声がして、コックの男が小山のように盛り上がった腕を見せて、ドスドスとやってきた。見ると、手に重い骨付きハム肉をぶら下げている。
「なんの騒ぎですかい〜!亅
とコックは大声を出した。
「お客様とはきいてねえけれど、おもてなしをしてさしあげないとな。お茶うけが必用なんじゃねえかな、エリさんよ亅
「そのようですね亅
「今年のハムは上出来ですぞ、お客様亅
コックはハムを棍棒のように構えた。
カイルは引きつったが、
「無礼な、そんなもので僕を脅す気か亅
と、強がった。
「ともかく、アリア、こっちに来い!その生意気な口をわびるチャンスをやるぞ。僕に付いてきて、心からあやまるなら、いまのうちだ。いまなら許してやる亅
「もう、アリア様に口をきかないで下さい亅
エリはカイルの前に、空手のかまえで腕を交差させながら近づき、ひたとにらみつけた。
「アリア様は、二度とあなた様に会いたくないとはっきり言っています。お帰りください……!亅
「なんだおまえは……!亅
次回10月22日日曜日分に続く




