3章41「そこにいて、生きているだけで美しいということ」
日曜日、木曜日に投稿します。完成までお付き合いください。
「いいね、カイル君。他の女性のイニシャルを彫った装身具を贈り物だと捧げられた娘の気持ちが想像つくかな」
カイルはようやく、自分のしでかしたことに気づいて、あっ、と声を上げた。
「こんな屈辱があるだろうか、わしは、いま、腹を立てておるのだよ。さすがにその分まで支払う気にはなれぬ。今までの分まで、取り立てようとはいわないが、今後うちにまで出入りしようとするなら、そっちの清算も考えなくてはならないということだ」
つまり、今までのツケをチャラにしてやるから、手切れ金だと思って去れ、ということだな、とエリは理解した。
格上の伯爵に、ここまではっきり言われたら、カイルも何もできまい、とエリはほっとした。
伯爵は杖を突いて立ち上がった。
「さて、わしはそろそろ失礼するかな。アリア、おまえももう屋敷に入って休みなさい、あずま屋に日が当たってきた……」
「はい、お父様。ではカイル様、ごきげんよう……」
「アリア、僕の愛を疑うのか?いままで、こんなに僕が真心を捧げてきたのに……。君も、世間の人のように、親や階級や、そういう自分をしばりつけるものの言うことを黙って聞くのか?」
アリアは振り返ったが、もう社交上の笑顔もそこにはなかった。可哀そうな人を見るような目をカイルに向けると、目をそらして、再び背を向けた。
「僕はあきらめないぞ。こんな仕打を受けて耐えているのも君を思えばこそだ。いつかわかってくれると僕は信じて待つよ」
「アリアよ、おまえたちはわしの宝だ」
ゆっくり歩む伯爵の言葉に、
「はい、お父様」
と、アリアはうなずいた。
「大切な宝であるおまえたち姉妹を、軽々しく扱う人間を、そのままのさばらせておいてはならぬ」
かみしめるように伯爵は続けた。
「おまえは美しい……。それは、ドレスや、結い髪や、宝石のためではない、おまえそのものが、そこにいて生きているだけで美しいのだよ。
わしとおまえたちの母の大事な娘たちだ。たとえ泥だらけになったとしても、背を伸ばし、なんでもないようにほほえみを浮かべ、自信をもって落ち着いてふるまいなさい。そうして、自分が母と父の大事な宝物だということをいつも心において生きるのだよ……」
「お父様、心配をかけてごめんなさい……」
「テリー君が、早く帰ってくるとよいな」
「ええ……」
伯爵は後ろに控えたエリを振り返った。
「おまえのおかげて、アリアは大きく成長することができた。感謝しておるよ、おまえを連れてきてくれたリード君にも……。だが、彼もおまえも、不思議な人たちだな……。何か、人ととは違ったものが見えているような感じがするのだよ」
エリは頭を下げた。
「私の手柄ではありません。アリア様のお心がけによるものでございます」
連れだって屋敷に入ったとき、家令の一人が執事のシモンに近寄るのにエリは気がついた。シモンの眉間が深刻そうに寄せられた。
シモンは伯爵に寄り添い、歩みを助けるように肘をとりながら、そっと何かを耳打ちした。伯爵の穏やかな顔に緊張が走った。
エリは、アリアを促して、寝室に連れて行った。
「ふう、突然、あんなことが起きるから、驚いてしまったわ」
「アリア様、ご立派な態度でした」
「私、どうしてあんな方に恋をしていたのかしら……。まったく黒歴史だわ」
エリはうなずいた。
「それは無理からぬことです。カイル様は、経験豊富な、色恋に慣れているお方……。無垢な令嬢をその気にさせることなど、簡単なことだったのでしょう。恐れながら、それがあの方の仕事のようなものなのですから、普通の方は、なかなか見抜けないのではないでしょうか」




