3章37「自分の本当の気持ちを知るための、大切な時間亅
アリアはカイザーを呼び寄せた。子犬は一生懸命に走ってきて、差し出したアリアの手をなめた。
「お父様が、いくつも縁談をうけとっているようなの。なんだか、私の評判が急に良くなってしまったのね。
お父様は私が元気がないのを見て、遠慮しているみたいだけれど、シモンに話しているのが聞こえてきたわ。シモンは執事だけれど、そんな縁談の話をされても意見の言いようもなくて困っていたわ……」
不意にエリが持っていた盆が震えた。エリが視線を落とすと、盆の中央がゆらゆらと揺れる画面のようになり、そこにこことは違う世界の様子が写し出された。
アキラが人もまばらな、おそらく深夜の地下鉄に乗っている。ワイシャツ姿で、クールビズらしくノーネクタイのえり元はボタンを一つ開けている。座ったアキラはスマホの画面を見ていた。
アキラが見ている画面が見えた。それはエリと二人で映っている写真だった。
夜景を背景に腕を組んでいる写真、庭園の花の前で撮った二人ともまぶしそうな眼をした写真、アキラの部屋でごちそうをまえに二人で頬を寄せて笑っている写真……。
スマホを見ている残業帰りのアキラは、ふっと表情をやわらげて微笑した。
エリははっとした。
(アキラ……)
胸の中の空洞に、急に息が吸い込まれたような気持ちだった。
(このまま会えなくなったら……)
それはエリにとって受け入れがたいことだった。
(もしアキラを失ったら、どうしたらいいのだろう)
足元が崩れていくような心細さだった。
「エリ……?」
心配そうな顔でアリアが顔をのぞき込んでいた。
「どうしたの。だいじょうぶ?」
「はい……」
盆の映像は消えていた。エリは、大きく息をついた。
「泣いているの?」
と聞かれてエリは自分の頬を触った。いつのまにか流れていた涙が指先に触れた。
「アリア様、大事な人と離れているのはつらいことですね……」
「あなたも会えない人がいるのね、エリ」
エリはうなずいた。
「私とあなたは一緒ね。こちらへいらっしゃい」
とアリアは自分の横を示した。エリはベンチ席のアリアの隣に移動した。
「その人は恋人なの、結婚が決まっているの?」
「……いえ、プロポーズをしてくれそうな雰囲気でしたが、急に会えなくなったのです」
「もしかして、私の世話に来てくれたから、会えなくなったの?」
とっさに答えようがなくて、エリが一瞬黙ると、
「そうだったの……。ごめんね、エリ」
とアリアはすまなそうな顔をした。
「いいえ!」
とエリは驚いて大きな声を出した。
「私は自分の意思でここへ来たんです。アリア様のせいではありません。……私はアリア様にお会いできてよかった……。おそばに居られて、一緒に美しくなるお手伝いをさせていただいて、とても、わくわくして、楽しかったんです。後は、本当にお幸せになるのを見守るだけです」
「ありがとう、エリ……」
カイザーを膝にのせてなでながら、アリアは話した。
「私、テリー様と離れてよくわかったわ。私にはテリー様が必要で、大きな愛で包んでいてほしいんだって……。
お会いできないと、本当につらいのよ。できたら、もう離れることなく、一緒に生きていきたい……」
そうして、エリの顔を見てはっきりと言った。
「私、いまは決心ができるわ。テリー様が望んでくれるなら、私はあの方の妻になりたい……」
「アリア様……!」
「離れているのはつらいけれど、これで自分の気持ちがよくわかったわ。私には必要な時間だったのね……。あとはただ、テリー様が無事にお帰りになってくれたら……亅
「はい、きっともうすぐですよ亅
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