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3章32「 あまり時間が経つと、現世に戻れなくなる……? 亅

 あずま屋の日陰でくつろいで話をしているように見えるアリアとテリーの様子を横目で見ながら、木陰のエリは、ベンチに腰かけて針を動かしていた。

テーブルクロスや、ナプキンをどっさりかごに入れて、ふちがほつれたものや、刺繍がほどけたものを見つけてはていねいにつくろっていったが、心はアリアとテリーの様子を見張ることに注がれていた。


テリーはあいかわらずのごきげんで、手振り身振りをしながら前のめりに話を続けている。


(この様子なら今日はシリアスムードにはなりそうもないわね)


と、エリは思って、少し緊張を解いた。さわやかな風が通り過ぎて、エリはほっと息をついた。


アリアの気持ちが十分に結婚に向かってから婚約を進めようと決めたものの、エリ自身の結婚にもタイムリミットがあるのだった。


いや、結婚というよりむしろ、ここに来る前の現世での人生に戻れるかどうかという瀬戸際なのだ。それを考えたら、できるだけテリーと早く結ばれてほしいのが本当のところだ。

 そうして、テリーとアリアの結婚は、将来の国母を産み、偉大な国王を誕生させる、この国の運命にかかわる重大事だ。だからこそ、エリが呼ばれたのでもある。


(それを考えたら、アリア様の心情を優先しようとしている自分は甘いのかもしれない……)


 だが、エリの目から見て、アリアは次第にテリーの愛情に染められているように思えた。テリーのそばで、アリアの顔は生き生きとし、楽しそうだった。


(きっと、せつない片思いしか経験のないアリア様は、身を絞るようなつらい思いを感じないと、恋心だとは思えないのだろう)


 いくら、アリア様の納得がなければ進められない結婚だとしても、あまりに時間がかかるようなら、何か手を打とうとエリは考えた。

だが、お似合いの二人を目の前にすると、まあ、何とかなるのではないかと、思ってしまうのだった。


 楽しそうに話をしていたテリーが、ふと顔を引き締めて、何かを言い出しそうな様子になったのをエリは見逃さなかった。


(ヤバイ……。プロポーズをする気か?)


 まだ、大丈夫だと思っていたのに油断をしたと自分を責めながら、エリは不自然にならない程度に急ぎ足で、二人のいるあずま屋に近づいた。テリーの声が聞こえてくる。


「アリア嬢、今日僕は、あなたに言わなくてはならないことがあります……」


 エリはテリーの後ろで、


「テリー様、お茶が冷めてしまいましたね。淹れなおしましょう」


と声をかけた。テリーはびくっと身を震わせた。


「やあ、エリ。いたんだね。いや、お茶はもう十分だよ、ありがとう」


 使用人にも優しくほほ笑むのがテリーだった。振り返ってエリを見ていたテリーは、改めてアリアを向き直った。


「実は僕は……」

「大変!アリア様!」


 アリアが今度はびっくりする番だった。

 昨夜の寝室の話では、エリがわざと邪魔をしたら笑ってしまうかもしれないと言っていたアリアだったが、実際にその場面になってみると、気まずいところをエリに助けてもらったというよりは、テリーとの楽しい時間を本当に邪魔されたような顔をしているのだった。


(もう、プロポーズをお受けできる心の準備ができているのかもしれない、またあとでアリア様に聞いてみよう)


と内心でエリは考えた。


「アリア様……、背中のそばを虫がとんでいましたよ」


 そういって、エリは何もない宙を手ではらうまねをした。


「大丈夫ですか、アリア嬢」


とテリーは聞いた。


「ええ……、ありがとう」


 テリーは立っているエリを見あげて、まじめな顔をして尋ねた。


「エリ、もしよかったら、これから僕が言おうとすることを、アリア嬢と一緒に聞いてもらっていいだろうか。君にも頼みたいことがあるんだ」


 そういって、アリアの横の席を手で示すようにしたので、エリはうなずいて腰をかけた。


(プロポーズではなさそうだ……)

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