1章3「可愛いとか、迫ってこなくていいですから!早くミッションを果たして、私、現世に帰ります!亅
メイド服を着たエリを見て、
「よし、この世界の住人らしくなったぞ」
と、リードはにっこりした。
豪華な装飾に重く縁どられた姿見の中の自分の姿をエリは見た。明らかに顔が若くなっている。
思わずほほをなでながら、鏡に顔を近づけるエリに向かって、
「ちょっとばかり、若くしておいた。令嬢の歳に近づけようと思ってね。今のきみは、18歳さ」
と、リードは声をかけた。そして、清潔な衣装にエプロンをつけ、黒髪を結い上げたエリの周りを、ぐるぐると回った。
エリがいるのはリードの寝室らしかった。一応、絹の寝具をのせたベッドも、花の絵柄を織り込んだタペストリーもあるのだが、なにもかもきちんと手入れが行き届きすぎていて、むしろ、人の生活の気配がまったく感じられなかった。
そもそも、この男は人間なのか……。
(信用できないけど、逆らうわけにもいかない……)
そう思うと、美しい顔に浮かべた輝く笑顔が、いかにも作り物めいて見えて、何とも言えない感情が胸に来た。
(コイツがニコニコすると、回し蹴りをきめたくなる……)
そんなことをしてただで済むわけはないので、エリは何も言わずに眼をそらした。
(早く現世に戻って、アキラに会いたい)
アキラの優しい笑顔が、心に浮かんだ。温かい腕の中にハグしてほしい、と思った。
(アキラと一緒になるためがんばろう……)
「君は東洋の遠国から流れて来た商人の娘ということで、メイドとして我が屋敷にやとわれた、と。
……うーん、君を少女のように若くしてみたら、思ったより美人になっちゃったね亅
リードは腕組みをして、エリの顔をじっくりと見た。
「予定外のかわいいさだな。もう、ミッションなんかやめてこのまま僕の部屋に置いておこうかな亅
「イヤです!亅
エリはブンブンと顔を振った。
「美人とか、かわいいとかは、いらないです!お世辞で迫ってみせたって、そんなので私、喜びませんよ。早く仕事を済ませて、現世に帰りたいんですから亅
「つまんないなあ、ま、仕方ないか亅
リードは顔を離して、改めて、考える顔でエリをみた。
「それにしても、あんまり素敵だと、令嬢のコンプレックスを刺激するな。エリに、僕以外の男が寄ってきてもイヤだし亅
「『僕』もイヤですよ亅
「……ともかく、このままではいけないな……」
リードはけわしい顔のエリの額に手を当てた。すると氷のような冷たい衝撃がきた。
姿見を振り返ると、黒縁の丸眼鏡が鼻の上に載っていて、目は見たことのないような小さなタレ目になっていた。外すと元通りの目だったので、レンズに仕掛けがあるらしい。
笑っていいのか、困っていいのかわからないような容貌になっていて、エリは呆れた。
「これは僕と通信ができたり、録画できたり色々便利な道具だ。もちろん美人度はぐっと下がる……。さあ 次には、メイドの仕事と作法を仕込むぞ。君には簡単だろ」
リードはにっこりした。
「もう、なんでもどうぞ」
「速攻で3日で完成させる亅
「3日!亅
「君ならできるよ亅
「分かりました。それで十分です亅
エリの落ち着いた声に、リードは顔を向けた。
「私はやると約束しました。あとはやるだけです亅
「さすが、僕の見込んだ人だ亅
「グズグズ泣き言を並べても始まりません。時間も惜しいです。すぐ、かかりましょう亅
「よし。訓練が済んだら、早速ミッション開始だ。基本、君が主に動いて、くだんの令嬢の成婚をプロデュースしろ。
僕も、要所要所でサポートする。ここにいるのは3日間だけで、その後、君のすみかは移動になる。そのつもりで心構えをするように」
「どちらへすむんですか」
「伯爵家だ。君は住み込みになる」
4日後、馬車が伯爵邸の車寄せについたとき、先に降りたリードは手を差し出したが、エリはそっぽをむくと、自分ではずみをつけて降りた。
年振りた屋敷は、建てた頃の重厚な趣を見せて立派ではあったが、リードの瀟洒な屋敷を見た後では、異界からきたエリにも、やや時代遅れの感は否めなかった。
薄暗い廊下を抜けて、客間に出ると、初老の伯爵が人の好い雰囲気に、いかにも困ったという様子で椅子から立ち上がって迎えた。
エリはいつもの職業的な落ち着きを見せて、丁重にお辞儀をした。
「ほんとうにありがたい…!」
伯爵はエリに抱きつかんばかりに前のめりに近づいたが、リードが咳ばらいをして注意を引くと、足を止め、リードの手を両手でつかんで上下に強く振った。
「この娘さんが、うちの子を助けてくれるんですな」
「我が屋敷の優秀なメイドです、エリとお呼びください」
「エリでございます亅
抑揚を抑えた口調で、静かにおじきをした。
横で澄ました顔をしているであろうリードの、その足をいっそ踏んづけてやりたかった。が、ここまできてしまったたら責任をもってやる遂げるしかない、と、エリの腹は決まっていた。
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