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2章23「すべてはこの甘美な出会いのために亅

エリは指令を送った。


「アリア様、何この人、という顔をしてはいけません。ただ、にっこりとお礼を言ってください」

「ありがとうございます……」


 だんだん板についてきた笑顔で、アリアは扇子を受け取った。テリーは、あたふたと、


「も、申し遅れました。エビーナ侯爵家のテリーという者です。以後お見知りおきを」


と自己紹介をした。


「アリア=モンベーツです」

「こんなに美しい方がいると思わずびっくりしてしまって……、いや、そういうことではなく、あの、つまり……亅


 少し離れたところで、パーティーの主催者である夫人に話しかける声がリードの声が、エリーの耳に聞こえてきた。


「ぜひ、一曲踊っていただきたいのです、マダム。今、すぐにでも」


 マダムは上気した顔で、いそいそと執事に命じた。執事が楽団のもとに駆け付けると、すぐさま前奏が始まった。

 テリーは激しくまばたきをしながら、震える声で、


「あの……、アリア嬢、その、もしよろしかったら、お嫌でなければ、ぼ、僕と踊っていただけますか」


と語りかけた。


「どうしたらいいの、エリ」


とアリアはささやいた。


「絶対、踊ってくだ……」


と言いかけてエリは言葉を飲み込んだ。無理エリに決められたと思わせてはならない。アリア様の意思で、決めたと思っていただかないと……。


「エリ、せっかく楽曲を始めたんだ。さっさと二人を踊らせてほしいな」


 と体格のいい婦人を抱きかかえるようにしたリードの姿が眼鏡越しにエリに見えた。


「どうしたんだい。元の世界に戻って、彼氏と結ばれたくないのかい……」


 エリは息を吸って気持ちを落ち着かせると、静かに語りかけた。


「アリア様、ご自分の気持ちで決めていいのですよ。踊るだけですから、試しに一曲ご一緒してもいいですし、お嫌ならおことわりしてかまいません」

「そお?なんだか、キョドって、ギクシャクしている方だけど、別に嫌ではないわね。この方と踊ってみるわ」


 そう答えると、アリアはテリーに向き直って、


「ええ、ぜひ」


と答えて、踊るために身を寄せた。

テリーは喜びと、驚きと、恥じらいをまぜこぜにした、何とも言えないひきつった顔で、アリアの絹の手袋に包まれた手を取った。


 音楽が流れて、フロアの人々は踊り始めた。中でも、アリアとテリーのペアは初々しい美しい二人として、人々の目を引いた。


老伯爵は、杖をついて椅子に座りながら、娘が踊る様子を目を細めて眺めていた。


テリーは緊張しながらも、懸命にぎこちなく話を続けている。アリアは反対に、落ち着き払って、時折相槌の代わりに笑顔を見せながら、ダンスを楽しんでいる様子だった。


テリーのアリアを見る目は、驚きと、憧れと、喜びにあふれていた。恋に落ちてしまった男の顔その物だった。


切ない気持ちが、エリの胸に広がった。初めてアキラとデートしたときに、彼が見せてくれた表情を思い出したのだ。


(アキラ……)


自分に恋をしている男性がいることを知った、戸惑いと喜び。世界が明るい、楽しいものに変わったあの頃……。


あんなに私のことを好きだったのに、これから違う女のコを、アキラは選んでしまうのだと、リードは言う。


(耐えられない、そんなことになったら、もう消えてしまいたい……)


だが、踊る幸せそうな二人を見ていると、エリの不安はだんだん落ち着いてきた。


(アリア様、その方は一緒に幸せになれる方ですよ。今までがんばってきたのは、この出会いのためです。どうぞ、この初めての時間を味わってください、いつまでも甘い思い出となるように)


 エリは使用人のダイニングの隅で、立ち上がった。いろんな家のメイドたちがダイニングテーブルを囲んで気楽なおしゃべりをしている方へ丁寧に会釈をすると、廊下の端を歩いて、そっと庭に出た。


 広い夜の庭には草の香りが立ち、明るい窓からは踊っている人々の姿がちらちらと見える。アリアたちの姿が見えないかと目を凝らすエリの後ろから声がした。


「君はまったく、ハラハラさせてくれるね亅

「リード、踊っていたんじゃなかったの?亅


「ちょっと細工をしてきた。マダムは今頃、ご主人の子爵殿と熱い抱擁を交わしているよ。これで長年の冷めきった夫婦の間に変化が生まれたらもうけものだろ?亅


「あなたって本当に人間なの?やってることが魔法使いみたいよ亅

「さあね、もしかしたらもう僕はとっくに魔物の仲間になってるのかもしれないな、ヒトだと思っているのは自分だけで……。ずいぶん、長いこと旅をしているから……亅


リードはふっと寂しげに長いまつ毛を伏せた。

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