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2章21「スペックがいいのに、普通で地味で恥ずかしがり屋の男性亅

「初戦はこんなもんかな」

眼鏡のつるに取り付けた細いマイクのスイッチを切ってひとりごとをつぶやくエリの耳に、男性の声が突然響いた。


「いや、それは甘いぞ、エリ。今夜は勝負だ」

「リード様?」


「やあ、エリ。素敵なパーティーだね。楽しんでる?といっても僕と君は、のぞき見をしているだけだけれども」


「リード様……、一緒に見てたんですね」

「やだなあ、二人だけの時に『様』はいらないよ。『リード』って呼び捨てにしてほしいな」


「そんなのどうでもいいですよ。アリア様はがんばっていますよ。きれいにおめかしをしてからは初めての社交の場なんですから、いいじゃないですか、今日は肩慣らしでも」


「……いや、そうはいかない。今宵の宴には、実は本命が来ている」

「マジですか」


「ここでチャンスを逃す理由はない。いや、むしろ初対面が大事だ。かなりの男は女性に初めて会ったときに結婚するかどうかを決めていたりするからな」


「……まあ、そういう話もききますね」

「ほら……、君の彼氏も、きっと初めて会ったときに君に魅了されたんだよ」


「なぜ、私の話になるんです?……それは違うと思います。だって、私、ぼさぼさ頭で道着を着て、吠えてましたよ?」


「いやきっと、そんなときでも、道場の君の、汗ばんだ髪をかき上げる女らしいしぐさや、稽古中に厳しい顔がふっと笑顔になる愛らしさや、道着の後ろ姿にも隠せない、女性特有の体のラインなんかを見てたんだよ」


「まるで見てたみたいですね」

「実はちょっと僕も見てた」

「なんですって?!」


 エリはびっくりして声をあげてから、あわてて口を押えた。


「なにを言いだすんですか、びっくりしたじゃないですか」


「そんなことよりパーティーだ。会場を見てみろ」


 そういわれてエリは眼鏡に映る会場の様子に目をこらした。


「たくさん男性がいますね。シュッとしたイケメンもいっぱいです。まあリード様ほどの美貌の方はいませんけど」

「呼び捨てにしてよ」


「はいはい、それでリード、どれなの、その本命というのは」

「あの花瓶の横、カーテンに隠れるように立っている若い男性だ。……まあ、一見冴えないけど、彼が運命の人なんだよ」


「おお、なるほど。顔は、いい方だけれど、なんて言うか……、つまり、フツーだね」

「みかけはフツーだけど、中身はでかい宝石だぞ」


 エリの目には、簡素な礼服を着た、若い男の姿が目に入った。背丈は普通だが、骨太でバランスの取れた体つきをして、きれいな目をしている。広い肩をすぼめて、自分を小さく見せようとしているようだ。


 あたりをうかがいながら所在投げなげにポツンと立っているその顔は「もう帰りたい」と言っているようだ。

着こなしにも身のこなしも、どこかぎごちない。社交界に慣れた、華美なところはまったくなく、こういう席は初めてなのかもしれないと思わせた。


「彼はエビーナ侯爵家の跡取りだ」

「え、そんなにいいところのお坊ちゃまなの?!そのわりに、服も、雰囲気も、ずいぶん地味だね」


「その地味、がまさにいいところだ。婚活の修羅場をくぐってきた君なら、スペックがイイのに、普通で地味、な男の価値が、どれだけ高いかわかるだろう」

「うーん、確かにね……」


「侯爵家は家柄に甘えない人物を理想として、質実剛健に子供たちを育ててきた。

彼は長男のテリーだ。ちょっと気弱で、シャイなところはあるが、経済や外交、歴史や哲学に興味がある勉強家で、五か国語を話す。趣味は狩猟と、バイオリンだ」


「ほうほう、いいね、勉強一筋ではなく、活動も、芸術も愛する、バランスの取れた人柄だね」


「だが、女性の前では恥ずかしがり屋だ」

「うーん、完璧じゃない?」


「わかってくれるか。あの、堅実で、勉強家の彼に、アリア嬢の真面目な人柄が合わさり、人徳のある素晴らしい娘が産まれる、その子が、やがて王家に嫁いで未来の王様を産むんだ。

この国だけではなく、世界の歴史を大きく動かすことになる運命の国王なんだ。アリア嬢の孫が新しい時代を作るんだよ……!」


 エリは緊張して、キッチンの隅でうなずいた。


「エリ、君は今歴史的瞬間を作ろうとしているんだ。ミッションの成功を祈る」

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