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2章19「美が努力ではなく、当たり前の習慣になってこそ、美女が板につくのです亅

「エリ、このドレス変じゃない?」


泣きそうな声で、寝室に立つアリアを見て、


「わあ………!なんて、きれい!」


とエリは感激した。


試着したシンプルなドレスはすっきりとアリアの体に沿い、柔らかなグリーンがアリアの緑の目によく似合っていた。適度なふくらみのある女らしい体型が、上品さを保ったまま現れていた。


とは言っても、前髪は相変わらず鼻までたれかかり、緑の瞳はすだれのようなすき間からのぞいている状態だった。しかも、あいかわらず、髪はねっとりして脂っぽい。


アリアは風呂嫌い、洗髪嫌いで、入浴させようとすると大騒ぎになる。エリも、ドレスより、飾りより、人前に出るにはまず清潔、とわかってはいたが、口やかましく叱るより、効きめのある方法を採ろうと考えたのだった。


まず、キレイなドレスで、完成イメージをアリアにわかってもらってから、清潔や基礎体力といった地道な努力をしてもらおう。

つまり逆算で勝負することにしたのだった。


仕立て屋の、採寸も嫌がるのは目に見えていたので、メイドのホリーと一緒にメジャーの両端を持ち、アリアがお菓子を食べたり、寝そべっているときに素早く測った。


エリは自分自身でも、甘やかしすぎではないかと、寝椅子で本を読みながら寝落ちしているアリアを見ながら思った。だが、あせりと無理じいは禁物だと思い直した。


「ドレスが、こんなにぴったりしていたら、恥ずかしいわ。もっと、腰のあたりはゆるゆるっとして、たくさん首や肩にギャザーやタックをよせて、ずっしり重い服にするよう、工夫して作ってもらっているのよ」

「アリア様、どこにウエストがあるのかわからない服は、パーティー用ではありません。寝間着です」


「ひどいこというのね。それに、このドレスじゃ、どこに胸のふくらみがあるかわかっちゃうじゃない。そんなの、いやらしくない?」


「いやらしくなんかありません。ちょうどよく、体にあったデザインがすてきなんです。体の線をまったく隠そうとして、ずんどうの寝間着みたいのを着ようとするなんて、パーティーの意味がありません」


「私、こんな淡い色のドレスだと、なんだか裸になったような気がするわ。もっとしっかりとした濃い色のものに包まれて安心したい……。そうね、黒い絹のストールを肩にかけてぐるぐる巻きにしてもいい?」


「だめです!こんなにこのドレスが素晴らしくお似合いなのに、どうして、邪魔なものをくっつけたがるんですか。普段着てらっしゃる、焦げ茶色のだぼだぼのお召し物とは、比べ物にならないくらい、スタイルがよく見えますよ!」


「本当?」


 と、上目で疑わしそうにアリアは聞いた。


「さあ、前髪をあげて、ふんわりさせながら、おでこをだしますよ。おかけになってください亅


アリアはおでこを前髪ごと押さえて、


「イヤ!亅


と、叫んだ。


「こんな顔を出すなんてイヤ!亅

「ためしに出してみましょう。もし、変だったらやめていいですから、みんなに聞いてみましょう亅


 エリは手早くアリアの髪をハーフアップにしてピンでまとめ、下は自然に垂らしてからメイドたちと執事のシモンを部屋に集めた。


「アリア様をご覧ください。髪とドレスはいかがですか亅

「!!亅

皆、悲鳴のようにアリアの美しさに驚嘆し、シモンは天井を向いてまばたきをしながら、涙をこらえていた。


「おキレイです!」

「素晴らしいです!」

「絶世の美女です!」

「天使みたいです!」


シモンは、


「こんな美しいアリア様を、亡くなられた奥様にもお見せしたかった……」


と言って、ついにこらえきれずに手袋のこぶしで目頭をぬぐった。


「本当に恥ずかしくない?この上に黒いマントを着ていてもいい?」

「ダメです!」


と皆の声がハモった。そして、まぶしそうにアリアを振り返りながら部屋を出て行った。


「アリア様、鏡をご覧になってください……。どうです、御自分が素敵だと思いませんか……?亅


「うん、キレイ……。自分じゃないみたい。最初は恥ずかしかったけれど、だんだん私、このドレス、好きになったわ。こういう、かわいい服装をしていたら、なんだか気持ちがウキウキしてくるのね亅


エリは着替えを手伝いながら言った。


「パーティーに備えて、これから毎朝散歩をして、お食事をして、顔色を良くしましょう。そして、ハーブのオイルで毎晩眠る前に、このエリがブラッシングさせていただきます。もう、しばらくは、お菓子を食べながら、毎晩夜更かしして本を読むのはやめて、早く眠ってください」

「聞いてるだけで、めんどうだわ……」


「そして、お風呂に入りましょう。クサイ方は、どんな素敵なドレスでも台なしです亅

「私、クサイの?亅

「ん〜、時々は……亅

「わかった!ちゃんと洗うわよ!!亅

「お風呂上がりにいい匂いのクリームを使いましょう亅

「はーあ亅

「美しくなるため、そして幸せになるためですよ、アリア様」

「わかったわ」


そして声を低めて、


「……カルス様も、あたらしいドレスの方がキレイだと思ってくれるかしら?」


と尋ねた。


「きっとアリア様の美しさにびっくりなさると思います」

「でも、しばらく旅から戻られないから、見ていただけないわね」


 と寂しそうにアリアはつぶやいた。


「ふう、普段着は楽だわ。さっきの、ぴっちりとしたドレスだと、あまり背中を丸めてたら目立ちそうだもの、だらだらと楽な姿勢になれないわね。お腹もへこませていないといけないし……。美しさって、努力がいるのね」

「はい、昔の私も、よくわかっていませんでした。忙しいことや、仕事で頑張っていることを言い訳にして、怠けて美しさをみがこうとしなかったんです。


やっと、努力するようになってから、他の女の人は毎日のように普通にきれいになるためのことを、努力というより、当たり前にやってるんだって気がつきました……」

「昔って、いつのころ?エリは私と2,3歳くらいしか違わないんだと思っていたけれど……」

「つまり、10年も昔のような気がするということです……」


慌てて、エリは言い訳をした。

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