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1章16「お父さまに似ているからといってブスだということにはなりません!亅

 アリアは不安そうにエリを見た。


「私、本当にきれいなの?」


「アリア様はそのままでも十分にきれいです。ただ、その美しさが分かりにくくなっているだけの話です」

「でも……、あの方の目には、私が美しいとは映っていないのでしょう……?」


 再びアリアの目はうるんだ。


「それに、お父様がお客様が来るといつも言うのよ。

『この娘は父親に顔がそっくりで、非常に残念でならんのです。亡くなった母親は世間ではたいそうな美人だと噂されていたものだが、まったく娘には申し訳ないなと、見るたびに思うのですよ』

お父様が笑うと、お客様はみな、そっくりだ、そっくりだと感心してみせるのよ。私、いたたまれなくって、いつでも逃げ出したくなる……」

「そんなことが……」


 エリが注意してアリアの顔を見ると、確かに、大きな黒い瞳は伯爵ゆずりのものだった。だが、男らしい、しっかりとした顔立ちを歳とともに枯らした伯爵の顔と、みずみずしい白い肌をした乙女らしいアリアの顔は、目元の形はそっくりでも、まるで雰囲気が違うものだった。


「私、お父様のことは大好きだけれど、あんなゴツゴツしたお顔だし、美男だと言われているのなんか聞いたことがないわ。そのお父様にそっくりだと言われるたびに、もう自分の顔を隠して、部屋にとじこもりたいような気持になるの」


 エリの胸は痛んだ。この方は、いろいろな小さなことが積み重なって、自信を失ってしまったのだ。純粋な御気性なのに、だれもこの方の屈託をわかってあげられなかったのだ。こんなに善意の使用人や家族に囲まれているのに……。


「アリア様、伯爵様はアリア様のことが可愛くてたまらなくて、それを照れながらお客様に伝えようとするものですから、そんな不器用な言い方になってしまうのですよ。

伯爵様には、大事なアリア様が自分に似ていることが嬉しくて、自慢でたまらないのです。それを嫌味にならないように、謙遜して言おうとするものですから、そんなおかしなことになっているだけです。

 アリア様が美しいのは伯爵様にとっては当たり前のことで、


『私に似ている娘がこのように美しいなんて、すばらしいでしょう?』


という意味のことなのです。お客様だって、アリア様を美しいと思っておられるのではないでしょうか」


「口では、おきれいになられましたとか、伯爵似でも美しさはお母さまゆずりですね、とか言ってくれるけれど、お父様やお客様に笑われたあとに聞かされても、ぜんぜん信じられないわ……。だからもう、顔が見られないように、髪の毛で隠してるの……」


「もうそのことは忘れましょう」


きっぱりとエリは言った。


「アリア様は美しい方です。これからもっと美しく、愛される御令嬢になれます。私を信じてくださいますね」

「わかったわ、エリを信じていいのね……」

「もちろんです」


「わたし、なにをすればいいの」

「まずはお庭を散歩することにしましょう。新鮮な空気感で顔色が良くなりますから」

「うーん、めんどうね……亅

「スイセンの花が開いたから、見に行きましょう。きれいですよ亅


 着替えたアリアを腕につかまらせて、エリは庭の道を歩いていた。やや肌寒い風が吹いていたが、日差しは春らしくうららかだった。


「まぶしいわ」


と、アリアは目を細めた。


「あずま屋で休みましょう。お疲れではないですか」

「久しぶりに歩いたから、ちょっと疲れたわ。でも外に出てみたら、思ったよりいい気持ちね」


 エリは、スイセンの切り花を抱えて屋敷に戻ろうとしてるメイドのホリーを呼び止め、お茶を言いつけた。


「外で飲むとおいしいのね……亅

「これから、毎日、ここでお茶にしましょう。お好きなお菓子を用意しますから亅

「そうやって、私を散歩させるのね。でも、いいわ。エリの言う通りにしたほうが、楽しく、元気が出せるみたいだから……、言うこときくわ亅

アリアはふふっと笑った。そして、クロッカスがカラフルにさいている一群を眺めた。


「いつのまにか、こんなに春らしくなっていたのね。あの方はどうしているかしら……」


 あずま屋でクッションに体を預けて、アリアはつぶやいた。

「次に会えるのはいつなのかしら。それまでに、少しでも美しくなれていればいいのだけれど」


 ポットから茶を注いでいたエリは、うなづいて、


「あわてずに、ゆっくりと練習していきましょう」


と答えた。


「でも、男の人を相手に練習なんて、緊張してしまうわ」


 エリが慰めの言葉を口にしようとしているとき、視界の端に、何か、きらきらしいものが動くのに気づいた。それは風に吹かれたリードの金髪だった。

(おや)と思う間もなく、満面の笑みになった主人が、若草の中を颯爽とこちらに向けて駆けてくるのをエリは認めた。

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