1章1「召喚されたのは、努力でブスを脱出したから?亅
「アリア様、メロメロに溺愛される美女になりましょう……!亅
「エリ……?ほんと?こんな私でも、愛されるような人になれるの?亅
「おまかせください。大丈夫です。アリア様が本来持っている美しさを、世間の皆さまにも見えるようにしてさしあげましょう……!亅
**
突然、エリはデートの帰りに別世界に召喚されてしまった。それは地下鉄の階段を下っていたときだった。
いきなり暗い霧に包まれ、意識が遠のいていく……。その時、男の声が脳内に響いた
「結婚がしたい?亅
誰の声がわからなかったが、夢うつつのまま、エリは答えた。
「ハイ……亅
「したいんだね。それから、ちょっとだけ大変だけど僕の手伝いをしてくれるかい?亅
「手伝い?亅
「そうさ。無理をしないであきらめるかい?それとも、結婚したい?亅
「結婚したい、アキラと幸せになりたい……亅
「OK、じゃあ、がんばるんだね亅
ドン、と衝撃がきて、エリの意識は闇に呑まれた。
目が覚めると、辺りはまぶしい草原だった。
「やあ、僕はリード。ようこそ、この世界へ。さっそくだけど、エリ、僕の仕事をサポートしてくれないか亅
若葉の影が、リードの輝く髪に揺れていた。
エリはまだ、いきなり、中世風のこの世界へきた衝撃でボンヤリしていたが、はっとしてリードの美しすぎる顔を見上げた。
「ここはどこですか!?もとの場所にかえしてください!亅
「もちろん、かえすさ。ただし、ミッションが無事終了したら、ね!亅
エリは柔らかな草の上にペタンと座ったままだった。
「アキラのいる世界に帰して!もうすぐ……、きっと次のデートでは、プロポーズしてくれるはずなのに……亅
「それは、その時にならなくちゃわからないさ亅
完璧な歯ならびを見せてリードは微笑んだ。
「あんなに、婚活に苦しんできた君ならわかるだろう、本当に結婚できるまで、なにが起きるわからないんだって亅
リードはウンウンとひとりでうなづいた。
「君の大事なアキラくんは、このままだと別の女に出会ってしまうことになっているよ。7歳も君より若い、可愛いコだ。そして、その子が選ばれる。それでもいいのかい?亅
「えっ……!?亅
「僕の頼みをきいてくれたら、その出会いを回避させてあげるよ……!
君の使命は、みんなにダサいと思われている陰気な令嬢を、とびきりの美女に変えることさ。ほら、君ならカンタンだろ?ダサブスからプチ美人に努力で変身したんだからさ亅
リードは地面に片膝を付くと、エリのあごをつまんで、クイッと上げさせた。
顔を近づけられて、エリは視線だけ横にそらした。
「プチ美人……というのは失礼だな。少なくても、君の瞳はとてもキレイだ……亅
「……離してください亅
リードはあごから手を離すと、エリの口を手のひらでおおい、今度は横からプニっとエリの口をつまんだ。エリはヒヨコのような口になった。
「遊ばないで……!亅
「ハハ、怖い顔すると、プチ美人がだいなしだよ。『婚活のプロ』がそんな顔をしたら、だめさ亅
リードの言葉に、エリは自分の婚活生活を振り返った……。
**
現世にいたころのエリは、婚活を始めてから、2年以上が経っていた。
結婚しようと思いついたころは、仕事ばかりの毎日に疲れていた。当然 彼氏はいない。
勤め先の予備校の幼児部門で、お受験に向けての、行儀や、あいさつを教えるクラスをエリは受け持っていた。週末に休めない仕事は、なかなか出会いが作れない。
思えば学校を卒業してからデートに行ったこともない。エリは自分が女として、どのように見られているのかと心配になった
「結婚したいんだよねー亅
友人たちとの飲み会でエリは言った。
「出会いがないよね……亅
口々にあきらめの返事が返ってきた。
そういう友だちは、寝ぐせのついた髪に、何年も着ている毛玉のついたカーディガンなどを着ている。似合わないメガネはなんとなく曲がっていたり、眉毛を描いていなかったりしている。
友人はおのれの鏡だ、とエリは悟った。
(ダサい……。そして、たぶん私が一番ダサい……)
エリは、友達と写っている写真をあらためてじっくり見たり、街を歩くとき、自分の姿が映るガラス窓や、姿見に注目するようになった。
なにが違うのかわからないが、世の中の女性と比べると、どうも自分のセンスはダサいらしいと、エリは気がついた。そして、自分がいかに、男性にとって魅力のない女だったかということを知って、今さらショックを受けた。
エリは評判のいい男性美容師に、恥じ入りながら、たずねた。
「私、ダサいですか?亅
美容師は一瞬固まったが、
「ダサい、わけではないです亅
と、苦しい答えをした。
「でも、もっと素敵に、いや、めちゃ美女になれます……!亅
と、キッパリ答えた。
「今までのスタイルや、こだわりをいったん保留して、おもいきって変えてみませんか。僕にお任せいただけるなら、さりげなく流行を取り入れて、素敵にしてみせます亅
モッサリしたヘルメットのような頭から、ゆるフワ愛されヘアーができあがった。
そして、メイク、ファッション、持ち物、姿勢や、会話……。人に習ったり、本を読んで勉強したり、ようやっと人並みのレベルまで達したと自分では思った。
デートはできるようになったが、結婚となるとまた話は別だった。
婚活パーティー、マッチングアプリ、そして最後に、結婚紹介所に行きついた。かなりの金額を投じたが、それでも自分が納得できる相手には出会えず、自己肯定感が下ががる一方だった。
ついに、もう一生ひとりでもいい、とエリはあきらめた。それなら、見栄も、女らしさもいらないから、自分の心に正直に、やりたいことをやろうと考え、選んだ趣味は中学校までやっていた空手だった。
エリは道場に通い始め、すぐにのめりこんだ。
恋も結婚も忘れて、仕事帰りに道着を抱えて通っているうちに、思いもよらない出会いがあった。それが、同い年のアキラだった。
差替えました。2023/9/14