第6章 「紅白戦試験開始」
第6章 「紅白戦試験開始」
もうすぐ試合が始まる。
仁徳学園の入部部員を決める試験が。紅白戦が。
ベンチから、グランドのフェンスの外まで素早く走る一人の女性。
さっきまで神島や、未来の取材をしていた荒井真希の姿。
一塁側の外のフェンスから、各自準備を進める部員をカメラを構えながら眺める。
セカンドには、今日先発予定の新堂優馬の姿。
細く、小柄で逆にそれがひときわ目立つ。
他の部員は、高校一年生を迎えようとしている体つきとは思えないほどに鍛えられていて、動きも洗練されている。
ファーストが、アップのボール転がしを行う。サード。ショート。と転がしていき。
セカンドへボールを転がす。セカンドの優馬が転がったボールを処理しようとするが。
やはり、おぼつかない手つきでそのボールをお手玉してしまう。
すぐさま拾い上げ、ファーストへ送球するが、それも横へと逸れてしまい。
ちょうど荒井が眺めていたフェンスの下に開いた穴を通過して……
ファーストの男が声を上げる。
「ああー! ボールいっちゃったー!」
優馬が必死に。
「ごめんなさーい!」
ボールは勢いよくフェンスから抜け出して、荒井記者の横を通過し。
その時だった。
荒井記者の背後から、一人の男の声が。
「君は、いったい何を見にきたんだ?」
言われ振り返る荒井。
視線の先には、背の高い、Yシャツを着た男の姿。
右手をポケットに入れて、黒のサングラスの男がそこに立っていて。
ボールはその男の目の前まで転がり。
止まる。
「あら、かっちゃん。かっちゃん今日はあの子が推しメンなのでよろしくね」
ぼんやりと細身の少年を指しながら言う。
名前を呼ばれたのは、緋乃本克樹だった。
この学園の常務理事であり、KBM--高校野球マジックスコア調査委員。
「その呼び方はやめてくれないか? 昔から言っている。」
「じゃあ、克樹くん。今日はあの子をよろしくね?」
ぼんやりと指を指した『あの子』が一体誰で、それがしっかりと伝わっているのか不明であるが。
「合否は公平に判断する。特別な感情は介入しない。あくまで冷静に正しい判断で審査するつもりだ」
すると荒井がにんまりしながら。
「へぇー公平な判断ねぇ? アレを彼女に持ち出させといて、公平なんてことはあるのかしら?」
「なんのことかな?」
「しらを切るつもり?」
「きみこそあの子に、他言無用と約束しているのではないのか?」
「ほら知ってるじゃない。あ、わたしも言っちゃった!」
はっとした表情になる荒井。
「まぁ、いいわ。持ち出したことは、知っててなんのお咎めもないのね。あの力を使ったら公平な実力なんて審査できないんじゃないの?」
「それも含めてのスポーツだ。結果に対しての判断だけが公平であれば、それに至るプロセスなどどうだっていいのさ」
「KBMの調査委員がよく言うわね。」
「なんとでもいってくれ。結果が全てだからな。」
「おおかた察しはついてるわ。KBMの調査委員の思惑とか」
「んん?」
「どうせ、スコアを使わせといて、それをうまく使える子をもっと大きな舞台で使わせて結果をだそうとかって、そんなんでしょ?」
「それは……それは……いい発案だ」
サングラス越しではあるがにやりと笑みを浮かべる。
「まるで警察官が、自分らが捕まらないからってスピード違反しちゃおうって感じで、気味が悪いわね」
「私は免許など持っていない。運転手がいる」
苦笑いしながら荒井が。
「例え話よ。で、どう思う? あの二人。私は、二年前よりもっと、見込みがあるような気がして見ているけど。」
「君がそういう見方をしているなんて驚きだ。あの力に対して、君も期待をかけるんですね」
「あの子が死んだのは、偶然よ。私はまだ満足していない。やり残したことがある。見えていない景色がある。その景色をみるまでは……」
緋乃本が黒のサングラスをすっと持ち上げて。
目の前に転がったボールを拾う。そして。
「アレに対する思いは違えど、私どもと期待することは一緒なのかな? 君と私は。」
そう言いながら緋乃本は続ける。
「近年日本の選手は目覚ましい活躍を世界で見せている。投手も野手も。超一流の成績を残すピッチャーがいれば、世界の安打記録を更新するような野手が日本人であったり。その両面で、投手と野手もこなす『二刀流』という新時代の国宝級のスターもまた日本人であったり。しかし」
「しかし?」
「やはり、だめなのさ。結局。それは一部の選手でしかない。トータルすると、日本人のフィジカルは世界を上回るような力を持っていないし、本当のナンバーワンが決まるような世界の大会でいまだ覇権を握っていない、だから……」
言葉を止める緋乃本。
拾ったボールを山なりに投げて。
グランド上のファーストへボールを投げ返す。
投げ入れられたボールはふわりと高く舞い上がり。
フェンスを越えて。
「翼が必要なのさ。その力を最大限に高める翼が。アレにはその力がある。それを導きだしてあげることこそが、我々の務めだと思っている。なので、今日の試験は、その試運転の一部にすぎない。彼も彼女も、これからどうなっていくかなんてことは私はわからない」
投げ入れられたボールはファーストのグラブに収まり。
「ありがとうございました」
グランド上のファーストの男の子が深々と頭を下げる。
それを見つめる荒井が。
「最後はどうなろうと、みんな……自分が決めなきゃいけないのよね」
黄昏るようなそんな口調。
緋乃本が意思の籠った声で。
「失うものを恐れて、手に入る結果を逃してはいけない。それらを覚悟した上で、勝ち続けることこそが、本当の強さや力になると、私はそう思う」
「克樹くん簡単に言うわね。いばらの道よ」
「君も求めていることだろ」
「お互いさまだったわね」
荒井はベンチに視線を移す。
一塁側ベンチ。
ベンチに座る霧島未来を見つめて。
「頑張ってね。あなたの未来を……」
そう小さく呟き。
グランド上のフェアグランドでは、
『プレイボール!!!!!』
合図の仕草とその声がグランド上に響き渡り。
紅白戦の開始を告げた。