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第3章 「マジック・スコア」

 第3章 「マジック・スコア」


 校舎の外へと走る優馬を尻目に、清掃員姿の未来がトイレから何ごともないかのように出てきた。

 悲鳴を聞いて、教職員達が何やら騒ぎながら、職員室から出てくる。

「どうしたんだ?」

「何? 今の悲鳴は?」

「あっちの方から聞こえたぞ!」

 スーツ姿の男性教職員や、太い体つきをした女性教職員。

 周囲を見回し、女子トイレのあるこちらの方まで走ってくる。

 スーツ姿の男性教職員が、清掃員姿の未来に声をかける。

「こちらの方から、悲鳴が聞こえたんですが……」

 未来は、深く帽子を被ったまま、表情を覗かせないように、静かに指を差して。

「不審者があっちに走って行きましたよ。」

 優馬が走って言った方向とは、別方向へ指をさす。

 その後、他の教職員も走って来て。

「変態が、変態が出たんだな!」

 急にハゲ頭の汗だくで太ったタンクトップ姿の教員が真剣な表情で近づいてきて。

「変態はあっちへ行きました」

 顔を覗かれないように、再び別の方向へと指を指す。

 職員室の近くまで清掃員の姿で未来は歩いていく。

 すると、職員室の前には、一人の男性。教員だろうか。

 この男性は、何か他のざわつく教員とは雰囲気が違う。

 30代後半くらいの男性。左目には傷の跡。そして黒のサングラス。白のYシャツ姿。

 見つめる先に何をみているのか、まるでわからない。

(こちらの様子を伺っている…? )

 男が口を開く。

「何事ですか? 騒々しいですが」

 すると、ハゲ頭の教員が職員室の周辺の廊下まで戻ってきて。

「常務! 緋乃本常務! 出たんです! ついに、変態がっ!」

 男はどうやらここの最高責任者、常務理事を務めているようだ。

 その騒ぎの中、何事もなかったかのようにゆっくりと清掃員姿で職員室へ侵入しようとする未来。

 黒のサングラスの男――緋乃本常務が顔をそちらに向け、冷たい視線をやるが。

「ふーん……ドブネズミでも侵入したんですか」

 そんなことを言う。

 ハゲ頭の教員は。

「いや、変態ですよ。変態に違いないんです。大変だ。これは大変だ。大変な変態がでたんだ」

 職員室の出入り口まで侵入したところで。

「ちょっと、君……」

 未来に声をかける常務の声。

 黒のサングラスにすっと手を当てて、持ち上げ位置をなおしながら。

「校長室の掃除も頼む」

「わかりました……」

 小さな声で、深く被った帽子をそのままに顔見せないように答える未来。

(よし……これで、校長室に侵入しやすくなった)

 未来は職員室を少し掃除した後、何食わぬ顔でやはり校長室へ。

 職員室と校長室は部屋が繋がっていて、ドアを開けると校長室へと行ける構造になっていて。

 校長室へのドアに手をかける未来。ゆっくりと開ける。

 あたりを見渡す。

 歴代の校長や理事長などのお偉いさんの写真が、ところせましと並んでいて。

「どこ? ……」

 興味があるのは、他のもの。

 探す。

 すると。

 校長室の壁際に一つ、緑色のノートのようなものが飾られており。

 重なるように、一枚の写真が立てかけてある。

 未来は写真に視線を移す。

 そこには野球部員達とマネージャーの姿が映っていて。

 そっと写真に手をかざす。手をかざし、目をつむる。

「先輩……私、ここまでついてきたよ」

 小さく呟く。

 視線の先は、写真に映るマネージャーの姿。

仁徳学園の指定の制服を着た、綺麗な女の子。

 その子を見つめながら。

「これね……」

 写真の後ろにあるそれを手に取る。

「これが……魔球録マジックスコアね……」

 バインダー式のスコアブックのようだった。

 スコアブックとは、野球の結果を記録するものである。

 写真に映るマネージャーの女性が使っていたものだろうか。その魔球録には、ピンク色の、ノック式の多色ボールペンが備え付けてある。未来はスコアブックを手にとって。

「先輩……先輩……やっと、やっと会えた……」

 目を閉じ背中を丸めながら、魔球録と呼ばれるスコアブックを抱きしめる。

 何秒間抱きしめていただろうか。

 清掃員として校長室に侵入している事も忘れているのではないか。

 そう思えるくらいに、未来はそのスコアブックを抱きしめ続けていた。

「よし、いくぞ……」

 未来は、目を開けて。

 飾られていたスコアブックのところに、予め用意していた別のスコアブックを置く。校長室に飾られていたスコアブック――魔球録を、持っていた鞄にしまいながら、部屋を出ようとしたその時だった。

――ガチャ

 突然ドアが開いた。手には鞄にしまう前のスコアブック。

 ドアを開けた人の顔が見える。

 その人とすぐに目が合う。

(まずい……)

 ドアを開けたのは女性だった。そのいで立ちから、教員や校長ではない事がわかる。

 清掃員姿の未来を見て、すぐに話しかける。

「理事の方はいらっしゃいますか?」

 そんな事を聞いてくる。

 年齢は、30歳後半ぐらいだろうか。スッキリとしたミディアムヘアーで、大人っぽさと可愛らしさを印象づけるような顔立ち。オシャレな赤い眼鏡に白のYシャツ。黒のタイトスカートからは、綺麗で華奢な足が伸びていて、スタイル良さが伺える。

 未来はその女性から目線を逸らしながら。

「理事の方は今ここにはおられません……」

 誤魔化すように答える。

 手にはたった今盗んだ魔球録。

「そうですか……」

 女性が、そう呟いたところで。

 鞄にしまおうとしていた魔球録から、ポロっと一本のボールペンが床に落ちる。

「落ちましたよ……清掃員さん」

 視線を外そうとしている未来に、顔近づけ目を合わせにくる。

 拾った多色ボールペンをこちらに手渡してきて。

「これ、大切なものですよね?」

 外したはずの視線の先に、その女性の顔が映る。

 その顔に何か懐かしさを感じるが。

 合わせられた視線をそのままに。

「ありがとう……ございます……」

 小さな声で言う未来。

「随分お若い清掃員さんね」

 表情を見せないように、手に持っていたスコアブックと、手渡された多色ボールペンをカバンにしまう。

「取材にきたんだけどね……理事の方はいないか……別のところ行ってみるわ……」

「掃除は終わったので、私はこれで失礼します……」

 行こうとした時だった。

「あれ…どこかで……」

 女性がこちらを、再び興味深げに見てくる。

「では、失礼します」

 何ごともなかったかのように、未来はドアを閉め校長室をあとにした。


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