46.異世界人の最後(エピローグ & プロローグ?)
剣を握る手にジワリと汗をかいているのがわかる。こんなに緊張するほど分が悪いと感じるのは久しぶりだ。前回の御前試合決勝では王直属騎士一個師団と戦い引き分けたが、あの時は人数差で押し切られただけで戦力的にはまだ余裕があった。
しかし…… この統率神という子供、当然ながら只者ではない。
「だめえええ!! やめてよ!! 戦わないで!! どこにも行かないで!!!」
相変わらずジョアンナは叫び続けているが、この勝負に勝たないと結局思うような明日は無い。狭い部屋の中でどう立ち回るのかなんて考える必要もなく、勝負はおそらく初太刀が当たるかどうかで決まる。
「あのさ、一応先に言っておくけど、僕は無敵だから倒せないからね。
すべての有機物、無機物を含んだ概念だから実態もないしさ。
だから倒そうとか力ずくでってのは無理なわけ。
覚悟決めてるところホント申し訳ないんだけどねぇ」
「それは困る!
なんとか勝負に応じてくれないだろうか。
俺は戦士、迫りくる危機を眺めているだけなのはゴメンだ」
「だからその短絡的な考え方が地球、現代日本にはそぐわないんだよねぇ。
どう考えても大人しくしていられないでしょ。
君はンダバーに適合するように作られてるんだから大人しく帰ってよ」
「ふざけるな! 俺は作られてなんかいない!
俺は俺の意思で生きて来てここにいる。
神にすべての決定権があると言うなら、なぜ貧困や虐待は無くならんのだ。
戦争は! 捨て子は! 病死に事故死は! すべてが神の手の上だとでも言うのか!?」
「産まれた後のことは知らないよ。
僕はこの世に命と命以外を産み出す存在というだけ。
管理は世界神の役目だし、それだって大まかな方向性と秩序を管理するのみだからね。
人は人が、鳥は鳥が、獣は獣が育てるものなのさ」
「ならば人である俺は人に育ててもらうから手出し無用!
どうしても連れて帰ると言うのであれば自ら命を絶ってでも転生に賭けよう」
「それだけはやめた方がいいよ。
本来なら転生時に記憶や能力はすべて失って別の世界に行くって聞いてるでしょ?
だから二度と会うことはできないし会ったとしてもお互い知らない者同士だよ。
今でもたまにいるんだけどさ、生まれ変わったら結ばれるなんてのは幻想なわけ」
「ああ言えばこう、こう言えばああ!
じゃあどうしろと言うんだ! このひねくれ者め!」
「いや、どう考えても君が分からず屋じゃないか。
大人しく従うしかないんだから諦めなよ」
「だからそこを何とか交渉させろと言っている!
神の中の神たる貴様がなぜそんな簡単なことわからんのだ!」
「いくら話をしても平行線だね。
これ以上は時間の無駄だよ。
それじゃはじめようか」
「待って!
それならアタシをンダバーってとこに連れてってよ!
アタシが行っても向こうの世界に影響なんて出ないでしょ?」
「またトンデモないこと言いだすねぇ。
ンダバーは地球とは似て非なる環境で生きていくだけでかなり厳しいよ?
向こうの小さい子供でも、こっちの腕に自信のある一般人くらいの強さだもの。
君なんかじゃあっという間にさらわれたり殺されたりしちゃうってば」
「ええ!? そんな物騒なの?
―― でもアタシはうみんちゅと一緒にいたいからさ。
色々あったけど今の暮らしにはもちろん満足してるよ?
でももう一人じゃない生き方を知っちゃったからさ…… 一人は無理だよ……」
「ジョアンナ…… だが俺がいなくなれば記憶からも消えるのだ。
つまり俺と出会う前の状態に戻るわけで、一人になっても気にならないんじゃないか?」
「なんでアンタがここでそんなこと言うのよ!
バカ! バカバカバカ、バーカ!」
「わかったわかった、君たちの絆が深いことは十分理解できたよ。
だからもうこんな茶番は止めよう。
どれだけあがいても無理なものは無理、これは決定事項だから覆らない。
ただ……」
「―― なにか方法があるのだな?
貴様が実体化して俺と戦うとか?
それともいよいよ観念する気になったのか?」
「なんでそうなるのさ……
まあ特例中の特例だけどね。
方法は二つ、君はもう一度転生しなおしてこの地球上のどこかで赤ん坊からやり直す。
運命が本当にあるなら再び会うことも出来るんじゃない?
これならルール違反じゃないから大目に見ようじゃないか。
もちろんンダバー神には替わりのグライブになってもらうけどね」
「ちょっとねぇ、地球上に一体何人いると思ってるのよ。
しかも赤ちゃんからだったらアタシのほうが十七も年上になっちゃうじゃない。
そんなのダメダメ、もう一つの方法も教えなさいよ」
「なんだか君もこの粗暴な男に似て来たねぇ。
まあいいや、もう一つの方法はもっと楽かもしれない。
海人君には神の使途になってもらって神殺しをしてもらう」
「神殺し、だと?
それはさっきから望むところだと言っているだろうが。
戦う気になったのであれば今すぐ始めようじゃないか」
「相変わらず人の話を聞かないねぇ。
今僕が言ったこと理解する気ないでしょ。
神の使途になれっていったんだよ?
僕の家来になれって行ったほうがわかりやすいかな?」
「なるほどわかった、だが断る!
俺の主はジョアンナだけだ、もうそう決めている!」
「話は聞かない、立場は弁えない、思い込みが激しい、粗暴、短絡的って……
お嬢ちゃんはこんな奴のどこがいいわけ?
今からでも考え直した方がいいと思うよ?」
「べ、別に好きなわけじゃないから!
なんというかほっとけないだけだし?
それにたまには優しくていいところだってあるわよ。
思い込みが激しくて意味不明な行動は多いのは確かだけど……
でもそれ含めてかわいいからいいのよ、中身おっさんだけど……」
「つまりは愛してるってことじゃないか。
もの好きにもほどがある、もっといい男性いっぱいいるでしょ?
あの若い弁護士なんていい物件だと思うけどな」
「そうやって人を物扱いしないでよね。
八柱さんだってうみんちゅいなかったら知り合ってないじゃない。
そうやって一つの出会いから広がったり絡み合ったりするものなのよ。
だからそのすべてはかけがえのないものなの!」
「ジョアンナは俺のことを愛しているのか?
愛と言う概念がいまいち理解できていないが、それはつまり……
俺と子作りしたいってことなのか?」
『パン! パン! パチーン!』
「うるさい! 黙ってなさい! とまれ!」
「ねえ知ってる? 今は女性から男性への暴力もDV認定されるんだよ?
あまりそういうことしない方がいいと思うなぁ」
「うるさい! 神様のくせに人間界のことにあまり首突っ込むんじゃないわよ!
アタシがうみんちゅへするのはいいの!
というか話が全く進んでないんだけど?」
「君がそれを言うんだ……
ますます似た者夫婦だねぇ」
「まだ夫婦じゃないわよ……
それでうみんちゅになにをさせたいわけ?
神殺しなんて随分物騒な話じゃないの」
「まあ簡単に言えば裏切った神を処罰するってことだね。
知っての通りこの世界には無数の神々がいるんだけど、力をつけすぎて増長する神もいるわけ。
それらを処罰したいんだけど僕が手を下すと世界への被害が大きくてね。
だから世界神や地域神にやってもらうんだけど、それでもそこそこの被害が出ちゃうんだ」
「だから神よりも非力なうみんちゅにやらせようってこと?
それって危ないんじゃないの?」
「そりゃ相手は腐っても神だから危険はあるさ。
でも彼が非力ってことはなくて十分神クラスだよ。
ただ、力を限定して授けてるでしょ?
周囲に対して影響が出ないのは便利だよね。
引き受けてくれたらイレギュラーな異世界人じゃなく、神の使途としてとどまることを許すよ」
「だから断る!
俺はどの神も信仰していない。
あえて言うならジョアンナの信奉者だ」
「でもそうすれば地球に残してあげるって言ってるんだよ?
考える余地ないと思うんだけど、なんでそこまで頑固なのさ。
もちろんタダ働きじゃなくて給金も少しだけど出すよ?」
「うむ、引き受けた、任せてもらおう!
まずはなにをすればいいんだ?」
「言いだしといてなんだけど、心配になってきた……
本当にこの子で大丈夫かなぁ。
なにか問題が起きたら水神君のせいだからちゃんと見張っておくようにね。
この家の石碑は…… 動物供養塚だけどまあ細かいことはいいか」
「はっ! へっ!? 僕が管理するんですか?
いやまあそうでしょうけど…… 大丈夫かな……
九条君、直属の部下としてしっかり面倒見てちょうだいね」
「えええっ!? 結局アタシに丸投げなの?
それならちゃんと報酬貰わないと割に合わないわよ」
「もう、一緒にいさせてあげるだけで感謝してもらいたいってのに。
人間は本当に欲深いんだから。
まあ邪な考えを持ってしまった神を退治すると、その管轄の神社や祠が解放されるからね。
その時に戻ってきた力の量にしたがって加護を授けることになる。
加護と言っても特別な力とかじゃなくて物とかお金だったり様々だけどね」
「つまり賞金稼ぎと言うわけだな?
それなら俺の本職とも言える、ようやく金を稼ぐ手段が得られたと言うわけだ。
これでジョアンナを養っていく目途がついたな」
『パアアン!!』
「ちょっとうみんちゅったら何言ってんのよ……
そんな大声で恥ずかしいこと言わないでってば」
良かれと思って言ったことだったが、どうやら一人前の女、いや国を背負って立つような立派な女性に対し恥をかかせてしまったらしく、顔を真っ赤にしながらまた張り手を喰らってしまった。だがいきなり叩かずとも良いだろうに、まったくもって怒りのポイントがわからない。
だがよくよく見ると、ジョアンナの表情はなぜか嬉しそうに見えた。どうやら俺に稼ぎの口が出来て生活が楽になると考えているに違いない。もちろん俺もジョアンナに少しでも楽をさせられることは喜ばしく思うし、何と言ってもこの気楽で安全な甘い世界で生きていくことが出来るのは最高にご機嫌なことだ。。
そりゃ嬉しいに決まってるよな! というつもりでジョアンナへ笑いかえすと、長い金色の神をなびかせて俺に飛び込んできた。その煌めく髪を撫でながら俺は今の気持ちを正直に言葉へ紡ぐ。
「この髪の色、ラーメンが食いたくなるな。
一段落したことだしこれから例の店へ食いに行かないか?」
すると子気味良い返事が鳴り響いた。
俺はまた一つ学んだ。ラーメンがどんなに素晴らしい食い物であろうと、女の美しい髪に例えるのは決してほめ言葉ではなかったと。頬にはチャーシュー並みの大きさで手の跡が赤く熱を帯びている。
ジョアンナは自分でつけたその手形をさすりながらポツリと呟く。
「それは名案だけど、ここでラーメンはムードが無いわね」
すぐに反論しようとしたが言葉を発する前に遮られ、口を利くことは許されなかった。
そして俺はまた一つ学んだ。ムードとは泣きながら口を封じるために接吻をすることなのだと。
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