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40.将来設計

 何度かのプール授業の甲斐あって、俺は25mプールの端から端までは泳げるようになっていた。とは言っても手には水に浮くための板を持ってなので、ジョアンナにはそれくらい出来て当たり前だと言われてしまった。


「いいうみんちゅ? どんなことがあっても溺れるのだけは絶対ダメ。

 元々の海人君にも申し訳が立たないわよ?」


「その論理はさっぱりわからないが、俺も溺れ死にたくはないから練習しているのだ。

 だがな、言われた通りやっても浮かずに沈んでいくんだがどうしたらいい?」


「えっとね…… 気合? 根性?

 とにかく沈む前に泳いで浮けばいいのよ!」


 相変わらずジョアンナは無茶を言う。とは言っても心配するほど溺れそうなわけではない。どうやら俺の身体能力はすべてにおいてこの世界では規格外のようで息を止めていられる時間も長いらしい。


 ンダバーではそれほどとびぬけたほどではなかったが、こちらでは人の十倍以上潜っていられることになるようなので、他人にばれないよう注意するよう言い聞かされていた。


「それよりもさ、周りに水着の女の子ばっかりで嬉しいんでしょ。

 よく考えたら中身おっさんだし、ちょっと犯罪チックよねぇ」


「一緒に授業を受けているだけで犯罪なのか?

 とは言えあんな幼女のようなやつらと一緒にいてもなにも感じないがな。

 ジョアンナと同じくらいの体型は二人くらいしかいないぞ?」


「相変わらずストレートに言ってくれちゃうわねぇ……

 そりゃアタシもそれほどナイスバディじゃないけどさぁ。

 中学生と同じくらいって言われるとへこむわよ」


「いやいや、高石は水泳教師と同じくらい胸が膨らんでいるんだよ。

 別のクラスのもう一人はさらにそれよりもデカくてな。

 おそらくジョアンナの胸当てと比べてもまだ大きいように思える」


 その直後、俺の頬を両側から挟むようにジョアンナの張り手が飛んできた。ヒリヒリする頬をさすりながらジョアンナを見ると、顔を赤くして怒っていた。


「もう! うみんちゅのえっち!

 なにも興味ない風を装っておいてちゃんと見てるんじゃないの。

 でさ…… クラスの中に好みのタイプとかいるわけ?」


「好みか、それは女として魅力的かどうかってことか?

 おかずをよく分けてくれるとかそういうことじゃなく?」


「当たり前でしょ…… アンタって本当に食が最優先なのねぇ。

 飼い犬じゃないんだからもうちょっとプライド持ちなさいよ」


「何を言うんだ、俺はジョアンナに全てを捧げた身だ。

 万一それを覆す者が現れるとしたらもっと食わせてもらえるかどうかは重要だろう?

 まあそんなやつはいるはずないがな」


「なんでいるはずないのよ。

 アタシよりもっとお腹いっぱい食べさせてくれる人なんていくらでもいるでしょ」


「別の世界へ飛ばされなにも知らない俺に手を差し伸べるやつが再び?

 それはあり得ないだろ。

 多くの富を持っている者が見返りを求め施してくれたとして、それにどれだけの価値がある?

 無償の好意に勝るものなんてなにもないと俺は考えているんだ」


「それはまあタマタマだし?

 アタシじゃなくてもあの状況なら同じことした人がいたと思うよ?

 だからあんまり大げさに考えすぎない事ね」


「それこそ偶然の出会いだと言うなら、もう一度そんな偶然は起きないだろうよ。

 俺はまだ十四のガキにしか過ぎないが、成長したらジョアンナを養っていきたいんだ。

 それが叶うほど俺がこの世界で成功できるかはまだわからんがな」


「ちょっとうみんちゅ…… それって……」


「うむ、野良の冒険者ではなく、きちんと臣下として認められるよう精進するさ。

 たとえ今は子どもだからと召し抱えられない程度の扱いだとしてもな。

 そのためには力だけでは足りん、もっとこの世界のことわりを知り賢くなる必要もあるはずだ」


 我ながらいいことを言った。この俺が目先の色欲に目もくれず、将来へ向けてしっかりと考えているのだとわかってくれたに違いない。この決意、初心を忘れることなく努力し邁進するのだ。


『パチイイン!』

「ばーかばか! うみんちゅのバーカ!!

 もう、アタシお風呂入ってくるから洗い物やっといてよ!」


 今日二度目のビンタは俺の頬に指の跡をつけるほどの威力だった。相変わらずジョアンナは短気で、いつ何時怒り出すかがさっぱりわからない。おそらく俺がクラスの女に気を取られているだろうと考えていたのが、当てが外れて悔しかったのだろう。まったく女というやつは色恋の話が好きである。


 気を取り直して言われた通り晩飯で使った食器を洗い、焼き魚の食いカスを生ゴミ入れへとまとめる。ジョアンナは生魚を食べたがったが、俺はどうにも気色悪くいまだに食うことが出来ないでいた。


 それにしても今晩は外が明るくなにか不気味な気配だ。だが昼間は汗ばむくらいの陽気が夜にはすっかり涼しくなるという過ごしやすい気候は、これまでに味わったことの無いもので心地よい。


 肉体的な心地良さと精神的な不気味さが入り混じるおかしな夜に、俺はどうしても落ち着けずに表へ出た。ついでに少し体を動かすのもいいだろう。


 あまり力を込めるとまた植木を折ってしまうので、腰を落とし型を重視して軽く正拳を突きだす。さらに引手を重視しながらの左突き、それを数度繰り返すと次第に心が落ち着いてきた。


「いつも表で何してるのかと思ってたけどそんなことしてたのね。

 向こうの世界にも空手があるってことかしら」


「ああ、空手は図書館で見た本に載っていたな。

 武器を持たずに戦うのは戦闘の基本だ。

 人は誰しも裸で産まれてくるのだから当然のことだろう?」


「うーん、わかったようなわからないような……

 でもそれだけでそこまで鍛えられるものなの?

 初めてうちに来たころよりも大分筋肉がついたわよね」


「方法は色々あるんだが、まずは通学中歩きながら踵を付けないこと。

 それと授業中は尻を浮かすとかだな。

 あとは自分の両手をあわせて力を入れあうことで筋力強化が出来る。

 そして何より食い物がいい、この世界の食い物は栄養価が高いから体造りには最適だよ」


「結構無茶してんのねぇ。

 簡単にダイエットできるなら真似しようと思ったけどやめとくわ。

 そう言えば今日って満月なのね。

 道理で明るいと思ったわ」


 ジョアンナに釣られて真上を向くと、確かに丸い月が明るく光っていた。この世界には月が一つしかないので、初めて気が付いた時には驚いたものだ。だが一つしかないおかげで月月食はなく、おかげでこちらの世界では死人が蘇り死霊となることが無いのかもしれない。


「ねえうみんちゅ、この庭に魚を埋めて祀ったら神様来てくれるかな?

 あの神様って水人様って言ってたから魚の神様でもあるんじゃない?

 もし近くに来てくれたら色々便利そうだから試してみようよ」


「そんな単純な話なのか?

 まああの神の軽薄さを思い返すとそんなことが起きてもおかしくないがな。

 それじゃ穴を掘ろう、上には俺が訓練で使っている石を置けばいいだろう」


 こうして俺とジョアンナは食べ終わった魚の骨を丁重に祀り、戯れとも言える石碑を立てた。なぜかわからないがジョアンナはひどく楽しそうで、俺の頭を小さな子供をあやすように何度も撫でるのだった。


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