30.誰のために剣を振るうのか
勝手に店の中へと進んでいくと、柄が悪い奴らとはまた毛色の違う派手な衣装に身を包んだ男たちがたむろしていた。場違いな俺の姿を見てその表情は明らかに戸惑っているが、何かに警戒しているのか遠巻きに眺めているだけである。
「おい、ここの一番偉い奴はいるか?
そいつにちょっと用があるんだがな」
「ああなんだ、子供かと思ったけど童顔なだけで入店希望者なのか。
店長なら奥で開店準備してるから案内してやるよ」
何言っているかわからんが、親切に案内してくれると言うのは助かる。俺はその優男の後について店の奥へと進んでいった。
「てんちょー、面接希望者が来たんでつれてきましたー
随分若いヤツですけど事務所でいいですかね?」
「ん? 今日は面接予定なんて無かったぞ?
飛び込みか? ホントに入店希望者なんだろうな?」
「お前たちは何を言ってるんだ?
入店希望も何もすでに店へと入ってるじゃないか。
頭の悪い奴らはこれだから困る」
「なんだとこのガキ!」
「舐めてんのか? 痛い目にあわせるぞ、こらー、か?
そのセリフはもう聞き飽きた、一番てっぺんのやつがどこにいるか聞かせてもらうぞ」
俺はそう言ってから二人を素早く斬り倒した。ガックリとうなだれて意識朦朧としているのはどちらも変わらないのだが、意外だったのは案内してくれた優男が勝手にしゃべりだしたことだった。
「すいません、すいません、俺も本当は嫌なんです。
でも無理にでも金使わせないと俺も借金背負わされてるから厳しいんです。
これからは女の子にひどいことしたりしないんで許して下さい」
「何を言ってるか全くわからん。
大体お前に用はないんだ、黙って勝手に反省していればいい。
さてと、店長とやら聞かせてもらおうか。
お前らの頭はどこにいるんだ、早く言え!」
「ぐうう、兄貴が狙いなのか……
ここにはいないが…… しかし……
これ以上悪事に手を染め続けるのも……
け、け、系列店のもう一軒にいるはずだ…… ちくしょう」
「随分と悪事への覚悟が出来ていると見た。
つまり腐れ外道と言うことだな。
生きている価値は無かろう、覚悟するがいい!」
こういう小者にはわざと脅すように威嚇するのがよく効くものだ。頭上に構えた大剣を掛け声と共に振り下ろすと、チンピラ店長は失禁しながら白目をむいてひっくり返ってしまった。
「やれやれ、これでは道案内が居なくなってしまったな。
おい若いの、お前はその別の店と言うのを知っているのか?
知っていたら案内しろ」
すると震えながら何度も頷いたので安心だ。騒ぎを聞きつけて二人ほど入ってきたのでそいつらもついでに斬っておく。ここでジョアンナがカバンから顔を出した。
「ねえうみんちゅ、どうせだから全員斬り捨ててよ。
そんで今までさんざん巻き上げた分、少しだけでも返してあげるよう命令して。
この店にあるお金もお酒も全部ね」
「よしわかった、こいつらはやはり悪い奴らと言うわけだな。
いやあ弱い者いじめはするなと言われるかと思ったよ」
「そんなこと言わないからやっちゃって!
アタシはこいつらみたいに人を食い物にする奴ら大っキライなの!」
こうしてホストという優男どもを全て斬り捨てていくと、次々に自責の念で泣きだしたり後悔の言葉を口にしたりしていた。これだけ後悔すると言うことは悪事を行ってきた自覚があると言うことになる。それならば今受けている仕打ちは当然の報いとして受け入れるが良かろう。
最初の一人が一番下っ端らしく、コイツはコイツで他のホストに食い物にされていたようだ。つまり一番下から吸い上げていく仕組みであり、その序列が途中で変わることもないのだろう。
多少異なるが、国王から吸い上げられる貴族、そこから吸い上げられる街や村、そして最後は庶民一人一人が日々の僅かな糧の中からその大半を搾取されているようなもの。まあそんなことをすれば末端が武装蜂起して争いに発展することもあるが、この世界を見る限り武力で解決しようとするのは無理筋だろう。
だが俺はあえて武力による解決をしようと誓う。身の回りのわずかな数名しか救えないとしても意味はあると感じるからだ。なんせここには人が多すぎる。いきなり欲をかかずに出来ることから始めてみようじゃないか。
すでに俺がこの世界では規格外で、尋常ならざる力を持っていると言うことは理解していた。大きな力の使い道と言うのは難しいがはっきりしていることが一つだけある。自分のために使うか、他人のために使うか、だ。
覚えながら歩く優男について繁華街を進みながら俺はさらに考える。だが本当に他人のために力を振るうなんてことがあるのだろうか。結局のところ、きれいごとを言っても己が何かを得るために行動しているはず。金や名誉や地位をえること、どんな聖人だとしても自己満足感は得るはずだ。
では俺は今何のために剣を振るおうとしているのか。それはもちろんジョアンナのためであることに間違いはない。だがそれも結局は俺の生活を安定させるためなのだ。
なるほど、俺が突き詰めようと歩んできた武の道と言うのは、最終的に己のために振るう剣でどれだけ他人のためになるか、ということだ。だから俺は胸を張り、自分のために剣を振るおうじゃないか。
力を鼓舞することだけが目的で気が違っているような武人もたくさん見てきたが、やつらは奴らなりの正義が有り、貴族や国王に召し抱えられることで富を手にするが、戦となあれば国民のためにその身を差し出す。
太古の王は武を持って人々を屈服させ、力を蓄えることで領土を拡大していった。村々は焼き払われ殺され奴隷となったものは数えきれない。その残虐な行為ですら、王直下の国民のためではなかったか。
「その兄貴というのはなぜそんなに力を持ち慕われているのだろうな。
どんな武人なのか少し楽しみだよ」
「なによ急に、武人だなんてそんな立派なもんじゃないわよ。
ただのクズよ、クズ」
「そうだな、そのただのクズにも従えている軍勢がいる。
つまり何かしらの魅力やメリットがあると思うのさ」
「そうね、なんでかしら。
バカばっかだとしても頭に立つって言うのはそれなりの何かを持ってるんでしょうね。
まさか、だからって相手を認めるなんて言い出すわけ?」
「全然違うな、むしろ逆とも言える。
それだけ社会的な力を持ちふるってきたと言うことは覚悟をしていると言うこと。
つまりはだ、同じように力でねじ伏せられても仕方ないってことさ」
俺は任せておけというようにカバンをポンポンと叩いた。そうこうしているうちにもう一つの店とやらへ到着し、優男はここでお役御免だ。先ほど同様にもう一度魂砕斬をお見舞いし、罪悪感に打ちのめされてうずくまる様を確認してから入口へと向かった。




