22.今後への準備
八柱と言う男が返ってからジョアンナはなんだか浮かない様子だった。何かあったのか聞いても生返事で要領を得ない。あれこれと詰め込まれて疲れてしまったとは言っているがそれだけではなさそうである。
しかし問い詰めても仕方ないので飯の支度をする前に風呂の用意をし、ジョアンナには先にゆっくりしてもらおうと声をかけた。見よう見まねでお茶を淹れ、八柱が持って来た菓子の包みを広げて部屋まで持っていった。
「うみんちゅはやさしいね、ありがと。
学校行くの楽しみ? アタシはちょっと不安だよ。
他の子たちとうまくやれるのかなぁ」
「なにか事前に注意しておくことがあるなら覚えておこう。
暴力を振るってはいけないと言うことだけはわかっているぞ?
あとは人の物を勝手に食べてはいけないとか、勝手に帰ってもいけないんだったな」
「そういうのは常識中の常識だってば。
じゃなくて、友達になれるかとか変なこと言ってドン引きされないかとかさ。
拙者は異世界から来た戦士でござる、とか言っちゃだめだからね」
「俺はそんなおかしな話し方しないぞ?
別の世界から来たことは言わない方がいいんだな?
他に何かあるか? 剣術が得意とか最強とかも言わない方がいいんだろ?」
「そうね、なるべく目立たないように大人しくするんだよ?
お昼になったら好きなもの食べていいからさ。
うちの学校は、学生証を見せるだけでなんでも食べ放題なんだからすごいでしょ?」
「なに!? その学生証と言うのはこの間スマホに変えてしまって無くなったぞ?
これでは飯が食えないではないか」
「違うってば、学生証は学校ごとに発行してるから入学したらもらえるよ。
周囲には女の子しかいないからケンカすることもないと思う。
でも部活に誘われたら面倒かもねぇ。
運動では周囲と同じくらいに抑えないと目立っちゃうから気をつけてよね?」
「なるほど、いろいろと面倒が多そうだな。
一つ気になることがあるのだが確認しておいていいか?」
「なあに? 食べること以外になにか気になるなんて珍しいわね。
息も還りも一緒だから通う心配はないでしょ?
アタシがバイトの時は一緒に行けばいいしね」
「うむ、その辺りは心配していない。
だが姫が来ているようなヒラヒラのスカートの衣装を着ないといけないのか?
学校まで行ったときには全員同じ格好をしていたぞ?
さすがの俺でもそれが女物であることくらいは知っているのだが?」
「ああ、制服かぁ、どうするんだろ。
今持ってるアレでいいんじゃない?
普段着も少し用意した方がいいから週末に買いに行こうか」
「そうだな、できれば名前が入っていない衣類も欲しいぞ。
姫は毎日胸当てをしているが、俺は鎧を着なくてもいいのか?」
「バカ! バーカ! ヘンタイ! アホー!
早くご飯の支度でもしなさい!
アタシはお風呂入ってくるからね!」
なぜかは知らんがまた叱られてしまった。なんだか理不尽なことが多い気もするが、この世界では他人の装備品へ口を出すのはご法度なのかもしれない。だったらそのように説明してほしいものだ。
さて今日の最重要事項である親子丼を作る時間だ。鶏肉を一口大に切ってから醤油と砂糖の合わせ調味料で煮込む。ジョアンナは玉ねぎと言う野菜を入れろと言っていたが忘れたふりをして放っておこう。
火が通ったら卵を溶いたものを入れて蓋をして蒸らすんだったな。味見をしたら濃すぎるような気もするが、食べたことの無い料理なのであっているのかどうかが分からないと言うのは盲点だった。
支度は大体できたので風呂から上がったジョアンナと交代した。ジョアンナがスープを作ってくれると言うので任せて風呂へと向かう。この世界の風呂にももう慣れたもので、初日のように蓋の上に腰かけて体を冷やすような馬鹿な真似はもうしない。
質のいい石鹸を用いて体を洗い、贅沢に湯船へつかり体を温める。こんな暮らしを味わってしまったらもうンダバーへ戻るなんて考えられない。食べ物もそうだがとにかく何事にも不足を感じることがない。慣習の違いに戸惑うことはあるが、それすら楽しみの一つと言える。
さて、身を清めたところで待望の夕飯だ。きっと素晴らしい出来にジョアンナも満足してくれるだろう。考えるだけでよだれが垂れてしまう。
「ちょっとうみんちゅ!?
ワクワクしながらお風呂出てきてとこ悪いんだけどさ?
ご飯炊いてないじゃないのよ」
「ご飯? ちゃんと作ってあるじゃないか。
それだけでは何か足りないと言うのか?」
するとジョアンナは昨日白飯が出て来た道具をポンポンと叩き蓋をあけた。すると昨日はなかに白飯という主食が入っていたはずなのに今はなにも入っておらず空っぽだ。
「なぜなにも入っていないんだ?
昨日はあんなにいっぱい入ってたじゃないか」
「そうよね…… アタシが教えなかったのが悪かったわ。
炊き方教えるから覚えてね。
ここに生のお米が入ってるからさ――」
てっきり白飯はどこかにしまってある物だとばかり思っていたので虚を突かれてしまった。これには俺の腹の虫が黙ってはいない。誰にでも聞こえるくらい大きな音で鳴きだしてしまった。
こうして飯が炊けるまでの間、俺はスマホの使い方について講釈を受けることになり、その間も腹の虫は鳴き続けジョアンナにはうるさいうるさいと文句を言われて本当に泣きたくなっていた。
「味は濃すぎたけどまあまあおいしかったんじゃない?
次からはもう少し薄く作ってくれたら言うこと無いわ。
今度はお味噌汁の作り方も教えるわね」
「いや、俺はこの草の入ったスープは好かない。
せめて豆じゃだめなのか?」
「ダメじゃないわよ、具は何入れてもいいんだから。
お肉を入れた豚汁なんてのもアリよ?
だけどそればかりじゃダメだからやっぱり野菜も食べなきゃ。
学食では肉も野菜も出てくるから残さず食べるのよ?」
「なんだかずいぶんと小うるさく言うんだなぁ。
俺には経験がないことだが、母親がいたら子供はこうやって育っていくのかもしれん。
姫は祖母殿にいろいろ教わったのか?」
「あ、うん……
おばあちゃんは厳しくもうるさくもなくて優しかったよ。
でもアタシがどこかで恥かかないようにっていつも気を使ってくれてたの。
だからついうるさくなっちゃってごめんね」
「いやいや、おりがたいことさ。
産まれてこのかた誰かに気にかけてもらうことなんて一度もなかったからな。
ハッキリとは覚えてないが、幼い頃剣術の師に拾われるまでは乞食をしていた。
父も母も知らんのは、元の世界では珍しくもないがな」
「そっか、うみんちゅも大変だったんだね。
もしかしたら初めて会った時になにか感じてたのかも」
「ということは姫も幼少期に何かあったのか?
実はこの世界で子供一人での暮らしは不自然だと感じていたんだ。
吐き出して楽になることがあるなら聞かせてみたらどうだ?」
「うん、実はね――」
ジョアンナはポツリポツリと自らの境遇について話を始めた




