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21.待ち伏せ

 今日こそは平穏無事に過ごすつもりだったのだが、迎えに来てくれたジョアンナにこっぴどく叱られた俺は、警察署の玄関先にある大広間で辱めを受けていた。だがそんな目にあっている俺を憐れんでくれた受付の女性が菓子をくれたのは小腹の空いた俺には少しうれしかった。


「もう、なんで誰かについて行ったりしちゃうのよ。

 心配かけないようにしないとダメじゃない。

 オカさんもありがとね、この子すっごい田舎から出て来たばかりでなにも知らないからさ」


「俺は別にもの知らない田舎者じゃない。

 いくらなんでももう少し言いようがあるだろうに」


「なに? ご飯抜きにしてほしいの?

 ちゃんとアタシの言うこと聞くって約束したでしょ?」


「聞かないとは言ってない。

 もちろん姫の言う通りだとも」


 生きるための最優先事項である飯の力には勝てず、俺は素直に反省していることを示した。今日はどうしても飯抜きにされるわけにはいかない。先ほど図書館で覚えてきた料理がどうしても食いたいのだ。


「まあ九条、その辺にしてやれよ。

 不慣れなら仕方ないだろ、ちゃんと真っ直ぐ連れ帰るんだぞ?」


「わかってますよーだ。

 それじゃうみんちゅ、帰るわよ。

 で? 今日はなにが食べたいの?」


「うむ、先ほど図書館でな――」


 ようやく警察署から抜け出すことが出来たのだが、建物を出てすぐにジョアンナが噴き出した。いったいこの短い間のどこに笑う箇所があったと言うのだろう。


「ねえオカさんの記憶、本当に変わっちゃってるんだね。

 最初にうみんちゅが連れてこられたこととか、病院から逃げたこととかさ。

 なんかおかしくなっちゃって我慢するの大変だったよ」


「なるほど、それで急に笑い出したと言うことか。

 俺は突然気がふれたのかと思って焦ってしまったぞ」


「失礼ね! そんな簡単におかしくなったりしないってば。

 それで卵だっけ? 別に貴重な食べ物じゃなくてごく普通に売ってるよ。

 図書館でどんな料理を見てきたの?」


「鶏肉と卵を煮て柔らかいうちに白飯に乗せるという食い物だ。

 親子丼と言うのだが姫は食べたことはあるか?」


「もちろんあるわよ?

 でもおいしく作るのって結構難しそうね。

 作り方はわかるけど自分で作ったことないもん。

 まさか作れそうだと思ってる?」


「作り方は簡単そうだったからやってみよう。

 とにかく卵なんて高級食材、食べて見たくて仕方ないのだ」


「卵が高級ねえ、まあいいわ。

 試しにやってみなさいよ」


 俺は自信満々に頷いて先ほど見た作り方を思い返していた。そうこうしているうちにスーパーへと到着し、カートへ飛び乗ったり、スナック菓子を欲しがったりして怒られながら買い物を済ませた。


 結局小さな棒状の菓子一つだけ買ってもらえた俺は、それをボリボリと食べながら機嫌よく買い物袋を振り回しまた叱られたのだった。いったい日に何度叱られたのかと勘定しつつ屋敷へと帰り着き、敷地内へ入るところで人の気配に気づき立ち止った。


「うみんちゅ? どうかし――」


「しっ、何者かが待ち伏せしている。

 姫はここでお待ちを、俺が取り押さえてくる」


 陰から玄関先をみると警備兵、いや警官とは別の服装をしているが、こぎれいな身なりの男が見える。賊の類ではなさそうだがこの世界の事情に疎い俺には正確な判断がつかない。油断をせず背後から近づいて声をかけた。


「おい、貴様何者だ、当屋敷になんのようだ。

 返答によっては斬る!」


「ちょっと! 斬るって勘弁してください。

 私は弁護士の八柱と言う者です。

 ええっと、あなたが伊勢さんの息子さんですか?」


「誰だそいつは? 知らんぞ?

 貴様は俺のことを知ってるのか?

 ううむ、怪しい奴め、斬って捨てるか」


『バチン!』


 この怪しい奴を問い詰めている途中だと言うのに、背後からカバンによる一撃をお見舞いされてしまった。なぜか知らんがジョアンナの攻撃は避けられないことが多すぎる。これも人体拘束魔法の影響なのだろうか。


「姫、なにをするのだ、賊に逃げられたらどうする!?

 はやくこやつを捕らえる指示を!」


「バカ! 伊勢って言うのはアンタのことでしょ!

 弁護士って言うのはちゃんとした仕事なんだから怪しくなんかないわよ」


 俺が釈然としないままに男を見返すと、胸元から小さなまじない札のような物を取り出して差し出してきた。まさか封印でもして拘束しようとする魔術師の類ではなかろうかと俺が身をひるがえして飛び退くと、再び鞄で尻をはたかれてしまった。


「弁護士の先生がなんのご用件ですか?

 とりあえず中へ入ってください」


 ジョアンナが馬鹿丁寧に応対していると言うことは本当に怪しいものではないのだろうか。俺はいつでも斬ってかかれるよう警戒しながら後について屋敷へと入った。


 ジョアンナは弁護士と名乗った男を客間、つまり祖母殿の部屋へと通してから茶を出して俺にも座るよう命じてきた。


「これはどうもご丁寧に。

 私は弁護士の八柱と申します。

 突然伺って申し訳ございませんが、伊勢様の顧問弁護士から依頼を受けましてね。

 ご子息を東京へ出したので色々と手続きを行うようにと申し付かりました」


「ああ、うみんちゅ、じゃなかった海人君のことですね。

 手続きとはどういったことですか?

 後日保険証は送ってくれるという話でしたけど、それ以上は聞いてなくて」


「私も事情は依頼の際に聞いたのみですが、幼いころから入退院を繰り返していたそうですね。

 そのため学校へ通ったことがないご子息にこちらで入学できるよう手続きをとのことです。

 いくつか中学校の候補を出してきましたのでお選びいただいて編入手配をいたします。

 ご希望であれば九条様と同じ学園の中等部でもよろしいですよ」


「ちょっと待ってください。

 アタシの通っているのは女子校ですよ?

 もしかしてその…… ご実家の力で裏口入学とか?」


「いやいやそれほど大げさな話ではありません。

 私学ですしその辺りの融通は利きますからご心配なさらずに。

 もう一つはここからだと少し先になりますが共学の公立校もございます。

 他にもいくつかリストアップはしてきましたが、どこを選んでも学費等の心配はございません」


「学校だって、どうする?

 アタシと同じところへ通いたい?

 そのほうが心配は少ないと思うけど、それはそれで気苦労が増えそうね……」


「俺は飯が食えればなんでも構わん。

 できれば仕事がしたかったんだが今の俺を雇うところは無いだろうしなぁ」


「学校には食堂があるから食べることに困ることはないわ。

 それじゃ同じ学校にしましょっか」


「そんなことより飯はまだか?

 腹が減って敵わん」


 特におかしなことを言ったつもりは無かったのだが、ジョアンナのひじが俺の脇腹を激しく突いた。どうやら飯抜きにされないよう大人しく聞いていた方が良さそうだ。


 その後も何やら小難しい話は続き、アレコレと名前を書かされて、あとは数日もすれば入学手続きが終わるとの説明を受けた。まあ覚えなければいけないことが多々あるのだから学校へ通えるなら悪くない話だ。それに学校では飯も食えると言うのが非常に魅力的だった。


「では用意が出来たらご連絡たします。

 当日は私もご一緒しますからご心配なく」


 この後も弁護士の八柱と言う男はジョアンナとしばらく話し込んでから帰っていき、俺はようやく飯にありつけるとホッとしていた。


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