18.神と民
そう言えば昔、女冒険者の買い物に付き合ったことがあった。その時も店員と長々やり取りをし決まるまでに相当時間がかかったことを思い出す。女の買い物が長いのか、俺がモノに無頓着なのかはわからないがあまり考え込むのが得意でないことは間違いない。
「ふ、ふわあぁ『ビリッ』わかった、任せてくれ。
ところで『バリッポリッ』話はもう終わったか? いい加減腹が減って敵わん
どうせなら飯を出す『むにゃむにゃ、ゴクり』スキルにしてもらえばよかったのに」
「もう、食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ!
相変わらず腹っ減らしなんだから。
ん? ちょっとしゃべり方変わった?」
「いや、別に変えてはいないぞ?
そんなことより早く飯にしよう飯、帰り道にまた同じラーメン屋でも構わん」
「ダメよ、そう日に何度も外食できないよ。
帰ってからなにか作るからそれまで我慢しなさい」
「それならさっき川沿いの平原に鳥がいたから狩っていこう。
ちょっと小さそうだったが数獲れば問題ないんじゃないか?」
「なにいってんのよ!
野鳥は獲っちゃいけないの!
魚もダメ! もちろん犬とか動物はなんでもダメだからね!」
「そうなのか、それではどうやって食材を手に入れればいいんだ?
またコンビニか?」
「そんなに心配しないで大丈夫。
ちゃんと食材を売ってる店があるからさ。
なにかおいしいもの作ってあげるからね」
「なに!? 姫が飯を作るだって!?
それはダメだ、俺がやろう」
臣下の俺が主人に飯を作らせて食うだけなどと言うことは赦されない。貴族ではないので使用人や料理人がいないことは仕方がないので、見よう見まねであろうと俺が作るべきだろう。それに旅に出ている間は自分で作っていたのだからきっと大丈夫に違いない。
「ちょっとうみんちゅ?
まさかアタシが料理できないとでも思ってるわけ?
ちゃんと食べられるもの作るっての!
バカにしないでくれる!?」
「いやそれは誤解だ、そうじゃない。
主である姫に俺の飯を作らせるなど言語道断だと言っているんだ。
だからそのかばんを振り回さないでくれ」
「まあそう言うなら作らせてあげてもいいけどね?
一体なにができるわけ?
買い物でスーパーへ寄っていくからそこで見て決めてもいいけど」
「俺が作れるのは肉と豆の料理、使うのはこれくらいだ。
あとは塩と胡椒、好みで香り付けに何かを加える程度だな」
「わかったわ、今日は任せてみるわよ?
でも失敗したら明日からはアタシが作るからそのつもりでね」
俺は自信ありげに頷いて見せた。本当は何の根拠もないのだが、今まで旅の間はそうやって食って来たのだからジョアンナも食えるだろう。だがこんなことになるなら街の酒場や宿屋で食ったものの作り方や食材くらい覚えておけばよかった。
「お二人さんよ?
急がなくていいけどそのうち神棚を作り供え物をしてくれよ?
といっても子供だから酒は手に入れられないもんなぁ。
玄関先に花瓶でも置いて榊を差してくれりゃいいよ。
こういうのは気持ちが大切だからな」
「そんなものなの?
大体お供え物が減ってるところなんて見たことないわよ?」
「神棚へ物を備える行為は神を敬うと言うことだよ。
すると、周囲にある自然の力が集まって神へと昇華されていくのさ。
だけど必ずしも供物は必要なくて大岩や大木を神体として祀るだけでも十分なんだ。
祀られた場所ひとつひとつが八百万の神となり力を集めてくれるってわけ」
「つまり供える物が必要なんじゃなくてその行為が大切ってことね。
わかったわ、いろいろお世話になるしちゃんと用意するわね」
「マジで頼むよ、最近は勢力が弱まっててねぇ。
初詣は盛況だし建築業界は相変わらず祀っててくれるんだけどその場限りさ。
やっぱり自宅とかでも僕らを忘れないでほしいんだよね」
「神様業界も大変なのねぇ。
がんばってパケ代の分くらいはお返しするわよ。
それにしても日本の神様はなんだかノリが軽いわね」
「さっきも言ったけど僕らは世俗を表してるからね。
これくらいが親しみやすくていいんじゃない?
だから気軽に呼び出していいんだよ? ま、何もしてあげられないけどさ」
「いや、俺は神を信仰していないし用もないからな。
再び会う必要性を感じない。
せいぜい姫に忘れられないことを祈るんだな」
「なんで神が人に祈らなきゃいけないのさ……
まったくンダバーってやつは神も民も非常識極まりないな。
僕は地球の神で良かったよ」
ンダバーの民としては反論したいところだが、少なくとも神同士を比べても勝ち目はなさそうだ。それにしてもこの軽薄な雰囲気、先ほどの説明によると住人と神は表裏一体的であるなところがあるらしい。
神を見れば民度がわかるということならば、ンダバーの神を見て俺も同じように思われてしまうと言うことになる。なんとも釈然としないが、人々の信仰が神を作るのだとすればそれも当然か。
それにしてもこの場所までわざわざ出かけて来てこの世界へ飛ばされてきた経緯はわかったが、だからと言って聞く意味があったかと言うと何とも言えない。個人的にはその甲斐があったとは思えないが、ジョアンナの喜びようを見ると収穫はあったと考えるべきだろう。
だがそんなことよりも大切なことが俺にはある。
「ではそろそろ引き上げよう。
帰り道にスーパーへ寄って食材を入手しないといけないしな。
とにかく日に何度食っても腹が減って敵わん。
以前はそんなことなかったはずだがなぁ」
「それは持っている力と食べられる量のバランスが悪いんだろうね。
おそらく元の世界では大きな体躯を持っていてたくさん食べることが出来たでしょ?
でも今の体は少年の小さな体だから、蓄えられるエネルギー量に限りがあるのさ」
「む、今のはよくわかる説明だった。
なかなか面倒な制限がついてしまったものだなぁ」
「そうね、食費がかかってしまって不経済じゃないの。
あんまり食べるようだと生活費が足りなくなっちゃうかなぁ。
中学生だとバイトもできないしね」
「まあ派手に動かなければ、つまり消費を押さえればそうでもないさ。
あまり無駄な行動をしないでのんびり過ごすことだね」
そんな不健康な生活をするくらいなら狩りをした方がいいような気もするが、むやみに動物を狩ってはいけないと言われたばかりだし我慢するしかない。そのうちなにかいいアイデアを考えてくれることを期待しよう。
「それじゃまたね。
ンダバーの神様はもう帰っちゃうのかな?
魔法ありがとうね」
「ふん、別に大したことはしておらん。
せいぜいその男の面倒を見てやってくれ」
こうして俺たちはようやく帰路についた。帰りの電車の中でまた菓子をねだって叱られたり、スーパーであっちこっちキョロキョロしてまた叱られ、歩きながら買い物袋を振り回してまた叱られながら屋敷へとたどり着き、そのころ辺りはすでに暗くなり始めていた。




