11.文化差異驚愕
俺は今感動していた。薄い結界に封じ込められた器を封印から解き放ち湯を加えただけで、中から麺が湧きだして来たのだ。しかも今まで見たことの無い細い麺で薄い赤茶色の透明な汁に浸かっていた。やはりこのジョアンナと言う少女は魔法使いなのではなかろうか。
まあ味は相変わらずポーションのようでそれほどうまくは無かったのだが、今までに味わったことの無い食感は素晴らしいものだった。
「だから言ったばっかでしょ?
知らないものにいちいち警戒したり大げさな行動取らないでって」
「しかし警備兵が集合をかける呼子笛の音に似ていたものでな……
てっきり敵襲だと思ってしまったんだ」
「だからどこに警備兵が見張ってるってのよ。
もしくは追われる側ってこと? だったらオカさんが普通に訪ねてくるわよ」
どうやらこの世界では湯が沸くたびに笛の音が鳴るらしい。その後も小さな鐘を鳴らすような音がしたり、どこからともなく話し声が聞こえたりと、屋敷の中でもなかなかに騒がしい。
「これは肉サンドよりも大分ウマイな!
外はパンとは違うようでふわふわしてやがる!
肉はまあこんなもんだろうがな」
「肉まんくらいでうるさいわね、いいから黙って食べなさいよ。
飲み物はコーラでいいの? それともお茶がいいかしら」
「うむ、コーラを頼もう。
口の中が溶けてしまわないかが心配だが、誰でも飲んでいるなら平気だろう。
それよりこっちも気になるから食っていいか?」
「まだ食べるの!? しかもそれアタシのプリンじゃない!
絶対にダメ! 甘いものがいいならこっちの沁みチョコにしなさいよ」
「なにぃ? けち臭いことを言うな、プリンなんて貴族の食べ物初めて見たんだからな。
でもこの沁みチョコと言うのも見たことも聞いたこともなくて気になるな……」
こうして俺たちは山ほど買い込んできた食材を半分以上平らげ、腹を膨らませて満足していた。それにしてもこの世界には甘いものが数多くある。砂糖が貴重品では無いようで、この屋敷の台所にも無造作に置いてあった。
スナックと呼ばれる類の菓子類は特に美味で、いくつもの結界を解いて何種類も味わってしまった。どうやらこの結界に包まれている間は食材が痛むことがなく保存できると言う仕組みらしい。
驚くことに、屋敷には保冷保管庫なるものまであり、冷気魔法を封じ込めた戸棚の中へ食材をしまっておくことで長持ちさせることが出来るとのことだ。いくつかある扉のうち、小さな引き出しでは氷結魔法が自動的に発動され氷を作り続けていると聞きさらに驚いた。
「ふーむ、素晴らしい。
飲み物を氷で冷やして飲むなんて魔法使いか一部の貴族の特権だと思っていたぞ。
昼に飲んだコーラにも入っていたが、あの時は魔法使いの経営する店だと思っていたからな。
まさか引き出しの中に魔法を封じ込める術があるとは……」
「はいはい、すごいすごい、魔法すごいね。
それじゃお風呂入ってくるから。
さっき一緒に入るって言ったのは冗談なんだから絶対覗いちゃだめだからね!」
「うむ、承知した。
一応護衛としては扉の外で待つのが良いかな?」
「ゼッタイダメ!」
一人になり暇を持て余してしまったので、先ほど取り上げた刃物を取り出してひげをそろうと顎に手を当てた。しかし感触はつるっとしていて若者というか子供のそれであり髭剃りの必要はない。取り出した刃物を持て余してしまった俺は切れ味だけでも確かめておこうと指先へ押し付けるよう刃を立ててみた。
「うーむ、見た目は良さそうだからさぞ名のある鍛冶師の作かと思ったがなまくらか。
そりゃあんな小者が業物を持っているわけないだろうしな。
つまりはこの世界の製造技術の高さを示していると言うことかもしれん。
よし、他の物もよく観察してみるとしよう」
俺はジョアンナが風呂に入っている間の暇つぶしを兼ねて屋敷の中を観察することにした。幸い貴族ではないと言うのは本当らしくそれほど広くは無かったのですぐにすべての部屋を見てまわることが出来た。
それにしても不思議な物ばかりおいてある。草で出来た絨毯を敷きつめた部屋があったり、部屋の壁がすべて扉になっている部屋もあった。それに人一人入るのがやっと程度の小部屋には、中心に水瓶のようなものが据え付けてあり謎めいている。あそこはきっと何かの儀式を行うための部屋だろう。
屋敷の中で見つけた物の中で、この世界の技術力を知るもう一つの手がかりとして目を付けたのは、部屋の中に下げてあった衣類だ。洗って干してあったのだとは思うが、それにしてはどれもきれいで汚れがついていた気配がない。
そして何より驚きなのは布地の薄さと伸縮性である。向こうが透けて見えるくらい薄い生地なのに引っ張ってみると良く伸びる。だが三方に穴があけられ三角形でこんな小さな筒状の布なんて何に使うのだろうか。衣類ではないと思うし、手袋にしては指を出すところが二か所しかない上に大きすぎる。両腕を通して見るとちょうどいいくらいの大きさなので、もしかしたら拘束衣を着せる時に使う当て布かもしれない。
そしてもう一つ、女物の戦士用と思われる胸当てがあったのだが、一般的な革製や金属製ではなく柔らかい布で作られていた。こんな素材では防御力皆無だろうに一体どういう意図があるのだろうか。それでも施された装飾は細かく見た目は豪華に見える。それを踏まえて考えると、実戦用ではなく式典等で使うような見栄えを重視したものなのだろう。
「うみんちゅー、お風呂空いたから入っていいわよ。
まったく人んちんなか勝手に動き回ってさ、いなくなったかと思っ――
ちょっ!? アンタ! 一体何してんのよ!!
こら! 返せ! バカ! ヘンタイ!!」
ジョアンナは突然騒ぎ出すと濡れた手拭いで俺を盛んにひっぱたいている。怒りを表しているのは明らかなのでどうやら失敗だったようだ。
「それほど怒ると言うことはやはり使い方が違っていたのだな?
大きさから行くと頭にかぶり両の穴から髪の毛を出すためのハチマキだと思ったんだがな。
でもこれは胸当てであっているだろう?
さすがにわかりやすすぎて問いかけにもならんか、わっはっはっ」
「いいからその被ってるやつをすぐに脱いで!
マジやめてよ! よりによってなんで頭にかぶるのよ!」
「いやあ、すまんすまん、不思議な布だったので使い方を模索していたのだ。
それにしてもすごい技術力だな、こんなに伸びるぞ、ほれ。
加えてこの良い香り、まるで花束を嗅いでいるようではないか」
顔を真っ赤にするほど怒っているジョアンナを和ませようと、例の布を目の前で引っ張って向こう側を覗いた瞬間、俺は顔面に手痛い一発をお見舞いされた。そしてその後、この世界の風習である土下座と言う謝罪方法を教わることになった。




