地球の時間4
それからしばらく経ったある日、私は母校である地元の小学校へと足を運んだ。もうあの日から半世紀近くもなるが、わけあって月に一度は母校を訪ねることにしている。小学校の校門を入るとすぐ近くに黄色に色ずいたギンナンの木、その横を見ると真っ赤に染まった楓の木が秋を告げている。校門付近には掃除の時間であろうか、生徒達が校舎の外周りを竹ほうきを使い掃いている。黄色や赤に染まった落葉は、時折吹く秋風にのって舞いあがり、その度に生徒達の歓声が上がっている。ギンナンの黄色の落葉はまるで雪のように積もり、子供達は嬉しそうに掃除をするどころか、友達同士落葉をかけ合いはしゃいでいる。
「これこれ、今は掃除の時間ですよ楽しいのはわかるけど、ちゃんと掃除しなさい」怒っている先生も、子供達の喜んでいる姿を見て、どことなく嬉しそうだ。
児童とそんな話をしている先生を良く見ると、校長先生である。私は先生に近寄り
「こんにちは、みんな元気ですね」と声をかけた。すると校長先生は、頭に落葉を付けながら私の方を見た。
「あ、ハルさん、こんにちは、いつもすいません」校長先生も私が毎月学校を訪問しているので、顔見しりだ。私は校内のいつもの場所へと足を運ぶ。この場所は私が小学生だった頃に比べ多くの植物が植えられ、だいぶあの時と変わってしまった。しかし、私が小学校の時植えたあの木だけは、あの時と大きさも同じで見た目も変わらず成長すらしていない。
「ハルさん、ハルさんですよね」遠くから若い女性が私を呼ぶ声がする。馴染みの児童の声でもない。私がしだいに近づくにつれ、どこかで見たような風貌の女性である。この年になると耳も遠くなり目も見えづらくなる。間地かになって、先日原爆公園で出会った女
性だとわかった。
「あなたは、あの時の広島の方ですね、確か中山瞳さんでしたね、なんでこの学校に」
私は不思議に思い彼女へ尋ねた。
「娘がこの学校へ転校し通っているんです。今日は娘が体操服を忘れたので持って来ました。ハルさんこそ、どうして、この学校へ?」
「私は、この学校の卒業生で、学生の時同級生が育てていた木を、時々こうやって学校を訪問しお世話しているの」
「その木って山田咲子さんの木じゃないですか?」
「そう、そう、あなたこの学校へ来たばかりなのに良くご存知ね・・・・・」
「咲子さんの木の横に立っている記念碑を見て知りました。私はその記念碑を見て彼女はいったいどんな人だったんだろうと、いつも思っているんですよ」
「そうですか、よかったらこの学校の校長室に当時の学校の写真が貼ってあるから見に行きましょう」私は学校に許可を頂き彼女を校長室へと連れて行った。
校長室の書棚には歴代の卒業生の写真が保存してある。その中で、私が卒業した年の写真だけは校長室の壁に飾ってある。
「これが、私が卒業した時の写真です。」
「咲子さんはいないんですか?」
「この写真を写したの時は、咲子さんはもう亡くなった後でした。病床で咲子さんは卒業式だけは出たいと言ってましたが、その願いは叶いませんでした。咲子さんは、みんなと卒業写真に写ることが出来なかった為、こうして彼女が大切にしていた咲子の木の前でクラスみんなで卒業写真を撮ったのです」
「この写真を見て感じたんですが、咲子さんの木は、今もあの位置にあるのにちっとも大きくなっていませんね」
「そうです。私もあれから半世紀近く世話をしていますが、この頃とちっとも大きくならず、そればかりか、これまで花を咲かせたことさえ一度もないんです」
「え、一度もないなんて・・・・・」瞳さんは驚いた表情でそう言った。
「なんでも五十年に一度だけ花を咲かせる木らしいけど、まだ私も見たことはありません」
「五十年ですか、いったいどんな花が咲くんでしょうね、一度見て見たいですね」
「あそうだ、私の家に元気だった頃の咲子さんとの写真があるから一度遊びに来るといいですよ」
「え、ほんとにお邪魔してもいいんですか?私もいろいろお聞きしたいこともあるので」
「もちろんです、ぜひいらして下さい」