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03

 結局、ロゼはラウルの同行を許すことになった。

 明日は早いよ、と少し脅すように言ってやれば、わかってます、とラウルは無表情のまま頷く。そしてそのまま早々にベッドに入ってしまった。毛布に包まってころりと丸くんあったその背。間をおかず聞こえてきた寝息に、ロゼはぽかんと口を開けた。

「そ、そんなに手伝いたかったのかな……」

 子どもって、わからない。

 こちらもさっさと就寝してしまったルスを彼専用の寝床――ロゼの外套を畳んだだけであるが――に移してやり、蝋燭の火を吹き消した。

 唯一の明かりを無くした室内は当然暗い。窓から射し込む月明かりだけを頼りに燭台をテーブルに置き、ロゼものそのそとベッドに入った。

 この三日。ただ道に座り人々の会話に耳を傾けるだけでわかったことは幾つもある。

 ひとつはシルヴァン・ラダフォードにも忠告されたように、最近頻発しているという物盗り事件。いずれも日没後夜歩きをしていた人間ばかりが狙われているようで、現場に被害者のものと思しき首だけが残されていることから同一犯の犯行であると推定されている。被害者は今のところ旅人や商人といったこの街に縁のない人間ばかりで、恐らくそのせいで事件が発覚するのが遅れたのだろうという話だった。

滅多に人が寄りつかないという裏路地から腐りかけた人体の頭部が見つかったことから、知られていない被害者はまだいるのではないかと誰もが怯えている。また、事件のあまりの残虐性から、犯人は魔族なのではないかという疑惑もあるのだそうだ。とても同じ人間の所業とは思えない、と。

 恐らく、そういった背景もあって、皇帝直属の討伐部隊が領主の館に滞在しているのだろうと、織物を買った主婦がこっそり教えてくれた。

 おかげで、市街地を巡回する警備隊もいつになく気を張り詰めているらしい。場所取りで揉めた行商人が駆け付けた警備隊に乱暴に引っ立てられていったという話も聞く。

(ただの殺人事件、だといいんだけど)

 闇に落ちた室内で、ロゼはひとり膝を抱えた。

 明日はどこに店を開こうか。そんな他愛もないことを考えながら、



 早朝。

 宿の部屋から朝靄に包まれた街を眺めていたロゼは、水平線から昇る朝日に瞳を細めた。

 朝焼け。夜が終わる時間である。

 逃げまどうようにして退いてゆく夜闇を、朝日は容赦なく追い立てる。ぼんやり眺めているうちに、いつの間にか朝靄も消えていた。

「……眩しい」

「おはよう、ルス」

 衣ずれの音に紛れて、低く唸るような声を出すルスに、笑う。

 相変わらず朝に弱い蛇だこと。揶揄するように呟いたところで、着替え終えたラウルが近寄ってくるのに笑みを向けた。

「すみません、お待たせして」

「いえいえー。大丈夫だよ、全然待ってないから」

 長期の滞在を見越して、ロゼ達が止まっているのは壁の薄い安宿である。

 隣室の客を起こさないよう気を遣って控えめな大きさになった声で交わす会話は、早朝特有の静謐な空気に霧散してどこかよそよそしい。

 完全に昇った陽にそろそろ出なければと立ち上がり、商品の入った袋を担ぐ。そして、ぐるりと巻かれた厚手の布地をラウルに手渡した。

「ラウルは敷物持ってね。ちょっと大きいけど」

「平気です」

「……あらら」

 ロゼが持ってもずしりと重かったそれを、ラウルは予想に反して軽々と受け取ってみせた。

 彼の身長に対して敷物が大きすぎるせいで両手で抱える形にはなっているものの、そこには無理をしている様子など微塵もない。

 男の子だねえと心の中だけで呟いて、実際には「無理はしないで、重くなったら言うんだよ」とだけ言えば、素直に頷いた。

 まだ朝が訪れたばかりの街道を歩けば、大通りに近づくにつれ人の姿がちらほらと増えてくる。中にはもう店を開けている露店もあり、その内のひとつで朝食を買うと、食べながら昨日と同じ場所へ向かった。

「ラウルはそれ食べてていいよ。その間に準備しちゃうから」

「僕も手伝います」

「だーめ。君、敷物持ってたせいでまだ半分も食べ終わってないじゃない。いいから、ここは大人に任せなさい」

「……ロゼさん、まだ十六じゃないですか」

 大人じゃないです。

 そう言ってラウルは僅かに頬を膨らませたが、ロゼが折れないことを察したのか、渋々座りこんでもそもそと食べかけのパンを齧る。

「おい、聞いたか。どうやら昨夜も出たらしいぞ、例のもの盗り」

「ああ。また首だけ……だろ。どうやら、この街の人間じゃあないようだが」

「なんにしても、物騒な話だ」

 道行く男達が声をひそめて囁き合えば、荷車を引いた逞しい女性が「邪魔だよ、旦那方!」と声を飛ばす。

「いつものをお願い!」

「ちょいと、それはアタシが目をつけてたやつだよ!」

「ああ、女将。今日は魚のいいのは入ってないのか?」

 店を開く者達と、朝一番で良いものを仕入れようと張り切る奥様方に、食材を買い出しに来たどこぞの奉公人達。

 朝特有の清涼な空気は既に薄れ、通りは既にそんな雑多な喧騒に包まれようとしている。

 飛び交う会話を右から左と聞き流しながらラウルがライ麦のパンにチーズとハムと野菜を挟んだだけの質素な朝食を呑みこんだ頃には、ロゼは敷物を敷いてその上に商品を並べ終わっていた。

 定位置である敷物の中央に座し、ロゼはラウルを手招く。

「君はこっち。声をかけるのは、なるべく優しそうな女の人ね。男はダメ」

「何故ですか?」

「君に担当してもらう商品はそういう女性が狙い目だから。さっ、その可愛い笑顔で道行くお姉さま方をメロメロにするんだよ」

「……ロゼさん、いっつもそういうこと考えて客寄せしてるんですか?」

 感心した、というより呆れの色が濃い視線を向けられて、ロゼはまさか! と首を振った。

「こんなフード被ってロクに顔も見えない不審人物に寄せられる客なんていないって」

「…………」

 はあ。ラウルがため息を吐く。頭痛をこらえるようにこめかみを揉む仕草は、彼の外見とあまりに不釣り合いだった。

「これだから、この人は……」

「ほら、笑顔笑顔! 商売の基本だよ?」

 影の落ちたフードの下でそう言って片目をつぶるロゼに、ラウルは一度天を仰いで瞑目した後、諦めたように唇を緩めた。



 太陽が中天を過ぎてから幾許か。ロゼが今日はあんまりお客さん来ないな、とぼんやりしていると、目の前を人影が走り抜けた。

続いてもうひとつ。こちらはよく知った相手で、何故だか普段被っている外套を豪快に脱ぎ捨てたラウル。一瞬、ロゼはなにが起きたのかわからずぱちくりと瞬いたが、数拍後に、ああ、と事態を把握した。

 盗られたのだ、店先に並べていた商品が。ラウルはそれを追って行ったのだろう。

(しまった。ちょっとぼーっとしてた)

 いけないいけない。そう首を振ると、フードの中からルスの抗議が聞こえてきた。目が回る、とのこと。

 それに小さく謝って、ロゼは通りに顔を向けた。

 口許に手を当て、叫ぶ。

「手加減してあげるんだよー」

 人混みの間から微かに見えるだけとなったラウルの背にそんな呑気な声をかけると同時、犯人に追いついたラウルが跳躍するのが見えた。飛び蹴りでもしたのだろう。

遅かったか、と頭をかいて、よいしょと腰を上げた。

 どうやら、今日はもう店じまいをしなきゃいけないらしい。

 ラウルが戻ってくる。その彼の手には、引きずられる犯人らしき人影と、その傍をおろおろとついてくるもうひとり。どちらも大人にしてはずいぶん小さい。

広げていた商品をしまいながら、ロゼはそんな彼らを苦笑を浮かべて迎える。

「これは、ずいぶん小さな盗人さんだね」

 のんびりとしたロゼの言葉に、見知らぬ子ども達はびくりと体を跳ねさせた。

 ラウルに掴まれている方も、その傍でおろおろとしている方も、どちらも似たような麦わら色の髪をしている。恐らく兄弟なのだろう。

「とりあえず、盗んだものを返してくれるかな」

「…………」

「ロ、ロイ……!」

 ぷい、と顔を背けた少年に、傍にいたもうひとりが焦った声で名前を呼ぶ。

 どうやらロイというらしい盗みを働いた少年は、ぶっすりとした表情のまま無言で唇を引き結んでいる。

「警備隊に突き出しましょう」

「うーん」

「窃盗は立派な犯罪です。犯罪者は、人間の法の下で裁かれるべきでしょう」

「まあ、そうなんだけどねえ」

 どうしようかな、とロゼは二人の少年を見下ろす。

 彼女の迷いが伝わったのだろう。おろおろするだけだったもうひとりの少年が、意を決したようにがばりと頭を下げた。

「お願いします! 商品は返しますから、ロイを警備隊に突き出すのだけは許してやってください!」

「…………」

「っひ」

 なにを馬鹿なことを、とラウルが鋭い瞳で少年を睨む。

 せっかく振り絞ったなけなしの勇気がそれであっけなく吹き飛んでしまった少年に苦笑して、ロゼは少年達に視線を合わせるため屈みこんだ。

「君、名前は?」

「ヨ、ヨハンです」

「そう。じゃあヨハン。君はこの子と何の関係があってそう言うのかな」

 問いかけに、ヨハンはごくりと息を呑んだ。

「言うんじゃねえぞ、ヨハン」

「でも」

「でもじゃねえ! あの人に迷惑かけたいのかよ!」

「あなたが盗みを働いて、こうして捕まっている時点で十分すぎるほど迷惑がかかっていると思いますが」

「っ……!」

「こらこら。苛めるんじゃないよ、ラウル」

(だが、どうするつもりだ?)

(まあ、ちょっと待っててよ)

 囁くルスに返して、ロゼは困ったような表情を作った。

「でも、困ったな。警備隊に突き出すのはまあなしでもいいけど、こういうことは保護者の人に言わないと駄目だよねえ、やっぱり」

「え!」

 さっとヨハンの表情がこわばる。

 かかった、と内心にやりと笑いながら、それでも表情だけは困り果てたように、「お家まで案内してくれるかな?」と首を傾げれば、少年二人の挙動は見るからにぎこちなくなった。

「っ、俺が悪かったって言ってんだろ!? さっさと放せよ、この性悪女!」

「ちょ、ちょっと、ロイ!」

 暴れようとするロイを、ヨハンが必死になだめる。何事かとロゼ達の様子を見守る街の人々の目が気になるのだろう。視線はうろうろと落ち着きなく動き回っている。

 ロイを押さえこんでいたラウルは眉間に皺が寄った。そしてロゼが止める間もなく、ロイの足を払って地面に倒し、うつ伏せに押し倒す。

「警備隊に突き出されるのも嫌だ、保護者に知らせるのも嫌だ……その上、あなたを気遣ってくれたロゼさんに向かって『性悪』ですって? あなた、そんな暴言を吐ける立場だと思っているんですか?」

「ちょ、ちょっとラウル!」

「ロゼさんは黙っていてください。そうですね。腕の一本や二本折れば、素直になれるんじゃないですか」

「な……なに言ってやが……っ!!」

 ぎり、とひねったロイの腕にラウルが力を込めたのが、誰が見てもわかった。

 怒りに染まっていたロイの顔は見る見る青褪め、声にならない呻きが上がる。

 折れる。そう思った瞬間、悲鳴のように「わかりました!!」とヨハンが叫んだ。

「案内します、案内しますから、ロイを離してやってください!」

 嘘ではないか。確かめるように、ラウルがヨハンを見据える。

 震える体を叱咤してその眼差しを真っ向から受け止めたヨハンに、ロゼは静かな声で「ラウル」と呼びかけた。

 ぱっと一瞬でラウルが力を抜き、ロイの体の上からどけた。

 急いでヨハンがロイに駆け寄る。

それを眺めていると、フードの中で呆れたため息が溢された。

(……結局、脅しか)

(あ、あはははは……)

 だって、ラウルがあそこまで怒るとは思わなかったのだ。

 いつも通りの無表情に見えてどことなくつんとしているように見えるラウルを一瞥して、ロゼは乾いた笑みを浮かべる。

 しかし、その表情は少年達に案内されてたどり着いた先に一瞬で強張った。

 旧市街の奥。街の東部。

 ヨハン達が家だと指差した、隣り合うというよりはほとんど教会と一体化している建物を見て、どうやら教会に併設する施設のようだと推測していると、庭で遊んでいた子ども達がロイとヨハンを見て口々に彼らの名前を呼んだ。

「あ、ロイ!」

「ヨハンも!」

「せんせー! ふたりが帰ってきたよー!」

 数人が室内に入ってからほどなくして、見覚えのある銀髪の青年が現れた。

 そして、ヨハンを先頭にロゼ、ラウルと続いてラウルに首根っこを掴まれたロイを見つけ、「……お前は」と目を大きく見開く。

 対して、ロゼは最初の衝撃から立ち直ると強いて明るい声を作り「や」と片手を挙げた。

「また会ったね、お兄さん。……突然で申し訳ないんだけど、ちょっとお話できるかな?」

 この子達について、とつけ加えながら、瞳から鋭さを消さないラウルと自分の運の悪さに、ロゼは小さく小さくため息を吐いた。

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