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02

 ゲティ=キント商業区。日没から数刻が経ち、人影もほとんどなくなったその道を、ロゼは両肩に大きな荷物を担いで歩いていた。

 歩を進ませるたび、纏った外套が左右に揺れる。生成の荒い生地で作られたそれはすっぽりと全身を覆い、目深に被ったフードから覗く瞳は緩やかに細められていた。

(三日目としては上々、かな)

 鼻歌でも歌いそうな気分なのは、思ったより多く売れたからだ。

 隊商を組まない旅商人の例にもれず、ロゼの扱う商品は数が限られている代わりに珍しいものを揃えている。独自の仕入れ先があるという強みを生かし、一点ものであるということはもちろん、質の良さにはどの商品も並々ならぬ自信がある。

 街によって、売れ筋の商品は変わる。表に並べる商品は数日かけて様子を見つつ決めるのが常だが、たまにこうして数日で「当たる」時がある。

 首飾りが二つに、指輪が一つ。絹糸が十二束に綿糸が五束。それに布が二巻。その他にも買いはしなかったが興味深そうに見ていた客が何人か。三日目でこの反応なら、予定より早くもうひとつの用事に取り掛かれるかもしれない。

 黒と藍のあわいの夜空に、星がちらほらと現れ始めた。

 昼の街はすっかり眠りにつき、星に誘われるようにぽつぽつと灯り始めた人工的な灯りが夜の街の目覚めを告げる。

 ロゼはこの時間が好きだった。太陽が去り、月と僅かな星々だけが支配する空が。

 傾き朱に変わっていく太陽を見るだけで、心が浮き立つ。そうなると、もう仕事など手につかない。

 わけもなく走り出してしまいたくなる衝動と、反対にどこまでも自分の内面を突き詰めてひとり沈思したくなる衝動がせめぎ合う。奇妙な感覚。相反し矛盾するこれは、自身に流れる血が湧き起こすものなのだろうか。

「ロゼ」

「……っと。いけない、いけない」

 ルスの声に、慌てて落ちかけたフードを押さえる。

 空を見上げ過ぎた。顔を上向ければフードがずれるのは当然。

 気が緩み過ぎだ、との苦言に返す言葉もない。

 取っておいた宿に入り受付にいた老爺に会釈をすれば、胡散臭げな視線が返ってきた。

「あんた、今帰ったのかい」

「はい。ただいま戻りました」

「ふん。毎日あんな小さな子ひとり残して、気楽なもんだ」

「あ、ははは……」

「この頃は下町以外でももの盗りが出てるって話じゃあないか。それなのに子どもをひとりにしとくなんて、正気の沙汰じゃないよ」

 棘のある言葉にも、返す言葉がない。

「まったく、物騒な世の中になったもんだ。皇帝陛下が即位なされてからは、こんな事件はめっきりなくなっていたっていうのに。魔王が死んで、魔族もおとなしくなってたんじゃなかったのかい。それとも、人間の仕業だってのかね? あんなひどいことが……」

 ぶつぶつとロゼに対するものなのか世間一般に対するものなのかわからない愚痴をこぼす老爺に、誤魔化すように頬をかく。ざくざくと突き刺さる視線はまるでロゼに早く部屋に戻れと言わんばかりだ、自然、部屋に戻る歩みは通りを歩いていた時よりも早くなる。

 なんだかもう、お姉さん疲れたよ。

 そんなことを内心呟きながら開けた戸の先。音に反応して振り返った黄金色の瞳が、ロゼの姿を認めてゆっくりと瞬いた。

「ただいま、ラウル」

「……お帰りなさい。早かったですね」

 もう少しかかるかと思ってました。

 悪意なく、邪気なく放たれた言葉に、うっ、とロゼは胸を押さえた。

 窓から通りを見ていたのだろう。椅子が備え付けの机のところから窓辺に動かされており、ラウルと呼ばれた少年はそこに座っている。膝に乗せられた本はロゼが朝この部屋を出て行く前に置いていったもののひとつだ。

 緩やかに波打つ癖のある髪は黄金色。十歳ほどの顔立ちは幼いながらも整っており、動かない表情と相まってまるで人形のようだった。

「なんだか、疲れてませんか」

 こてり。ラウルが首を傾げる。

「うん、まあ、疲れたというか……うん」

 正直に言うには躊躇われる理由だ。特に、純粋極まりない瞳で見上げてくる少年には。

 口ごもったロゼをどう思ったのか。本を閉じたラウルは、「だから言ったんです」とため息を吐いた。

「この街はそれなりに大きな街ですから、その分人間だって多い。自覚しているよりも疲れているんですよ。やっぱり明日からは僕も手伝います」

「いやいや、別にそういう意味で疲れたんじゃないから。そんな気にすることじゃないよ」

「じゃあ、どういう意味で疲れたんですか」

「いやあ、それは……」

 無言でラウルがロゼを見上げた。言葉よりも雄弁なその瞳。琥珀色の輝きを見続けていられずに、ロゼはうろりと視線を彷徨わせた。

 はあ。仕方がないなと、呆れを色濃く滲ませたため息がこぼされる。

「なら、言い方を変えます。暇なんです。一日中、ひとりで宿にいると」

「ええっ? この前仕入れた本は?」

「とっくに読み終わりました。今は三回目です」

 机に重ねられた本は三冊。どれも、指三本分はあろうかという厚さだ。ラウルが読むために手に入れたものだが、彼が読み終わったら商品にしようと思っていたものでもある。

 このご時世、本自体が高価なものであるから、羊皮紙ではなく製本までされるものとなるとその内容は限られる。おまけに読み終わった後は商品に、と考えていただけあって、それらはどれも皇族や貴族とは言わないが、学者や好事家、地方領主らの書棚に並んでいても不思議はない難解なもの、だったはずなのだが。

「君は本当に頭がいいねえ」

「誤魔化す気ですか」

「違うよ。ホントに、心からそう思っただけ」

 ぽすりと頭に手を置く。

 ふわふわとした髪は見た目より柔らかく、指通りがいい。子ども特有の髪質の良さ。きっと、それ以外に彼生来のものもあるのだろう。

「うん。ひとりで残してゴメン。寂しかったよね」

「……別に、そういうわけじゃありません」

「ふっふっふー。照れない照れない」

「ロゼさん!」

「可愛い可愛い。あー、いい子だねー、ラウルは」

「………それくらいにしておけ、ロゼ」

「ルス」

 ひょこり。ルスがロゼのフードから顔を出す。

 人とは違う、蛇の表情など普通はわからないはずなのに、どことなくその瞳は呆れた色を映しているように見える。

「そもそもラウルは幼くとも男。そう気軽に頭なぞ撫でるものではない」

「だってルス。ラウルの髪、撫でるとすっごく気持ちいいんだよ」

「そんな理由で人の頭を撫でないでください!」

 ぱしりとロゼの手を払いのけ、怒りを宿した瞳でラウルがロゼを睨み上げる。

 その頬が染まっているのはけして怒りだけが理由ではないのだが、そんな繊細なラウルの心の機微はロゼにはまったく伝わらなかったらしい。払われた手に、彼女は「これが噂の反抗期」とどこか寂しげに呟いた。

「こうやって、子どもは大人になっていくんだねえ」

 最早反論するのも馬鹿らしくなり、ラウルとルスは顔を見合わせてため息を吐いた。

「ロゼ。お前は、時々常識がなくていけない」

「まったくです」

「えー?」

 ひとりと一匹が揃って言うことに、ロゼが不満そうな声を出す。

 「繊細な男心をなんと心得る!」なんぞと尾でぺしぺし叩かれながら言われては、反駁しようにもロゼは女でルスは一応男。そういうものかと無理矢理納得させられるような、そうでないような。

(うーん。まあ、いいか)

 そこまでこだわりのある話題でもなかったので、ロゼはとりあえず理解したことにした。

「それはさておき、ごはん、まだでしょ? 買ってきたから、食べようか」

「はい。話の続きは、その後でですよ」

「……君は、本当に賢いねえ」

 誤魔化されてくれなかったか、と。

 苦笑して、ロゼは外套の紐に手をかけた。

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