フィリップとセバスティアン
「やあ...セシリア」
「お前は..昨日の...?」
馬にまたがりセシリアの前に現れたのは、昨晩のセシリアを覗いていたあの少年だった。
セシリア「おい?...脅かすなよ...心臓が止まるかと思ったじゃねぇか?」
少年「..止まるってどうして?...セシリア..その顔...」
にっこりしていた少年は、セシリアの顔の黒くむらさき色に変色した左頬を間近で見るなり、その表情が曇った。
セシリア「え?..ああ...これでもましになったんだぜ? お前がくれた昨日の薬草が効いてさ..腫れが少し引いたよ...
あ..ありがとうな?」
少年「うん..でもセシリア本当に大丈夫? 体とか痛くない?」
セシリア「まあ...ちっとは痛むけど...
まー心配すんな? こんなの慣れっこだよ?」
少年「うん! セシリアって、とっても強いんだね?」
セシリア「そりゃ..さあ...強くないとこんなの務まらないよな?...ってなんでお前、私の名前を知ってんだよ?」
少年「え? だって毎日毎日さ、セシリア! セシリア! って言われてるでしょ? そりゃ僕だっていやでも覚えるよ..」
セシリア「...ははーん さてはお前...覗きの常習犯だな?」
少年「ち..違うよ!」
セシリア「じゃあ、なんでわざわざ路地裏にある梯子を使って3階まで上がって来たんだ?」
少年「..それは..にい..じゃなくて..セシリアが心配だったから...」
セシリア「心配って...なあ? お前の名前はなんて言うんだ?」
少年「フィリップ!
フィリップ・ネル・デルシア!
フィルって呼んでよ?」
セシリア「..フィリップか...フィル? いい名前だな?」
フィル「うん! みんなそう言ってくれる...父さんの好きな小説に出てくる戦士の名前から付けた名前なんだ?」
セシリア「へぇー...フィリップ?.....まさか..ロマネスキの?」
フィル「当たり!
魔法使いであり詩人でもあったロマネスク・デル・マリア様の有名な小説「呪文を唱えよ」に出てくる戦士の名前だよ。
...セシリアもロマネスキの小説を読んだことあるの?」
セシリア「うん 小さいころに死んだ母に買ってもらったんだ?...
でもそれしか読んだことないんだ?
..おかげで今じゃ破けてボロボロだけどな?」
フィル「....じゃあ何度も何度も読んでるんだね?」
セシリア「うん!....戦争を終えて、その中を生き残った戦士がその後、自分の行った行為に苦しみ続けた果てに、ある魔法使いとの出逢いによって変わっていく話...」
フィル「...その魔法使いのエンリによって救われていく話だね...」
セシリア「好きなんだ..あの話...他にもなんかあるのかロマネスキの本?」
フィル「もちろん! 他にも伝記物や詩集でしょ?..それに「呪文を唱えよ」の次に出された小説「永遠に続く」でしょ?..他にも...」
セシリア「はは..沢山あるんだな? じゃあ今度フィルに1冊貸してもらおうかな?」
フィル「うん! 喜んで貸してあげるよ!」
セシリア「ははは、そいつは嬉しいな?...でもダメだ..私に貸すと何度も何度も読んでボロボロになるからさ?」
フィル「構うもんか! 本はボロボロになるまで何度も読んだ方がいいって亡くなった父さんも言ってた。その方が本も喜ぶって?」
セシリア「...そうか..フィルもお父さんいないのか?」
フィル「...うん...2年前に病気で亡くなったんだ」
セシリア「..そうだったんだ...フィル? ありがとう..私はその気持ちだけで充分だよ」
フィル「ううん! 今度会うときに持ってきてあげるよ?」
セシリア「会うって...いつ会えるか分かんないしな?..ところでフィルはこの辺に住んでるのか?」
フィル「うん、ザベールの隣にあるセムル・ルードって町だよ?」
セシリア「ああ? あそこなら何度か酒を運びに行ったことあるよ...綺麗なところだな..田舎町にしちゃあさ?」
フィル「ふふ、そうかな?」
セシリア「ああ、品の無い田舎町スエル・ドバードに比べりゃな?」
フィル「....あっ? セバスティアン!」
セシリア「うん?.....あ...」
そのフィルの掛ける声の方にセシリアは目を向けると1人の端整な顔の男が立っていて、
その男がフィルとセシリアが自分に気づいたと分かると2人の前に駆け寄った。
フィル「やあ! セバスティアン...なんのようだい?」
セバスティアン「..お邪魔してもいいかな?」
フィル「もちろん!...セシリアは...構わないかな?」
セシリア「..えっ?...あっ...ああ! 構わないよ?..別に...」
フィル「..決定! セバスティアンよ? 大丈夫だそうだ?」
セバスティアン「なんだよフィル? その言い方..お前はいつから裁判官になったんだ?」
フィル「ふふ..この瞬間さ!」
セバスティアン「はぁん?」
フィル「ふふ..はははは」
セシリア「..もう...フィルったら...」
セバスティアン「..しょうがないな...」
このときセシリアは笑った。
喜びなのか、または照れ臭ささなのかよく分からなかった。
しかし はっきり言えることは、駆け寄って来たセバスティアンの存在が気になって気になって仕方なかったのだ。