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迷いの森

その日は、おとぎ話のような朝だった。


小鳥が木の上で鳴き、草花を暖かい風が揺らし


太陽が世界を包むように光を当てる...


そんな朝であった。


──


「いつまで寝てるんじゃ?! とうに仕事を始めてる時間なのに...お前という女は..さあ早く支度をせんか! それにその酷い顔をなんとかせい!」


朝の10時過ぎに店主ニズルに叩き起こされるとセシリアは黙ったまま疲れ、ところどころ痛みが走る体を起こし、その体で鏡の前に座った。


「....ひゃー..こりゃひでぇぇ..」


その顔は、昨晩11時ごろの赤黒く腫れ上がっていたものから黒むらさき色に変色していて見るからに痛々しいものにへと変わっていた(昨日の夜は気づかなかったが、左まぶたも腫れていた)。


しかし腫れの方は、あの少年の薬草が効いたのか幾分かは引いている..。


「仕方ないか..あんだけ殴られりゃあ...こうなるわな?....痛っ.....」


そう鏡の前でこぼしたとき急に左のこめかみに痛みが走った。その部分の髪をかきあげて鏡で見るとその地肌の部分が楕円形に鬱血していて、その周りぷつぷつと血豆が出来ていた。


「..たく....これ、もし当たりどころ悪かったら死んでたんじゃないの?」


セシリアが鏡の前でその鬱血した部分を見て砕けた表情をしていると


「おい! いつまで待たせるのじゃ? 早く支度して降りてこんか!」


ニズルの促す声が下から聞こえてきた。


「..だからその支度を今してるんだよ! こっちはてめぇが心配するアタシのこのひでぇ顔をどうにかしてるってのに...くっ..好き勝手言いやがって............


はぁ......いま行くよ..」


セシリアは、そうため息をついたあと..しゃがんで両手を握りしめ、そこへおでこを当て目を瞑った。


──


ニズル「..ずいぶんと遅いじゃないか?....お前さんの何処にそんな余裕があるんじゃ?」


セシリア「.....この酒かい? 運んでくるのは?」


ニズル「ふん..そうじゃよ...場所はザベールじゃ...知っているだろ?」


セシリア「ああ..あそこなら直接は行ったことないけど..よく通るよ?」


ニズル「ふむ...住所ならその容器の前に貼ってある..グズグズするな..さっさと行け」


セシリア「でもよ...この顔でいいのか?


...なんかで覆った方がいいんじゃない?


あんたがさっき心配してたからさ...?」


ニズル「..お前は..本当に減らず口が減らねえな?


ワシは、とっとと行けと言ったのじゃ?」


セシリア「でも顔を黒い布かなんかで覆った方がいいじゃない?...目の部分に穴開けてさ?」


ニズル「とっとと運んでこい!...このろくでなしが..まだ減らぬか?


次に口答えするようなら..お前の睡眠時間を減らしてもいいぞ? それとも...


夜の相手をする男どもにそのお前の減らず口を打っていいという新しいサービスでも付けようかのう?」


セシリア「...」


セシリアは、このときニズルの言葉に


"ゲス野郎"


と言葉を乗っけようとしたが直ぐにそれ取り下げてただ、ひとこと


「..行ってきます」


..と言うとニズルの嫌らしい声が背中を向けて酒場を出るセシリアに掛けられた。


「そう..それでいいんじゃ...お前はそうやって怯えてればいいんじゃよ?....


ただただ黙って、そのあとに返事さえすればな..」


───


ザベールに向かう道の横にあの"迷いの森"がある。


迷いの森とは、その名の通り、深い場所に入ると道中で迷ってしまい最悪はもとの場所に戻って来れない怖れがあることから付けられた名前である。


その為か、好奇心の強い人々はそれに惹かれてやって来る者があとを絶たなかったが..


13年前に起きたある事件によってそれは変わった。


その事件とは、この迷いの森があるスエル・ドバードが毎年、夏なると開催していた観光イベントのときに誤って小さな子供が1人でその迷いの森に入ってしまったのだ。


直ぐにそのことに気づいた親がその場にいた者たちと手分けして探したが見つからず結局、捜索願いを市に要請するしかなくなった。しかし、それでも捜索の目処が経つ気配が全くせず1週間近くが経ってしまい、誰もが諦めかけたとき..捜索していた治安部隊の1人が迷いの森の入口付近でその子供を見つけるという奇跡が起きる。


その子供には、衣服が汚れて破れてはいたものの目立った怪我はなく、1週間近く森の中をさまよっていたのだから食糧不足による栄養失調も心配されたが、とくにこれといって痩せこけてもいなかった...。


不思議に思った治安部隊の1人が


「腹は空いているだろ?


なにせ今までのろくな食事もしていないのだからな?...


しかしボウズや..見るからに元気そうだが...どうやって飢えをしのいだんだい?」


その質問にその子供は、


"ゴブリンに助けてもらった"と答えた。


この迷いの森には、この森にしか存在しない生き物や草花が沢山あるといわれ、


この世界では、既に100年以上前に全滅したと言われているゴブリンも存在しているとも伝えられている..。


しかし、その伝説のゴブリンを見た者はおらず


いわば都市伝説として伝えられる話として扱われていた。


が、この子供の話を聞いた者たちは信じようが信じまいがどちらでも良かったのだが、この迷いの森で1週間近くも飢えをしのいだ事実を無視することは出来なかった。


このことを受けて市スエル・ドバードは、この森には絶対に入らぬようにと至るところに立ち入り禁止の看板を立て喚起すると、


それがこの町から別の街へと流れて気づいたときには、全国でも危険な場所として有名になってしまい..


今まで観光スポットであったことが嘘のように客足が遠退き、時代の流れもあってか、


いつしか古き時代の森として捉えられるようになっていった。


──


セシリアは、酒を運び終えてザベールから酒場ボルカに戻ろうと片手に持った酒の入っていない木の容器をぶらぶらさせて迷いの森の横にある道を歩いていた。


「...私もここに逃げようかな....戻って来れなくなる場所にまで行ってさ...


だけど逃げ切れるかな?


こころの優しい森の守護神ゴブリンたちは、こんな私を助けてくれるのかな?....」


セシリアが迷いの森に目を向けながらぼそぼそと呟いていると、その後ろから何かついて来る音に気がつく..


それは、馬の足音だった。


セシリアは、背筋が凍るのを感じると、急にたどたどしい態度になり背中を強ばらせ、顔を下げた。


身を潜めるように..


馬に乗っている者は、この辺では余り見かけない...


アルダ・ラズムの兵士を除いて..


セシリアは肩を震わしながら顔を


その後ろからついて来る馬にまたがる人物から出来るだけ見えないように努めた。


その馬が急に足を速めて側まで来るとセシリアは心臓が止まるような怯えに襲われ、その場に立ち止まってしまった。


セシリアは、歯をガチガチ鳴らしながら、もうダメだと思い、その馬の方を恐る恐る見た..


「...お..お前は?」


セシリアの前には、にっこりして馬にまたがる、


あの少年(昨日の夜を知る)がいた。

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