セシリアの決意
深夜の0時を迎える前にズバルはセシリアのいるベッドから降りると、ぶつくさと文句を言いながらシャワー室へ向かい、僅か数分で出てくると無造作に脱ぎ捨てられた衣服を集め穿き始めた。
「...興ざめしてしまったわ..お前のその顔のせいで..」
「...」
セシリアは、そのズバルの言葉に黙っていた。
"私は、ただただ黙っていなくてはならない..
今は、なにを言っても説教が待っているのだから..."
ズバルは、鎧をまとい終えるとセシリアに
「そうやって最初からおとなしくしていれば..もう少し長く楽しませてやったのに...」
そう言い寝室のドアを開けて出ていった。
寝室のドアが閉まるなりセシリアは..
「ゲス野郎...」
──
しばらくすると外からズバルの怒鳴り声が聞こえてセシリアはベッドから体を起こして寝室の窓の前に立つと、
ズバルが店主ニズルを掴まえ何やら必死に酒場の外にある小屋の柱を指差しながら問い詰めている。
「...ふん..今ごろその柱に括っておいたリードの先が切られ手綱が外された馬は..のびのびと迷いの森で草花を食ってることだろうよ...ざまあねえよ...でも安心しな..
この近くに馬を貸し出す小屋がある..
だから早朝からのあんたの大仕事に遅刻する心配はないさ...まあその馬小屋まで歩いて行くこったね..団長さんよ?」
そう外の下で問い詰めているズバルと頭を必死に下げているニズルを見ながら言い捨てるとベッドの方へ戻って覆い被さるようにして倒れ、枕の中に顔を埋めた。
──
セシリアは、音楽の街として知られるイルモニカにあるザウブという町で紅い髪をした女の子として産声を上げた。
そんな赤子を父と母は、毎日その紅い髪を優しく撫でながら語りかけては、その小さな頬にキスをして愛情を注ぎ、大事に..大事に..その子を見つめ続けたのだ。
セシリアはその後、すくすくと育ち、物心つくころには非常に活発な女の子になっていて、
やがて周りからも好かれるタイプの人気者となっていた。
セシリアは9歳のとき、時計作りの職人だった父の仕事の都合でその親しんだザウブを家族と共に離れ、スエル・ドバードという田舎町で新しい生活を始めて、遅れながらも市内の学校にも通い始める。
そんなセシリアに悲劇が訪れたのは、11歳になる前のこと、父のアルテッド・ルージュが急死したのだ。
報せを受けて母のモルエ・ルージュが市内の病院へ駆けつけたときには、既に死んでいた。
死因は、事故死
(市の治安当局の調べでは、何者かに襲われた形跡があると報告したが、この事件に携わる市の治安部隊の1つ帝国アルダ・ラズム側がこれを否定した為、それにより事故死として処理される。また襲われた形跡については、野性動物によるものと断定した..)
この突然の悲劇によりセシリアの生活は一変する。
その父の急死のあと、母のモルエが万引きにより逮捕されてしまう。
母モルエはその後も精神的な疲れから体調を崩し寝込む生活が多くなり、数ヶ月が経つころにはセシリアが通っている学校の学費が払えずにセシリアはその学校を辞めなくてはいけないほど生活が困窮してしまっていたのだ..
そんなセシリアは、近くにある農家に頼み込み朝からの畑の仕事の手伝いをして母を支えようと生活の足しを作る毎日を送っていたある日、急に母のモルエが家に帰らなくなったのだ。
セシリアは、心配していたが1週間ほど経ってから母モルエが戻って来た。
しばらくは、
2人で生活するには十分過ぎるお金を持って..
──
(ドン! ドン!)
ドアを乱暴にノックする音が急に聞こえると
セシリアは顔を枕の中に埋めながら
「...なんだよ..人が色々と考え休んでんのに..」
(バン!)
ドアが乱暴に開かれると店主ニズルが嫌な者を相手するような声で
ニズル「おい! 客だ...相手をしてやってくれ?」
セシリア「...今晩は、ズバル様の貸し切りだろ?」
セシリアは顔を枕に埋めながらそう応えるとニズルの高い叫び声が飛んだ。
ニズル「..そのお前を貸し切っていたズバル様は、それを取り消し、先ほど怒って帰られたじゃろうが!
さっさと準備しろ!」
セシリア「...悪いが今は凄く疲れてるんだ。
頼むから明日にしてくれ」
ニズル「なにを言っておる? お前に休みなど無いわ! さあ、ほれほれお客さん? 遠慮なさらずにこっちへ...」
3階の寝室のドアの前でそのやり取りにたじろぐ客をしり目にニズルは、その部屋に誘おうとしている。
そんなニズルにセシリアは枕から顔を上げて声を出した。
セシリア「..嫌だって言ってんだろ?
聞こえないのか?」
ニズル「..まだキサマ?..
ワシの言うことが聞けん...」
セシリア「....」
ニズルはセシリアの声に振り返ると、そのセシリアの赤黒く腫れ上がった左の頬を見るなり言葉を詰まらせた。
セシリア「こんなに酷い顔でもダメなのか?
こんな顔じゃ男ども白けちゃうだろ?
..だから今夜は休ませてくれって言ってんだよ」
ニズル「ほれ見ろ? ズバル様に逆らうからそんな目に遭うのじゃ?..ええ?」
セシリア「..出て行け...私は今から1人で寝るんだ?」
ニズル「...ふん..お客さん? 申し訳ありません
貸し切りがキャンセルになっちまったんで、どうかと思ったのですがね...なにせ..あんなんになっちまってましてね?」
そのニズルの声になかなか寝室の方を覗かなかった客が初めて寝室の中のセシリアを見た。
その直後、その客は顔を直ぐに引っ込めニズルはそんな客に謝罪すると
ニズル「...ああ..そうだ....
まさかお前じゃないよな?」
セシリア「はぁ? なんのことだい..?」
ニズル「ええ? いやぁ..ズバル様の馬がよ..
どういう訳だか逃げちまったんだよ..」
セシリア「逃げちまったって...
どうせ嫌われたんだろ?」
ニズル「..いやぁそうじゃなくて...小屋の前に括ってたリードの先がよ..切られちまってたんだよ..」
セシリア「ふん..余りにも飼い主を嫌ってるんでその馬がリードを噛みきったんだよ?
野蛮な飼い主は嫌だってよ?」
ニズル「..まさかお前じゃないよな..
紐を切ったのは?」
セシリア「おい? ニズル..お前..とうとうボケちまったのか?....
こっちはズバルに打たれて遊ばれてるってんのに..
どうやってやるんだよ!?
私が手品か魔法でも使えるとでも思ってんのか!
いい加減なこと言ってじゃねぇよ!」
ニズル「....まあいいわい?
しかし...セシリア..お前...ずいぶんと変わっちまったな?
最初はそんなんじゃなかったがね...
だからって..アルダ・ラズムのお方たちを怒らすのは...
ちっとやり過ぎじゃ...」
セシリア「..失せやがれクソジジ...」
ニズル「....そうじゃそうじゃセシリア?」
セシリア「....」
ニズル「間違っても...
逃げられんからな?
...娼婦って立場..忘れんじゃねぇぞ?
...じゃあ、おやすみ?」
ニズルが寝室のドアを閉めるなりセシリアは、ベッドの横の棚の上に置いてあった小箱を手に持つと、その小箱を閉まったドアに投げつけて
「....やってやる....やってやるよ..
どうせ殺されるんだ....その内に..」
セシリアは静かになった寝室でそう決意すると、
シャワー室へ向かい、ハンドルをめいっぱい回すと冷たい水が勢いよく出て、セシリアはその冷たい水に打たれながら乱暴に髪を洗い、身体中を擦りに擦って汚れを落とした。
(それは、まるでズバルや今までの男どもの体液を洗い流すようであった..)
セシリアがその身体中に走る痛みに気づいたとき、ちょうど冷たい水がお湯にへと変わっていた...。