薬草
夜の22時前にズバルは、セシリアの体を弄ぶのを一旦やめてベッドの上で横になって肩で息をするセシリアに
「おい? シャワーを浴びてこい...少し汗くさいぞ?」
そのズバルの冷たいひとことにセシリアはズバルの顔を見ずに
「汗をかいてるからベッドに上がる前に少しシャワーを浴びさせてくれって頼んだのに...あんたがダメだって言ったんだろ?」
セシリアのその気の強い発言にズバルは、前とは違い容赦のない力で裸で横になるセシリアの尻を思いっきりひっぱたくとキツい渇いた音が寝室に響きセシリアは、その痛みから立ち上がりズバルに懇願した。
セシリア「..た..頼むよ...もう打たないでくれよ!...私は正直に答えただけだろ?...お願いだよ...殴らないでくれよ」
ズバル「その口答えに対して俺は正直に対応しているだけだ?」
そう言い放ったズバルは、セシリアの左の頬を思いっきり打つとセシリアはバランスを崩し床に倒れた。
セシリア「..許してくれよ?...ズバル様..お願いだ...打たないでくれ?」
ズバル「..打たないでくれ?...なぜ俺がお前に命令されなくてはならん..打たないで...下さいの間違いだろ!」
そう語気を強めたズバルはセシリアの紅い髪を引っ張り上げてから、床に叩きつけた。
セシリア「...申し訳ありませんでした...どうか
許して下さい!...ズバル様..お願いします...」
セシリアは叩きつけられた痛みを堪えてズバルの足元に涙を流しながら土下座し左端が切れて出血する唇でそう懇願した。
ズバル「そうだ?....それでいいのだ...最初からそうしていれば殴られずに済んだんだ。
それをお前は、自分から殴ってくれと言わんばかりの態度をするからそうなるのだ...
セシリア...最初に見たときみたいに怯えていればいいのだ? そうすればアルダ・ラズムの兵士からも打たれずに済む...分かったな?」
セシリア「...はい」
ズバル「よしいい子だ。では、シャワーを浴びてこい?」
セシリア「..分かりました」
ズバル「...時間をかけるなよ?...俺は時間が無いんだ..
7.8分で戻ってこい」
セシリア「..直ぐ...戻って来ます」
セシリアは流れ落ちてくる涙を何度も拭いながら、口から溢れる嗚咽を必死に抑え、寝室から離れたシャワー室へと向かった。
─
セシリアは、シャワー室で泣き声を上げそれを誤魔化すようにシャワー浴びていた。
「ちくしょう...ちくしょう...母さん..私が何をしたって言うんだよ?
どうしてだよ...」
シャワーだけで汗、出血を流すとセシリアはシャワーを止め、直ぐ外に出てその場にあったバスタオルで乱暴に滴を拭った。
すると体の到るところから痛みが走ったがセシリアにとっては、
なにも気にならない痛みだった。
このときのセシリアは、そんな堪えて済む痛み等どうでも良かったのだ。
堪えられなかったのは、こころの奥底から聞こえる
"嘆き" だった。
その嘆きは、
今まで必死に気づかぬ振りをしてきたもの...
そのものだった。
その気づかぬ振りをして放置してきた感情が
このとき限界を越えたのだ。
11ヵ月前に殺された母の墓前に向かって父が急死する前の優しかった母との思い出から自分を12歳のときにボルカに売り払った母への怨みまでをぶつけた帰りに..
セシリアのこころが泣いたのだ。
──
鏡に映るセシリアの顔は、青ざめていた。
左の頬が赤く腫れて痛々しく、唇の左端からまだ血が流れていた。
セシリア「..ひでぇ顔だ」
ズバル「おーい...まだか?」
セシリア「もう少しお待ち下さい!
...唇の出血を止めてるんです..」
ズバル「....おー..分かった」
セシリア「..けっ! もう少し待てねぇのか?
あの野蛮な男め! てめぇのせいでこうなってるってんのに...」
セシリアは離れた寝室からのズバルの促す声に丁寧に返事をしたあと、脱衣室の鏡に向かって愚痴をこぼした。
(コンコン!)
腫れた顔を濡れたタオルで冷していたセシリアの耳元に脱衣室にある窓を叩く音が聞こえ、
ゆっくりとその窓に目を向けると..
窓の外でにっこりと笑うあの子がいた。
「..お前は?」
そうセシリアが口を開くと
窓の外にいる少年は、セシリアの腫れ上がった顔に気づき直ぐにその表情を曇らせた。
窓を開けセシリアは、その少年に向かって小声で
セシリア「..おい? さっきからお前..
ここでなにしてんだよ?」
少年「..おねえちゃん...殴られたの?」
セシリア「..そんなことは、どうだっていい..ここはお前みたいな年頃の子供が来るところじゃねぇ..
早く向こうに行け...
それに手綱のことバレたら酷い目に遭うぞ?
なあ..分かった?」
少年「うん...おねえちゃん、これ..」
そう言って少年は、セシリアに緑の葉っぱを渡した。
それを受け取ったセシリアは、
セシリア「これは、なんの葉っぱだい?」
少年「薬草だよ。おねえちゃんのその痛みに効く..」
セシリア「..薬草か...ありがとうな?」
少年「うん!」
そのセシリアのお礼の言葉に少年は、笑顔で応えて間が出来たとき、またしても寝室の方から
ズバル「ええい! いつまでも待たせるきだ!..いったいなにをやっているのだ!」
そのズバルの声にセシリアと少年は、ビクッ! としてお互いに目を合わせた。
そしてセシリアは、その目の先にいる少年に笑みを浮かべると...
セシリア「ズバル様! 大変すいません!
顔の腫れが酷いので、もう少し冷やせば腫れも治まると思いますので..
あと少々時間を下さいませ!」
ズバル「...ええい..分かった...早くしろ。
俺は時間が無いんだと言っているのに..
全くお前だけは..」
その返事にセシリアと少年は安堵すると
セシリア「..なあボウズ? その手綱の馬はどうなった?」
少年「うん! 大丈夫..ちゃんと逃がしてあげた...
"迷いの森"へお行きって...
じゃあ森の方へ消えて行った」
セシリア「..良かった...さあボウズ?..お前ももう下へ降りるんだ...分かったな?」
少年「うん! じゃあね?」
セシリア「おう....あっ! ボウズ..なま..」
セシリアは、背を向けてバルコニーの路地裏の方に架けたハシゴの方へ歩いて行く少年に名前を聞こうとしたが届かなかった。
セシリアは、鏡の前に戻り、もう1度その腫れ上がった左の頬を見ると、
今しがたもらった右手に持った薬草をその部分へと押し当てた。
ヒリヒリと痛みが走る左の頬から、なんとも言えない"癒し"を感じると
「セシリアァ!!」
その声にセシリアは
「..いま行きます」
と応えて..その声のした寝室へ戻って行った。