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嫌な雲

留置所があるヴェルナバの近くで流れる川のほとりで、午前からの訓練を終えた15名のアルダ・ラムズ傭兵団が鎧を脱ぎ捨てて、汗を拭いながらくつろいでいた。


この訓練は、暇な時間を見つけては毎月行われるもので、日時を決めてから各班から1名(または2名)ずつを選び、リーダーを筆頭に訓練場として使われる4箇所から天候等を考慮して、都合の良い所で朝から夕方にかけて行われるものであり、汗をかく者の中には新人も含まれている。


疲れから仰向けなり声を上げる者や日陰げで寝る者、川で足を冷やす者の中で1人の新人だけは、身にまとっていた鎧や白いヘルムを大事そうに傍らに置いて座って休んでいた。


「ずいぶん...余裕だな?」


「..いや。余裕だなんて...疲れましたよ?」


1人の先輩である傭兵トーマスは、涼しい顔で休む新人であるセバスティアンに声をかけた。



「そうか。でも...流石だな? 流石は、イルモニカ傭兵団に志願するだけの事はあるな?」


「...ありがとう..ござます」


褒めるトーマスに照れくさそうにするセバスティアン。


この1ヶ月、セバスティアンが研修生として配属されたアルダ・ラムズ傭兵団29班で唯一、トーマス・レクライスだけが心を開けた人物であった。


この29班に入って2日後には、そのセバスティアンの傭兵としての素質に他の傭兵たちは驚嘆し、決して使う事は無い魔法(この傭兵団での研修では)も使える事を知ると最早、このアルダの傭兵団では手に負えない者として見られ自然と敬遠される立場になってしまう。


しかし、そんな周りも、何処から聞いたのかセバスティアンの近状には詳しく、彼と同席等の場でわざと...


「...宿屋の女と一緒に住んでんだろ?」


「ああ? ここに来る前まで毎日...恋しいだろうな?」


「..でも分からんもんだな? いい顔して敢えて...娼婦やってる女ってんのは...なあ?」


...セバスティアンもある程度は、ここに来る以上覚悟してはいたが、そのひそひそと執拗い話しに何度も歯を食いしばる思いで居た。


そんな時、29班の副班長を務めるトーマスだけは、彼事を特別視する事も敬遠する事も無く、あくまで1人の研修生として接し、傭兵団を目指す者に必要な心得、基本的な傭兵員の構えを指導し始める。


口にしなくとも、こころの何処かでアルダ・ラムズに対しめ嫌な印象を持っていた。


(来る前には無かった迷いも現れた..)


だがセバスティアンは、このトーマスとの出会いにより、研修生としてアルダ・ラムズで傭兵の基礎を学ぶ事に迷いを捨てる。


「トーマスさんは、どうしてアルダ・ラムズ傭兵団に入ったのですか?」


立ったまま川の向こうにある森を見つめるトーマスにセバスティアンは尋ねる。


「うん? ..なんだ急に。そんな事を......そうだなぁ」


間を置いてから、セバスティアンの横に腰を据えたトーマスは、森に目を向けたまま話し始めた。


「俺は..お前みたいに魔法なんか使えないし...イルモニカなんて...夢だよ?」


「じゃあ、トーマスさんも...」


「ああ? 俺だって夢見たぜ? イルモニカ傭兵団に入って立派になるってさ? 大金稼いで、親だって楽させて..それから綺麗な妻を見つけて...魔法だって幾つかは使えるようになってアルル・ダードに出向いてさ? 人混みでごった返す王族たちの前を行進する!


...でも現実は厳しいよな?


結局は、俺は体力と力だけはあった...ただの田舎者」


寂しく笑うトーマスにセバスティアンは、表情に困ったが自然と言葉は続いた。


「...でもトーマスさんは、今は傭兵団の副班長ですよ?」


「...それ慰めか?」


「いや。本音です?」


「...流石、エリートらしい..お前の言う事だな?」


そう言って和らいだ笑みを浮かべるトーマスは、周りの傭兵員が疲れへたばっているのを見渡してから言葉を続ける。


「セバスティアン? いいか、お前なら絶対にイルモニカ傭兵団になれる。お前が..他のアルダの奴から色々言われてるのは知ってる。それに..とてもじゃないが...お前は、ここに来るようなタイプの人間じゃない。嫉妬する奴の気持ちも分からなくはない...だからこんなとこで..音を上げるなよ? なあ?」


その言葉は、自身の思いを詰めた訴えのようなものであった。


自身が叶えられなかった事を託すかのように...


「はい。必ず」


セバスティアンの素直な返事にトーマスは安心を得たように口元を動かしてから両手を勢いよく合わせて大きな音を立て...


「おい! お前ら..いつまで..そうやってくたばってんだ? さっさと帰り支度済ませろ!」


その大きな声に対して川のほとりで身体を休める傭兵たちからは、生気の無い返事が幾つか上がるも、なかなか顔を上げようとはしなかった。


軽いため息を吐いてからセバスティアンが自分の荷物に手に取り肩に掛けてから馬車が括らている場所に移動しようと歩き始めた時。


へたばっている傭兵たちの背中を押して急ぐように促しているトーマスが急に頭上を見上げた。


それにセバスティアンも釣られて、その先を眺める。


「雨雲か...」


トーマスの口にした言葉は、頭上を見るセバスティアンにも確かに聞こえた。


「...さっきまで無かったのにな。...おいセバスティアン? 急げ! 通り雨が降ってくるぞ?」


気になる雨雲だったが、セバスティアンは言われた通りに前を見て馬車の方に歩を進める。


「...天気も当てにならんな?」


「全く..気付かなかったです」


周辺を覆う程の大きさになった雨雲から冷たい雨が少し降り始めるとトーマスは、近くを歩くセバスティアンに話し始めた。


「..俺の恐いばあちゃんが、よく話してたな...単なる雨雲じゃなくて、それが嫌な雲に感じたら...それはとても悲しい事が起こったからだって」


自分の歩く足元を見つめたままセバスティアンはトーマスに聞く。


「それを...信じますか?」


「...うん。恐いばあちゃんは嫌いだったけど...俺は、小さ頃から..童話を信じてる」


その返事にセバスティアンは、トーマスを見た。


大きな雲が光、大地に響かせる音を鳴らし、


雨雲の1部分だけが3度、4度と光り放っている。


セバスティアンがその1部分に目を向けるとトーマスが


「あそこは...留置所のあるヴェルナバ辺りだな?」


雨雲からの少しだけだった雨粒が勢い強め、


へたばっていた他の傭兵たちがそれを嫌がり急いで馬車の方へ向かって行く...

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