雨上がりの行進
小屋の中で薄明かりに照らされるセバスティアンとセシリアは、互いにしばらく見つめ合っていた。
そんな2人の時間を邪魔するようにセバスティアンの左の横で寝ているフィリップが寝言を言いながら寝返りを打つと、
セバスティアンとセシリアは、慌ててフィリップの寝顔を見た。
セシリア「...あっ、焚き火が消えそうだね?!
私...ちょっと薪を足してくるよ」
セビィ「あっ! 俺が..」
セシリア「いいよ! あとは私がやるからさ?
...この薪を使っていいんだろ?」
セビィ「ああ...すまない」
セシリアは、鉄格子に囲まれて真ん中で焚かれた火の中に、側に置かれた山になった薪を1つずつ、軽く投げ入れていった。
それを見つめるセバスティアンに気がついたセシリアは、
セシリア「..だけど、とんだ災難だったよな?」
セビィ「うん?」
セシリア「..だってさ、イルモニカでまあまあ繁盛して、いざ各地に店を構えたら..実は、その繁盛を境に業績が落ちていったっていうね?」
セビィ「..うん、父さんも言ってた。
どんなにいい物を作っていても、
世の中の流れには逆らえないって...
それがどれだけ値打ちがある物でも、
時代が産んだ価値には、敵わないってね?」
セシリア「..私たちは、
時代の変わり目のちょうど真ん中に居たんだよ?
最悪なことにね..」
セビィ「うん..でもアルテッドおじさんは、そんな不安を一切見せなかった。
俺の家族の家に遊びに来たときにね?」
セシリア「...」
セビィ「そのときには、俺の父のジウの店も全くと言っていいほど時計が売れなかった。
どれだけいい素材で、何年も掛けて作られた時計でも、そのときにはもう...
誰1人として、店の前に展示された自慢の時計を見る者なんていなかった。
そんなときにアルテッドおじさんが家に遊びに来た。
遊びに来たって言うよりは、励ましに来たって言った方がいいのかな?」
セシリア「ふふ」
セビィ「アルテッドおじさんは、父のジウに
例え時代が変わろうとも、時計その物の価値は変わらない、だから俺たち時計職人は自信を持って誇ればいいって、その内にまたアンティーク時計の魅力に気づいてくれるだろうってね?」
セシリア「..うん。
私の父は、いつもそうだった..前向きで...決してへこたれない強い人だった。
私の母さんも、そんな人柄に惚れたんだって言ってた..」
セビィ「..そのアルテッドおじさんが俺にね?
「俺にも君みたいな年頃の女の子がいるんだ?
もし今度またここに来るときは、連れて来ようと思うんだが..仲良くしてくれるか?」
って言ってね..」
セシリア「なんて答えたの?」
セビィ「もちろん...
うん! って答えたよ?」
セシリア「...」
セビィ「本当は、俺はセシリアのことは既に知っていたけど...
結局、そのあとアルテッドおじさんがセシリアを連れて、俺たちの家に遊びに来ることは1度も無かった....
アルテッドおじさんが顔を覗かせることも2度とね...」
セシリア「..セビィとフィルのお父さんも病気で亡くなってるんだろ?
..フィルが言ってた」
セビィ「..ちょうどそのころに起きた魔力炉爆発事故って覚えてるかい?」
セシリア「..魔力炉爆発事故?」
セビィ「うん..今から...7年前の4月頃にイルモニカにある当時、サンレルタウンって呼ばれた街の魔力炉が魔法造反者によって爆発した事故の話..」
セシリア「..7年前の4月だったら、家族がじたばたしてたときだから...父の時計店をたたまなくちゃいけないかったときだったし..そのことは少し聞いたことあるけど..余り覚えてないわ....
ああ!? そのことかは分からないけど、父のアルテッドが確か...5月頃だったかな?
大事な親友が事故に巻き込まれて大変なことになっているから、お見舞いも兼ねて仕事の応援に行ってくるってセムル・ルードに行って、1ヶ月ほど家を空けたことはあったけど...」
セビィ「...それが俺たちが最後に見たアルテッドおじさんの姿だった..」
セシリア「...じゃあ...そのお見舞いって...さっきの..」
セビィ「うん...俺の父のジウと母のエレが2人だけで、そのサンレルタウンに旅行に出掛けていたんだよ...俺とフィルを叔父と叔母の家に預けてね?
そのサンレルタウンの帰りの列車を待っているときに、その魔力炉爆発事故に巻き込まれたんだ。
爆発して魔力炉から漏れた無為の魔力をふんだんに浴びてしまったんだ..」
今から7年前の4月、イルモニカにあったサンレルタウンで起きた
"魔力炉爆発事故"
魔力炉とは、
魔法戦争の始まる前に当時のアルル・ダードとイルモニカの境界線の真下にあった
"ジャール"
と呼ばれる孤島の岩山の奥である不思議な石が発見される。
その石は、直径5メートルほどの大きさで神秘的な光を発して宙に浮いて存在していた。
あとに仮の名前として魔法石と呼ばれていた物だ。
その石を最初に発見したのは、単なる冒険好きのイルモニカ側に住んでいた浮浪者であった。
そのことを街に持ち帰って話すとたちまち噂は広がり、あれよあれよと、その場所に一目でもその光を見ようと人が群がり、あっという間に観光の名所になってしまった。
イルモニカ政府は、その噂を知ると、魔法石と呼ばれる物が存在する場所に古代学者等を直ちに派遣させ、その不思議な光を発する石を徹底的に調べさせた。
そして、魔法石と名付けられたその石には、人の考える範囲を超越した力を持った巨大な物であり、その魔法石を利用すれば、我々の想像を越えた資源になりうるとの答えを出した。
こうして魔法石と呼ばれた物が学者たちの手で研究され今の魔力炉といったものへと姿を変えたのだ。
しかし、話はそれでは終わらない。
その魔法石なる物が噂に上がったときには、当然の様にアルル・ダード政府が絡んでくるものである..。
アルル・ダード政府は、その魔法石と呼ばれる石の存在する場所は、我々の領土でもあると主張してきたのだ。
このことも、後の魔法戦争に深くかかわっているのだ..
結局、戦争の引き金になるものの後ろには、
その利益はどちらのものか?
といったものが見え隠れしているのだ...
その戦争終結後に、連合国となったイルモニカとアルル・ダードは、その魔法石と呼ばれるものから途方もなく溢れ出る魔力を使って生活基盤の助けにならないかに着目すると、その13年後に魔力炉と呼ばれる新しいエネルギー源泉の開発に成功すると、その後の実験等を終え、
魔力炉の開発から5年後の
エレス世紀2618年.7月に
サンレルタウンから16キロほど離れた場所に建設された最初の魔力炉が正式に稼働し始めた。
それにより時代は電力なるものから新しい資源となる魔力を使った生活にへと少しずつ代わり始めたのだ。
だからといってその新たな源泉なるものが直ぐに受け入れられる訳ではなかった。
その魔力を使っての生活に何ら支障は出ないのかといった議論は何度もされてきたし、その魔力炉に危険はないのかといった声も当然ながらあがった。
仮に魔力炉なるものが、爆発でもしたらどうなるのかという不安もされてきたが、サンレルタウンの当時の市長アルソは、イルモニカ政府の新しい実験の為の場所提供に立候補して莫大な金を政府から受け取り、開発稼働までさせたのだから、今後はその新しい源泉とうまく付き合っていけばいいだけで、不安等は最初だけで慣れてしまえばこちらの方が利便性があって良いことにいずれは気がつくであろうと述べると、
この一帯に住む市民たちの生活から高熱を無料にすることを約束して、その不安を一蹴した。
それから月日が過ぎ、魔力エネルギーを産む魔力炉は世界でも普及し、存在していることが当たり前の様になっていった。
それから更に魔力炉が稼働して70年以上が経った
2693年の4月に事件は起こる。
サンレルタウンの名所でもあるリドゥル川の橋で昼頃、
1人の男が何やら騒いでいるとの通報を受けて、近くにいた治安官2人がその男に事情聴取をしたところ、この男は魔導書を所有していた為に、魔法許可書の提示を求めた。
しかし、その問に応じる気配はなく、困り果てた治安官は魔法監視官を呼ぼうとした際、その隙を見てこの男は、治安官に持っていた魔導書を投げつけると走って橋を渡り北側の森にへと逃げていった(この北側に走って逃げていったことが、この男にとって意図的であったのか、または偶然だったのかは今となっては分からない..)。
その場にいた治安官は、慌てて直ぐに治安本部に連絡を入れ、30分後に駆け付けた魔法監視官3人を含む約30人でこの不審者が走って逃げていった北側を中心にして捜索に乗り出した。
しかし、北側の森等を徹底して探すも不審者を見つけられず1時間が過ぎ
更に応援に駆け付けた15人の治安官と合流して再度捜索するも、この不審者の足取りが掴めずに3時間近くが経過していた。
そのころ、その不審者が逃げて辿り着いていた場所は、例の魔力炉が幾つも並んだ施設だった。
この男は、その大きな魔力炉の1つを塀の外から眺めていた。
しばらく眺めたあと、この男は右手に不思議な光を浮かべ、大きな玉の様なものを作り出した。
それに何かを唱えると黒い模様が浮かび、その黒い模様が浮かぶ大きな玉を、その大きな魔力炉に向かって飛ばした。
だからといって魔力炉に届くはずはなかった。
なぜなら、魔力炉には結界が張られているかだ。
世界でも優秀な魔導師や賢者達によって作られた結界が存在する以上、
ちょっとやそっとの魔法、例えそれ以上でも(1.2人ほどのハイクラスの魔導師程度が作り出した魔法でも..)、意図も簡単に跳ね返されるはずであったが、
あろうことか、その模様が浮かんだ大きな玉は、
その結界を意図も簡単に突き破り、その先にある魔力炉に穴を開けたのだ。
その瞬間、大きな爆発が起きると、横に並んだ魔力炉2号機、3号機を巻き込み更に大きな爆発を起こした。
─
その日の夕方を前にサンレルタウンでの観光を終えてセバスティアンとフィリップの父ジウとその母エレは帰宅の為の列車を待っていた。
列車が向こうから見えるとジウとエレは椅子から腰を上げて足下に置いていたお土産の入った大きな鞄を手に取ろうとジウが取っ手に手を掛けた瞬間、
遠くから大きな爆発音と地響きがその駅を襲うと、
周囲の明かりが全て消え、
一斉にそこにいた人々が何事かと声を上げ、
穏やかであった空気が慌ただしい雰囲気にへと変わった。
数分後、緊急用にあらかじめ用意されている電力により、魔力に変わって作動すると消えていた明かりが灯され、少し暗かった駅の構内に明るさが戻ったが、原因を掴めない人々は、相変わらず慌ただしいままだった。
その爆発音が、まさか魔力炉によるものとは、そのときは考えもしなかったのだ。
─
事件発生から4時間近くが経ったとき、列車の動かない駅構内で人々が騒ぎ始めた。
駅の外を見ると遠くから白い光と黒い光が混じり合いながらこっちに向かって来るサンレルタウンを覆うほどの煙に気付いたのだ。
「...悪魔だ....悪魔の光だ.....みんな..逃げろぉ!」
この男性の声に反応した構内にいる人々は一目散に駅の外を目指して逃げ始めた。
ジウは怯えるエレの手を確り握りながら駅の外に向かって来るその光を発する煙を見ていた。
それが何の煙か検討もつかなかった、
しかしジウはあることに気がついた。
その向かって来る煙の先にあるものが魔力炉だということを..
ジウは、エレに今から外に逃げても無駄であることを伝えると、人々がどんどんと消えていく構内にある待合室へと連れて行き、
そこで少しでも煙から身を守るようにと指示すると、
エレは言われた通りに体を隠すようにしてその場に屈み込んだ。
そしてジウは、そんなエレを覆う様にして抱き締めると1分も経たずに、その2人に構内に入り込んだ煙が降りかかると、ジウとエレは不思議な違和感に襲われ、体から急に力が抜けていった..。
──
セシリア「...そのあと2人はどうなったの?」
セビィ「...その2時間後に、緊急で集められた特殊治安部隊によって気絶しているところを見つけら...急遽で儲けられた施設に搬送されたよ」
セシリア「..容態はどうだった?」
セビィ「2人は、その3時間後に目を覚ました...他の搬送された人たちと一緒でね?
最初はどうもなかった...今までと何にも変わらなかった...
でもそんな訳はなかった。
普通は、絶対に触れることのない膨大な魔力を浴びたんだから..
何もなかったなんてあるもんか..
3日後には、父と母は手の震えに吐き気に襲われ...体からまた力が抜けていった、
食欲もね..
そんなことが何度も続いて...
あれだけ体の大きかった父さんは、2週間後には筋肉が縮んで痩せ細っていた...
もしそんな過程を見ていなかったら誰かは分からなかったはずだよ」
セシリア「...ひどい」
セビィ「それから施設に派遣された補助の魔法を扱う賢者様たち等が集められ、他の人たち同様に父と母も回復の手助けを承けた..」
セシリア「効果はあったの?」
セビィ「うん...少しずつだが父も母も手の震え等が治まり食欲も少しだが食べれるようにはなったよ」
セシリア「...セビィのお父さんが亡くなったのは、やっぱりそれが原因なの?」
セビィ「...結局はそうなる....治療のも甲斐もなく、
2年前に合併症で亡くなったよ..」
セシリア「...セビィもフィルも辛かったろうね..
大事な父を事故によって..」
セビィ「..父は生前..いつも悔やんでいたよ..」
セシリア「でも、まさかそんな目に遇うなんて..
不幸としか...」
セビィ「いや、そのことじゃない...
君の父のアルテッドおじさんについてだよ..」
セシリア「私の父についてって...」
セビィ「もし、俺の父ジウがセムル・ルードに移らずスエル・ドバードの店で仕事をしていれば..
君の父のアルテッドおじさんが殺されずに済んだかもしれないってことさ..」
セシリア「...バカ言うなよ?
それじゃあなたの父のジウが悪いみたいじゃないか?」
セビィ「..アルテッドおじさんが亡くなったあと..父のジウは、いつもそれを悔やんでいた...
あのとき、私がセムル・ルード行きを断っていれば...って..
運命は変わっていたかもしれないって...」
セシリア「....思い出した...思い出したよ..
父さんの笑顔..
父さんのアルテッドがね..
私に話してくれたことがあったの...
「私には、素晴らしい愛弟子がいるんだ。
その彼は、私のよき友人であり、
私の良き理解者でもある。
その彼は、いつも私に教えてくれるんだ?
一生懸命に作ったものは、何時かはそれを一生懸命探して来てくれる者がいるのだと、
だから私たちは、その日まで一生懸命に物を作ることだと...
彼は、私の先生でもあるんだ?」
...あのときの父さん..うれしそうだった。
本当に...うれしそうだったよ..
だから誰も悪くなんかないよ」
セビィ「.....」
セシリア「運命だよ..憎むべきはね?
だから私は、父さんをそんな風にした運命だけは許さない...
母さんだって...今ごろ....
セビィ?」
セビィ「..うん?」
セシリア「........眠る前に1度だけ...
私の手を握っておくれよ?」
セビィ「セシリア...」
セシリア「..なあ..頼むよ? 早くしないとフィルが起きちまうよ..」
セビィ「...セシリア」
セバスティアンは側によってセシリアの差し出したその両手を包むようにしてゆっくり握ると、その目から涙を流した。
セシリア「...あんたの手..大きいね...セビィ?
なんで..泣いてるんだい?」
セビィ「..セシリア...許してくれ」
セシリア「どうしたんだよ?」
セビィ「...セシリア」
このときセバスティアンは、過去の自分に懺悔をしたのだ。
セシリアが12歳でスエル・ドバードの酒場ボルカに売られると、その話は自然とセムル・ルードに住むセバスティアンの耳にも届いた。
セバスティアンがそんなセシリアを気にしてはいたが、どうすることも出来ぬまま、時間だけが経過したとき、セバスティアンが訪れていたトーニの町で偶然にもセシリアを見掛けたとき、その余りの変わり果てたセシリアの姿を見て大きなショックを受けた。
そのときに一緒にいた当時の友人の声をセバスティアンは今でも覚えている。
「おい! 見ろよ?..あの女...
後の娼婦らしいぜ?
顔もまあまあだし...人気者になるかもな?」
この声にセバスティアンは、何も言うことが出来なかった。
否定することも..怒ることも
そして、セバスティアンは自分に言い聞かせた。
もう僕の知っている紅い髪のセシリアは、いない
あの虚ろな目で歩いている紅い髪の少女は、
娼婦であって...セシリアでは、ない
このときの自分の声をセバスティアンは、後悔しているのだ。
その紅い髪のセシリアの両手を握って、懺悔しているのだ。
セバスティアンは、この懺悔をセシリアにはもちろんのこと、フィルにだって言うことはない。
このセバスティアンの懺悔は、セバスティアン自身が胸の中に閉まって置くもので、
セバスティアンの命がある限りは永遠にである。
それと同時にセバスティアンがこの懺悔と向き合う覚悟があることの示しでもあったのだ。
そんなセバスティアンの涙を見ながらセシリアは、言葉ではなく、握られた手にそっと力を入れ、
セバスティアンに
"私は、あなたに出逢えたことをうれしく思っている" と伝えた。
───
昼頃になると雨は更に強まった。
強い風が吹き、雷が何度も鳴った。
夕方頃には、1度は雨足は弱まったが
1時間もせずにまた雨が強まった。
セバスティアンたちはその天候を見ながら、
いつセムル・ルードを出発するかを考えていた。
夜の19時過ぎにまた雨が弱まると、
セバスティアンは外に出てしばらく空を眺めると、
馬のロウェルを小屋から外に出し、その後ろに路地裏に置いていた車を繋げた。
セビィ「...よし! さあ出発しよう?」
フィル「...もう少し止むと思ったけど..
仕方ないか?」
セビィ「ああ..我慢してくれ...何せ俺は気まぐれな天気までは占えないからな?」
フィル「ははは..さあセシリア?...この雨合羽を着て?」
セシリア「.....ああ」
フィル「しかし、よく降るね?
この雨..夜には止むって聞いたけどな?」
セビィ「そう言うなよ?
予報もハズレるほどのひねくれものなんだからな..
天候ってもんは..」
フィル「セシリア...どうしたの?
さっきから..元気ないよ?
調子でも悪いの?」
セシリア「いや..ちょっとな...」
セビィ「具合が悪いのか? セシリア..」
セシリア「...すまない」
フィル「セシリア? 早く乗らないとびしょびしょになって風邪引くよ?...ほら」
そう言ってフィルは、急にしゃがみ込んでしまったセシリアの背中に雨合羽を掛けてあげるとセバスティアンに目を向けた。
フィル「セビィ...」
セビィ「.....」
このときフィルは、セシリアがまた不安に押し潰されそうになっていることに気がついて、セバスティアンに彼女の不安を取り除く為に魔法を掛けようと問いかけたのだ。
しかし、セバスティアンは首を横に振った。
例え魔法の力でセシリアの不安を一時的に取り除いたとしても、時間が経てばまたセシリアは、その不安に襲われ苦しむことになる。
実際に、こうしてセシリアは苦しんでいる..
その一時しのぎの魔法が反ってセシリアを苦しめていることにセバスティアンは気づいていたのだ。
こうなってしまっては、例え優秀な補助系の魔法であっても効果は薄い...
あとは、セシリア自身がそのセシリアを苦しめる鎖なるものを断ち切るしかないのだ。
魔法を受け入れよ!
そして魔法を否定せよ!
その強きこころが、
私自身を遠くへと導くのだ..
(ロマネスク・デル・マリア)
..じっとして10分ほどが過ぎると
セシリアは、立ち上がり声を出した。
「...フィル..セビィ.....待たせて悪かった....
私を..イルモニカに連れてっておくれよ...」
フィル「...うん! さあ行こうよ?」
セビィ「.....さあ..出発だ!」
セシリア「...ロウェル? ごめんな?
こんな冷たい雨の降る中..びしょびしょになるまで待たせてよ?」
馬のロウェルは、そんなセシリアの声に体を大きく振り、水滴を振り払うと
"構うもんか" といった風に喉を鳴らした。
──
セバスティアンが知っている
イルモニカへの道は3つあった。
1つは、列車を使って
もう1つは、舗装された道
3つ目は、草原の道
セバスティアンが選んだのは3つ目の草原の道であった。
その方が時間はかかるが、余計な心配をせずにセシリアをイルモニカに連れて行くことが出来ると考えたからだ。
─
午後21時を過ぎ
セバスティアンたちがセムル・ルードからイルモニカに繋がる草原の道に入る頃には雨足は弱まっていて、
このまま行けば例え休憩を挟んで進んでも明日の早朝には辿り着いていた。
しかし、それも23時を過ぎるまでの話であった。
23時を過ぎた頃に急に雨足がひどくなって、
何度も途中で雨宿り出来そうな木を見つけると、そこにロウェルを向かわせ足を休ませた。
日が変わり、1時を回ったとき更に雨足がひどくなりこれ以上は危険だと判断したセバスティアンは、雨宿りが出来そうな5本の木が立ち並んだ場所を見つけるとそこで一旦、雨足が止むまで様子を見ることにしたのだ。
──
ちょうど体を休めるには充分な場所で、少しばかりは水滴が飛んでは来るが、用意してきた薪を使って真ん中に火を焚けば、何の問題もなかった。
フィル「....列車を使えば今ごろは..」
セビィ「なんだよ? 列車を使えばセシリアの不安もあるからこの草原の道はどうかなって言ったのはお前だぞ?」
フィル「..なんだと? でもその提案に、
それは名案だ!って言ったのは兄ちゃんだろ!」
セビィ「なに!? 俺はそんな大袈裟なこと一言も言ってないぞ!」
フィル「言ったか言わなかったじゃないの?
この決断をしたのは、セビィ?
君だよ、君!」
セビィ「こいつ? 言わせておけば..」
セシリア「よしなよ? 2人とも...ほら見ろよ?
ロウェルが呆れた顔してるじゃんかよ...
なあ ロウェル? 構わないよな?
今日の朝に着こうが、明日だろうとな?
こうやって、火を囲んでさ..暖まって雨宿りも悪くないよな? それにほら上を見ろよ? 木と木の隙間から星空が見えれば...もっといいんだけどなぁ..」
フィル「ふん..星空の代わりに雨粒ならいくらでも見えるけどね?」
セシリア「はははははは」
セビィ「嫌みな奴..」
フィル「せっかく朝に着いたら、ゆっくり休んでからイルモニカの音楽会にセシリアを連れて行ってあげようと思ったのにさ..」
セシリア「なんだい、それ?」
フィル「2日前にね? 荷物をイルモニカにセビィと運びに行ったときに知ったんだけど、
今日の夕方からイルモニカの音楽公園と呼ばれる場所で大きな演奏会が開かれるんだって?」
セシリア「高いんじゃないの?」
フィル「ううん! タダだよ? タ・ダ」
セシリア「へぇー..それは見たかったな?」
フィル「...これもこの雨の所為だよ...ねえセビィ?」
セビィ「..嫌みっぽい奴だな...
はいはい分かったよ、これからは天候の占いも出来るようにしとくさ?」
フィル「はいはい期待してるよ」
セシリア「ははは、じゃあ今日はこれくらいで、
ゆっくり休もう?」
──
荒れた天候をもたらした雨雲は、草原に光が射す前には完全に遠くにへと消えていて、朝を向かえる頃には暖かい風が吹き、湿った空気を乾かしていた。
そんな草原の道をセバスティアンたちは前日の夜と違い快調に進んでは昼頃には、草原を抜けて神秘的な岩山がある峡谷にへと辿り着いていた。
そんな峡谷で3人は、しばらく時間を忘れて過ごすことにした。
そこには他の道から来たであろう観光客が何人も見えたが、セシリアはもう他人を見ても不安になることはなかった。
きっとこの神秘的な峡谷にへと誘われて来たであろう..
そう私たちのように...
神秘的な峡谷をあとにした3人は、ロウェルの体を休めながら順調に進み、今度は広大な丘陵にこころを奪われながらその先のイルモニカへの道を進んで行った。
その日の夕方を向かえようとしたとき、広い草原にセバスティアンの声が広がった。
セビィ「おーい! フィル、セシリア..
とうとう見えたぞ!」
そのセバスティアンの大きな声に、フィルとセシリアはロウェルの後ろに繋がれた車の窓から身を乗り出すと、
そこには、草原の先に見える大都市イルモニカのいくつも並んだ大きな建物が目の中にいっぱいに入って来ると、2人はその先に向かって声を出した。
セシリア「..まるで初めて来る気分だよ!?」
フィル「ははは、本当だ!」
セシリア「さっき見た、大自然にも負けてないよ..
この風景はさ?!」
フィル「そうだそうだ!」
セシリア「...なんだよ? なんか聞こえるぞ?」
フィル「.....音楽...音楽会だよ!? セシリア?!
ほら僕が言ってた?」
セシリア「...これのことか」
フィル「きっと僕たちを歓迎してるんだよ!?」
セビィ「..ええ?! そうか?」
セシリア「ああ、そうに決まってる...
おーい! ロウェル? お前良かったなぁー
私たちをイルモニカは歓迎してるんだってよ?!」
フィル「そうだよ..
僕たちを歓迎してるんだ!」
このセシリアの声に馬のロウェルは、喜びを表すように前足を上げ喉を鳴らすと、それを見て3人は大きな声で笑った。
そして、イルモニカの上空に打ち上げられた大きな花火の音がその笑い声を包むようにして響き渡ったのだ。




