遅すぎた子犬
今日も仕事を残して退社する。時刻は1時。仕事は持ち帰らない、会社には泊まらない、日付をまたぐ前に帰るーー入社時に決めた自分ルールも崩壊してしまった
「人をくれよ!人をー!」
控えめな叫びは、暗闇に吸い込まれていった
ーーもう、辞めようかな
最底辺まで気持ちが落ち込んだところで、この場にそぐわない可愛らしい鳴き声が聞こえてきた
「わん!」
「この声の高さは……子犬」
一人暮らしで、すっかり独り言が癖になってしまい、今も全ての思考を駄々もれにして鳴き声の主を探す
「こっちの方から聞こえた気がしたけど……」
帰宅ルートから少し逸れた脇道に入る。初めて足を踏み入れた道で、目的のものはすぐに見つかった
「やだ!あなた捨てられちゃったの?」
そう言いながらも、捨て犬にしては違和感がある。子犬ではあるがある程度成長しているし、素人目にも雑種ではないであろう美しい毛並みをしていた。それでもボロボロの段ボール箱に入れられている以上、飼い主が迎えに来るとは思えない
「まあ、いっか。とりあえず家に来る?」
そう尋ねると、言葉を理解したかのように尻尾を勢いよく振る。それを同意と取ると、急いで自宅に向かった
「絶対に鳴いちゃダメよ」
自宅に着いてから、念を押して注意する。どうやらとても賢い犬のようで、抱えてからは鳴くこともせず大人しくしていた。安心して玄関におろすと、突然走りだした
「ちょっ!何してんの!」
靴を投げるように脱ぎ捨て、慌てて後を追いかける。向かった先は風呂場だ。いつも調子の悪い換気扇をあてにできず、ドアは開けっ放しにしている。まさかとは思うが、溺れたり滑って頭を打ったら大変だ
「待ちなさい!」
脱衣所に駆け込み、風呂場に入ろうとしたところで、思わず悲鳴を上げた
「誰!」
叫びながら、自分を庇うようにして後ずさる。聞かれた本人は動じることなく、のんきにシャワーを浴びている
「あの姿から元に戻ると、毛が残るんだよな」
目の前の男はシャワーを止めた。裸のまま、大事なところを隠す素振りもない
「でもまあ、あの姿が一番得するんだよな。今日みたいにかわいい女の子に助けてもらえるし」
そう言って、男は浴室を出た。こちらは、さらに距離をとるために一歩下がる
「夜遅すぎる時間に鳴いてる子犬には注意しな」
男が不敵にウィンクした