表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キョウ  作者: 三山零
Stage.1
6/12

Stage.1-⑤



 ポケットのスマホが鳴った。なんとなく嫌な予感がする。取り出して画面を見ると、顔をしかめてしまう。

 この人は、未来が見えているのではないか。そんな風に思わされることは、これまでにも何度かあった。接待と称してキャバクラに行った時も、外回りに行くと言ってパチンコに行った時も、見透かしたようなメールが来た。今回も、立花京との話が終わった後に打ち合わせが決まっていたとはいえ、坊主の店員に喫茶店を追い出されるタイミングまで把握されていると、盗聴すら疑ってしまう。

 メッセージアプリを開くと、成果を聞きたいから急いで来い、と簡潔に書かれている。ふうっと息を吐き、スマホを操作しながら、すぐそこの駅に向かう。駅の改札を通ろうとしたまさにその時、事務所にではなく隣駅の喫茶店にいるからすぐに来い、というメッセージが返ってくる。慌てて立ち止まり、人の流れを止め、振り返る。すぐ後ろにいた、仕事帰りのサラリーマンが迷惑そうな顔でこちらを見ていた。へらへらと頭を下げてから、心の中で舌打ちをする。もちろん、サラリーマンに、である。決して、メッセージの主に、ではない。ポケットのスマホは静かなままで、少し安心する。

 駅前で待機しているタクシーに乗り込み、目的地を告げる。すると、狙いすましたかのように、すかさずメッセージの着信音が鳴る。


「タクシー使うな」


 超能力者ではないことを祈りたい。


 目的の喫茶店から少し離れたところでタクシーを降り、ICで料金を払う。領収書をもらうか、一瞬迷ったが、もうバレているのだから、と開き直った。領収書をポケットに突っ込み、その上から手を重ねる。ポケットに入れておくと、無くしてしまいやしないか、不安になる。だからと言って、財布に入れておくと、嵩張って邪魔になる。だから、ポケットで大事に握りしめておくのだ。そうやって、ポケットの中で弄びながら歩いていると、一陣の風が駆け、思わず胸元のボタンを閉めようとポケットから手を出してしまう。仲良く手に張り付いて出てきた領収書はすぐに手から離れ、目で追う暇すらなく、飛んでいってしまう。


 もはや呪いとかその類かもしれない。


 待ち合わせの喫茶店は、隠れ家の雰囲気を醸し出していたポポルとは違って、普通のチェーン店だ。今や、ちょっとした有名人なのだから、人の目を気にして欲しいところだが、言っても聞かないのだろう。

 店内に入り、軽く見回すと、タブレットを傍らにコーヒーカップを口元に運ぶ姿が、奥の席に見えた。同じくホットコーヒーを頼もうかとも思ったが、先ほどのメッセージを思い出して、カウンターの店員に待ち合わせである旨をジェスチャーして素通りする。

 少し混んでいる店内の、人一人がギリギリ通れるぐらいのテーブルとテーブルの間を縫うようにして、目的の席に近寄る。

 ショートカットに切れ長の三白眼。少し肩幅の広い彼女は、黒いジャケットが、少しぴっちりして見える。同じく黒の、膝丈のスカートから伸びる綺麗な脚は、組まれることなく綺麗に揃えられてテーブルの下から覗いていた。


「お待たせしてすみません、郭部長」


 タブレットを操作する、細くて綺麗な指がピタリと止まる。切れ長の三白眼が、眼鏡の奥からギロリとこちらを睨む。


「次に間違えた時は殺すわ」


 相変わらずの物騒な言葉づがいは、父親似だ。

 テトラプロダクションの新社長、郭玲里は、言うだけ言うと、またタブレットに視線を落とす。


「失礼しました、社長」


 愛想笑いを浮かべながら、社長の前の席に座る。お気に入りのクラッチバッグを小さなテーブルに置き、その中からタブレットを取り出す。


「いらない」


「え?」


「あなたの報告書、読みづらいのよ。ついでに議事録も」


「はあ。一応、添付して送っておきますね」


 社長は不機嫌そうにこちらを睨む。


「二度も同じことを言わせるの?」


 強く拒否されるほど、ストレージを圧迫してないと思うのだが。


「じゃあ、口頭でいいんですか? 後でそんなの聞いてない、とか言われても困りますからね」


 社長は無言でタブレットに視線を落とす。いいからさっさと報告しろ、ということだろう。頭をかき、息を吐きそうになるのをこらえる。もちろん、まるでそれがわかっていたかのように、こちらを睨んだ社長の表情が大変なことになっていたからだ。もう一度愛想笑いをしてから、口を開く。


「立花京、16歳。公立幕原高校一年生。身長は170cm弱ってところですかね」


「ストップ」


「どうかしました?」


 操作していたタブレットを膝の上に置き、器用にテーブルに立てかけている。そこまでして、額に手を当てて、もう片方の手をこちらに向けたかったのか。社長は大きく息を吐いてから、こちらを睨む。


「あのね、私が報告しろ、というのはそんなプロフィールのことじゃない。彼女の気持ちを聞いて来い、と言ったはず」


「こういった情報も重要だと思いますけど」


「確かに重要だけど、今はいらない」


 その頭はからっぽか、とわざわざ付け加える。本当に、口が悪い。こんなことだから、親子揃って敵が多いのだ。可愛げのある小生意気の立花京ちゃんを、抱き締めて頭を存分に撫でてあげたくなる。


「社長のご指示通り、アイドルから入る提案をしましたが、あまり感触は良くなかったですね。かわい子ぶりっこ、みたいなのは極力やりたくない、と言った感じでした」


「かわい子ぶりっこ?」


 不思議なところで食いつくので、慌てて記憶を手繰り寄せる。


「もう一人のターゲットが、まさにそんな感じでしたから。まあ、あれは顔をたくさん持っている感じですけどね」


「彼女が、そう言ったの? かわい子ぶりっこ、と?」


「いえ、そこまでは言ってないです。ブリブリしたのはできない、だったかな」


 社長は少し考え込み、「続けて」と話を促す。


「女子高生、それも一年生なのに、的確な自己分析をしていました。以前から芸能界を見据えていたのは間違いないですね」


「その的確な自己分析に基づくと、自分のことをどう表現していた?」


「自分には子供のような無邪気さではなく、大人の魅力を纏う方が適している。だから、無邪気さを求められるアイドルはあまり向いていないんんじゃないか、と」


 社長はそこで、薄く笑った。いかにも自分の推測は当っている、と言わんばかりに。


「あとは、演技にこだわりがあるようにも感じました。その面からも、アイドルをやるぐらいなら、演技の方面に進みたい、というようなニュアンスですね」


 社長は「なるほど」とつぶやき、タブレットを傍に置いてあったグレーのクランチバッグにしまう。高そうで品のあるものだが、どうしてそんな地味な色のものを買ったのかは理解に苦しむ。

 背もたれに体を預け、脚を組むと、手を組んで自分の股のあたりに置く。小さく笑みをたたえながら、こちらを見るその様子は、洗練されすぎていて、畏怖すら抱いてしまう。


「さて、青崎」


「は、はい」


「あなたにはこの半年間、何度もスカウトに行かせ、その度にこの子を探させ、報告させたわね」


 社長の言う通り、半年ほど前、渋谷のハチ公前で立花京が目に止まった。当時ですでに雰囲気もあり、オーラを作り出していたいたので、人の目を意識しているのは明らかだった。久々のアタリで、すぐに声をかけても良かったが、幸か不幸か、その時はプライベートで、たまたま名刺を持っていなかったことから、声をかけるのは断念した。

 翌日、その話を当時部長だった社長にすると、何としてもその子を探し出せ、との指示を受けた。釈然としないながらも、外回りやスカウトの際には、頭の片隅に置いておいた。すると、そのおよそ2ヶ月後に、今度は新宿で彼女を発見した。そこから、探偵のように立花京を観察しては報告しを繰り返し、本人と話をしたのは初めてだが、実はもう6度目の遭遇ということにあなる。


「他人のような気がしませんでしたよ」


 冗談めかして肩をすくめて見せるも、社長はあっさりと無視する。


「そのあなたから見て、彼女はどう思う?」


 社長の目はぎらりと挑戦的な眼光を光らせる。

 これは、意見を求めているわけではない。おそらく、社長は自分の考えを固めるために、こちらの意見を引き出そうとしているのだ。


「正直に言えば、そこまで社長が気にする理由がわからない、というのが本音です」


 少し鼻を明かしてやろうという意図は大いにあった。しかし、バッサリと言い切っても、社長は不敵な笑みを浮かべているだけで何も言わなかった。


「確かに、理解も早いし、容姿も申し分ない。芸能界という過酷な世界でも上手く立ち回るでしょう。ですが、それだけです」


 子供ではいられない何かがあったのか、無理やり大人びたのか。それはまだわからないが、どちらにせよ、彼女は大人っぽい。しかし、それはあくまで全国の女子高生の平均と比べて、であり、大人の社会ではそれは通用しない。


「そもそも、スカウトを待つ程度の人間ですよ? その時点で主体性を感じられない上に、芸能界を甘く見ている。あのままでは、自分のプライドに潰されて終わりです」


 社長の不敵な笑みは、いつの間にか愉快そうな笑みに変わっている。その態度は、どうにも気に食わなかった。この業界に身を置いている人間なら、同じような評価をするはずだ。


「青崎、あなた、私の下についてどれくらいになる?


「3年ぐらい、ですかね」


「まだまだ経験が足りないのかしらね」


 自分の教育に心を砕いてもらえるのは光栄だが、本人の目の前で本音を吐露するのはやめていただきたい。まあいいか、ととりあえず横に置かれた教育方針を拾ってあげたい。


「そういえば、あなたには言ってなかったかもしれないわね」


「何をです?」


「私のアイドル論よ」


 冷たい目のまま、社長はポツリとコーヒーの中にその言葉を垂らした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ