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キョウ  作者: 三山零
Stage.1
3/12

Stage.1-②



 身長は175cmぐらいだろうか、足も長く、ビシッと明るめの紺色のスーツで決まっているのに、どうしてネクタイが赤と黄色のストライプなのか。色合い的には、某猫型ロボットでしかない。その上、ワイシャツの襟元には小さな茶色いシミが付いていて、ネクタイはピンもせずにぷらぷら垂らして、その陰からはワイシャツの皺が顔を覗かせている。清潔感に気を使っているとは、言えなさそうだ。

 ツーブロックの髪型は、無理して流行に乗りました感があふれていて、田舎から出てきた高校生のようにワックスでガチガチだ。眉毛にこだわりがあるのか、逆ハの字にキリリと決まっているが、目元には薄くクマがあり、疲れが見える。濃いわけではないにも関わらず、無精髭が見えるのも、マイナスポイントだ。

 特筆すべきところは、散りばめられたセンスのなさを一撃で覆してしまう、赤いクラッチバッグだ。細身のドラえもんが赤いクラッチバッグを持ってはいかん。

 総評としては、自分をどう見せたいのかがパーツごとに迷走して、結局、全体的に壊滅している。あと、営業スマイルが気持ち悪い。


「他を当たって。忙しいの」


 伶奈は不機嫌を隠そうともせずに、横目で睨んで男の横を通り過ぎる。その対応に面食らい、少し体を引いた男の横を、私も苦笑いで通り過ぎる。


「いや、いや、ちょっと待って。話だけでもいいから」


 慌てて食い下がろうとする男を無視して、伶奈は足早に歩く。


「お願いします。お話だけでも聞いてください!」


 ついに、男は私たちの道を塞ぐように腕を広げて止まった。第一印象の胡散臭さは相変わらず残っているが、もはや焦りの様相が強すぎて哀れになってくる。

 男のせいで立ち止まった伶奈に追いつき、横に立つ。ちらりと伶奈の表情を窺うと、怒髪天を衝く、といった様子で、ほおの上のあたりがヒクついている。

 一つため息をつき、伶奈の前に出て必死の形相の男と伶奈の間に入る。


「本当に急いでいるんです。あなたから逃げるためじゃないんですよ」


 実際は、この男を撒く意味合いもあったが、伶奈は本当にタクマ君の元へと急いでいるのだ。男は、きょとんとしてから腕を広げるのをやめる。


「それは悪かったよ」


 ぽりぽりと後頭部を掻く男は、本当に申し訳なさそうな表情をした。


「それに、なんの自己紹介もなく、いきなり追いかけられたら、誰だって逃げますよ」


「ってか、邪魔なのよ、アンタ! こっちは急いでるって言ってんでしょ!」


 私の背中から顔を出した伶奈の怒声が男に突き刺さる。私のむなしい努力はチリと消え、周囲の視線がさらに集まり始めた。ただでさえ、男が道のど真ん中で大々的に通せんぼをしたものだから、注目され始めていたのに。


「伶奈、落ち着いて」


 振り返り、ずんずんと男に近づこうとする伶奈を抱きとめるように前に立ちふさがる。


「あと2分で電車くる!」


 興奮した伶奈は、押しとどめる私の腕から逃れようともがく。

 容姿が整っているという共通点がある私と伶奈だが、もちろん全てが全て同じというわけではない。特に目立った違いが身長だ。私は女子にしては身長が高く、169cmある。一方、伶奈は158cmしかない。女子として特別小さいというわけではないが、10cm以上の身長差は大きいし、印象も全く異なる。とある男子達の会話を漏れ聞いたところ、伶奈は腹に一撃必殺の逸物を抱えたチワワで、私は滅多に地上に降りない鷹らしい。


「わかった。私が話を聞いておくから、伶奈は行って」


「あたぼうよ!」


 私が腕を放すと、伶奈はぱっと駆け出し、ぼうっとしていた男に小さな体で体当たりをする。その様子に私が「あっちゃー」と言う前には、伶奈は尻餅をついた男の体から素早く離れていた。そして、男に鞄を何度か叩きつけたあと、駅へと全力ダッシュする。男に報復措置をすることを予想していなかったわけではないが、体当たりはさすがに予想外だった。

 推定被害者がいなくなり、一応は解決を見たと判断したらしい、野次馬達も徐々に離れていく。周りの視線もそれと同じように徐々に薄れていった。尻餅をついたまま、あっけにとられたまま駅の方を見つめている男は、なかなか動けないでいる。大きくため息をつき、近くに放り投げられたクラッチバッグを拾い、しゃがんで男に声をかける。


「大丈夫ですか?」


 その声に、ようやく我に返った男は、少しおびえた表情でこちらを向く。


「あ、ああ。大丈夫だよ」


 照れ隠しのように男は私から視線をそらす。男の反応を不思議に思ったが、すぐに自分の不注意に気がつく。伶奈が女子力、女子力、とうるさいので、いつもよりスカートを短くしていたんだった。


「あの、これ」


 膝を地面につけ、私がクラッチバッグを差し出すと、男は「あ、ああ!」といって受け取った。胡散臭さはもうすっかりなくなったが、頼りなさが随分と際立つ。実際、まだ若そうだ。


「お詫びと言ってはなんですけど、お話ぐらいなら聞きますよ?」


 この男の様子から、心配するようなことはなさそうだが、あとあと、尾をひくようなことになるのは勘弁だ。有耶無耶にして逃げるぐらいなら、今、清算しておきたい。

 男は、罵声でも浴びせられると思っていたのか、キョトンとしている。


「いや、お兄さんが言ってたんじゃないですか。お話だけでもって。だから、お話ぐらいなら聞きますよ。私は時間ありますし」


 頭の回転が遅いのは伶奈に叩かれたからではないと思うが、男はなかなか行動を起こさない。たっぷり5秒は固まってから、盛大に顔をほころばせる。


「ありがとう! 助かるよ!」


 手を両手で握られ、ぶんぶんと上下に振られる。この絵に描いたような青さは一体なんなのだろうか。本当に田舎者なのか?


「えーっと、じゃあ、この辺に喫茶店はっと」


 男がスマホの画面を操作し始めたのを見て、遮る。


「あー、それならいいところがありますよ。そんなにうるさくもないし、人もあまりいないと思いますよ」


 私が思い浮かべていたのは、駅前から少し離れたところにある、ジブリに出てくるような雰囲気の喫茶店だ。幼馴染がそこでアルバイトをしていて、マスターとも顔見知りなので、不測の事態に対処もしやすい。


「あ、そう? じゃあ、そこにしよう」


 男は、簡単に承諾し、「案内してもらえるかな」といって、ニコニコしながらスマホをポケットにしまう。私は少し呆れながら、男を先導する。道中、気づかれないように振り返っても、あたりをキョロキョロと見回してばかりで、落ち着きがない。

 ここまでくるともう、胡散臭さしかなかったが、当初の計画通り、件の喫茶店「ポポル」に到着する。古民家を改装したという喫茶店は、木を基調とした落ち着きのある雰囲気だ。入口近くには、背の高い植物が植えられた植木鉢が幾つか置いてあり、酸素が豊富だ。そこを通ると、少しだけ体が軽くなるような気がする。入り口のドアを開けると、カウンターでグラスを拭いていたマスターがこちらを見る。


「おや、京ちゃん。いらっしゃい」


「こんにちは。2階、使っていいかな」


「ああ、いいよ。コーヒーでいいかい」


「うん、2つね」


 店長が微笑んだのを見て、カウンターの隣の階段から2階に向かう。ぎしっぎしっと嫌な音がするが、慣れてきてこれも風情と考えると、意外とオツだったりする。

 2階に上がると、短い廊下があり、右手に部屋が2つ、左手に1つある。私は迷わず左手の部屋に入る。左手に部屋が一つしかないのは、奥にトイレがあるからだが、ここの部屋だけ窓の外は道路になっていて、人通りがある。防犯上、こちらの部屋にしたが、少々問題がある。


「おお、なかなか雰囲気あるねえ」


 長方形の短辺を窓側に向けて、1200程度のテーブルが一つ、両脇にはマスターこだわりの木製の椅子が四つ置かれている。

 迷わず上座に陣取り、脇の椅子に荷物を置いた。男も、特に何も口にせず、テーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろし、クラッチバッグを恭しく脇の椅子に置いた。


「それで、お話っていうのは?」


 時間があるとは言ったが、暇なわけではない。もしも当てが外れたのなら、時間の無駄でしかない。

 男が落ち着く時間も与えず、話を切り出したので、男の方が準備ができていなかったようだ。「あ、ああ」といって、慌ててスーツの内ポケットを弄る。黒い皮の名刺入れから名刺を取り出して、男は立ち上がって差し出してきた。立ち上がるときに椅子にぶつかってガタついたのは、目を瞑るとしよう。その名刺に記されている会社は、お目当てのものだった。


「株式会社テトラプロダクションの青崎礼二と言います。単刀直入に言います。アイドルに興味はありませんか?」


 予想はしていた。うぬぼれと言われても構わないが、アイドル級の美少女女子高生が、2人で駅前をプラプラ歩いているのだ。目に止まることは多いだろうし、話題になることも予想できる。スカウトマンがそういった情報に敏感なことは想像に難くないし、いずれは来るだろうと思っていたのだ。


「なるほど。私はバーターってことですね?」


「バーター?」


「伶奈が本命ですよね?」


「とんでもない!」


 小さな優越感を手にしたところで、高ぶった心を鎮める。突然、転がり込んできたチャンスではあるが、舞い上がって即断するのは危険だ。

 正直に言って、乗り気だ。親の説得には骨が折れそうだが、合意をもぎ取る自信はある。だから、なんなら、今にでも答えを出してもいい。ただ、そこで自制心がストップをかけるのが、この青崎という男だ。

 新人丸出しのスカウトマンを1人で外回りなど、普通の芸能事務所ではあり得ない。そもそも、スカウトという行為自体が難しいので、新人にはやらせないのだ。にも関わらず、この青崎は明らかにスカウトに慣れていない。そんな新人を外に出すような事務所など程度が知れているというものだ。事実、テトラプロダクションなど耳にしたことはない。

 ただ、オーディションに出る気などサラサラない私は、もしも芸能界に入るのなら、スカウトしか方法がない。ちょくちょく、新宿、原宿、渋谷といった、スカウトが出没するという噂があるところには足を運んでいるが、その兆しはない。このチャンスはできれば逃したくはない、というのも本音だ。


「私の独断では決められないんですよね。ほら、親の許可とかも必要だし」


「もちろん。その辺は僕ら事務所の方からも説明に行く予定だよ」


 詐欺なら、親に接触するのはリスクが高い。世間知らずの子供から言葉巧みにむしり取る方が合理的だ。


「あ、あと、確か、アイドルって言ってたような」


「うん。そうだね。君なら、アイドルとして大ヒットすると思うんだ」


 私の何を知っているんだ、と心の中で苦笑いをする。



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